ー62ー
第6周目──バーサスシックスで、獲得したルーパスチームのポイントは、1340ポイント──ボーナスポイントもしっかりゲットし、バーサスの相手であるサブマリンチームをノーポイントに抑えこむことで、サブマリンチームの息の音を停める事に成功していた。
ウイングチームとの直接バトルを制したボールチームは、トータルポイントを、9915ポイントとして、1位のポジションをがっちりとキープした。
続く2位のポジションには、バーサスシックスの最高得点1340ポイントを難なく加算したルーパスチームが、トータルポイントを9115ポイントまで伸ばし、800ポイント差まで迫っている。
オータチームとのバーサスバトルで、ポイントを分け合う形となったポリスチームが、そのまま3位をキープし、トータルポイントは、8975ポイント。
敢えてボールチームとの勝負には行かなかったウイングチームは、8705ポイントで、4位にポジションを落としている。
そして、トータルポイントを8535ポイントとしたオータチームが、5位で、一つポジションを落としていた。
6位以下のチームのトータルポイントは、次のようになった。
6位…サットン…7995ポイント
7位…ヨシムラ…7440ポイント
8位…サブマリン…7350ポイント
9位…ブシテレビ…6950ポイント
10位…ソーサラー…6695ポイント
11位…寶船…6400ポイント
12位…ハートゲット…6060ポイント
13位…カカシ…5710ポイント
14位…ジュピター…5470ポイント
15位…ゴリラダンク…5325ポイント
16位…ライアン…4725ポイント
第7周の第1ゲートに向け、ブシランチャーへのタッチダウン&ゴーを済ませたZカスタムのコックピットにポリスチームからメッセージが届いた。
『イチロウ……わたしの中のカナエが、戦いたがっている──覚悟はよいか?』
カナリの声は、静かにZカスタムのコックピット内の空気を震わせる。
「こっちは万全ですよ──ここで、トップを取ることで、早々に優勝を決めさせてもらいますよ」
『良い返事だ──』
「負けるつもりはありませんからね──賞金稼ぎハルナの意地──その眼でしっかりと見てくださいね──カナリさん」
イチロウが何か言おうとしたが、それより先にハルナが、カナリに強い意思を込めたメッセージを伝える。
『なるほど、威勢の良さは、賞金稼ぎの時のままか──好きな男と一緒にいて、少しは、しおらしくなったかと思ったが、そうそう性格は変わらないようだな』
「好きな男の前で、いいカッコができなくては、賞金稼ぎは務まりません──今は、特A級犯罪者のボディガードでもありますから、なおさらカッコつけさせてもらいます」
『良い心がけだ──』
「お姉さま──必ず、ハルナが、お姉さまをお守りしますから、ルーパス号に乗ったつもりで、ご安心くださいね」
『心配してないよ──でも、カナリさんだけじゃなくて、カゲヤマさんもいるってこと忘れないでね』
「忘れていません──」
『2機を相手にする場合のコバンザメの動きは、正直言って、あたしでも予測不能なんだ──
たぶん、接触することはないけど、ゴールドメダルシューティングとか、どこに飛んで行ってしまうか、コンピュータでも予測できないよ──
いつも、いいかげんなメカニックで、ほんと、ごめんね』
「天使は…じゃない…天才は、細かいことを気にしないから天才でいられるんですよ──」
『何、言い間違えてるの?疲れてる?』
「お姉さまのお顔を見てたら、つい『天使』って言っちゃいました──」
『あたしの顔のどこが天使なんだか──』
「お姉さまは、全身が天使ですよ、今度、天使の羽根をプレゼントします──そっか、天使と天才──Aが付いた天使が天才って呼ばれるんだって、いま気付きました」
『それって…あたしが、特A級犯罪者だから?それとも、胸がぺったんこだから?』
「ええ──まぁ、どっちもです」
『その特A級犯罪者というのとは、いい加減にバイバイしたいんだけど』
「お姉さまが天才であることの称号だと思えば、腹も立ちませんよ」
『とにかく、ハルナとのおしゃべりは、このレースが終わったら、一晩中でもつきあってあげるから──ここからは、レースに集中してね』
「はい──一晩中では、ハルナの身体がもつか心配ですが、誠心誠意、ご奉仕いたします」
『もう、冗談はそこまで──じゃ、ポリスとオータの2チームとのバトル──きついけど、頑張って』
「もちろんです──」
「エリナは、元気だなぁ」
「女の子は、恋をすると元気になるの」
「じゃ、ハルナが元気なのは、やっぱり恋をしてるからか?」
「好きな男のそばにいれば、元気でいられるんだよ──ハルナもこうやって、イチロウのそばにいれば安心できる──ね、お姉さま──」
『ハルナが、本気でイチロウ狙いだとは、思ってなかった──本気じゃないよね』
「本気じゃなかったら、男の人と一泊二日のデートなんて、怖くてできません──」
『そういうこともあったね…』
「はい」
『第6周──バーサスシックスを終えた各チームですが、この第7周では、既に、ルーパスチームを、ポリスチームとオータチームがダブルチームで、マークしていますね』
『やはり、レギュラーチームの意地でしょうね…それに、ルーパスチームに好き勝手やられたら、結局のところ、すべてのポイントを取られてしまいます。それほど、あの機体の性能は優れています』
『バーサスシックスでの、サブマリンチームとの一騎討ちの結果は、全ゲートを1位通過でした』
『ボーナスポイントまでルーパスチームに取らせてしまいましたから…サブマリンチームにはレギュラーチームとしての意地を見せてほしかったですが、強運までも味方に付けたルーパスチーム──燃料を温存しつつ、全ゲートの1位通過を見事に成し遂げ、1位のボールチームとの差は、800ポイントです』
『ところで、ピットレポーターのハヤカワさん…6周目の終わりにピットインしたサットンチームは、どうなっていますか?やはり、給油のみのピットインでしょうか?』
『はい…ハヤカワです。機体の外周のチェック後、メンテナンス作業はなし──給油のみを予定しているようです』
『1周ぶんの給油であれば、1分程度で完了しますね──そのあたりは、どうでしょうか?』
『代表のニカイドーさんのコメントは取れますか?』
『はい……聞いてみます』
映像が、サットンチームのコントロールルーム付近を映し出す。スナオ・ハヤカワが、そのコントロールルームへ足を踏み入れると、サットンチーム代表であり、メイン・メカニックのクルミ・ニカイドーが、にこやかにインタビューに応じた。
『順位は6位…ポイント争いでは、優勝は難しい状況ですが…このピットインの意味を伺ってよろしいでしょうか?』
『できれば、あたしたちも優勝争いに絡みたかったんだけど…スピード重視のセッティングの限界を知ったというところね』
『バトルの後の立て直しと再加速で消費する燃料消費量が、多いように見えましたが──』
『ええ…スナオちゃんだったっけ──新人なのに、よく見てる…そのとおり、ヨーイドンで、誰も絡まなければ、そのままトップで行けるようにセッティングしたつもりだけど、絡まれると辛い──
さっきのバーサスシックスの時みたいに、序盤でぶっちぎれれば、ポイント取れるけど、ダブルチームで失速させられたら、立て直せない──やっぱり、レギュラーチームの仕掛けは、大したもんだと感じたよ』
『同じことが、この周回のルーパスチームにも言えると思いますが、彼らは、どう対処するか、ニカイドーさんの意見を聞いても、よろしいですか?』
『同じ状況になってみないと、具体的にどうこう言えないけど』
『ですよね』
『あたしたちだったら、無駄なバトルは避ける──ダブルチームでくるなら、イエロー狙いで、レッドとオレンジを棄てる』
『それは、レッドとオレンジを餌にするということですか?』
『イエローゾーンを1位通過狙い──スピードセッティングのあたしたちなら、迷わずそうするね』
『それでも、1位阻止に、相手が動いたら──』
『隙を見つけて、レッドを取りに行くだろうね』
『わかりました──ありがとうございます』
『この程度のインタビューなら、いつでも歓迎だ…礼には、及ばないよ』
『最後に…第8周で、ルーパスチームをスピードでかわす自信はありますか?』
『当然だ──8周目はゾーンもコースも、こっちは関係ない──とにかく、ルーパスの独走を止めるためには、一瞬でも早くゲートを通過する──プラチナリリィの最高スピードなら、決して不可能なことではない…と思ってるよ』
『それは、ルーパスチームのエリナ・イーストが手を加えた機体だからですか?』
『ああ…女としての魅力は、あんたの十分の一もないけど、あのエリナちゃんのメカニックセンスは、誰も真似できない──ここまで、あたしたちが、レギュラーチームとのバトルを楽しめてるのは、あの子のお陰だって思ってる』
『最後の見せ場を作ってくださったことに感謝しています──バーサスシックスの一騎討ちを見た限り、ルーパスチームが、スピードリミットなしで、最高速を出したら、ポリスチームやオータチームでは、相手になりそうもないですからね──リポーターとしてではなく、太陽系レースの一人のファンとして、第8周目──オーラスの高速バトル──期待してます』
『期待に応えられるよう、最大限の努力はする──できれば、そのエリナちゃんにも話を聞いてみるといいよ』
『ありがとうございます──サットンチームのパドックから、ニカイドー代表のコメントをお伝えしました。
サットンチームのプラチナリリィも今、パドックに戻ってきましたので、ニカイドー代表もメンテナンス作業に向かいました──以上です──
それでは、マイクを放送席に戻します』
『ありがとうございました──ニカイドー代表──
ハヤカワさん、ニカイドー代表のコメントにもありましたが、ルーパスチームのコメントを取れるなら、お願いします』
『はい──今、一番、視聴者が欲しがってる情報ですね』
『そうです』
そこで、ピット映像は切り替わり、Zカスタムとカナリアバード、F14の3機が最接近している映像となった。
『凄い自信ですね──あのニカイドーさん』
ピットレポートインタビューを無言で聞いていたゲスト解説のユーコが、嬉しそうな表情で、短いコメントを発言する。
『ニカイドー代表が言うように、まずは、ルーパスチームが、この三つ巴バトルに果敢に挑むか、回避するか──第1ゲートの攻防を注目しましょう』
Zカスタムを上下にサンドイッチする形のフォーメーション──上にカナリアバード、そして、下にF14トムキャット──最接近した3機が、トップ集団となって、フライトを続け、第1ゲートを目指す。
中団は、ソーサラー、ブシテレビ、ジュピター、ハートゲット、ゴリラダンク、寶船、ライアンの7チームが、ほぼ、団子状態となってフライトしている。
先頭の3機が、レッド、オレンジ、イエローの各ゾーンのポイントを得たあと、残りのグリーン、ブルー、インディゴ、ヴァイオレットの4つのポイントを狙う位置──
その中団のチームから僅かに遅れて、ボールチームが、追随する。
ボールチームが、この7周目と、次の8周目でボーナスポイント狙いでくることは、全てのチームが知っている。
そのボールチームの横の動きを妨げるため、ウイングチームが、ボールチームの右翼に張りつき、カカシチームが、左翼に張り付いている。
ヨシムラチームは、ウイングチームのさらに右──サブマリンチームが、カカシチームのさらに左──
どこに出現するかわからないボーナスポイントを発見したチームが、ボールチームに、そのボーナスポイントを取らせないためのフォーメーションとなっている。
『第7周めの展開としては、オーソドックスな各チームのフォーメーションといえますね』
『そうですね──この太陽系レースは、1周ごとにタッチダウン&ゴーのルールがあるので、スピード重視の機体でも、必ず加速した分を減速させないといけないリスクがあります──減速させるための燃料消費──それが、このレースのイコールコンディションを生む重要な要素となっているのです』
『ルーパスチームのように、高速フライトが強くても、そのマックススピードでは、飛びまわることができないという制約に繋がっているということですね』
『はい…どこかで減速をしなければならない──それでも、そのスピード重視のセッティングであれば、高得点の1位通過を狙うフライトをすることが可能になります』
『それとは対照的に、ボールチームのような、横の動きに特化した機体は、ボーナスポイントを得ることを前提に、作戦を立てるわけですが──』
『横の動きを封じられると、そのボーナスポイントの入手確率が、落ちるわけですね』
『今のように、12機が、それぞれの眼の前に出現するボーナスポイントを目標にすれば、1機が、そのボーナスを独占することはできなくなるのです』
『どんなに性能が良くても、横取りすることは、非常に困難となるフォーメーションですね』
『純粋に、12分の1の確率になると考えて、良いでしょうね──こうなると、8つのゲートで、ボールチームがボーナスを得る確率は、極端に下がるわけです』
『実際に、バーサスシックスのルールが、チーム間で協議されたのも、6周目と7周目の戦い方が、同じようになることを避けようという発案からでしたね──』
『そうなんですか?』
『今回にように極端ではないですが、スピード重視、バトル重視の4チームから8チームが、前の集団を形成し、残った他のチームが、ボーナス狙いでけん制し合う──それは、それで見ごたえもありますが、他の戦い方はないかというレギュラーチームによる協議の結果、バーサスシックスのルールが採用されたんです』
『へぇ──』
『今回のバーサスシックスは、どうでした?ハットリさんの感想は?』
『一騎討ちというと格好いいですが、チーム力に差があると、バトルになりませんね』
『おっしゃるとおりです──結果的に、ルーパスとサブマリンでは、圧倒的にルーパスの性能が勝っていました』
『圧倒的なスピードを誇るルーパスチームを、トップの2チームが、徹底マークすることで、ポイントを取らせない──
そして、圧倒的な立体機動を得意とするボールチームを多くのチームが包囲して、ポイントを取らせない──悪い言い方をすれば、妨害レースとなるわけです』
『ディフェンスを疎かにしたら、勝てるものも勝てませんからね──バーサスシックスをラン&ガンと表現するとすれば、この7周目は、完璧なゾーンディフェンスということですね』
『ハットリさんの例えは、面白いですね──きっと、ニュアンスは合ってると思います』
『ニュアンスは…ですか?やっぱり、ちょっと違っていましたか?』
『ええ…そろそろ、第1ゲートです。映像に集中しましょう』
『はい──』
そこまでは、小競り合いをすることもなくレッドゾーンを目指す3機──ルーパス、オータ、ポリスの3チーム──
最初に仕掛けたのは、上方に位置していたカナリアバード…スラスターを上に噴射して、真下のZカスタムに、下方向へのプレッシャーをかける。そのカナリアバードの動きに呼応するように、F14も、自身のスラスター噴射により、オレンジゾーンに近い位置まで、機体を移動させる。
Zカスタムが、オレンジゾーンにエスケープするためには、F14を迂回していかないと移動できない状況を作ったのである。
プレッシャーをかけられたZカスタムは、迂回するために、右方向にスラスターの噴射を行う。
当然、カナリアバードも、F14も、Zカスタムを逃がすことはしない。逃がしたのでは、ダブルチームを組んだ意味がないからだ。
カナリアバードが、右斜め上方向へ、スラスターの噴射を行っている。このカナリアバードの動きは、プレッシャーとともに、オータコートの反発作用を利用して、Zカスタム自身によるセルフコントロールを妨害するという意図も含まれる。
そのカナリアバードの動きに対して、F14は、右方向へのスラスター噴射のみで、自らZカスタムへの接近は行わない。
カナリアバードの再接近により、Zカスタムの機体が揺れる。
その揺れは、オータコートの反発作用が発揮されたことを意味している。
「コバンザメに切り替えるか?」
イチロウが、エリナの意見を求める。
『今は、やめておこう──イエローに逃げて──ここでトップを取るのは危険だから』
「了解──」
Zカスタムが、一瞬見せた左方向への動き──それを打ち消す、右方向への機体移動により、Zカスタムは、下方に存在するF14を大きく迂回し、イエローゾーンまでのショートフライトで、カナリアバードの体当たりをやり過ごす。
第1ゲート通過は、レッドゾーン1位通過がポリスチーム、オレンジゾーン2位通過がオータチーム、そして、ルーパスチームは、イエローゾーンを3位通過という、ある意味、予想通りの結果となった。
「さすがに、基本に忠実なプレッシャーをかけてくる──あの部長さんとのバトルの時とは、冷静さが異なってる──」
イチロウが、今の攻防を振り返り、ハルナに自分の感想を伝える。
「ポリスチームは、実際、燃料が、もう保たないはずなんだけどね──」
『カナエさんの力だね──今の最小限のバトルフライトは……あれだけの僅かな動きで、完全に逃げ道を塞がれた…』
「確かに、カナエを相手にした場合、下手なフェイクは全て読まれて阻止される──それくらい、カナエの洞察力は優れていた」
「上からのプレッシャーの後で、こっちが、左に行く瞬間を読み切って、左のコースを完全に塞がれたね──あんなことされたら、はっきり言って打つ手がなくなっちゃう」
『第1ゲートのレッドゾーンを巡るバトル──見た目は地味でしたが、結果的に、ルーパスチームは、レギュラーの2チームに完全に抑えられた形となりました』
フルダチが、トップ3チームの攻防を実況する。
『今、ルーパスが左に動く前に、ポリスは、左に移動しましたよね』
ゲスト解説のユーコは、自分が捉えたバトルの映像シーンを思い起こし、感じた疑問を口に出して伝える。
『そうですか?一瞬のことで、どちらが先に仕掛けたか、私には確認できませんでした──リプレイ映像での確認はできますか?』
フルダチの指示により、メインモニターに、第1ゲートの静かな攻防が再生される。
その映像を確認すると、確かに、Zカスタムが、スラスターを噴射する直前に、カナリアバードの右方向へのスラスターが光を放っていることが確認できた。
再生映像で確認できたことは、左方向へ移動するタイミングのずれは、ほんのわずかではあったが、カナリアバード、Zカスタム、F14の順であった。
『偶然でしょうか?サッカーのPKでは、ゴールキーパーは、キッカーがボールを蹴るのを見て、キャッチする方向を決めたのでは間に合わないとされていますが、一か八か、Zカスタムの移動するタイミングに合わせて動いたということでしょうか?』
『偶然と思いたいですね』
ユーコは、複雑な思いで、リプレイ映像から切り替わった、次の第2ゲートを目指す3機のミニクルーザーを見つめ、小さな声で、コメントの言葉を呟いた。
(予測でも、勘でも、経験の積み重ねでもなく、相手の心が読めるとしたら、ここで、イチロウさんが、カナリさんに勝つ可能性なんかなくなっちゃう──
カナエさんの顔が、あたしの顔にそっくりだって、イチロウさんは、言っていたけど── そのカナエさんが、カナリさんと融合したことが事実なら──そして、カナエさんが、イチロウさんの心を全て見透かすことができるんだとしたら、この7周目、イチロウさんに勝ち目なんかない──
イチロウさんはともかく、ハルナは、その事に、ちゃんと気付いてるのかなぁ?)
「やっぱり、ダブルチームで来られると厳しいね」
ルーパスチームのコントロールルームに居座っているミリーが、エリナに声をかける。
「最悪は、このまま、3位キープでも、優勝の可能性は残るんだけど、クルミさんたちに100%勝てるかどうか、今はわからないから、無理してでも、1位を取っておきたい」
「でも、ここで無理をしたら、クルミさんたちに勝てないかもしれないんでしょ」
「とりあえず、第4ゲートまでは、イチロウたちには無理をさせたくない──第8周で、加速のための燃料が足らなくなったら、絶対に、クルミさんたちには勝つ事はできないから」
「あの──インタビューしたいって──ブシテレビのレポーターさんが、来てます」
ミナトが、コントロールルームをのぞき見て、エリナに、そう伝える。
「とりあえず、今は、ここから離れられないから、入ってもらって」
「はい──あの、あたしも、一緒に聞いてていいですか?」
「構わないけど──ミナトさんのお目当ては、インタビューを聞くことなんですか?」
「あ…エリナさん、お疲れのご様子なので、メイドの立場としては、少し、筋肉を和らげるマッサージでもさせていただこうかと」
「あたしのことは、どうでもいいから、イチロウに手でも振ってあげて──」
「はい、そうします」
しっかりと、エリナの右横に身体を移動させたミナトは、モニター越しに、イチロウに、笑顔を見せ、手を振ってみせる。
「インタビューなら、手短かにお願いします」
「はい──」
「ミリー──けっこうな人口密度になったから、俺たちは、ここから出ないか?カドクラさんも、インタビューの間だけでも、席を外したほうがいいと思いますよ」
「そうだな──そうしようか」
ピットリポート・インタビュアーのスナオ・ハヤカワと入れ替わって、ミリーとエイク、カドクラの3人が、コントロールルームから、外に出る。
「先ほど、第1ゲートを巡る攻防がありましたが、無理にバトルに応じなかったのは、次の第8周での高速バトルのための燃料温存ということでしょうか?」
「理由の第一は、確かにそうです──隠す事ではないので」
「他に理由が?」
「オータチームに1位を取らせたくないのです」
「ああ──ポリスチームは、この後、ピットインの予定のようですね」
「わずかでも、オータチームよりポイントで上回って、この7周めを終えたいと思っています」
振り向きもせず、エリナは、はっきりと、質問に応える。
「他のチームが、オータチームに、連勝されたくないと考えてるのは、わかります──ここで、オータチームに優勝されると、年間優勝が、ほぼ決まってしまいますね」
スナオは、エリナの短い回答をフォローするように、自身の言葉で、簡潔な補足説明を試みる。
「オータチームが、優勝するくらいなら、うちのチームを逃がしてやったほうが、この後の火星ステージ以降のレースがやり易くなると、他のチームに思ってもらいたいのです」
「ここで、それを言ってしまっていいのですか?オータチームも、この放送聴いていますよ」
「もし、気付いていないチームがあるなら、気付いてもらわなくてはならないから──うちをマークするより、他にマークする相手がいるということ、知ってもらわないと」
エリナの口調が、いつになく厳しくなる。
「特にサットンチームへのメッセージということで受け取っていいのですか?」
「何を言ってるの?」
「サットンチームが、ルーパスチームとの直接対決を望んでいること──それを回避したいということですよね」
「あんた、バカじゃないの?よく、そんなんで、あたしにインタビューしに来れたわね──不愉快です──出て行って」
エリナは、Zカスタムのコックピット内の映像と、テレビ放送が捉えたトップ集団3機がフライトしている映像から眼を離さず、スナオに、コントロールルームから出て行くように命じた。
「あの──なにか、失礼なことを言ったのであれば謝罪します」
「サットンチームとのスピードバトルを一番望んでるのは、このあたし──誰も、やめてくれなんて一言だって言ってない──
そんなこともわからないから、出て行ってといいました」
「申し訳ありません──」
「そう素直に謝られたら──」
「名前が、スナオなので──」
「なるほど──わかった、続けましょ…もっと、言いたいこといっぱいあるし」
「あの、不勉強は謝ります…理由を聞いてもいいですか?」
「強さの証明…っていったらいいのかな?」
「はい──」
「さっきの、バーサスシックスで、Zカスタムが、一騎討ちでは負けないことを証明したつもりでいます──そして、今、トップの2チームが、ダブルチームを組んで、あたしたちを潰そうとしてる──今のところ、このダブルチームに無理せずに対抗する手段はありません──」
「無理すれば勝てますか?」
「当たり前でしょ──パイロットもナビも最高のチームなんだから、どんなバトルでも、方法さえ選ばなければ、絶対に勝てますよ」
「凄い自信ですね──」
「計算すれば、結果は出ます」
「でも、目先のバトルに勝っても、優勝は難しい──ということですか?」
「ポイント争いですから──さっきも、言いましたけど、この周回では、ギリギリでも、オータチームよりも上位のポジションを維持する──
たとえ、5ポイントだけでも──上にいることが重要なんです──あくまでも、あたしのこだわりですが」
「ダブルチームで挑んでもなお、鼻差すらかわすことができない──そういう事実を作りたいということですか?」
「ニュアンスは、合ってます──あたしも、うまく言葉で表現できないんですけどね
ボールチームとは、戦う土俵が違うので、バトルにはなりません…トーナメントで言えば、1チームずつ確実に潰して優勝したい──そのために、サブマリンは叩きつぶしました──そして、ここでも、ポリスとオータの2チームに勝ったという証明をしておきたい──その3チームに全て勝った上で、サットンチームのプラチナリリィと、スピード勝負をしてみたい──彼女たちに勝てないで、優勝とかしても、あんまり嬉しくない」
「あんまり…ですか?」
「あ…嬉しいですよ──そりゃ、優勝すれば、いっぱいご褒美をもらえるし──もちろん、賞金もいっぱい貰えるから、どうしようもない石潰しを養っていくこともできるようになるし」
『それって、俺のことか?』
それまで、黙って聞いていたイチロウが、わざとらしく拗ねた表情になって、エリナに問いかける。
「イチロウ、ギン、それと、ハルナと、アカギさん、シラネさん──無職のクルーばっかり、このところ増えてて困ってるから」
『それは、悪かった──働かざる者食うべからずだったよな』
「そういうこと──」
『あの…ハルナも石潰しの一人ですか?』
「うん──持参金がいっぱいあればいいとか思ってるなら、すぐにルーパス号降りてもらうからね──働いて貰わないと」
『あの──お姉さまが、賞金稼ぎがお嫌いだと言ったので、ハルナは、賞金稼ぎを廃業したのですよ』
「だったら、やめなくてもいいよ──あたしは、お金が欲しいんじゃなくて、働いて欲しいだけだから──他に取り得がないなら、賞金稼ぎで構わない」
『わかりました──そうします』
「イチロウくんは、無理して仕事しなくていいからね──ちゃんと夜のお勤めだけしてくれれば、あたしが、食べさせてあげるから」
「ちょ──ミナトさん──」
ミナトの無邪気な申し出に、イチロウは、わざとらしく狼狽した顔で、突っ込みをいれる。
『ミナトさん…すごく、ありがたい言葉だけど、俺は、配送の仕事が好きになったみたいなんだ──受け取った人の嬉しそうな顔を見ると、こっちも幸せになれる気がするからね』
「残念です──」
「とりあえず、他に聞くことなければ、インタビューはここまでってことで──」
「はい──忙しい中、応じていただき、ありがとうございました」
「遠慮しないで──こっちも、言いたいこと言えたし──スナオさんも、お仕事がんばってね──」
「はい…精一杯、この仕事がんばります──
では、放送席にマイクを返します──」
その後の第2ゲート、第3ゲートでも、全く同じ展開で、1位通過がポリスチーム、そして、2位通過がオータチームということで、ルーパスチームは、第1ゲートから第3ゲートまで、すべて3位通過という結果となった。
『トップ集団の中では、ポリスチームが、難なく1位のレッドゾーン通過をクリアしていますが、中団以降の、ボールチーム包囲網は、功を奏しているようですね』
『確かに、第3ゲートのここまで、ボールチームは、ボーナスポイントを取る事ができていません』
『第1ゲートから第3ゲートまでの、ボーナスポイントは、すべて、ウイングチームがゲットしていますね──どういうことでしょう』
「どうも、こうも、今回は、単に運がいいだけなんだけど──ターゲットが、ほぼ目の前に現れてくれるから」
ウミは、こみ上げる笑いを堪えることなく、文字通りケラケラと笑いながら、放送席の疑問に応える。もっとも、その返答は、放送席には伝わらなかったのだが──
「そうだね──いつも、これだけ調子よく事が運べば、変な小細工しなくて済むんだけど」
「あのターゲットの出現ポイントだけは、あたしたちの能力でも、どうにもできなかったからね」
「でも、これだけ、クラッシュボールに近づいているわけだから、目の前に現れたからってことで、一瞬でも気を抜いたら、取られちゃうよね──」
「うん──さっきの第3ゲートは、ちょっとヤバかったしね」
『第3ゲートのボーナスポイントをウイングチームがゲットしたことで、1位のボールチームと、ウイングチームのポイント差は、315点です──次もボーナスポイントをゲットできれば、ボールチームとのポイント差は15ポイントにまで縮まります』
『ボールチームがノーポイントであれば…ですけどね』
「そんなこと言われたら、狙ってみたくなっちゃうじゃない──」
「でも、このフォーメーションだから、無理なくボールチームに取られないで済んでるんだよ」
「そんなこと、サエに言われなくたって、わかってるって」
「優勝は狙いたいけど、まずは、ボールチームを抑える事が一番の課題だから──どっちみち、8周目は、こんな綺麗なフォーメーションを維持できないでしょ」
「オーラスは、なんでもありだからね──スピードが出せるチームは、当然、このフォーメーションから抜け出して、ゲートポイントを狙うだろうし」
「そういうこと──」
「あたしたちは、どうするんだっけ?」
「シティウルフのお兄ちゃんの援護射撃でしょ──」
「ちゃんと気付いてくれると嬉しいけどね」
「いっぱい、意地悪しちゃったから、きっと気付いてくれないと思うよ」
「それも、しょうがないか──」
「エリナ姉さんの裸とかあげても、シャドーマスターほどは、喜ばなさそうだし──」
「たぶん、見飽きるくらい見てると思うよ──エリナ姉さん、ガード緩そうだし──普段はブラも付けてないみたいだし──」
「まぁ、あの体型なら、必要ないかもね──」
ボールチームをマークする11機のフォーメーションは、この7周目に関する限り、うまく機能していた。
そして、ルーパスをマークする2チーム──オータチームと、ポリスチームは、どちらかと言うと、ポリスチームの先を制する能力が100%発揮されていることで、第3ゲートまで、完璧にルーパスチームを抑えきっている。
『後の先──という言葉がありますが、ポリスチームの動きは、先の先──必ず、ルーパスチームがエスケープするほうへと、先の移動を果たしています』
イマノミヤの解説は、ユーコの考えを肯定するものだった。
『第1ゲートから第3ゲートまで、必ず、ポリスチームが横の動きを先に仕掛けています。ルーパスチームは、その動きにつられるように、移動をしているのは確かなようです』
『ポリスチームのよそ見に、ルーパスチームが、つられているような感覚なのでしょうか?』
『見た目はそうでしょうが──内容は、まったく違うと思いますよ』
(言っていいのかな?カナエさんのこと──)
そのトップ3チームは、第4ゲートに最接近を果たしている。
相変わらずの3機のフォーメーション──上から、ポリス…ルーパス…オータの3チームが並ぶ──
「横の動きは、3回ともカナエに見破られた──」
「後ろに下がる?それとも前へ出る?」
「後ろは論外だろう──いや──エリナ、ちょっと試したいことがある──やってみていいか?」
『うん──とりあえず、3位キープできれば、何をやってもいいよ──この後、オータチームが、残り全部1位を取っても、うちの順位を上回れないはずだから──』
「オータチームに1位を取らせてみる──」
ポリスチームが、ゲート手前で、下方向にプレッシャーをかけてきた直後、Zカスタムは、前方のスラスター噴射で僅かに後退する。
ここまでの3回、左右の動きは読まれて、先にポリスチームに動かれてしまっていた。
そして、今回も、ポリスチームは、ルーパスチームより先に、機体を後退させたのである。
当然、この動きをオータチームは予測することはできていない。
ルーパスチームにとっては、F14が、先行したことで、下方向へのバリアーが解かれた形となった。
そして、そのまま、Zカスタムは、F14の後方をエスケープコースにしてオレンジゾーンへの脱出を図る。
先に後退の動きを行ったカナリアバードは、そのまま下へのプレッシャーを強化させ、Zカスタムをイエローゾーン付近まで押しつぶす動きをみせる。
試みが成功したことをイチロウは確信して、ここは、悪あがきをせずに、カナリアバードのプレッシャーにより発生したオータコートの反発作用に機体を任せるように、イエローゾーンまで移動していく。
結果としては、ポリス、ルーパスの2チームが後退したことで、第4ゲートは、オータチームがレッドゾーンを1位で通過した。
「やっぱり、ポリスは、こっちの動きに動きを合わせてくる──突破口は見えた」
『第5ゲート──後退することで、下に逃げることができる──イチロウがやりたいこと理解したよ』
「次も、今のように、ついてきてくれるでしょうか?」
ハルナは、一人冷静になって呟く。
「ついてこなければ、ポリスのプレッシャーがなくなるってことだ──思いっきり加速できる──F14を下から、ぶち抜けるってわけだ」
そのイチロウの言葉が、伝わったかのように、ポリスチームとオータチームの位置が、入れ替わっている。
第4ゲートを3位通過したZカスタムの下に、カナリアバードが移動し、上にオータチームが乗っかるフォーメーションとなっている。
「上には、行かせないってことか──」
『イチロウ──熱くならないで──ここは、もう目的は果たしたから──残り全部3位通過でいいよ』
「ここで引いたら、完全勝利と言えない──気分的なものだけど──悪あがきさせてくれないか──燃料も、まだ充分ある──それに、一騎討ちにもっていければ、ポリスに勝つ方法は、まだ残ってる」
『第5ゲートでカナエさんに負けたら…その時は諦めてね──』
「その時は、しょうがない──が、諦めると言う言葉は、好きじゃない」
『ごめん──でも、これも作戦だから──優勝するための──』
「わかってるさ」
第5ゲートでは、それまでとは機体の位置が入れ替わった状態でのバトルとなった。
上にオータチームのF14がいることで、さっきのように後退してオータチームをかわすことはできない。
前に出る作戦も試してみたかったが、下から、ポリスチームのプレッシャーが来る事はわかっているので、プレッシャーが来てから、前進することは、おそらく不可能に近いことだとわかっている。
プレッシャーがかかる前に、前に出る事ができれば──とイチロウは考えてはいたが、カナエの先読みの能力を考えると、それも読まれてしまうことが充分に予測できた。
(やってみるしか手はないしな──)
第5ゲート通過直前、カナリアバードが、さっきの第4ゲートとは逆に、下から突きあげるように、プレッシャーをかけてくる。
作戦に迷いはない──イチロウは、前方のスタスタ―を噴射することで、僅かに後退する。そして、そのスラスター噴射を停め、前進加速のためのバーニアに点火する。
( く──つられていないのか?)
カナリアバードは、浮上してZカスタムの眼の前にいる。頭を抑えられてしまったことで、加速速度が発揮できない。オータコートの反発作用が働いて、後方に押し戻された格好になってしまったからだ。
『残念だが──フェイクは通用しない──』
それまで、無言のバトルを続けていたカナリから、Zカスタムのコックピットにメッセージが届く。
「それでも、悪あがきの方法は、まだある──」
『無駄な悪あがきは、無駄に燃料を消費するだけだ──』
「そっちの燃料は、もういくらもないんだろう──」
『わたしたちは、この後、ピットインだ──このバトルで、燃料を使い果たすつもりで戦っている──この7周までなら、燃料を心配する必要は全くない──』
「く……」
『イチロウ──悪いけど──』
「わかった…ここからは、エリナの指示に従う…わがままを言って悪かった」
(ごめんね──イチロウ)
その時、イチロウにとって、懐かしい思念が、はっきりとした言葉となって、イチロウの頭の中に、響いた。
(意地悪するつもりじゃないんだけど…イチロウの心は、みんなわかる──)
(カナエか──)
(イチロウに伝えたいことがある…言っておきたいことがあるから──でも今は、イチロウを、これ以上動揺させたくないから言えない──大丈夫──イチロウなら、優勝できる──ハルナさんや、エリナさんの言うことをイチロウがちゃんと聞いてあげれば…ね)
(そうか──カナエに巡り合うのは、もっと先のことだと思っていた──今は、嬉しいとしか言えない)
(そうだね──あたしも、嬉しいよ)
第5ゲートを巡る攻防は、レッドゾーン1位がオータチーム、オレンジゾーン2位がポリスチームという結果となった。
ルーパスチームは、3位でイエローゾーンを通過──そのまま、イエローゾーンのスクリーンを狙う位置に留まった。
レッドゾーンコースに留まったのは、オータチームのF14とポリスチームのカナリアバード。
『へたに、加速すると、きっと、カナリさんが、やってくるから、ここはポリスチームの顔を立てましょう』
「その加速作戦も読まれるとしたら、こっちには打つ手がない──どんなにこっちの加速性能が優れていても、一瞬早く、あっちに加速されたら、追いつけない──元々、オータチームと違って、ポリスチームのカナリアバードは、スピードタイプのチューニングをしていると聞いてるからな」
「イチロウ…もっと、悔しがるかと思ったけど──意外とケロリとしてるね」
ハルナが訝しんだ通り、イチロウは、口元に笑みを浮かべている。
「俺ももっと、精神を鍛えなくては…と実感したんだ──エリナ──」
『なんでしょうか、イチロウ様』
「ここからは、全て、エリナの指示に従う──口答えはしないから、遠慮のない作戦指示をしてくれ」
『うん…これ以上イチロウが、我がまま言うなら、蹴飛ばしてやろうって思ってた──素直でよろしい──とりあえず、ここは無理しないで3位狙い──8周目に残す燃料は決まってるから、前進後退をこまめにやって、適正な量になるように、うまく調整してね──けっこう、バトルするより難しいよ──できる?』
「エリナ様の指示とあれば、どんな困難にも立ち向かいますよ」
『素直で、よろしい──』
「エリナ──」
『なぁに?』
「絶対、勝とうな──このレース」
『もちろんだよ』
「お姉さま──ハルナにも、指示をください──」
『今は、ハルナの全力で、イチロウをフォローしてあげてね──細かい指示は、きちんとするから──どっちかというとハルナの仕事のほうが難しいよ、こっからはね──』」