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届け物は優勝杯  作者: 新井 富雄
第15章 友達
63/73

ー57ー

この章で、最終章とする予定でしたが、完結しませんでした。

できれば、この話を開始した4月15日・・・最終章をアップしたいと

考えております。

では、半年以上、間があきましたが、必ず、完結させます。

よろしくお願いいたします。

 地球を舞台とした太陽系レースの決勝戦は、クイズセッションを終え、ゲートセッションも、その8分の3を消化していた。

残り5周を残して、ピットインし、燃料の補給を行う8つのチームは、それぞれのパドックで、作業を行っていた。

8チームとも、作業のメインは、当然ながら固形燃料を補給することであったが、この後の作戦の確認や、パイロット・ナビゲータに異常があった場合の交代も、基本的には、この燃料補給のピットインのタイミングで、行うこととなる。事実、2周目の終わりでピットインしたポリスチームは、2周目までで、予定以上に消費した燃料の補給をしなくてはならないという目的もあったが、それ以上に、身体に異常を来したカナリ・シルフ・オカダを、メカニック担当のミッキー・ライヒネンと交代させる必要性が大きかった。

結果的には、ピットインをしている間、カナリは、遠い過去から遺されていた、カナエ・アイダの残留思念──というか、カナエの人格との融合を果たしたことで、極端な精神の不安定さから回復を果たす事ができ、レースコースへ復帰することができた。

その、ポリスチームは、カナリの覚醒により、そのもともと備えている機体性能以上のパフォーマンスを展開──超高速フライトから、180度回転し、後方バーニアを進行方向に噴出し、制動を掛けるという離れ業を演じ、ルーパスチームとボールチームを抑え込み、トップに立つことに成功していた。


「カナリ……お前、身体はなんともないのか?」

「もちろんですよ……部長はきつそうですね…相当──」

「無茶し過ぎだ……」

「でも、ああでもしなければ、ルーパスに先に行かれていました」

 ブシランチャーへのタッチが一番早かったカナリアバードが、そのまま先頭をキープするが、ここは、もう追いつく必要がないことから、3周めに見せたような加速をしたりはしない。

ほぼ同時にタッチを済ませた、ボールチームとルーパスチームが、追いついてくることは、わかっている。

ボールチームの加速性能はたかが知れているが、加速性能がダントツのルーパスチームのZカスタムは、必ず、カナリアバードを上回る速度で、ついてくる。

だから、無理はしない。

追いつかせた上で、バトルでポイントを取る。

そう、カナリは決めていた。

カナエの予知能力を得たカナリは、最善の策を取っているという自信がある。

パートナーであるジョン・レスリーの身体のことも知っていた。

ジョン・レスリーが急減速によるGに耐えられるのは、たったの1回──既に、ポリスチームは、1回の給油を済ませ、残りの周回を給油なしで飛ばなければならない状況となっている。

ポリスチームは、燃料を節約していかなければ、ならない。

だから、余計な加速をしない。

この周回に関しては、有力なチームは、給油のためのピットインを済ませている。

バトルをしなくても、高得点を得る事は、今までの周回よりも遥かに容易でもある。


『イマノミヤさん……どう思われますか?先ほどのタッチダウン直前の急減速については』

 常に興奮気味の実況をする印象で知られるフルダチの、やや冷めた質問に、イマノミヤも、少し戸惑うが、フルダチの意図することは、わかっている。

自身から、どのような回答を得ようとしているかも、イマノミヤは、当然、わかっていた。

『明らかな、レギュレーション違反ですね…なんのために、タッチダウンのルールがあるか……それは、チキンレースをやる為ではありません……命を守る為です』

『減速のタイミングについては、ルール上は、細かい速度制限などは、規定されていないですが、タッチダウンの前に、他のチームを妨害することのない、速やかな減速をすることは、義務付けられています……

 今のは、明らかに危険なフライトです……審査班から、3チームに、何らかのペナルティか、それに準ずる制裁措置が取られても、おかしくないですね』


「ハルナ……お前……」

「うん……ちょっと、これ以上は無理みたい……悔しいけど、もう1回やったら、身体が、言うこと聞いてくれなくなりそうなんだ──ごめんね、イチロウ」

『イチロウ……今の減速……ペナルティだって』

 エリナの寂しそうな表情と言葉が、モニター越しに伝えられる。

「エリナ……全て俺が悪い……調子に乗り過ぎた。ハルナにも、こんなに負担をかけた」

『そうだね……イチロウは、なんともない?』

「俺は、大丈夫だ──不思議なことに」

『Zカスタムは、イチロウを守るために作ったクルーザーだからね……何が起ころうと、イチロウの命だけは最優先に守るようにプログラムが働くようになってるの……だから、ハルナが犠牲になった……悪いのは、あたしのほう──ちゃんと、ハルナを守れるようにチューニングできなかった』

「お姉さま……それは違います──もともと、麻痺薬も、連続服用するようには作られていないんです……ハルナの過信が、みんなに迷惑を掛けてしまいました」

『とにかく、今は、少し休んで……ハルナ……いい?』

「はい……」

『この周回は、3位キープでいいから……とにかく、安全にピットまで辿りついて』

「エリナは、こうなることを知っていたのか?」

 イチロウが、エリナを問い詰める。

『うん……計算すれば、わかることだから…ごめんね、ハルナ』

「イチロウも、そんな怖い顔しないで……ピットインの時、少し休めば……きっと、元に戻るから」

 青ざめた顔のハルナのピンクの唇から、漏れるような小さな声が、イチロウの耳に痛々しく伝わる。

「そうなのか?エリナ…少し休むくらいで、なんとかなるのか?」

『……』

 エリナは、無言で下を向く。


『今、審査役から連絡がありました。ルーパス、ポリス、ボールの3チームは、安全基準違反フライトということで、イエローカード15ポイントの減点……ペナルティが通告されました』

 フルダチが、冷静に伝える。

『イエローカードですから、次同じようなフライトを行ったら、失格ということになります』

『あの急減速で、無事でいられるということが信じられないです』

『いえ、無事ではないでしょう』

『ポリスチームのカナリア……カナリ・オカダは笑っていますよ』

 ポリスチームのカナリアバードには、機内撮影用のカメラが搭載されている。その映像に映る、カナリの顔は、冷静に前を見つめ、口元には、確かに笑みが見える。

しかし、その横のナビゲータシートに座るジョン・レスリーの顔には、玉の汗が浮かび、シートに深く腰を降ろした姿は、相当、憔悴しているように見える。

『いずれにしても、あの急減速は、もう実行されることはないでしょうから』

『そうですね……次やったら失格……でも、スポーツって、人間の限界に挑むものですよね……なんで、規制しちゃうのかな?』

 ユーコの呟くような言葉が、放送用のマイクから伝えられる。

『それは…もちろん、命の危険には変えられませんから──』

 イマノミヤの冷静な言葉に反応して、ユーコは、きつい目つきで、イマノミヤの顔に視線を移す。

『イマノミヤさんは、わたしのプレイの真似ってできます?』

『え?どういうことですか?』

 ユーコの質問の意味を咄嗟には理解できず、イマノミヤは聞き返す。

『バイシクルシュートや、バナナシュート、サテライトキャノンシュートとか、真似できますか?』

『真似ごとくらいなら……』

『真似ごと……ですか?』

『いや、真似することも、難しい事は知ってるつもりですが……』

『では…国際大会で、その真似ごとのシュートを決める自信がありますか?』

『いえ…自信もなにも、真似ごとさえもできないでしょう』

『わたしは……限界を超える修練を積んでいるから、自信を持って決めることができるんですよ』

『……』

『減速Gに耐えられる肉体改造……事実、カナリ・オカダや、イチロウ・タカシマは、耐えているじゃないですか……平気な顔をしているじゃないですか』

『それは……』

 マイクが、自分の声をしっかりと、視聴者に伝えてくれることを、ゲスト解説者のユーコ・ハットリは、当然、知っている──それでも、ユーコは、目の前に置かれた、ゲスト解説者用のマイクを、手に握って、口元に近づけ、一呼吸だけ間を置くと、いつにない大きな声で、そのマイクに向かって叫んでいた。

『ルーパスチームのハルナ・カドクラ──ポリスチームのジョン・レスリー・マッコーエン──あなたたち、それでも、レギュラーですか?

 そんな苦しそうな顔をするくらいなら、初めから、無茶なことをやるのはやめてください……やるからには、例え、身体がバラバラになるくらい苦しくとも、笑っていられるように、精神力を鍛えてください』

 ユーコは、マイクを通して、二人に、そのようにメッセージを送る。

『不正を働いたわけではないのでしょう…太陽系レースの進化を妨げるような前例を作ることは、やめてください』

『ハットリさん……ペナルティ裁定は、決定事項なんです……それくらいで──』

『ハルナ……リタイヤなんかしたら、もう友達じゃないからね』


「ごめんね──ユーコ……心配させちゃって……イチロウも、そんな顔しないの……ハルナは平気だから──ユーコの言うとおり、もっともっと、精神を鍛えなくっちゃ」

「俺たちはレギュラーチームじゃないんだけどなぁ……でも、ユーコちゃん……すごいな──親友なんだろう?」

「ユーコには、そういう言葉を言う資格がある……決して、弱音を吐かない──何があろうが、涙を見せない──ハルナとは大違い…だから、ハルナは、少しでも、ユーコに近づきたい…ずっと、そう思ってるんだけど……クイズの時も、泣いちゃったし……だめだね──ハルナは、ずっと甘ったれで……

 お姉さま──」

『なぁに──改まって……』

「この後のピットイン──癒しの魔法をハルナにかけてください」

『何をすればいいの?』

「ピットインしたら、方法を教えます」

『キスとかハグなら、いくらでもしてあげるよ』

「もう──」

『違うの?』

「違います」

『時間のかかることはできないよ──ピットインの間、機体のメンテナンスしなくちゃならないんだし──準備が必要なことなら、ちゃんと、今言っておいてくれないと──』

「そうか……そうですよね──」

『そうだよ…だから、ちゃんと教えて』

「ピットインしたら、少し眠りたいんです。3分間だけでいいので……3分経ったら、叩き起こしてください」

『起こせばいいの?』

「はい──」

『本当に、それだけ?あたしが、忙しいようなこと言ったから、本音を言ってないんじゃないの?』

「お姉さま──」

『ちゃんと言って──ナビゲータとパイロットを勇気づけるのも、メカニックの仕事なんだから』

「では…ピットインしたら、お姉さまの膝枕で、子守唄を歌ってもらえますか?」

『そんなこと?いいよ──でも、あたし、歌は、めちゃくちゃ下手くそだよ』

「知ってます──」

『う~ん……ハルナの願いだからね……何でもするって、さっき言ったし──子守唄はともかく、膝枕くらいは、お易いご用だよ』

「ありがとうございます──お姉さま」


『第4周の第1ゲートをトップで通過したのは、ポリスチームです──そして、ボールチームが、第2位で通過します。

 そして、ほんのわずか遅れて、ルーパスチームが……今、通過しました』

『実際は、ポリスチームは、もうピットインすることはないでしょうから──減速で、無茶をやるのは、あの周のあのタイミングだけでしょう──ペナルティが15ポイントで済んだことを、むしろ、喜んでいるのではないでしょうか』

『残り5周──給油なしで、飛び切ることが可能でしょうか?』

『当然、バトルの回数は減るでしょうね』

『バトルを仕掛ければ、当然、燃料を消費するしかないですからね』

『逆に、給油を1周遅らせたルーパスチームは、6・7・8の3周については、目いっぱいのパフォーマンスが可能ということですよね』

『そうです──今、3周を終えた時点で、ポイントとしては、ポリスチームが5580ポイントで9位──ルーパスチームが、6620ポイントで5位です。ボールチームが、7050ポイントの3位…ここで、一気にポリスチームが、ルーパスチームをポイントで上回ることは可能でしょうか』

『この周回では厳しいでしょうね……ただ、このまま、ポリスチームが1位をキープすることができれば、次の周回…4周目の終わりで、ルーパスチームはピットインですから、確実に、ポリスチームは、5周目の途中で、ポイントで上回ることができるでしょうね』

『急減速の作戦を封じられたルーパスチームは、5周目のピットインから復帰した時の位置どりが、どうなるか──加速性能はダントツのルーパスチームのZカスタムです。5周目のどのゲート周辺で、先頭集団に追いつくことができるかが……見どころとなるでしょう』


「ボールチームは、立体的なフライトについては申し分ない性能を誇るが、バトル性能は大したことはない──」

「今のわたしに、ついて来れる機体など、存在しませんよ……部長」

「そうでもない──少なくとも、ルーパスのZカスタムは、停止することを考えなければ、加速性能がダントツだ」

「最終周で、追いつくのは難しいとは思っていますよ──あのスピードだけは、無視できるものではない──レギュラーチームで、あの加速性能を持つ機体はないからな──最終周は、バトルをするまでもなく、置いていかれるだろうな」

「つまり、第7周までで、アドバンテージを築かなくてはならない──あと4周……部長には無茶をしていただきますよ」

「苦しそうにしていたら、ゲストのお姉ちゃんに、サテライトキャノンシュートとかいうヤツをぶち込まれかねないからな……肝に命じておこう」


「今日のポリスチームは、一味違うようだな……」

「そうでなければ、面白くないでしょ……まさか、別人格が憑依しちゃうって展開は、このニレキア様でも、想像できなかったけど」

「うん、そうみたいだなぁ……ニレキアは、面白いか?」

「苦しそうな顔を見てるのは面白い──特に、屈強な男が、喘いでいるのをみると癒してあげたくて、ドキドキするよ」

「ニレキアは、変態さんだからな」

「変態って言わないでよ」

「でも、他の人と違っているほうがいいんだろう?」

「うん……あの変態エリナの唯一の親友という立場としてはね……

 変態仲間が増えるのは、大歓迎だ──二重人格……100年の時を越え交わされたヒュージョンとか、変態っぽいじゃないか」

「その変態カナリアちゃんに、バトルを仕掛けなくっても、いいのかい?」

「仕掛けたいのはヤマヤマなんだけど……燃料消費は最低限にしなくては、ならないし……なんと言っても、こっちは、今回、ノンストップ作戦だからなぁ……

 スティン……お前が、足りなくなった燃料をテレポートで、燃料庫に転送できるなら、バトルを仕掛けてやってもいいんだが──無理だろう?」

「あの変態エリナちゃんの協力があれば、あながち、無理とは言い切れないんだけどな」

「エリナの協力があればか?」

「あのエリナちゃんが、婚約発表しちゃうとは……」

「変態エリナファンクラブの会員としては、夢破れて残念なんじゃない?」

「ニレキアも、無駄口叩いてる暇があったら、そろそろ第2ゲートだよ」

「Zカスタムが仕掛けてくるかな?」

「来ると思うよ」

「どこのチームも、うちを不気味と思ってるはず。バトルに絡まないのに、いつの間にか、3位の位置をキープしてる……そんな変態チームだからね」

「このクラッシュボールも、エリナちゃん製造なんだって……あのオオカミカップルにわからせるいいチャンスだよね……次の周回は、あの子たち、ピットイン……そして、あのうるさいシャドーマスターさんたちも戻ってくるし──」

「ニレキアは、バトルしたいのか?」

「ちょっと、ハジメに相談してみるよ」

『ずっと聞いていたよ──』

「やってもいい?」

『今、残りの燃料消費の再計算している──

第5ゲートから後……第8ゲートまでの4つ…そこならば、許可する』

「それ以上は、燃料がもたないってことね」

『そういうことだ──とりあえず、第4ゲートまでは、ルーパスに前を譲って……そこから勝負だ』

「了解!!」


『おや……ボールチームが、ルーパスチームに、前を譲りましたね』

『もともとノンストップ作戦のボールチームですからね──無駄なバトルはしないでしょう』

『これで、ルーパスチームは、この周回は、第2位確保が見えましたね』

『この順位で、ポリスが、1位キープ……そして、ルーパスチームが2位キープをするとすると、ポリスとルーパスの点差は、530ポイントに縮まります』

『それでも、この周回で、ボールチームが、無理せず3位キープすることができれば、ポイントでは、ウイングチームを上回ります……ペナルティの15ポイントを引いて計算した結果が、7945ポイントとなります…現在、ピットイン中のウイングチームが、この周回でノーポイントであった場合、ボールチームが暫定1位となります』

『ボールチームのクラッシュボールS2110は、ルーパスチームのメカニックである、エリナ・イーストが製造してチューニングを施した機体ですよね』

『よくご存知ですね……そのとおりですよ』

『イマノミヤさんは、このままの順位キープで済むと思っていないですよね』

『どこかで、仕掛けますか?』

『少なくとも、第8ゲートでは、ルーパスはピットインのための減速をする筈ですから、そこでは、なんらかの動きはあるでしょうね』


『ハルナ……ボールチームが仕掛けてきたら、対応できる?』

「もちろんですよ……お姉さま」

「次は、ピットインの周回なんだ──ここでポイントを稼がないで、どうやって優勝するか、逆にその方法を聞きたい」

『あたしが心配してるのは、ハルナの身体のことだよ……イチロウは、案外、ハルナに冷たいんだね』

「出会って、1週間だからな──」

『なによ……付き合いが短いから……』

「ハルナが、これくらいで音を上げる女じゃないってことは、よくわかってる──俺のナビを勤めるのは、もうハルナしかいない──ボールチームの機体の癖とか、そういうのをエリナは知ってるはずだよな──エリナ。

 バトルになったら、お前のことも頼りにしてるからさ」

『もう──それでいいの?ハルナは』

「はい──」

『ハルナは、もっと利口な女の子だと思っていたのに…』

「えへへ…お姉さまの妹ですから」


 第2ゲートと第3ゲートは、ルーパスチームが、ポリスチームに続き第2位で、すんなりと通過することができた。

そこへ、ボールチームのコックピットからZカスタムのコックピットへ通信が届く。

『宣戦布告──していいですか?シティウルフさん…そして、ピンクルージュさん──』

「ニレキアさん?」

『はい──エリナの無二の親友のニレキアですよ……』

「バトルの申し入れなら、受けて立ちますよ──」

『この周回──第5ゲートから第8ゲートのオレンジゾーンの争奪バトル……よろしくね……エリナも、ちゃんと聞いてる?』

『それだけ大声で宣言されたら、聞きたくなくたって聞こえます──ニレキアは、あの減速でなんともないの?』

『ずっと、エリナの作ったじゃじゃ馬の機体を扱っているんだ──

 だから、いつも言ってる──男の子を手玉に取るより、エリナの機体を制御するほうが、百倍難しいって──自然に体力も知恵も付くさ

だから、ハルナちゃん、疲れたとか言ってる暇があったら、もっと、もっとエリナにたくさんのテクニックを教えてもらうこと──今は、このニレキア姉さんが、バトルの極意を伝授してあげる……大サービスだから──ありがたく、受け取りな!!』

「はい!!」

『素直でいい…じゃ、がんばって』

 ニレキアからの通信は、そこで途切れた。

 そして、クラッシュボールの機体が、Zカスタムのすぐ近くまで接近してくる。

コックピットを確認できるほどの位置まで接近してきたクラッシュボールの丸い機体──中央の窓からニレキアが手を振っているのが、ハルナの瞳に映る。

赤い髪──ハルナがいつも憧れている濃いピンクの髪を想わせる赤い髪が、簡易ヘルメットからはみ出していて、眼にまぶしい。

そして、ハルナの唯一の身体的特徴である母譲りのピンクの瞳──それに対して、ニレキアの瞳は燃えるような赤い色である。

そのニレキアが、優しく微笑んでいる。

「お姉さまは、とても美しい親友を持ってて羨ましいです」

 ハルナが、思った通りの言葉を、呟く。

『ハルナだって、あたしに較べたら、百倍は美人だと思うよ』

「なんで、お姉さまとハルナを較べるんですか?」

『あたしは、ほら、いつも服がダサイとか、髪の毛もほったらかしだとか、ミリーに言われているんだけどさ──

 そういうのが、余り気にならない……って言うか、どんなに、いじっても、元が大したことないんだから、諦めてるっていうか』

「元が大したことないのは、ハルナも一緒ですよ」

『嘘──』

「今日の温泉で、ハルナの化粧を落とした素顔を、お姉さまだけに、見せてあげます」

『温泉かぁ……はぁぁ、それも憂鬱──』

「胸の小さいのは、大きくすることができます──大きく見せる事もできるし」

「ハルナ、ちょっと緊張感なさすぎなんじゃないか?」

「お姉さまとガールズトークをしてることがハルナの癒しになるんだよ──ハルナに無茶をさせたイチロウには、口を挟んで欲しくないなぁ」

「それは、悪いと思っている──」

「そこで、暗くならない……冗談なんだからさ……イチロウ──何度も言ってきたけど、この後も何度も言うけど──絶対、勝つから──どんな方法を取ろうと──絶対、勝つから!!」

「わかったよ」


 第4ゲートを通過した直後に、ボールチームが加速をして、Zカスタムの前に出る。

それが、バトルスタートの合図であることを察知したイチロウは、クラッシュボールと同速度まで、加速する。

ボールタイプの丸い機体──それが、ボールチームのクラッシュボールS2110であるが、バーニアとスラスターの配置が、自由自在に変化することから、あらゆる作戦に適応させることができる──制作したエリナが言うところの最高傑作のオリジナルクルーザーである。

加速性能をある程度犠牲にしていることから、スピード勝負で常勝というわけにはいかないが、太陽系レースのレギュレーションの中では、唯一、無理することなくノンストップ作戦をチョイスすることができる機体の一つでもある。

 そのバランス性能に特化した機体が、Zカスタムとの1対1のバトルを望んでいるのだ。

逃げるわけにはいかない。


第5ゲートの手前で、クラッシュボールが、Zカスタムに体当たりを仕掛ける。

相手の出方を伺っていたイチロウとハルナは、オータコートによる自然反発のため、弾かれる形でスライドした機体を安定させる。


『珍しくボールチームが、体当たりを仕掛けました。今まで、このような作戦をとる事のなかったボールチームですが、ポイントをより多く獲得するための作戦と見ていいのでしょうか?』

『ノンストップ作戦を実行するためには、バトルを回避することが、重要なのですが……燃料消費をさせるために、他のチームが仕掛けることがあったとしても、自ら仕掛けていくことは、まったく、考えられません』

『熱くなっちゃったんじゃないですか?ペナルティとか、食らっちゃったから──』

『そう思いますか?ハットリさんは…』

『いえ……全然……』

『ボールチームは、冷静そのものですよね』

『そうですね……ルーパスチームは、なんか、いろいろと、ちょっかい出してみたくなっちゃうんじゃないですかね……作戦とか別にして……』

『案外、その考えが当たってるのかもしれませんね』

『一度は弾かれたZカスタムですが、ボールチームは、追撃に行きません。これでは、順位は、まだ変わりません──いえ……行きました。超立体的フライトを得意とするクラッシュボールならではの動きで、Zカスタムの軌道を変えようとしていますね』

 オレンジゾーンを通過するためには、当然ながらオレンジゾーンに留まる必要がある。

クラッシュボールの小刻みな体当たりが、Zカスタムをある位置へと誘導していく。

そこは、上方…レッドゾーンとの境界ライン──レッドゾーンコースは、既にポリスチームが支配し、ルーパス、ボール双方が加速して、わずかでも、ポリスの前を行くようであれば、ポリスも同速度に加速している。

『狙いは、ゲートぎりぎりまで、コバンザメのように張り付いて、最後のタイミングで、レッドゾーン方向へ押し出す……という動き──ですね』

『あの執拗なボールチームのアタックから逃れることができなければ、追い込まれたルーパスチームは、ポイントを得ることができなくなります』


「エリナ……どうする?」

『どうする……って言われたって──ああ、しつこくまとわりつかれたら、離れるのは難しいよ』

「ここは、一旦引くしかないか?」

『そうだね……ノーポイントだけは避けないと──後続のチームは追いついて来ていないから──しょうがないね……ここは、3位に甘んじよう』

 Zカスタムは、僅かな前方へのスラスター噴射をすることで、ボールチームに2位のポジションを明け渡した。

オレンジゾーンから逃れて、イエローゾーンに機体を移動させる。

ボールチームが、オレンジゾーンを通過した後で、ルーパスチームが、イエローゾーンを3位通過する。

「さて……次の第6ゲートも、このまま2位キープ──ルーパスは、どうするつもりかな?」

「諦めてくれれば、こっちは、燃料を消費することなく2位をキープできるんだが、そうは、都合良く諦めてくれるわけないよな」

「だよね……あの負けず嫌いのエリナだからな……」



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