表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
届け物は優勝杯  作者: 新井 富雄
第13章 バトル
55/73

―49―

 スローダウン周回を終えて、パドックにZカスタムを戻したイチロウは、まっすぐに、パドックの奥の部屋に足を運んだ。

もちろん、ハルナもイチロウの後を追って部屋に入る。

「ミユイ……ありがとうな」

『友達だもん』

「ライトさん?」

『お兄ちゃんは、コミュニケーション不全症候群だから……あまり、しゃべんないけど、気を悪くしないでね』

『あ…それは、ミユイが勝手に言ってるだけで』

『お兄ちゃん、ボロが出るから、あまり、しゃべっちゃ駄目だよ……ちょっとだけ、ハルナさんの心が傾いてるんだから』

「はい!!ハルナは、もうライトさんに夢中です!!」

『あ……あり……ありがとう』

「イチロウさん……お疲れ様でした」

モニター越しにやりとりをしているイチロウにエイクが声を掛ける。

「あ……ありがとう……エイク」

「俺の声援……聞こえてましたか?」

「いや……悪い……聞こえなかった」

「そりゃそうだよ…聞こえないようになってるんだから……イチロウさん、優勝諦めてないですよね」

「もちろんだ……仮に、あの後も全部ハズレだったとしても、諦める気持なんか全然なかったし」

「相当、厳しいっすよ」

「わかってるさ」

「ハルナ……化粧直したほうがいいぜ……せっかくの美人が、それじゃ、台無しだ」

 ハルナは、エイクの言葉に素直に反応して、両手を両頬に宛がう。

「そんなにひどい顔?」

「俺は、ハルナの泣いた顔を見たことがないからな」

「そうだっけ……?ごめん、イチロウ、お化粧直してきていいかな?」

「気になるなら……」

「ハルナ?」

 今さらというタイミングで、シンイチに手を引かれたエリナが姿を現す。

「お姉さま……」

「シンイチさんに助けてもらっちゃった……ダメなメカニックで、ごめんね」

「お姉さまは、最高のメカニックですよ……でも……いっしょに、顔……なんとかしたほうがいいかも…です」

「あたしの顔……変?」

「はい……とっても……涙の跡と……あと、あの……口元に(よだれ)が……」

「イチロウに見せられないレベル?」

 エリナが、口元を慌てて抑えて、小さな声でハルナに訊ねる。

「……はい」

 エリナは、ハルナの手を取ると、奥の部屋の奥の奥のシャワールームに駆け込んでいった。


「聞こえてましたか?」

 エイクが、苦笑しながらイチロウに声を掛ける。

「……あの二人、意外と声大きいから…」

「泣きはしたみたいだけど、落ち込んではいないようで……安心しました

 ところで、イチロウさん、作戦会議しなくても大丈夫ですか?」

「したくても、あいつら、一緒にシャワールームだし…俺は、入れないから……今は無理だよ」

「そうですね……ミーティングするには、ちょっと狭いですよね」

「いや……そういう問題じゃない……んだけど」

「エリナさんは、ともかく、ハルナは、他人に裸を見られることを、あまり気にしないっていうか……むしろ、自慢してるっていうか……実際、あいつの体……均整取れてて、綺麗ですからね」

「エイクは、幼なじみだったよな」

「ですよ……俺に、アドバイスできることがあればいいんだけど……レースに関しては、まったくのド素人なんで……とりあえず、あいつらが出てくるの、待ちですかね?」

『イチロウ?』

 モニターの向こうから、ミユイが、話しかけてくる。

「なんだ?いい作戦でもあるのか?」

『全ゲート1位通過するか…キャリーオーバー狙いしかないよ……ウイングチームとは1400点差なんだから』

「全ゲート1位?」

「全ゲートのレッドゾーンを1位で通過した場合の得点合計は何点ですか?イチロウさん……」

「なんだよ…変な聞き方するなよ……1600点……でいいんだよな」

「では、全ゲートをオレンジで2位だったら、どうなります?」

「140かける8だから…1120点?」

「つまり…ルーパスが得られる最高点差は、1周で480点……かける8周だから、3840点……」

「何だ……全然余裕じゃないか2440点差を付けて優勝できるってことだよな」

「全部1位だったらね……」

「全部1位を取るのは……難しいのか?」

「難しいに決まってるじゃない!!」

 ミリーが、能天気に受け答えしているイチロウの態度に苛立ちを隠さず、大声で叱責した。

「たとえば、オータチームがレッド狙いを捨てて、全部オレンジの1位通過を狙ったら、1周あたりに開く点差は…160点……半分の4回が2位だったら逆に160点縮めることができるけど……それじゃ、追いつけないんだよ」

「160かける8で…1280点……か」

「そう……1周で5回は、バトルに勝って前に出ないと縮まらない点差ってこと……ほんとうにわかってる?」

「でも、エリナは諦めてないぜ」

「エリナは……って……そりゃ、エリナも、計算苦手だから……わかってないんだと思うよ」

「エリナは、徹夜してZカスタムを、バランスタイプに直したんだ……そのエリナが諦めてないんだ……勝算ありってことだろう?」

「だから、エリナは、わかってないんだよ」

「このレースは、ミリーがやるゲームとは違うよ……計算上は難しいかもしれないけど、例えば、1位でレッド通過ができる能力がZカスタムに備わってるなら…それを64回繰り返すだけだ……難しいことじゃない」

「あはは……イチロウさんは、面白い」

「そうか?」

「確かに……今、ナショナルチームで最強なのはブラジルチームだけど……1点も取れないなら、諦めるしかないけど…1点取ることができるなら、2点……3点取るのは不可能じゃないってことだ」

「そんな理屈……」

「ミリー……ミリーはエリナが好きなんだろう?だったら、信用しようぜ」

「あたしだって、やる前から諦めてるわけじゃないよ……気を引き締めて……とにかく、2回に1回は、勝たないと、優勝なんてできないってこと!!」

「そういう言い方なら分かりやすい……ミリーはやっぱり、頭がいいよ」

「頭の悪いイチロウに合わせてるだけ……ほんとうに、イチロウはバカなんだから」

「世間知らずのニートだからな」

 そう言って、にっこりとわらったイチロウは、ミリーの金髪の頭を大きな両手で鷲掴みにすると、そのまま引き寄せる。

 ミリーは、戸惑いながらも、イチロウの胸に自分の顔を埋める。

「2回に1回勝てばいいんだよな……」

「そうだよ……あのウミちゃんたち、そして、カナリさん、カゲヤマさんだって、本気で向かってくるんだから……いうほど簡単じゃないよ」

「わかってるさ」


 同時刻──オータチームのパドック内でも、作戦会議が持たれていた。

シャワーで汗を流した後の髪を一つに(ゆわ)えたシマコ・ハセミが、Tシャツ1枚で立っている。

モンド・カゲヤマも、上半身はTシャツだけのラフな格好である。

「マークするのは、やっぱり当面…ポリスかな?」

 シマコがモンドに訊ねる。

「そうなるな……7周目までで大きくポイントを離されなければ、最終周で決着を付けることができる……無茶をしないで、付かず離れずが基本だろう」

「ルーパスが無茶してきたらどうする?」

「まぁ、ペースを乱されないよう…レッドが無理なら、オレンジ通過……序盤は、好き勝手させておいていいと思う。点差が500点以内になったらマークを考えればいいと思うよ」

「作戦は、臨機応変に……ってことかな?」

「なんだ?シマコは、ルーパスを徹底マークしたいって雰囲気だな」

「まぁね」

「点差を考えれば……近づいてきた時、対策を打てばいいと思うんだけど…マシン性能は同等なんだから、前を行かれないことだけ……大きく引き離されないことだけ考えれば、問題ないはずだ」

「不安要素って訳じゃないけど……不気味なのはウイングチーム」

「いつも、中団で甘んじているけど、機体の性能自体は悪くない……問題は、本気で戦う意思があるかどうか……」

「モンドは、どう思う?」

「どう……とは?」

「今回、がむしゃらに勝ちにくるような気配が濃厚なんだけど」

「それって……女の勘……ですか?」

「根拠は、ないといえば、ないんだけど……対策は考えておきたいと思う」

 シマコは、モニターに映し出された、ウイングチームの機体……ダブルウイングスターファイターの派手な、ウイングパーツを、右手の人差指で、トントンと叩いてみる。

「暫定1位のチームだからな」

「まずは、1周目で決定的な、ポイント差を付けておく……500ポイントの差を付けておけば、追い上げる気力も萎えるでしょうから……ルーパス対策も合わせて、全部1位レッド通過を狙う……ポリスが絡んでくるようなら、ガチで勝ちに行く……絶対に引かない…ソウイチロウ……それでいい?」

「作戦参謀は、シマコなんだから、俺たちは、その指示に従うまでだ」

「カナリの癖は、良くわかってるから、ガチバトルなら、3回に2回は勝てると思う」

「給油作戦じゃなく…必ず、体当たり勝負を仕掛けてくるのは、わかってる」

「サブマリンは、どちらかというと、他のチームが争っている場合、その間隙を突いて、レッドゾーンをゲットする戦略が多い……ポリス以上に、燃費性能は悪いから……バトルの回数は、必要最小限に、抑えてくるはず……8周のうち、4周は、本気で1位を狙ってくる……たぶん、こっちの給油のタイミングに合わせて」

「バトルを抑えて、スラスター噴射による燃料消費を抑えることができれば、サブマリンの作戦の裏をかくことができるだろうけどな」

「今までも、うちの給油に合わせる形で、5周め以降を全開で飛ぶ……そこでポイントを取る作戦を取ってきていたから……むしろ、今までと同じ作戦で来てくれたほうが、こっちも対応し易い……どっちにしろ、うちは1回は給油しないと、もたないわけだし」

「サブマリンは、当然……給油なしだろうな……4周目までは、3位キープが前提だろう」

「その3位キープができない時、どう作戦を変更してくるか……」

「ルーパスが、序盤で、レッド、オレンジ、イエローのどこかに絡んでくるようなら、サブマリンチームの目論見は外れる……作戦自体が成り立たなくなる」

「1周目、2周目は、ポリスを徹底マーク……ルーパスも、1周目、2周目を捨てることはないはずだから、必ず、絡んでくる……彼らが、このレースの優勝を、すんなり諦められるように、挑んできたら、全力で潰しにかかる……ポリスに先を行かれた場合……ポイントをイーブンに戻せるよう、バトルを仕掛ける……5周目は、給油すること前提で、上位キープを捨てて、中団確保に専念……」

「不測の事態が起きたら、1回目の給油時の作戦会議で、作戦変更……でいいか?」

「まずは、ポリスとサブマリン……上位2チームの動向次第……こっちは、当然の1位狙い……しかないからね」

「了解だ……シンプルで分かりやすい」

「複雑な作戦にするとモンドはついて来れないでしょ……典型的な脳筋なんだから……」

「それを言うなよ」

「基本的に、ポリスのカナリも、サブマリンのニコラスやシキも脳筋だから……作戦よりもバトルそのものを楽しむタイプでしょ」

「まぁな……」

「今回、クイズセッションで、あれだけ、かきまわしてくれたウイングチーム……このゲートセッションでも、なんかやってくると思うよ……何やってくるかわからないから、今は、対策の立てようもないけど」

「案ずるより産むが易し……どうせ、大したことできないだろう?……なんせ、優勝経験なしのチームだ」

「ルーパスが、1位を取りにきたら、俺たちは、その阻止には動かない……」

 そこまで、シマコとカゲヤマの作戦内容をじっと聞いていたオノデラが、静かに決断する。

「点差が縮まるまで、奴らの好きにさせる。オータチームは、今回、完全なワンストップ作戦で、確実に優勝を取りに行く」

「トップ集団に絡まないってこと?」

「トップ集団が、俺たちの予定しているスピードで形成されたなら、当然、1位狙いのバトルを仕掛ける……43kmを超えるスピードであれば、俺たちは、そこまでのスピードアップはしない……強い意志をもって、バトルへの参加を控える」

「わかったよ……それで、水を開けられるようなことになったら……」

「完璧なワンストップ作戦と言ったろう……4周目を給油周回とする。その後は、やりたいようにやってくれていい。5・6・7・8……全てで、全力全開だ……要は、レースの半分で1位を取れば、優勝できる……序盤から無茶するチームに合わせる必要はない」

「確かに、エリナたちに余裕はない……ルーパスチーム……1機が飛びだせば、必ず、それに立ち向かうチームが現れる……序盤のバトルは、そいつらに任せればいいわけだな……」

「エリナちゃんかぁ……わたし、すっごい好きなんだ…あの子のこと」

「それは、俺もそうだ……」

「去年は、たのしかったよね……あんなに何でもかんでもできるのに、いつも、おどおどしちゃって……小さいから、余計、守ってあげたくなっちゃう」

 シマコが、モニター画面を操作して、ルーパスチームのZカスタムの映像と、メインメカニックのエリナの映像を映し出す。

公式のチーム紹介映像では、堅い表情のエリナが、難しい表情で正面を向いている。

「……」

「そこは同意しないんだ」

 無言で、モニターを見つめるカゲヤマに、シマコは微笑みながら肩をたたく。

「守ってやりたいけど……恋人にすると苦労しそうだ」

「でも、狙ってたのはホントだよね」

「抱きしめたら壊れてしまいそうだったので、ほんとに壊れちゃうか、試したかったのかもしれない……エリナが望んでくれるなら、絶対、大切に守ってやれる気がしていた」

「モンドより、よっぽど修羅場を(くぐ)ってきてる子だから、絶対、壊れたりなんかしないと思うよ」

「そうなんだろうな……あの小さな体で、背負いきれないほど、たくさんのものを背負っているのは、気付いていたけどな……そんな危うさがあったから、あの事件の後、このチームのメカニックをやってみないかって……誘う気になった」

「で……エリナちゃんを諦めて、ミナトちゃんとは、どうなの?」

「相変わらず、俺のことは相手にしてくれない……」

「モンドは、本気さが足りないんだと思うよ……みんな、冗談混じりとしか感じてないんじゃないかな?そこが、例のオオカミくんとの決定的な違いだと思うよ」

「本気って……照れるじゃないか……」

「そこを、しっかり本音で口説かないと……女の子は逃げちゃうってこと……今のモンドじゃ、この私でさえ口説き落とせないよ」

「シマコには、旦那がいるじゃないか」

「あれ?私が、旦那だけで満足してると思ってるの?」

「それは、問題発言だ……な、ソウイチロウ」

「とりあえず、ここだけの話ってことにしとこうか……」

「え?なんで?」

「シマコとデートしたいって連中……けっこういるんだぜ……旦那の手前、遠慮しているだけ……そいつらに、今の台詞聞かせたら、身が持たないぜ」

「へぇ……そうなんだ……今度、情報教えてね……たまには若い男の子も食べておかないと若さが保てないしね」

「イチロウ・タカシマとか…どうだ?」

「うん……おいしそう」

「冗談だよ……何、舌なめずりしてるんだ」

「あはは……レース終わった後の打ち上げパーティが楽しみになってきたよ」

 普段、おとなしめな言動とおとなしめの服装と化粧で、誤魔化しているが、シマコが激情タイプであることを、カゲヤマもオノデラも、よく知っているのである。

(点差があるとはいえ、このシマコが、いつまで、大人しくしていられるか……不安要素は、そこだけだな)

 カゲヤマは、シマコの横顔に眼を遣って、そんな気持ちを抱いていた。


 そして、ウイングチームのパドックでは、サエが熱弁を奮っていた。

「絶対、このレースだけは、全力で戦いたいの……もう手加減したりするのってイヤなの」

「そういって、全力で戦って、負けたら落ち込むんだろう?」

 メインメカニックのレイキ・スティングボードが真剣な表情で、サエを凝視する。

「負けたら、落ち込むと思うけど……あたし、シティウルフのおにいちゃんと真剣勝負したいんだもん」

「勝っても負けてもデートの約束はしたんだろう……別に、それでいいじゃないか」

「イヤなの!!」

「作戦は、今、確認した通りだ……無理はしない!!以上だ!」

「だったら、あたし、今日はもうナビゲータやらない!!他の人にやってもらって……もっとも、代われるのはレイキしかないんだけど……あたしサイズのコックピットに、そのでっかいお尻は入らないよね……どうする?リタイヤする?」

「サエ……チョコレートを買ってやるから、言うこと聞いてくれよ」

 レイキは、心底困った顔になって、サエの手を取って引き寄せる。

「イヤだったら、イヤなの……なんで、好きにさせてって言ってるだけなのに、駄目なのよ」

「スコールイーマックスの最高技術は、隠さないといけないからだ」

「ズルをするための技術は、公開して、宇宙を誰よりも速く飛ぶための技術は公開できないっていうの?」

「そうだ……」

「おかしいよ……ウミだって、一所懸命戦って勝ちたいよね」

「あたしは、レイキの言うとおりだと思う」

「なんでよ……二人で、このダブルウイングを改良してきたんじゃないの」

「あのZカスタム見たでしょ」

「見たよ」

「どう思った?」

「どうって?」

「凄いと思わなかった?」

「思った……だから、正々堂々と戦いたいんじゃないの」

「らしくないんだよ……あたしたちには、そういう正々堂々っていうのが」

「そんな……」

「このレースも、いつも通り、4位狙い……それを狙ってポジションをキープすることだって、簡単なことじゃないんだ……挑戦しがいがあると思って、やるしかない」

「イヤ!そんなの絶対イヤ!」

「じゃ、サエ……あしたから、もう会社に来なくていいから……会社の命令に従えないプログラマーなんかいらない」

「なんで、そうなるのよ!」

「プログラマーの代わりなんか、いくらでもいるんだから……お願いだから、ちゃんと言うこと聞いてよ」

「あたしが、抜けたら、GD21とか絶対、面白くなくなっちゃうよ……いいの?」

「言ったよね……プログラマーの代わりはいくらでもいるって」

「ゲームを面白くさせることができるプログラマー…クリエータが、そんなにいっぱいいるって、本気で思ってるの?そこまで、言われたら、ほんとに、あたし、やめちゃうよ……いいの?」

「いいよ、やめても…

 ルーパスのメカニックにでも、雇ってもらったら……エリナさんは、結婚するんでしょ……ちょうどいいじゃない」

「なんで、そんなこと言うのよ」

「サエ……今日は、我慢して」

「……」

「……」

「もう、レースも始まるしね……」

「作戦変更はなし……全力で4位狙い!!わかった?」

「……」

「レイキ……サエのことは、あたしがなんとかするから……」

「なによ……あたしが悪者なの?」

「クイズセッションで、絡んできた2チーム……サットンと、ジュピター……絶対、決勝でも、何かしてくるよ」

「そうかな?そんな余裕ないんじゃない?」

「どっちも、優勝狙っていないでしょ……ルーパスと仲良さそうだし、さっきみたいな邪魔者排除行動取られたら、何をされるかわからないよ」

「Zカスタム……の援護なんかされたら、せっかく、ハズレでポイントを削った意味がなくなっちゃうじゃない」

「そういうことも含めての作戦だよ」

「何があっても、マシン技術だけで優勝するようなチームが現れてはいけない……そうなったら、遅かれ早かれ、メーカチームの参入を許すことになってしまう……バトルに勝ったチームが優勝するっていう、そういうレースじゃないと、太陽系レースの意味がないんだよ……だから、あたしたちは、優勝しちゃいけないし、ルーパスもそう……ど素人のパイロットがマシン性能だけで優勝しちゃいけないんだ」

「わかってるよ……そんなこと、わかってるんだよ……でも、あたしは、あんなに一所懸命に闘ってるシティウルフに、手加減するなんて、恥ずかしくってできないんだよ」

「もう……」

「このレースが終わったらさ……改めて、シティウルフとピンクルージュに、レースを申し込もうよ……第3恒星系あたりなら、まだデブリも少ないし、レースするには持ってこいだよ……サエは、シティウルフに、自分の格好いいところを見せたいだけなんだよね……今のままじゃ、卑怯者で、レースも真剣にやらない女の子って印象しか残らないものね」

「うん……できれば、これからも仲良くしてもらいたい……だから、卑怯者って思われたままじゃ、つらいんだよ」


 サットン・サービスチーム代表のクルミ・ニカイドーは、コントロールルームのモニターに、シミュレーションによる模擬戦を展開しながら、腕を組んで、うんうん唸っていた。

「だいじょうぶ?お姉ちゃん?」

「勝てるよ…だいじょうぶ。あんたたちが、あのじゃじゃ馬をコントロールして、ポリスを潰すことができれば、このレース、100%勝つことができるよ」

「ほんとに?」

「それって、できなければ、優勝の目はないってこと?」

「そういうこと……」

「けっこう、難しいけどね」

「唸っていたのは、そういう理由ですか?社長」

「あのカナリって婦警さんのポテンシャルが未知数なので、今までのレース結果が、全く当てにならないんだよ」

「シルフのカナリ・オカダですね」

「カナエ・アイダの遺伝子を継承してるって噂……本当だったようだ…今回、マークするのは、前回優勝のオータチームじゃない……あの婦警さんが覚醒したら……手が付けられなくなるよ」

「覚醒って?能力発動とか?」

「そうだよ……もし、体当たりのタイミングを察知して、瞬時にかわすことができれば、マシン本来の反応速度は関係なく、精神制御だけで、レースを支配してしまうことも理論上は可能だからな」

「精神制御ですか……ニュータイプ能力みたいなものですか?それって」

「シルフのカナリ……自分の能力を知ってるのか知らないのか……今度、真剣に口説いてみようか……」

「お姉ちゃん……その考えはさ……改めたほうがいいと思うんだけど」

「シルフは、チーム内の恋愛は禁止ってルールがあるみたいだし」

「チーム内の話だろう?わたしは、シルフの一員ではないから、まったく問題ないさ」

 クルミは、モニターに映されたカナリ・オカダの映像を、もう一度凝視する。

「あのさ……チアキ……この婦警さんの120%見たいと思わない?」

「お姉ちゃんの悪い癖だよ……いらない挑発をして、余計なリスクを負うっていうのはさ」

「予選で出てきたブルーヘブンズは、カナエ・アイダの遺伝子を持つカナリ・オカダを欲してるって情報……チアキが、ちゃんとウラを取ってあるんだよね」

「まぁね……あの婦警さんが、正統進化のニュータイプって噂は本当だったわけ……少なくとも、血統的にはね。

 まだ、覚醒してないらしいけど、ブルーヘブンズが、狙い始めたって事は…覚醒が近いってことだと思うよ」

「その覚醒……あたしたちが、ちょっかい出したら、早まるんじゃないの?」

「お姉ちゃん……あたしたちだって、このレース勝ちたいんだよ」

「余計な敵は増やしたくないか……う~ん」

「でもさ……あたしたちに優勝の目はないよね」

 キサキが、さらりと言う。

「ルーパスとの点差は大きいけど……あのラスト200ポイントは大きかった……あれで、彼らは土俵際で踏みとどまってる」

「少なくとも、今の、あたしたちじゃ、まともに戦って、ルーパスには勝てないよね」

「それで、カナリ・オカダの覚醒の手を借りるか……」

「イチロウ・タカシマとカナリ・オカダの接触が、特殊遺伝子を持って産まれた者たちに正統進化の結果をアピールすることになります。

 このレースが、あの二人の上位入賞という形で終えた場合……

 ここまで、停滞していた2111年という時代が、動き始めるはず……

 当然、経済も動く……

 人も物も、当然、大きな、お金の動きが起こり始める……

 それが、サットンサービスが、望んでいる新しい時代になるはずですよ……

 社長……私は、社長の決断に、全能力を持って応えます」

「覚醒させてみるか……あのカナリ・シルフ・オカダという女を……もしかしたら、覚醒した後は、あたし好みのいい女に変身するかもしれないしね」

「それは、ないと思うけど……作戦は、じゃ…決定ですね」

「ああ……好き勝手やってきてよし!!頑張れよ……キサキ、そして、チアキもな」

「了解……です。社長」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ