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届け物は優勝杯  作者: 新井 富雄
第12章 堕天使の翼
54/73

―48―

「後味が、すっごい悪いんだけど……ウミは、平気なの?」

 サエが、ウミに食ってかかる。

「ゲームって……もっと、みんなが楽しめるはずだよね……こんなの、あたし、全然、楽しくないよ」

「全部、終わったら……あたしから、言うから……全部、あたしとサエが仕組んだことなんだって……」

 ウミが、サエの眼を見ずに、小さく自分に言い聞かせるように囁く。

「こんな形で、全問正解したって、全然、カッコ良くないし」

「でも、プログラムは、全て走り出してしまった……もう、止められないよ」

「わかってるけどさ」


 ルーパスチームの惨状を目の当たりにしながら、憮然とした表情のカナリ・シルフ・オカダは、ただ黙々と、決められたコースを忠実に、黄色く色付けされたポルシェをコントロールしていた。

「けっこうな、アドバンテージになりそうだ」

「アドバンテージなどなくても、わたしは、ルーパスの連中に負ける気はしなかった……これで、一気に興が覚めましたよ……勝って当たり前ですからね」

 ジョン・レスリー・マッコーエンの言葉に、カナリは、やはり憮然とした表情のまま、返事をする。

「ここまで、露骨にやってくるとは、よっぽど、ルーパスは、ウイングに恨みを買っていたんだろうな……」

「恨みなのか……どうなのか……とりあえず、ルーパスチームの優勝は、これで絶望的になったことは間違いないです」

「イチロウくんを、モノにし易くなって、ほっとしてるか?」

「どうでしょう……正直言って、自分の体に、カナエ・アイダの血が受け継がれていると言われた時も、どういうことかわからなかったし、コールドスリープから目覚める男が、わたしの許婚者(フィアンセ)と言われたところで、わたしは、男に、まったく興味はなかったですから……イチロウ・タカシマにしても、他の男についても……」

「お前らしいと言えば、それまでだが……」

「血……というのは、きっと性格を形成するものではないんでしょうね」

「それはそうだろう……同じ親から産まれても、確かに容姿が似てる親子が多いのは認めるが、兄弟、全部、性格が一緒とは限らない」

「性格が一緒の兄弟ばかりなら気持ち悪いだろうな」

「ブルーヘブンズというグループが、お前にコンタクトを取ろうとしている……一度、会ってやってはどうだ……シルフの真の目的が、イチロウ・タカシマの合法的保護であったこと……リーダーの、お前だけには知らされていたのだろう?」

「シルフの発案が、ブルーヘブンズグループであることは、知ってます」

「あの男のこと……ほんとうに興味はないのか?」

「ないと言えば、嘘になります……100年も前の世界から迷い込んだ男……部長は、彼から、じっくり過去の世界のことを聞いたり、この世界の感想を語り合ったりしたいと……思いませんか?」

「一度、飲みに誘ってみるか?仕事と色恋沙汰抜きでな……」

「エリナ・イーストは、ともかく、キリエ・ヒカリイズミは、良い顔をしないでしょう……わたしも、できれば、顔を合わせるのがつらいですから」

「結局、あの一件のわだかまりが消えないうちは、無理ということか……」

「そうですよ」


『太陽系レース、午前の部……クイズセッションも、残すところ、あと1周となりました。第4周目は、大きな波乱がありましたね。この波乱によるポイント状況ですが……

 トップは、変わらずウイングチーム……もちろん、満点の4000ポイントです。

そして、3800点で2位となっているのは、サブマリンとソーサラーの2チーム。

4位が、サットンチームで、3700点。

5位が、オータと、ポリスの2チームで、3600点。

ちなみに、オータチームは、ハズレ以外は、全問正解を継続中です。

7位が、ゴリラダンクとカカシの2チームとなっていて、ポイントは、3500点。上位8位に、まさかまさかのゴリラダンクチームが浮上してきています。

成績は、2周目で5問不正解だったものの、3周めと4周目では、ハズレを引くことなく10問ずつ20問、連続正解という快挙ですね。問題も難問揃いながら、素晴らしい成績だと言えるでしょう。

9位が、3400点で4チームが並んでいます。

ボール、ジュピター、ライアン、ハートゲットです。

13位が、ブシテレビ、ヨシムラの2チーム。15位に、なんと、ルーパスチームです。ハズレを8個引いたことにより、通常問題を全問正解であるにも関わらず、3200点という得点になっています。

いやぁ、びっくりしましたね』

『どう考えたって、おかしいでしょ』

 ユーコの不機嫌この上ないコメントを無視する形で、フルダチは、ここまでの成績発表を続ける。

『ラストは、今回、7問不正解となってしまった寶船鉄工所チームの2500ポイントです。この位置、ポイントだと、ゲートセッションでの上位入賞は、相当、厳しくなるはずです』

『ここまで、ウイングチームは、ハズレなし……そして、わずか1周で8個のハズレを引かされたルーパスチーム……もう、証拠がどうとかこうとかって問題と違うでしょ……観てる人だって、みんな疑ってるはずですよ』

『しかし、ハットリさん……』

『いえ……ハットリさんの言うとおりですよ……今まで、ここまであからさまな問題操作がなかっただけで……ウイングチームの不正疑惑は、いつも、取り沙汰されていたわけですから……イツキノさん……ウイングチームのコメント拾うことはできますか?』

『あ…ノーコメントだそうです』

『ますます、怪しいじゃないですか』

『では、ソーサラーチームは、どうですか?確か、不正を暴く準備ができてるって言っていましたよね』

『先ほどの周回の際も、わたし、ずっと張り付いて、コメント取ろうとしたのですが、まだ、確証を得ていないそうです』

『ソーサラーチームも、ここまでの成績は、悪くないですからね……ここで、敵とみなされて、標的にされるのを嫌ってるだけでしょ……せっかく、初めてのゲスト解説で、いっぱい、いっぱい楽しめるって、思っていたのに、がっかりです……ひどいです』

『でも、ハットリさんも、ギリギリのラフプレイは、むしろ、試合を面白くしてるとコメントしていたではないですか……』

『わたしが、レフェリーなら、ルーパスが3回目のハズレを引かされたところで、レッドカードを出していますよ!!』

『ハットリさん……』

『この日……全力を出すために、どのチームだって、一所懸命がんばって、練習して、油にまみれて、そうやって臨んでるんですよ……イマノミヤさんなら知っていますよね……ハルナが、この日のために、やってきたこと……カドクラのデータベース情報だけじゃ足りないからって、自分で、情報集めて、たくさんの情報機関に、頭を下げて、みんな、このクイズセッションで、それら全てを生かすためにやってきたことだって……他のチームだって、同じようにやってきてるから、あんな、凄い難しい問題をクリアできるんだって……

 みんな、平然と解いてるように見えるけど、何も準備しない、わたしなんか、1問もわからない……一個も自信を持って答えられる問題なんかないんだよ……だから、一所懸命やってる人の努力を…なしにするような妨害や無視をする行為は……

……あってはならないと思います』

『わたしからも、今回のハズレ問題については、厳しく抗議したいと思います……レギュレーションの見直しも含めて』


 放送席から、届けられるメッセージとは関係なく、クイズセッションは、異様な雰囲気の中、5周目も中盤に差し掛かっていた。

ルーパスチームも、最後尾にポジションを移したものの、この5周目でも、既に3枚目のハズレを手に入れてしまっていた。

5周目の第5問と第10問目は、ノーアンサー問題なので、ハズレは含まれていないが、解答文書が、不十分であれば、容赦なく、細かい減点をされるという、やっかいな問題でもある。

「もう、頭にも来なくなった……これで、ノーアンサー問題以外は、全部ハズレなのかな?」

「後は、もう運を天に任せるだけ……」


『ちょっと……先頭集団が、おかしな配置になっていますね…』

 フルダチの実況が、先頭集団を形成する4チームの状況を伝えてきた。

『サットン・チームが、ウイングチームの前に位置しています』

『そして、ジュピターアイランドチームも、その先頭集団に、近づいて行っていますね』

『ちょっと、サットンチームのプラチナ・リリィが、ウイングチームの、ダブルウイングスターファイターに接近しすぎています……何か、マシントラブルでしょうか?』

『ウイングチームは、完全にサットンチームに頭を押さえられた形になっています』

 ブシランチャーから、ほぼ反対側に位置する第5ゲートで、6番目の答えを解答することになる。


その6番ゲートの4色カラーのスクリーンに、サットンチームが、突入するかと見えた瞬間であった。


プラチナリリィが、スピードを極端に落とし、直後で、スクリーンを通過しようとしたダブルウイングを、上方からプレスするような動きを見せた。

ウイングチームのダブルウイングは、当然ながら、プラチナリリィのオータコートの反発作用を受け、通過しようとしたレッドスクリーンの侵入コースからブルースクリーン付近まで、追い遣られる格好となる。


「く……あの女子チームったら……クイズセッションで仕掛けちゃいけないって、知らないんじゃないの……」

「そんなことより、レッドスクリーンコースに機体の位置を戻さないと……」

 ウミは、機体コントロールレバーを操作しようとして初めて、後方からもプレッシャーを受けていることに気付いた。

「だめ……元に戻せない」

 ウミが、微かに呟く。

その声と同時に、ダブルウイングは、当初の進入コースから逸脱した、ブルースクリーンを通過する結果となった。

ダブルウィングの後方からプレッシャーを与えた機体は、ジュピターアイランドチームだったのだ。

『なんと……サットンチームの減速トラブルと、ジュピターチームの加速タイミングが、ウイングチームの解答するコースを狭める結果となったようです』


「とりあえず、うまくやったことになるのかな?」

 サットンチームのチアキの声が弾む。

「え……嘘でしょ」

 しかし、クルミの報告を聞いたキサキが、不審そうに聞き返す。

『嘘じゃない……ウイングチームの今の問題……ブルーで正解だ……信じられないことだがな』

 クルミが断言する。

「どういうこと?」

『確かに、プレッシャーを掛ける直前まで、レッドが正解コースだったはずなのだが、今、確認したら、変わっている……ログも見ているが、おかしなところが全くない』

「お姉ちゃん……」

『もう1回できるか?それで、確実な証拠が取れる可能性がある』

「わかったよ……あたしたちのアタック……無駄になっちゃったのかって、一瞬、落ち込んじゃったよ」

『無駄なことはない……今のが、正解となったことは、ウイングチームとしては、恐らく、致命的なミス……よくやった……チアキ、キサキ』

「キサキ……ポジションは、現状維持……このまま、あのちびっこ堕天使チームを追い詰めるよ」

「OK……楽しくなってきた……レースは、こうでなくっちゃ」

「でも、反則だよね」

「ペナルティ取られなければ、反則じゃないって、どっかのJリーガーが言ってたじゃない」

「うん……しっかり、聞いてたよ……嬉しい援護射撃だ」

「ナカノくんたちにも感謝だよね」

「うん……そうだね。今夜は、目いっぱいサービスしてやらなくっちゃ……」

「あはは」

「少しは、エリナちゃんたちも溜飲を下げてくれたかな?」

「うん……きっと、喜んでくれてるはず」

「だよね」

「ナカノくんたちに、熱いメッセージ送ってやりたいとこだけど……今は、無理だね」

「あと半周……やりたい放題やらしてもらおうじゃないの」

「オーケイ!!」


『あれは、ペナルティが適用されるんじゃないでしょうか?』

 放送席のフルダチが、イマノミヤに確認する。

『ウイングチームが、代表を通して抗議してくれば、当然、ペナルティでしょうね』

『ウイングチームが抗議しますか?』

『結果的に、正解だったのですから……抗議する意味ってあるの?』

『あれが、不正解だったというなら抗議するでしょうが……VTRの再生できますか?』

『もちろんです……さっそく問題のシーンを再生してみましょう』

 メインモニターに、ウイングチームの機体・ダブルウイングスターファイターが、レッドゾーンの中央を通過するコース取りをしているシーンから再生される。

『この時点では、間違いなくウイングチームはレッドスクリーンを通過するコース取りをしています』

『このまま通過すれば、不正解ってことですよね』

『ですね……そして、ここで、サットンチームが、前方からマシントラブルで、減速するわけですが……ここが、そのシーンですね』

 再生映像は、サットンチームのプラチナリリィが、ウイングチームのダブルウイングの前方機首に重なるシーンを映し出す。

『このプレッシャーによって、ダブルウイングは、大きく下方向に、はじき出されるわけですが……この動きは、あらかじめ予定されていた動きと言えますか?』

『いえ……明らかに、機体の揺れは、オータコートの反射作用で、はじかれたという、体当たりを受けたことによる、ごく自然な動きだと思います』

『ここで、完全に、ブルースクリーンエリアまでの移動を余儀なくされていますね』

『そして、ここが一番のポイントと言えると思いますが……再生を停止できますか?』

 イマノミヤが、再生の停止を命じたのは、ダブルウイングの下方スラスターが、点火した瞬間であり、確実に、レッドスクリーンへの復帰を狙った動きであることが見て取れる映像だった。

『間違いなくレッドスクリーンへの復帰をするためのスラスター噴射ですよね』

『疑いの余地はないですね……おそらく全開で噴射されています』

『実際に、レッドスクリーン付近まで、浮上していますから、全開出力であることは確かですね』

 そのダブルウイングの下方向スラスターがズームアップされた映像を確認した放送席の3人は、それぞれに、ポイントを指摘する。

『停止を解除してください……そして、ここがジュピターチームのグッバイジュピターが、まっすぐブルースクリーンを最大加速で通過する瞬間です……』

 グッバイジュピターは、完全な直進コースで、ブルースクリーンを通過しようとして、浮上してきたダブルウィングの背後やや上方に重なる。映像は、そこでまた、停止される。

『どうでしょう……グッバイジュピターの動きに、何か違和感はありますか?』

『ちょっと、加速し過ぎの感じはありますが、でも、完全な直線コースですよね』

『はい……むしろ、ダブルウィングが、グッバイジュピターの進路を妨げるような動きにも見えますよね』

『そして、ここで、グッバイジュピターの後方からのオータコートによるプレッシャーで、ダブルウイングは、浮上できずに、そのままブルースクリーンを通過していきます』

『ウイングチームに是非、抗議してもらいたいですね……どういう結果になるか、ちょっとドキドキしちゃいます』


「チアキさんたち、うまいねぇ……とても、初めて決勝の舞台に立つチームとは思えない」

 ミリーの言葉に、全てのクルーが頷く。

 ここ……ルーパスチームのパドックでも、メインモニターに映される再現VTRをしっかり分析していた。

「ジュピターも、うまいよね……」

「ただ、まっすぐ飛んでるだけなんだけど、タイミングの計り方が絶妙……さすが、前回までレギュラーだっただけのことはあるよ。

 イチロウも、ああいう飛び方をしてくれると安心なんだけどね」

それまでの暗い雰囲気を払拭してくれたサットンチームのワンプレイに、ミリーは、素直に喜びを表現して、饒舌になる。

「あ……」

 ミリーは、それまでのVTR映像から、リアル映像に眼を移す。

「あの位置取り……」

 ミリーが指差すモニターには、さっきよりもさらに最接近を果たしているプラチナリリィと、ダブルウイングの2機……今のバトルでウイングチームの前に飛び出した形となったグッバイジュピターが先頭を形成し、遠目には、完璧に重なり合ったように見える。

「第7ゲートでも、やってくれそうだね……チアキさんたち」

「そんな感じ……ちょっとワクワクドキドキしてるかも」


「すっかり囲まれちゃった訳だけど……どうする?ウミ……」

「ウイングチーム、悪役にされちゃったね……」

「しょうがない部分もあるけど、はっきり言って……やられっぱなしは、我慢できないし……こっちから仕掛けるってのもアリなんじゃない?」

「それは、やめておこうよ……それより、さっきの強引に正解にしちゃったのは、なんかまずくない?」

「ん~きっと、バレないよ……それより、次の体当たりの対策考えてみよう……」

「だったら……減速してやり過ごせばいいよ……いっそ、シティウルフのお兄ちゃんとこまでさがっちゃおうか?」

「悪くない作戦だね……そうしよう」

 言うが早いか、ダブルウイングは、直前を飛ぶプラチナリリィとグッバイジュピターを先行させるように、減速をして距離を取った。


「逃げられちゃったか……まぁ、賢明な判断だと誉めてあげようか……さてと、あとは、お姉ちゃんが言ってたように、体当たりの練習を、ナカノくんたちに手伝ってもらおう」

「そうだね……」

 7問目の問題をゲットしたサットンチームは、前方をフライトするジュピターチームに、体当たりを何度も仕掛けながら、ブルースクリーンに飛びこんで行く。

ジュピターチームも、それに応えるように、落ち着いた動きで、機体をコントロールしつつ、正確に正解を選ぶ。


『ウイングチームは、ここで後退しました……これは、体当たりを避けるためと判断していいのでしょうか』

『まぁ、そうでしょうね……今の状況で、あの体当たりを受けるのは、決して得策ではないと判断したのでしょう』

『トップ集団は、残りの問題が、あと3問となっています。最後方に下がったルーパスチームも、今、この周回での6問目……ついに5個目のハズレを引いてしまったようですね……問題は、あと4問を残していますが……ここまで、ハズレが5つしか出ていないことから、残り3つを引く可能性が強くなっています』


 サットンチームとジュピターチームの体当たりを避ける形で、減速したウイングチームは、ルーパスチーム・Zカスタムの直前まで後退していた。

「何しにきたのかなぁ……あの子たち」

「ただ、逃げてきただけだろう」

 ハルナの無機質な言葉に、イチロウも無感動な返事を返す。

「ペナルティ覚悟で、こっちも体当たりしてみる?」

「それも、悪くないか……」

『何を言ってるの?まだ、あたしは、諦めたわけじゃないんだから……これ以上の失点だけは、避けてもらわないと』

 エリナは、コックピットの二人を励ます。

「ハルナも、諦めてないですよ……お姉さま」

『なら……いいけど……もうすぐだから……がんばってね』


『無駄、無駄……さっさと諦めて、リタイヤしちゃえばいいのに……泣き虫の賞金稼ぎさんなんか……』

 ハルナのヘルメットに、ウミの言葉が流れ込んできた。

 ハルナは、無言で唇を噛む。

「なんか、言われたか?」

「こんなの無視無視…心配しないで」


『……イ・チ・ロ………』

 その瞬間、ウミのでも、サエのでも、もちろんエリナの声でもない、イチロウにとって懐かしいと思える声が、イチロウの被るヘルメットを通じて、聞こえた。

『……き・こ・える?』

「ミユイ……か?」

『そう……ほんとは、反則とかしたくなかったんだけど……非常事態だからね』

「まさか……」

『とりあえず、あまり大きな声は立てないでね。

 思考してくれれば、大雑把だけど、判断できるから……そこの声は、記録されてるから、おかしな疑いを持たれたくないでしょ……

それに、今は、ウイングチームにも、このこと知られたくないし……』

(わかった……ありがとう、ミユイ)

『うん……それで充分だよ。

 もう少しで、お兄ちゃんと、父さんが、スコールイーマックスのデータベースとプログラムソースのある場所に辿りつけるから……ごめんね、時間かかりすぎちゃったね』

(感謝の気持ちしかないよ……こんな短時間で……)

『うん……なぜか、お兄ちゃんが頑張ってくれて……あたしだけじゃ、無理だったよ』

(お兄ちゃん……てライトさん?)

『そうだよ……ハルナさんに、いいとこ見せるんだってさ』

(そうか……ハルナに言えば、喜んでくれるはずだ)

『だよね』

(ありがとう……って、伝えておいてくれ)

『今はまだ……まだ、何も解決してない……とりあえず、7問目は間に合わないみたいだし……』

 イチロウは、眼の前に迫った第6ゲートを睨んだ

(わかった……このハズレは、甘んじて受け取るよ)

『ごめんね……あたし……全然、役に立てなくって』

 イチロウは、問題をゲットする。結果は、6個目のハズレだった。

(このハズレが、俺のモチベーションを最大に高めてくれたよ……ウミちゃんとサエちゃんに、感謝してる)

『それ……本音にしか聞こえないよ』

(本音だからな……俺が、嘘をつくのが下手糞なのは、ミユイが一番知ってるだろう?)

『そうだね……イチロウとは親友だし……もちろん、知ってる』

 そして、イチロウとハルナを乗せたZカスタムが、第6ゲートを通過する。

 そこで、ハルナが、それまでにないくらいイチロウが穏やかな表情であることに気付く。

ハルナの視線を感じたイチロウは、握っていたステアリングから右手を離し、人差し指を立てて、ヘルメット越しに、唇の動きを封印する動作をする。

その動作だけで、勘の良いハルナは、察知することができた。途端に、ハルナの顔が綻び、左手をイチロウの右手二の腕あたりに添える。



そして、第6ゲートから第7ゲートに至る、ちょうど中間地点くらいのところで、放送席から、フルダチの興奮した声が、Zカスタムのコックピットを含め、全ての視聴者に伝わった。

『ハズレです……なんと、なんと、この最終周で、7個目のハズレを引いたのは、ルーパスチームではありません。

 7個目のハズレを引いたのは、ブシテレビチームです……

そして、今です……今、この瞬間……ブシテレビチームに続いて、最後のハズレが出ました。最終周……最後のハズレを引いたのは……サブマリンチームです』

『何が、起こったのでしょうか……しかし、これで、ハズレくじが出尽くしました……もう、ルーパスチームが引くことができるハズレくじは、残されていません』

 実況のフルダチだけではなく、解説のイマノミヤも、大きな声で、放送席から、声を発する。

『良かったね……ハルナ……まだ、諦めるのは早いよ……がんばってね』

 震える声で、ゲスト解説のユーコもハルナにエールを送る。


(ミユイ……ほんとうに、ありがとう)

『お礼なら、お兄ちゃんに言ってね……今回は、あたしは、全くの役立たずだったし』

(ミユイさん?ハルナの声も……そっちに届きますか?)

『うん……ごめんね、力不足で……まだまだ、あたしも、いっぱい……いっぱい、勉強しなくっちゃって痛感しました』

(そんなことない……ハルナは……すごい嬉しいよ)

『そう言って貰えて嬉しい……お兄ちゃんにも伝えておくから……じゃ、あまり、おしゃべりが過ぎると、まずいし……後は、このセッションが終わったら……ゆっくり、最後の作戦を考えましょうね』

(はい!!……あの……ライトさんに、『大好きです』って伝えてください)

『うん!了解』

(ミユイ……ほんと、ありがとうな)

『最後の2つの問題は、あたしからのプレゼントだから……間違えたら、承知しないよ』

(そういうことは……まずいんじゃないのか?)

『バレるようなヘマはしませんよ』

(……まぁ、そうだろうな)


 そこで、ミユイの言葉は、途切れた。


「残りの3問……絶対、間違えられないよ」

「わかってるさ」

 イチロウは、Zカスタムのフットバーを軽く蹴る。

僅かの加速を得て、眼の前のダブルウィングを、追い越しにかかる。

追い越すタイミングで、ダブルウイングのコックピットに、イチロウが眼を遣ると、ウミとサエも、抜き去ろうとするイチロウに視線を合わせているのが、わかった。

イチロウとウミの視線が絡んだ瞬間、ウミが、右手の親指を立てて、イチロウに向かって突き出す。そして、にっこりと笑う。

イチロウも瞬間的に、右手を、ウミと同じ形にして応える。

イチロウの応えに反応して、ウミの微笑が、満面の笑みに変わる。

隣のサエも、屈託なく笑っているのが、わかった。

「ごめんな……ハルナ、俺、あいつら、やっぱり……憎めそうにないや」

「ハルナは、別に憎んでくれなんて、頼んでないよ」

「問題を、取りに行こうか」

「そうだね……」

 イチロウは、第7ゲートの手前で、ゲットした問題の内容に眼を通す。あたりまえだが、【ハズレ】とは書いてない。

【第8問 昨日の11日に、婚約を発表したエリナ・イースト・アズマザキの婚約者の名前は?】

「……」

「これが、ミユイさんのプレゼントね……」

「わざと間違えるのはアリか?」

【1・イチロウ・タカシマ 

 2・シンイチ・カドクラ

3・エイク・ホソガイ

4・モンド・カゲヤマ】

「1を選びたいんでしょ……」

「まぁな」

「イチロウの好きにしていいよ」

 イチロウは、微笑を浮かべて、2番を示すブルースクリーンを素直に通過する。

「次の問題が楽しみだ……」

「そうだね……」

 そして、速度を維持した慣性フライトのまま飛行を続け…イチロウは、9問目の問題をゲットする。

【第9問 ハルナ・カドクラの誕生日は?】

【1・1月1日

 2・7月7日

3・11月11日

4・12月31日】

「答えは……」

 ハルナが口を開くが……

「知ってるよ」

 と、イチロウが言って、ハルナの手を握る。

「じゃ……イチロウに任せるよ」

「大事なパートナーの、一番大切な日だからな……」

 イチロウは、迷うことなくイエロースクリーンに、Zカスタムをコントロールして近づけてゆく。

 ハルナは、一旦、静かに眼を瞑り、ナビゲータシートに深く腰を埋めると、安心しきった穏やかな笑顔で、上空を仰ぎ見る。


 最後の問題は、ノーアンサー問題である。

全てのチームに同一の問題が出され、ブシランチャーにほど近く作られたクイズセッションのための仮設の第10ゲートが、最終問題の解答ゲートとなっている。

イチロウとハルナは、問題を確認する。


【第10問 勝利をつかむために、必要なものを、挙げなさい】

 ハルナは、ナビゲータシートのキーボードを使って、短い言葉を打ち込む。


【力を、合わせること】


 あまりにも短かすぎる言葉ではあったが、しかし、イチロウは、何も言わなかった。

ハルナも、イチロウに同意を得る必要がないかのように、打ち込んだ、その言葉を送信する。

ブシランチャーのタッチダウン用デッキに、しっかりとタッチしたZカスタムは、既に最終タッチを終えクールダウンフライトに移行してる他の14機の機体を追う。

「イチロウ……お疲れ様」

「ハルナほどは、疲れてないよ」

「疲れた時は、温泉が最高なんだよ……レースが終わったら、一緒に温泉行こうね」

「そうだな……」

「もちろん、お姉さまも連れて行きますからね……温泉」

『イチロウと一緒なんて、恥ずかしいよ』

「もう……誰が、混浴だなんて言いましたか?」

『え?あ……』

「お姉さまったら、そこで、露骨にがっかりしないでください……」

『あ……そうだね……気をつけるよ』

「もう……」



『ハルナ……』

「はい?」

『お疲れ様……』

 エリナの短い労いの言葉に、ハルナは無言で頷き、モニターに映るエリナに、最高の笑顔で応えた。



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