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届け物は優勝杯  作者: 新井 富雄
第12章 堕天使の翼
51/73

-45-

「クイズセッションも2周目に突入しました。当然ながら、ポイントレースは横一線ですが、ここからは、個別問題となります。果たして、最初にハズレくじを引くのは、どのチームか…そのあたりも、興味ありますよね、イマノミヤさん」

「ええ…まぁ、決まったレギュレーションにとやかく言いたくはないですが、このハズレくじ導入は、ちょっと特定チームを狙い過ぎではないかという危惧はあります。

 連続正解をストップするよりも、どこまで連続正解が続くかという…わたしとしては、そういう展開のほうが好きです」

「でも、これで、ハズレくじを全部避けたりしたら、いよいよ、ウィングチーム、限りなく黒に近い灰色チームになっちゃうんですか?」

 ユーコが、邪気のない口調ながら、辛辣なコメント質問を、イマノミヤに投げかける。

「見方によるでしょうね」

「私は、少しくらいは、ルール無視があってもいいんじゃないかなって思うんですよね」

 ユーコは続ける。

「え?」

「サッカーも、けっこう、ファウルぎりぎりのラフプレイとかありますよ……実際、ファウルになってしまえばペナルティの適用もありますし、そのリスクを犯して……相手の攻撃を止めるなんてことは、しょっちゅうあるわけです…それが、楽しいんですよ」

「ハットリさんは、おもしろいレースの見方をしてるんですね」

「ええ!!だって、プロレスだって、5秒以内なら反則OKってルールありますよね」

「いや、あれは、反則OKじゃなくて、反則するなってことですよ」

「え?そうなんですか?だって、ツープラトン攻撃とか…二人じゃないと成立しない必殺技もありますよね…

 あれだって、厳密に取り締まったら、技自体なくなってしまうじゃないですか……

 だから、そうすると技の開発に山籠りとかした努力が、すべて無駄になるってことで……

 ね、フルダチさんは、プロレスの実況もしてますよね…反則はOKでいいんですよね」

「反則は、駄目だと思いますよ」

「そうですか?」

「でも、反則ギリギリの技が、試合を盛り上げるのは、間違いないです。それは、レースやプロレスに限らず、バスケットボールやボクシングでも、多い少ないの違いはありますが……

 反則ギリギリの行為が、試合の流れを変える為に、行われることはあります。

 時には、ペナルティのリスクを犯してでも……実行されてるとは思います。

 実況者としては、まさに、そのギリギリがワクワクドキドキのポイントになるんです」

「うん…そうですよね…サッカーでも、選手が密集したエリアでの飛んだり跳ねたりは禁止されてるんです。でも、その密集したエリアである……ということの判断は、全て審判に任されています」

「ハットリさんのアクロバティックプレイも、反則ギリギリと言えなくもないですよね」

「そうなんです……旗が上がるのを気にしていたら、自由なプレイなんかできません」

「でも、キーパーを殴ったり、監督を蹴ったりしてはいけないわけですよね」

「ウィングチームが、問題を予測して、その対策を事前に立てるということは、監督を蹴るような反則には当たらないと思いますよ」

「なるほど…イマノミヤさんは、この件については、ノーコメントですよね」

「そうですね…太陽系レースにおけるブロック行為の対策として、オータ・コートの導入があったわけですが、チューニングをする時に、反則といえるほどのレギュレーション違反を犯して取り付けたニューパーツが、宇宙用クルーザーを進化させてきた事実があることは、認めます。

 認めますが……今は、立場上、反則容認と言うコメントは、控えさせていただきます」

「そういう言い方嫌いです…おとなっぽくて、そんな言い方ばかりしてるから、ハルナのハートをキャッチできないんですよ」

「なにを言い出すんですか?ハットリさん」

「わたしも、イマノミヤさんも、はっきり言ってルーパスチーム贔屓なんですから……  

 たまには、偏った解説があってもいいんじゃないですか?

 真面目な実況は、フルダチさんとピットレポーターさんが、しっかりやってくれますよ」

「そういう訳にはいかないですよ」

「解説席が、異常に盛り上がっていますが、レース実況を続けます」

「あ…はい!!ごめんなさい!!少し、黙っていますね」

「2周目トップ通過は、オータ・チームです。無事に問題をゲットしたようですが、実際に出題されてる問題の内容は、別のモニタで確認できるようになっています。

 画面を切り替えて各チームがゲットした問題内容の確認をしてみてください。


 次々と、他のチームも、問題をそれぞれゲットしていっています。1周目で、ウイングチームに従っていたチームも、ここにきて大きくバラけてきました」


(ユーコは、相変わらずのハルナ贔屓だからなぁ)

 エイク・ホソガイは、スピーカーから流れてくる実況放送に耳を傾けながら、ルーパス・チームのパドックにようやく、辿り着くことができた。


「ルーパス・チームのパドックってこちらですか?」

 パドックの壁に飾られたZ旗(ミナトの手作り)と、その前に立ちはだかる巨人が2名…元バスケットボールプレイヤーのソランと、日本刀を腰に帯びた執事のシラネが、阿吽の仁王像のように、パドック奥を覗こうとする者の侵入を阻止するべく、眼光を光らせている。

その奥には、ルーパス号のクルーである、ミリー、ロウム、リンデ、マイクの4人家族と、歌手のキリエが、メインモニターを見つめながら応援をしている。

パドックからは、さほど離れていない場所で、ミナト・アスカワが、できるかぎりの愛嬌を振り撒き、エリナ付きのメイドとなったアカギが、ミナトと同じデザインのエメラルドグリーンのレオタードを身につけ、眼光鋭く睨みを利かせている。

そして、ウルフドラゴンのギンは、ミナトの肩に、ちょこんと手乗り文鳥のように乗っかり、ミナトに負けないほどの愛嬌を振り撒いている。

 アカギの肩に巻かれたホルスターには、二丁の銃が収めてあり、背中にぶら下げてある。そのため、姿は、ミナトのようにレースクイーン風を装ってはいるものの、どうしても、水着姿のテロリストにしか見えない。

エイクが、度胸一発、声を掛けたのは、このアカギに対してだった。

「貴様…何者だ…名を名乗れ」

 アカギが、誰何する。

「俺は……」

「あ……エイクさん……いらっしゃいませ」

 不思議そうな顔で、ミナトが近づいてくる。

「あぁ……ミナトさんもいたんだ……あんまり美人なので、誰かわからなかったですよ」

「相変わらず、口だけは達者なんだから……ハルナさんの応援に来てくれたんですか?」

「もちろんですよ……あっちの二人には声をかけづらかったので……」

 エイクが、ちらりとソランとシラネのほうに眼を遣る。

「誰かと聞いている」

 アカギが、その容姿にそぐわぬ重い口調で、エイクを問い詰める。

「エイク・ホソガイって言います。一応、サッカー選手やってます」

「そのサッカー選手が、ここに何の用だ?」

「応援に来たんですよ…お邪魔じゃなければ、ここで応援したいんだけど…ダメですか?」

「邪魔だから、駄目だ…出ていけ」

「ちょっと、アカギさん」

 ミナトが、アカギとエイクの間に割って入る。

「エイクさん……どうぞ中へ」

 ミナトが、エイクの二の腕に、自分の手を絡ませて、ソランたちが立ちはだかるパドックの入り口というか、大きな門番の間を、二人に軽く会釈しながら通り抜ける。

「初めから、あたしに、声を掛けてくださればいいのに……あの二人のことは、ハルナさんから聞いているでしょ」

「ハルナの苦労話は聞いてるけどさ、そもそも、俺とだって面識はあるんだぜ…」

「アカギさんは、ともかく、今日のシラネさんは、かなりヤバイので、声とか掛けちゃだめですよ……何か、用があったら、あたしに言ってくださいね」

「はいはい……」

「ところで……あたしのレオタードとユーコさんのレオタード、どっちが可愛いですか?」

「どっちと聞かれれば、ミナトさんですよ」

「うん…ナイス社交辞令…エイクさんも、素敵ですよ」

 そう言って、ミナトは、エイクの頬に、軽い口づけをしてから、まず、モニターを注視しているミリーの肩をたたく。

ミリーが、振り返ったことで、他のクルーたちも、エイクとミナトが来たことに気づく。

「スペシャルゲスト登場です!!」

 みんなの注目を集めたことに満足したミナトは、エイクの背中を、そっと押す。

 振り返ったミリーの顔が、大きく(ほころ)ぶ。

「エイク……ホソガイ?」

「はじめまして、ミリーさん、今日は、親友のハルナの応援に来ました。同席していいですか?」

 エイクが、ミリーの手を取って、ほほ笑む。

「もちろんです……あ・・・あたしったら、今日は、全然、メイクとかしてこなくって…どうしよう」

「すっぴんなの?とても、そうは見えないくらい可愛いですけど」

 エイクの言葉に耳まで赤くなったミリーが、照れながらも、つかまれた掌に力を込めて握り返す。

「先週は、楽しかった……俺も、ずっとGDは、やっていたんだけど、なかなか、一緒にプレイするチャンスがなかったからさ……

 そうだな、楽しかったというより嬉しかったよ」

「そんな……あたしなんか、ちょっと、他の人より、ゲームがうまいだけの女です」

「公式のウイイレ大会では、いつも、俺のキャラを選んでくれるし……その事のお礼も言いたかったんだ」

「はい!!もちろんです……だって、使いやすいし」

「カッコいいとは言ってくれないんだ?」

「あ……もちろん、カッコいいです」

「なんか、無理やり言わせてごめん……ところで、ハルナの調子は、どんな感じ?」

「うん……今のところは、ここまで全問正解のはず」

「答えは、1周が終わらないと発表されないからな」

 そこで、ミリーは、サブモニターに眼をやる。サブモニターには、GDのゲーム画面が映っていて、ミユイとセイラ……そして、ミユイの兄…ライトの3人とミリーが、それぞれのメインキャラの姿で、酒場の席に座っている。

もちろん、ゲーム用のマイクを通して、3人の会話が、ルーパスチームのパドックにも伝わってくる。

「セイラも来ているんだ……」

 ミリーのゲーム用マイクを通して、エイクの声が、ゲーム画面に流れ出る。

「おお……やっと、エイクも来たね。今まで、何やってたの?」

 セイラのはしゃいだ声が、画面のピンク色の髪の吟遊詩人の姿をしたキャラの口を通して、パドック内に響く」

「3時間ほど…道に迷ってた」

「エイクらしいね」

「とりあえず、3時間で、目的地に到着できれば上出来だ」

「そうだね、出来すぎだと思うよ……エイクの事だから今頃、第3恒星系あたりをうろちょろしてるんじゃないかと思っていたから」

「ああ……とりあえず、ギリギリワープステーションの手前で、気付いた」

「あはは……そこまでは、行っちゃったんだね」


「クイズセッションの時間帯は、パイロット席と、パドックのマシンコントロールルームしか通信できない制御がかかってるし……こっちは、もう見守るしかないよね」

 科学者姿のミユイが、もどかしそうに、コメントする。

「だから、そんなに気になるなら、ミユイさんがナビをやればよかったのに……って、言っているんだけど」

「でも、ハルナさんが、ナビを引き受けてくれたから、こうやって、みんなが仲良くなれているんだよね」

「あの…さっきから、気になっていたんですが、ミユイさんとセイラさん、密着しすぎじゃないですか?」

 ミリーが、訊ねてみる。

「最近、ゲームの中だと、なんか自然にくっついちゃうんだ……気をつけないと、イチロウくんにヤキモチ妬かれちゃうかもだね」

「まぁ、二人が、それでいいならいいんだけど……」

「そうだよ、ミリーちゃん、変に勘ぐらないでね。くっついてるのは、ゲームの中だけですから」

 ミユイが照れたように笑う。

「でも、すごいんだよ……ミユイさん。今まで、出題された問題、他のチームの問題も全部、3秒以内に、即答しちゃうんだから」

 さらに、密着して、もう一心同体にしか見えない状況で、セイラが言う。

「まぁ、それしか、取り柄のない女ですから」

「ウイングチームが反則してるって言うけど、ここまで知識が豊富だと、ミユイさんは、存在そのものが反則ですよ」


「凄いですね……ミユイさんって……

 あの気難しいセイラが、そこまで、気を許しているってのが、俺としては、ほんとうに不思議ですよ…奇跡に近いかも」

 相変わらず、違和感バリバリで、ミリーのキャラから、エイクの声が、発声される。

「セイラさんは、気難しくなんかないですよ」

「俺たち、幼馴染からすると、セイラは、いつも、一定の距離を、俺たちに対しても、ファンのみんなに対しても保っているという感じだったんだ……」

「そうなの?」

「うん……だって、特定の人と仲良くしちゃうと、他の人が、きっと寂しがるんじゃないかと思うし」

「だから、恋人も作らなかったんだもんな」

「それは違うよ……あたしみたいな、歌しか取り柄のない女……普通の男の子は、きっと飽きちゃうんじゃないかと思ってるから」

「知識しか取り柄がないとか、歌しか取り柄がないとか…俺からすれば、すっげぇ、羨ましい才能なんだけどな……お二人レベルの才能を持ってる人は、世界中でも、そう多くないよ」

 GDの画面から、エイクは、メインモニターに眼を移し、ミリーにゲーム用のマイクを一旦返す。

「ありがとう、ミリーさん」

「はい、ゆっくりしていってください」

「とりあえず、2周目は波乱はなしっぽいな……ハルナと通信できればいいんだけど」

「午後のゲートセッションになれば、通信は全開放になりますから、そしたら、思いっきり応援するといいですよ」

「そうだよな……見守るだけってもの、やっぱ、もどかしいな」



「とりあえず、順調と思っていいのかな?俺は、今のところ、全く役に立ててないけどさ」

 イチロウが、Zカスタムのコックピットの中で、ハルナに問いかける。

2周目……5問めの問題までは、全て正解しているという確証はある。

しかし、ハルナは、あの後、ダイレクト通信をしてこなくなったウイングチームの動向が気になっていた。

今のところだが、5問目までは、お互い、ハズレくじは引いていない。

「何かをしかけてくるとしたら、どこだと、イチロウは思う?」

「ウミちゃんにしても、サエちゃんにしても、俺としては嫌いじゃない……ああいう言い方をされても、実は、全然、腹が立たない」

「相変わらず、イチロウは、能天気ね……本当は、ロリコンなんじゃないの?」

「それはない……」

「ハルナは、そこまで能天気になれないよ……ミユイさんと違うのは知ってるけど、ミユイさんの代わりくらいならできると思ってるし」

「ウイングチームだけを意識するのは、とりあえずやめないか?とにかく、一つずつ、ポイントを積み重ねておくのが、俺たちにできるベストなんだろう?」

「それは、わかってるよ……

 でも、そうだね……その通りだね……

 ……じゃあ、次の問題……取りに行こう」


『最初のハズレが出ました…ハズレを引いたのは、スタートからトップを維持しているオータチームです』

 実況のフルダチの声が、Zカスタムのコックピットに伝わる。

「マイナス100ポイントは、けっこう痛いよな」

 フルダチの実況説明をかみしめるように、イチロウが、ハルナに話しかける。

「このクイズセッションでは、とにかく、取りこぼしをしないこと……回答する時間は充分あるから、絶対焦って、間違ったりしないこと……100点のビハインドを、ゲートセッションで取り返すのは、結構、きついから」

 ハルナは、細かいことは言わずに、注意する要点だけを、イチロウに伝える。


『残り半周で、2周目の結果が出ることになります。正解発表は、全員が1周を周回してからになりますが、ここまで出された問題と予測正解を元にした暫定の順位は、サブ映像で確認していただくことができます』

『間違いが多いのは、ゴリラダンクチームですね。6問中3問不正解です……大丈夫でしょうか?』

『いや、3問不正解は、大丈夫ではないでしょう』

 いつもの、フルダチとイマノミヤの掛け合いに、ゲスト解説を務めるユーコが、サブモニターの出題問題と予測正解に、じっくりと眼を通してみる。

『このゴリラダンクチームに出された問題……問題が凶悪ですね』

 そして、一つの質問文を読み上げる。

『2111年3月3日の3時3分に全世界で産まれた子供の人数と5時5分に産まれた子供の人数を足すと何人?……とか、どこのハッカーに情報貰えば、わかるんだろうなぁ?……個人情報漏えいとか、関係ないんですかね?』

 ユーコは、敢えて、イマノミヤのほうに視線を向けて、訊ねてみる。

『でも、これから、その手の問題が多く出されますよ』

 イマノミヤは、ユーコの問いに、静かに応じる言葉を返す。

『ですよね……あぁもう、全然、わたしには、わかりません』

『どれもこれも、難問ばかりで、特に今日の問題は、難しいです。わかるほうが、どうかしてるんじゃないかって思いますよ』


「そういう問題を即答しちゃう、出鱈目な人が、こんなところで、ゲーム用の科学薬品を合成してたりしてるのって……なんか、間違ってる気がするんだけど」

 嬉々として、サブ画面に展開される問題……その全ての答えの正解を瞬時に判断し、呟いているミユイを見ながら、セイラは、ゲーム世界の中で、ミリーに話しかける。

「でも、ミユイは、イチロウのそばには居たくないんですよね」

 話しかけてくれたセイラではなく、ミリーは、ミユイに質問を投げかける。

「イチロウのそばに居たくないんじゃなくて、父さんのそばにいたいんですよ……イチロウのことは、嫌いじゃないし……そのうち、一緒にレースをしたいとは、思ってますよ」

「へぇ、やっぱり嫌いじゃないんだ?」

「ミリーちゃんが、何を心配してるのかわからないけど、あたしは、イチロウを恋人にするつもりは全くないですから」

「そんなこと、別に心配してないよ」

 ミリーは、ミユイの言葉を否定した。

「あれ?ミリーちゃんは、てっきり、イチロウのこと好きなんだって、誤解してた……

 …ということは、イチロウの恋人候補は、セイラさんと、ミナトさんの二人ってことになるのかな?……」

「ちょっと、何を言い出すの?ミユイったら……」

 ミユイが、さらりと呟いた言葉に、ミリーが反応する。

「あたしは、イチロウとエリナが結びつくことを期待していたの……そのために、あたしは、そばにいないほうがいいかなって思っていたんだけど……

 でも、エリナは、ハルナちゃんのお父さんを、選んだ」

 本音なのか、建前なのか、ミユイは、自分が抱いている、今の自分の心境と、昨日、聞かされた、エリナの婚約発表という事実を、ひとり言のように口にした。

「うん……エリナは、ほんとうにイチロウしか見てなかったからね」

 ミユイのひとり言だろうとは感じていたが、ミリーは、自分の知ってる事実をミユイに伝える。

「あの……イチロウくんを好きな人のリストの確認なんだけど……ミナトさんは、関係ないよね……」

 セイラが、心配そうに、ミユイに訊ねる。

「あ…そうだね。うん、ミナトさんとイチロウは、まったくの無関係……だから、今の状態は、セイラさんの一人勝ち」

 ミユイが、慌ててフォローする。

「でもさ、このレースで、イチロウたちが優勝すると、なんか、イチロウのファンとか、いっぱいできちゃったりするんじゃないかな?そっち方面の心配は、セイラさん、していないの?」

「別に、あたしは、イチロウくんの遺伝子が欲しいだけだから、

 結婚したいとか、恋人にしてほしいとか、そんなことは思ってないよ……

 あたしは、あたしの能力を受け継いだ子供たちに早く会いたいだけ……

 今は、イチロウくんにしか頼めない願いだけど……」

「セイラさんまで、降りちゃったら、イチロウは、一人きりになっちゃいうね」

「そうなったら、あたしが、イチロウのシモの世話はするから、大丈夫ですよ」

 ミリーが、冗談半分に言った言葉に対して、ミユイは、自信たっぷりに請け負った。


「イチロウさんて、結構、モテるんだ……セイラが、イチロウを好きそうだってことは、ユーコから聞いていたけど、もう告白とかしたのか?」

 女子たちの会話を、そこまで黙って聞いていたエイクが、セイラに、単刀直入に質問をする。

「あたしから、キスはしたけど、どれだけ、本気にしてくれたかは、わからないよ」

「今のイチロウさんが、どんな気持ちで、レースに臨んでいるのか……セイラのことを、どれくらい好きなのか……このセッションの通信規制が解除されたら、俺から聞いてみようか?」

「そういう、余計なおせっかいは、やめてよね……いくら、幼馴染だからって……それに、イチロウくんにとっては迷惑な話のはずなんだからさ」

「わかったよ……とにかく、セイラが幸せになってくれれば、俺としては安心だ」

「もう……あたしは、今でも十分幸せですよ……心配ご無用です」


『2周目の結果が、正式に発表されました』

 スピーカーからフルダチの声が流れる。

『2周目を終えた時点で、全問正解のチームは、ウィングチーム、ルーパスチーム、サブマリンチームの3チームです。ハズレくじを引いてしまったチームは、当然ながら、満点を取ることはできませんでした。

 1900ポイントは、6チームです。この6チームは、いずれも、ハズレくじを1回ずつ引いてしまいましたが、出されたクイズには、正解できています。

1800ポイントがオータチームだけですが、オータチームは、ハズレを2回引いています。

1700ポイントが、3問不正解の、ジュピターアイランドチームと、ブシテレビチーム、そして、ヨシムラチーム、ハートゲットチームの4チームですね。

そして、1500ポイントが、ザ・ゴリラダンクチームの1チームのみ。

1300ポイントに終わったのが、寶船(タカラブネ)鉄工所チームです。

レギュラーチームは、ハズレ以外は、順調に、ポイントを重ねてきています』

『普通に考えれば、ルーパスチームにピンクルージュが、乗っている以上、ハズレくじを引くとは思えません』

 ユーコが、自分のことのように自信満々に断言する。

『でも、5%の確率で、ハズレが含まれているんですよ』

『わたしは、10年以上、ピンクルージュと付き合っていますからね、こんな低い確率のハズレを引いた彼女を見たことは1回もないです……ハズレを引くとしたら、それは、ウイングチームが、作為的に何かをしたという決定的な証拠になります……それくらい、あり得ないことなんです。

 きっと、その思いは、ピンクルージュ本人が一番わかっていること……彼女の辞書にハズレという文字はありません』


「ユーコも、ずいぶん、挑発的なことを言ってるけど、大丈夫なのかな?」

 エイクは、ユーコがハルナの類まれな強運について力説することに、不安感を抱いていた。

 ルーパスチームと、ウイングチームのパイロット同士の間で交わされた言葉は、当然ながら、パドックにも、放送席にも、伝わってはいない。

ウィングチームのパイロットである、ウミとサエが、ハルナに投げかけた言葉……

 「ルーパスチームを標的にする」と宣言した言葉……


 当人たち以外の誰にも伝わっていない言葉であったが、ハルナを良く知る二人……エイクとユーコの二人は、ハルナが抱いた強い敵意を秘めた感情をストレートにモニター越しに受け取り、ウイングチームが、ルーパスチームに仕掛けるであろう、危険な何かについて、察知してはいたのだ。


ユーコは、放送席から……

エイクは、迷った末、ようやくたどり着いたルーパスチームのパドック内から……

それぞれの方法で、幼馴染であり、親友でもあるハルナに、強いメッセージとエールを送った。


「ここまで、満点を維持できているルーパスチーム、ウイングチーム……

 何もなければ、あと3周、うまく超難問をかわすことさえできれば、クイズセッションをトップ通過できるはずだろうけどな」

「何もなければね……」

 エイクの言葉に返事をする形で、ミユイが、そっと呟く。

 その呟きは、Zカスタムのコックピットでウイングチームの二人との会話を、ミユイが聞いたからこそ、漏れた呟きであった。

【何もなければね……】という言葉……

 ミユイが呟いた、この言葉の真意……何かが仕掛けられるということを伝えようとした言葉であったが、今、この時点ではまだ、パドックにいる者たちには、その真意は、伝わらなかった。


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