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届け物は優勝杯  作者: 新井 富雄
第11章 決勝の日
47/73

―41―

 決勝戦開催のセレモニーが、ブシランチャー1号機のセレモニーホールで開始されようとしていた。

イチロウ達、ルーパスチームのサポートメンバーも、既に、ホールの一角に固まっている。

まだ、開始時刻になっていないことから、会場は、ざわざわとした雰囲気で、雑談を交わしているチームが多く見受けられる。

「イチロウが、一番元気そうだね」

 全身をピンクのパイロットスーツで包み込んだハルナが、イチロウの手を軽く握りながら、声を掛ける。

「ハルナと、エリナは、ルーパスに戻って来なかったよな」

「観光宇宙ステーションのロイヤルスイートに泊ったから……ハルナは、今日は、そこから直接来たんだよ」

「あたしは、ブシランチャーの2号機に泊っちゃった」

 昨日とは違うミニのワンピースに、丈が短めのエプロンドレスを付けているエリナが、イチロウに身体を摺り寄せながら、いつもの笑顔で、楽しそうに言う。

その、いつになく上機嫌なエリナの瞳が赤く充血していることに気付いたイチロウは、エリナから眼をそらした。

そらした先で、ハルナと眼が合う。

(イチロウは、ミナトさんと同じ香水の匂いがするね……いいことあった?)

 ハルナは、イチロウとエリナにだけ聞こえる小さな声で、こっそりと囁きかける。

 思わず自分の肩口の匂いを確かめたイチロウを見て、エリナが悪戯そうに笑う。

「イチロウったら素直すぎ……香水の匂いなんか、全然してないのに……

 でも、元気そうでなにより……今日は頑張ろうね」

「エリナ……」

「なぁに?」

「婚約、おめでとう」

「ありがとう」

 数秒、見つめ合ったイチロウとエリナの間に、大柄な男が割って入る。

「それ以上、エリナ様に近づいてはなりません」

 大柄な男がイチロウの肩を鷲掴みにして、鋭い眼光で、イチロウの眼を真正面から威嚇するように睨みつける。

「誰ですか?あなたは?」

 自分よりも、頭一つほど背が高い……ソランと同じほどの背の高さである白いパイロットスーツを身に付けた男に、イチロウが誰何する。

「わたしの名はシラネです。

 シラネなんか知らねぇとか言うようなら、ここで叩き斬ります。

 今日から、エリナ様のボディーガードと執事職を兼務することになりました……」

「エリナ……本当なのか?」

「うん……そうみたい」

「エリナ様に妙な真似をする男は、このムラサメ丸で斬って捨てますので、ご承知おきを……特に、イチロウ殿は、エリナ様に妄執を抱いておられる様子……良からぬ思いは、早々に断ち切ったほうが、御身の為ですぞ」

「とりあえず、その物騒なものはしまってください……シラネさん」

 エリナの言葉に、シラネは、たった今、鞘から抜き放った日本刀を、元の鞘に納めた。

「エリナは、もう、ルーパスには戻って来ないのか?」

「ルーパスは、あたしの船だよ……昨日は、いろいろあって帰れなかったけど、ちゃんと、今日は帰るから安心して」

「そのシラネさんは?」

「もちろん、執事ゆえ、エリナ様の身辺警護のため、ルーパス号に住まわせていただきます」

エリナに代わり、シラネが答える。

「そういうことみたい……あたしも、ちょっと頭の中が、いっぱい混乱しちゃっているけど……」

「イチロウ……お姉さまが、カドクラホテル社長の婚約者になったことの意味……もしかして、全然、わかってないんじゃないの?」

「どういうことになるんだ?」

 ハルナの問いかけに、イチロウは不思議そうな顔になって問い返す。

「カドクラホテルの社長夫人として世間に公表されたわけだから、それなりの責任を負うことになるんですよ。

 お姉さまも、いつまでも浮かれていないで、しっかりと自覚を持っていただく必要があります」

「そうなの?」

「そうです」

「なんか、面倒くさい……」

「シラネはボディガードですが、もう一人、メイドのアカギも、ルーパス号で一緒に生活をすることになります」

 ハルナの後ろに無言で立っていた赤いパイロットスーツの長身の女性が軽い会釈をしてみせる。

「なんで、ハルナが、みんな決めちゃうの?」

「お姉さまの身体と心を、お守りするためです」

「イチロウさん……今夜から、エリナ様のメイドとしてお世話になります」

 アカギは、背中に手を回し、腰のホルスターに納めてあるレーザー拳銃を両手に持って、イチロウに銃口を向ける。

「エリナ様に、妙なことをしたらズドンと行きますから、覚悟を決めてくださいね」

「はぁ」

 イチロウは、溜息をつくしかなかった。

「同じメイドでも、わたしには、ミナトさんのように読心能力はありませんから、冗談は通じません……エリナ様は、もちろん、ハルナ様もカドクラにとっては、重要な人物です……くれぐれも、行動は慎重になさってくださいね」

 アカギは、そう言って、威嚇するようにミナトに流し目を送る。

「っていうことは、アカギさんには、いかがわしいことしちゃっていいってことだね……いいなぁ、イチロウくん……よかったね、こんな綺麗なメイドさんと、明日から一緒に生活ができて……アカギさんのナイスバディは、何回見ても見飽きないから……今度、絶対にバレない覗きのテクを、イチロウくんに伝授するね」

「そういう冗談は、ちょっと……」

「とりあえず、セレモニー始まるから」

 イチロウに絡もうとするミナトをたしなめるように、ハルナが短く言葉を発する。


 ステージ中央では、司会を務めるブシテレビのアナウンサーが、マイクを握って、会場のざわめきが納まるのを待っていた。

そのアナウンサーの横には、すっかり太陽系レースの顔となっているヒトミコが、アシスタント役として、朗らかな笑顔を見せている。

会場全体の視線が、自身に集中したことを察知した司会者が、おもむろに声を発する。


『それでは、これより、第7回太陽系レースの決勝戦を開催いたします──


 開催に当たり、大会委員長を務めますアスカワ大統領から開式の挨拶があります。

──アスカワ大統領、よろしくお願いいたします』

(へぇ……アスカワってミナトさんと、同じ苗字ですね)

 イチロウが、小声でミナトに話しかける。

(うん……あたしのパパだよ)

「え?」

「知らなかったの?」

「……」

「第12代中央政府大統領が、あたしのパパ──イチロウくん、ちゃんと今日のクイズセッションの勉強したのかな?」

「一応──」

「では、第11代中央政府大統領は、誰でしょう?これって、超サービス問題だよ」

「え…」

「知らないの?」

「忘れてしまったかも」


「紹介に預かりましたアスカワです。

 皆さん、本日は、無事、第7回太陽系レースを開催することができましたこと……関係スタッフの方々の努力の賜物であると強く感じています。

メインスタンドと言える仮設ステーションには、5万人を超える熱心な太陽系レースのファンが集まっていて、レースのスタートを心待ちにしてくれているようです。

また、前回……金星で行われた第2ステージのリアル視聴率は、8パーセントを超えたとの情報も届いています。録画視聴率を合わせると15%を超えるという報告もいただいています。

これは、ひとえに、このアスカワのスピーチを聞き逃したくないという、視聴者の大きな期待の表れではないかと、実感しています。

このレースを主催する者の一人として、もっともっと多くの方に、このレースを楽しんでもらえるよう、これからも尽力してゆきたいと思います。

パイロットの方々、そして、安全かつ高性能な機体を製造、メンテナンスするメカニックの方々……彼らを直接、陰で支える、チームサポーターの皆さん、そして、なによりも、このレース中継を、お茶の間で楽しんでくださってるレースファンの方々の熱心な声援が、彼らの大きな力となっているのは間違いありません。

こういったレースへの声援の、ほんの100分の1でも、政治に関心を持っていただけると、(まつりごと)を執り行う立場の者としましては、新しい未来を築く礎となると感じております。

政治も、祭り事というその名の通り、祭りの一つです。

この太陽系レースという大きなお祭りを、大いに楽しんでいただき、さらに、政治にも参加していただけることを、期待しています」


(イチロウは、ずっと、ミナトさんとくっつきっぱなしだね……)

 アスカワ大統領のちょっと長めの挨拶は、まだ続きそうなので、少し飽きてきたミリーが、イチロウに声を掛けてきた。

「クイズセッションの予行演習してたの……ごめんね、ミリーちゃんの未来の花婿さん、独占しちゃって……」

 ミナトが悪びれることなく返事を返す。

「それは構わないよ……でも、イチロウがクイズ練習してるとは思えないんだけど……どうなの?ちゃんと勉強した?」

「やってない………わけじゃない」

「ミユイさんのヘルメットとか当てにしてたら、反則ペナルティで、失格とかになっちゃうんだから……ほんとに、だいじょうぶ?」

「とりあえず……間違えるとマズイってのはわかるから、クイズセッションは、ハルナに、任せることにした……」

「うん……それが正解ね──生兵法(なまびょうほう)はなんとやらだから」

「ミリーも最近、寂しそうだな」

「まぁね・・・エリナはハルナに取られちゃうし、イチロウもミナトさんに取られちゃう…エリナの台詞を真似する訳じゃないけど──ギンは、あたしに何もしてくれないし」

「ギンが何かしたらまずいだろう?」

「もう、何エッチなこと考えてるのよ……ギンとあたしは、イチロウと違って、それはもうびっくりするくらい清らかな関係なんだから……そんなことばっかり考えてるからイチロウは、エリナに振られちゃうんじゃない」

 イチロウは、ミリーの辛辣な言葉に打ちひしがれたような顔を一瞬見せて、俯いてしまう。

「ちょっと……何、泣いてるのよ」

 イチロウが、わざとらしく肩を震わせていることに、ミリーは心配そうな顔をして覗き込む。

「ミリーちゃん……こんな女々しい男、放っておいたほうがいいよ」

 ハルナが、イチロウのへたくそな芝居に失笑しそうにながらも、本気で心配し始めたミリーに耳打ちをする。

「まさか……本当に泣いてるんじゃないよね」

「……」

「イチロウ……エリナより、あたしのほうが胸は大きいんだから……ミナトさんが、地球にかえっちゃったら、あたしが慰めてあげるよ…泣かないでよ」

「……」

「イチロウ?」

「ミリーは、エリナの100倍いい女だ……ありがとう」

 イチロウが、ミリーの華奢な肩を引き寄せる。

が、ミリーは、するりとイチロウの手から逃れる。

「それだけ元気があれば、心配ないね……あたしに、キスしたいなら、ちゃんとレースで優勝してよね……どさくさに紛れて、っていうか……欲望に負けて、昨日みたいに、エリナにキスしたようには、いかないんだからね」

「ミリーは騙せないな」

「そうだよ……イチロウの泣きまね、へたくそすぎ──だよ」

 ミリーが、にっこりと笑う。

イチロウは、ミリーの笑顔に、いつも癒されてきたことを、改めて思い出した。


『それでは……みなさん、本日の太陽系レース決勝──正々堂々、勝利を目指して頑張ってください!!』

 アスカワ大統領の締めの言葉がマイクを通して、会場中に響き渡った。

会場に集まった参加チームの全員から、拍手が送られる。

「終わったよ……イチロウ──大丈夫?ちゃんとレースできる?」

「ミリーはさ……」

 イチロウの小さく消え入りそうな言葉に、ミリーは素直に反応する。

「なぁに?あたしに用?」

「ほんとに、俺の花嫁になってくれるつもりがあるのか?」

「何言ってるのよ……当たり前じゃない……今さら、何を……」

「今だから確認してるんだ」

「エリナの代わりだったら、イヤだからね」

 今度は、ミリーが、そう言ってうつむいてしまう。

 イチロウが、俯いたままのミリーの肩に手をかけ、引き寄せようとしたが、ミリーは、先ほどと同様……巧みに、その手から逃れる。

「とりあえず……ミナトさん、今日は、あたしはパス……イチロウを、よろしくね」

「はい……任されました」

 ミナトが、イチロウの手を握り締める。

「今日だけは、あたしがイチロウくんの恋人役になってあげます」

「恋人役?」

 イチロウが、ミナトの言葉を確かめるように聞き返す。

「そう……あくまでも、恋人役ね……恋人はミリーちゃんなんでしょ」

「それも、ちょっと違うんだけどな……」

「わかってるって」

 ミナトが、イチロウの手を取り、、自分の心臓の位置に誘導し、薄い生地のレオタード越しに、接触テレパシーで、イチロウに、自分の気持ちを伝える。

「ミナトさん……」

「つまり、そういうこと……」

「わかりました。今日のレース、頑張りますよ」


 開会の挨拶が終わっても、まっすぐステージを凝視しているモンド・カゲヤマの背中を、シマコ・ハセミは、突ついてみる。

「パドックに行こう──気持ちの整理はできたんでしょ」

「ああ…」

「とりあえず、わたしには、どっちが本命だったのか、教えてくれてもいいんじゃないの?」

「エリナとミナトさんのことか?」

「そうそう……パートナーに隠し事しても、いいことないからね」

「俺が、好きなのは、ミナト・アスカワだ」

「やっぱりね」

「知ってたような言い方だな」

「もちろん……パートナーだからね」

「という事情だから、クイズで、ルーパスだけには負けるわけにいかない……レースでも負けたら、ただの笑い物だ」

「1ポイントでも多く稼いで、午後のゲートセッションに行かせてあげるから……開幕3連勝で、年間優勝を決定付けて、彼らと、わたしたちの差を見せ付けてやりましょう」

「頼もしいな……あいかわらず、シマコは」

「モンドのことだから、女を取られた上に、レースでも上に行かれたら、自殺しちゃうでしょ」

「自殺するくらいの覚悟はしてるが……自殺はしないよ」


「今日は、私の指示を無視することは許さないから──カナリ……わかっているな」

 アスカワ大統領の話を、じっと黙って聞いていたジョン・レスリー・マッコーエンは、隣にいるカナリに、強い口調で、そう告げた。

「昨日は、柄にもなく取り乱しました」

 ジョン・レスリーの力強いが、優しく諭すような声に励まされ、カナリは、その切れ長の眼に炎を宿す。

「やっぱり、取り乱していたのか?」

「部長は、わたしの弱いところを全て知ってるのですから、ごまかせないんです」

「幸せそうな女が嫌いなのは、よくわかってるさ……長いつきあいだ」

「この地球を舞台にしたレースで、万が一にも取りこぼすことなど、考えられないですから……

 部長も、足をひっぱらないでくださいね」

「お前が、そういうジョークを言えるようになるとはな」

「ジョークなどという言葉は、わたしの辞書にないことくらい、部長が一番知っていらっしゃるはずです。

 わたしは、本気で、部長のクイズスキルの低下を疑ってますから……」

「……足を引っぱらないように、がんばるよ」



 そして、サブマリンチームも、パイロット、ナビゲータ、メカニックの3人が、気力、体力、知力が充実しきった表情で、士気を高めていた。

「シキ……クイズセッションが、お前の見せ場だからな……ありったけの力を見せて、昨日今日、レースを始めたヤツらに格の違いというものを見せ付けてやろうじゃないか」

「わかってますよ」

「あの、賞金稼ぎのお嬢様に、一瞬たりとも、俺達の前を飛ばせることは許さないつもりだからな…私情を持ち込むなよ」

「賞金稼ぎ?誰が?」

「ハルナ・カドクラだ……まさか……」

「知らなかった……」

 シキ・マークスファイアは、会場にいるレース参加者の中でも、ひときわ目立つ鮮やかなピンクのパイロットスーツを着込みピンクのリボンで長い髪を二つに纏めて虚空に漂わせているハルナに視線を移す。

「ほんとに知らなかったのか?」

「ブログに、そんなこと一つも書き込んでいなかった」

「そりゃ、おおっぴらに、『あたしは賞金稼ぎをやっています』とかは、書いたりしないだろう」

「そういうもんですか?」

「まぁ……お前のように、開けっぴろげの性格の男には、理解できないというのも無理はないがな」

「どうした?幻滅でもしたか?」

「いえ……カッコいいじゃないですか……それを聞いて、ますます、ハルナちゃんのこと好きになりましたよ」

「特に悪質な海賊団を壊滅に追い込んでいる……

 ハルナという賞金稼ぎは知らなくても、トリプルルージュの活躍はしってるだろう?俺達海軍も、ずいぶん、手柄を横取りされたからな」

「ハルナ、アカギ、シラネのトリプルルージュですよね……まさか、ハルナちゃんが、トリプルルージュのハルナと同一人物だなんて、想像もできなかったですよ」

「腕のほどは、昨日の予選スプリントで見たとおりだ……ゲートセッションは、ほぼ互角の戦いとなると見ていい……つまり、勝負を左右するのは、クイズセッションに掛かってるということだ」

「俺次第ですか?」

「そういうことだ……くれぐれも、手加減などするなよ」

「あはは…もちろんですよ。海軍の壁がいかに厚いか、思い知らせてあげますよ」

「シキ……」

「なんでしょうか?」

「なぜ、ハルナさんが賞金稼ぎだってこと知らなかったんだ?」

「俺は、ハルナちゃんのことは、ブログの中で書かれたことしか詮索しないようにしてるから……ハルナちゃんは、俺にとっての女神様なんです」

「もし、クイズ・セッションで、彼女についての問題が出たらどうするつもりだったんだ?」

「あ……」

「考えていなかったのか?」

「考えていなかったです」

「だいじょうぶか?」

 とても大きな不安を抱いたニコラス・ラークスではあったが、その不安を顔に出すことはせず、マークスファイアの肩を、ポンと叩いた。

「なんとかなりますよ」

 マークスファイアは、引きつった笑いでラークスに答える。

「なんとかしてくれよ」


「ミリーちゃん……相変わらず、大統領の演説、すっごい退屈だったね」

 ウイングチームのウミ・ライトウィングがミリーに絡んでくる。

「うん……そうだね、昨日みたいに、ミナトさんとイチロウの婚約発表とかしてくれれば…ちょっとは楽しめたのに……残念だったね」

「へぇ?」

「おおぉ……シティウルフの兄ちゃん…ついに大統領のご令嬢を手篭めにしちゃいましたか?」

 サエ・レフトウィングが、嬉しそうにイチロウの尻をたたく。

「やっぱり、オオカミの二つ名は伊達じゃないね……ルーパスの女性クルーも食いまくりですか?」

「何を言い出すんだ」

 明らかに狼狽しているイチロウに、ウミが悪戯心満点のバードキスをする。

「ウミのことも、いつでも食べに来ていいからね」

「ちょ……」

「あんまり、深く考えないで……ミリーは処女だから食いづらいと思うけど、ウミとサエは、そっち方面、経験豊富だから……ノープロブレム。欲しくなっちゃったら、遠慮しなくていいよ」

(イチロウくん……ミリーちゃんもだけど、この二人も、あんまり心を偽ったりしていないから)

 イチロウの左手を握ったミナトから無言の思念がイチロウの脳に届く。

(イチロウくんは、もてもてなので、あたしは、もう用済みかな?)

「何黙ってるの?あ……でも、今はダメだよ。もうレース始まっちゃうし…今日はレース用で、パンツも、お子様パンツだから恥ずかしいし」

「昨日はありがとう。ウミちゃん、そしてサエちゃん。今日は、絶対負けないから……俺達ルーパスチームが、ウイングチームに勝ったら、デートに誘っていいかな?」

「シティウルフのお兄ちゃんが勝ったら?」

「そう……俺達が勝ったら」

「断る理由ないよね、サエ」

「そうだね……いいよ」

 サエが即答する。

「じゃ……あたしたちが勝ったらどうする?」

 ウミが、イチロウに訊ねる。

「そこまでは考えてなかった」

「負ける気ないってことだね……ちょっと、自身過剰すぎるんじゃないかな?」

「まぁ、難攻不落の大統領ご令嬢を落としたとなれば、自信過剰になるのも無理からぬこと……決めた!!」

 ウミが、右手をピストルの形にしてイチロウの胸に突きつける。

「あたしたちが勝ったら、シティウルフは、あたしたちとデートするの……それで、その自信、打ち砕いてあげるから」

 ウミが、右手の人差し指で、イチロウの胸を、ゆっくりと3回ほど叩き、最後に、イチロウの股間に、その手をスライドさせる。

「どっちが勝ってもデートできるなら……この賭けの意味ないんじゃ」

「あたしたちを相手に、8時間耐久デートで、シティウルフがギブアップするまで攻めまくっちゃうから」

「何を言い出すんだ」

(言葉通りの意味みたいだよ)

 ミナトが、忠実にウミの言葉を翻訳してイチロウに伝える。

「その8時間耐久デートに、あたしも参加していい?」

 それまで、言葉を発することなく黙っていたミナトが、にっこりとウミに笑いかける。

「いいよ……断る理由ないし……大統領ご令嬢のあえぎ声聞いてみたいし……

 そうだ、ミリーちゃんも、一緒にどう?」

「あたしは、まだ身体の準備が……」

 ミリーが、恥ずかしそうに俯く。

「だよね、まぁいいや。ミリーちゃんは、気持ちの整理ができたらってことにしといてあげる……心と体の覚悟ができたら、いつでもオーライだからね」

「ごめん……二人の会話にはついていけない」

「しょうがないよね……そこがミリーちゃんのいいとこなんだから

 じゃ、ミナトさん、その時は、よろしく」

「ありがと……じゃ、今日は、ウイングチームのサポーターになって、一所懸命応援しちゃうから」

「おおぉ…それは千人力」

 サエが、ガッツポーズをする。

「ちょっと、それは困る」

 イチロウは、ミナトが離れようとするのを慌てて引き止める。

「ミナトさんは、今となっては、ルーパスに欠かすことのできないサポーターだから、行っちゃダメだよ」

「冗談です……ミリーちゃん、

 イチロウくん」

 そして、ミナトが、イチロウの右手をしっかり握りしめる。

(若い女の子に取られるわけにいかないから、ちゃんと応援するよ)

「じゃ、商談成立!!ってことで、今日のレース……楽しもうね」

「ああ……正々堂々──」

「言っておくけど──あたしたち、卑怯なことも裏技も、スコア操作も、なんでもありだから……覚えておいてね──

 今日のレースは、スコール・イーマックス社全ての頭脳を結集して勝ちに行くから……正々堂々とか甘いこと言ってるチームには、絶対負けないよ」

「そうそう……ミナトさんにポイントリードされちゃったけど、イチロウさんの遺伝子獲得レースでも負けるつもりないからね」

「なんだ、それ?」

「あたしたちが勝ったら、8時間かけて、しっかり説明してあげるから、それまでは、妄想で、いろいろ考えててね……ウミとサエのヌード画像も、イチロウさんのところに、いっぱい送信しておくから」

「それは…」

「とりあえず、レース前の心理戦は、こんなところかな?サエ……」

「うん……充分、今日の優勝候補チームにプレッシャーは、かけられたし……メインパイロットは、あたしたちとのデートのことで頭がいっぱいで、集中力ゼロって感じだし」

「じゃ、ミリーちゃん……お邪魔しました。昨日の友は、今日の敵──ここから、本気モードで勝ちにいくからね。覚悟してね」

「うん……レース終わったら、また一緒にゲームしようね」

「もちろん!!GD21で、とって置きの裏技があるんだ──教えてあげる」

「うん……楽しみにしてる」

 ウミとサエは、言いたいことだけ言って、さっさと、自分達のパドックに向かって走っていってしまった。

「どこまで本音なんだか?」

「スコールイーマックス社は、世界有数のソフト会社の一つだから、確かにスコア操作くらい造作もなくやってくると思う」

 ミリーは、真剣な表情でイチロウに向き合う。

「VTR画像も、ほんの一瞬で偽編集処理しちゃうしね」

 ミナトも同意する。

「昨日の、ウミちゃんとサエちゃんのプログラミング技術見ていたでしょ」

「ああ……何をしていたかまでは、正直理解できなかったが」

「前回のレースでも、クイズ問題の改ざんをしてたって噂はあるし……あの二人のハッキング技術は、はっきり言って世界一だから」

「エッチな妄想で、集中力を削がれるようなら、あの子達の思う壺だからね……イチロウは、ルーパスチームのウィークポイントなんだから、自覚を持ってくれないと」

「はいはい……エリナ達は忙しそうだ」

 ルーパスチームから離れて、他のチームのパイロットたちに取り囲まれているエリナとハルナのいる場所に、イチロウは、眼を遣った。


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