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届け物は優勝杯  作者: 新井 富雄
第10章 婚約発表
45/73

-39-

 その発表がされた少しだけ前……

エリナたちは、(くだん)のパーティに参加するためブシランチャー2号機から、パーティ会場となっている観光用宇宙ステーションに場所を移したが、ミリーは、ギンを連れて、ルーパス号に戻って来ていた。

ルーパス号に着いたミリーは、自分の部屋へは行かず、先に引き上げてきていたキリエの部屋に向かい、その部屋の扉をノックする。

「ミリーです……入っていい?」

 部屋の中からは、キリエの歌声が聞こえてきているので、中にいるのは間違いないのだが、答えは返ってこなかった。

「ミリーです……入っちゃいますよ」

 扉の鍵が開いていることを確かめて、ミリーは、キリエの部屋へ入って行く。

「キリエ?」

 ミリーが、予測したとおり、キリエは、部屋の中でマイクをしっかりと握って、カラオケを楽しんでいるところだった。

「少し…キリエの歌聞いていていいかな?」

 キリエは、ミリーのほうに頭を巡らして、大きく頷き、歌い続ける。

「そういえばさ……ギンの歌って聞いたことないな」

『僕は、歌は歌えないよ』

「なんで?」

『言葉を伝えることはできるけど……メロディとかは、きっと伝えられないから』

「ギンは、ミナトさんと話とかしてみた?」

『話はしてない……』

「なんで?」

『考えるだけで…感じ取ってくれる人だから……言葉で伝える必要はないみたいなんだ』

「やっぱり…テレパスなのかな?」

『テレパス……って、心を読み取れる人ってことだよね』

「そうだね……ギン……今、あたしが考えてること、当ててみてよ」

『エリナのこと……考えてるよね』

「うん……それもテレパシー?」

『ミリーのことなら、きっと感じられる気がするから……当たった?』

「うん……当たり」

 ミリーは、小さいサイズのギンを強く抱きしめる。

『最近、エリナをハルナさんにとられちゃったから、ミリーは寂しそうだよね』

 そんな、やり取りを、ミリーとギンが交わす間に、キリエの歌が、終わった。

 部屋で、キリエの歌を静かに聞いていたソランが、拍手をする。つられて、ミリーも拍手をする。

「いらっしゃい……ミリー」

「うん、ごめんね…勝手に入ってきちゃって」

「別に、歌を歌っていただけだからさ…なにも問題ないよ」

「キリエのバラード…大好き…ダンス・ミュージックもキリエらしいと思うけど…あたしは、バラードのほうが好き」

「そうか?あたしは、歌っていられれば幸せだから…」

「カナリさんとのこと……聞いちゃいけないんだよね」

 真剣な表情で、ミリーが、キリエに問いかける。

「そうだね……あまり、しゃべりたい話じゃないから」

 キリエは、そうは言ったが、ミリーの座っている横に寄り添うように、座り込む。

「でも、そろそろ、ミリーには話しておいてもいいかなと思ってる。リンデもマイクも、どうせ、何も言わないんだろう」

「パパもママも、そのうち、話すよ…とは言ってくれるんだけど」

「ぶっちゃけて言えば、あたしの元カレと、あたしの親友の乗っていたクルーザーが、カナリの部下…に体当たりして…3人とも即死…という事故があった…ということだ」

「3人…」

「キリエ…それだけじゃ、ミリーにはわからないだろう」

「できれば、話したくはないんだ」

「ごめんね……キリエ」

「俺が聞いた話ということでよければ、話してやるよ……いいよな、キリエ」

 ソランが、いつになく重い口調で言ってから、ミリーの横に腰を下ろす。

「そうだね」

「エリナが、シルフチームに、A級犯罪者ということで追われていたことは、ミリーも知ってるよな」

「うん…」

「基本的に、このルーパス号は、どんな警察のクルーザーにも負けない機動性能を持っているから、どんなに追いかけられても、逃げきれることができていたんだ」

「この船は最高傑作だって、いつもエリナが言ってるからね」

 ミリーが、ソランの言葉に同意する。

「その日…カナリは、エリナが、ルーパス号から離れた時を狙った……と聞いている。

 もちろん、俺は、その時ルーパスには乗っていなかった。

 単機で、ある惑星の衛星に足を踏み入れたエリナを追い詰め、エリナがルーパス号に戻る前に捕獲しようと考えた……

 シルフチームは、母船の捕獲は不可能だと判断したということらしい

 そのこと自体は、警察として考えて当然の作戦なのだろうが…カナリ自身は、どうやら最終手段と考えたようだ…

 部下の全てを使って、ルーパスへの帰還の道を閉ざした……突破口を探ったエリナは、威嚇のビーム射撃を、警察隊の1機を狙って放った…エリナとしては、当然、そのビームを避けるものと…回避行動を取るものと考えたのだが…その機体は、ビーム攻撃を避けず…被弾した」

「エリナの動揺を誘うため……部下を犠牲にした……ということ?」

「ゲームの世界では、そういう作戦もありだろうが……現実に、部下を盾に使うリーダーが存在するとは思わなかったのだろうな……エリナは……

 結果的に、エリナに隙が生まれ、警察隊の接近を許すということなったようだ……捕獲のため、ゼロ距離射撃の姿勢を取った警察隊の1機の射撃を停めるため……その時のルーパスのクルーが、体当たりを仕掛けた……

 その体当たりにも……シルフ側は避けることをしなかった……

結果的に、エリナを守ろうとしたルーパスのクルーの乗った機体と、その体当たりを意図的に受けた…逃げることなく受けた…シルフの機体は大破し…パイロット3人は、命を失った」

「それが……エリナが言うカナリさんとの因縁?」

「俺が知っているのは、そういう大雑把なことだけだ……キリエのように、その場に居合わせたというわけではないからな」

「ソランは……その話を、キリエから聞いたの?」

「さっき…キリエが言っただろう…この話は、できればしたくないって……だから、俺はキリエからは聞いていない。エリナとリンデが断片的に言ってくれたことをつなぎ合わせただけだよ」

「キリエ…ごめんね…でも、好奇心だけで聞こうと思ったわけじゃないんだ」

「わかってるよ…エリナが心配なんだろう」

「うん……」

「エリナは、いつも、自分の本当の心を隠している……それは、ミリーにも、あたしにも…それが、ハルナちゃんと会ったことで、素直に気持ちを表すようになってきた」



 その時、キリエの携帯端末からリンデの声が聞こえた。

『キリエ……エリナが、おかしなスピーチを始めたよ…テレビ中継…観てる?』

「観てなかった…あのパーティ、中継してるんだ」

『ちょっと付けてみて……』

 キリエは、部屋にあるもう一つのモニターに太陽系レース参加者のパーティを中継しているチャンネルを映した。

 そして、キリエの部屋に集まった3人と1匹も、エリナのスピーチを聞き始めた。



 カドクラをステージに招いたエリナは、一歩身を引いて、スピーチの主役の座をカドクラに任せ、少しだけ、緊張していた顔の表情を緩めた。

「あまり、(おおやけ)にしてはいませんが、この会場のある観光用宇宙ステーションは、カドクラグループの所有です」

 公にはされていないが、この場の参加者全員が知っている事実を、カドクラは告げた。

「研究、そして開発を目的とする宇宙ステーションとは別に、レジャーを満喫することのできる宇宙ステーションがあってもよいのではないかという思想の元、カドクラグループは、宇宙開発の進化とともに、宇宙でのレジャースポットの設置、そこへの集客、サービスの向上に努めて参りました。

 こうして見ていただければわかりますように、わたしがカドクラグループを任された17年の間に、眼を見張るような大規模開発はなかったかもしれませんが、多少なりとも、宇宙の住み心地は向上してきているのではないかという実感は持っております。

既に、発表をしていますように、わたしは、ホテル経営の一線を退き、来期は、娘であるハルナ・カドクラに、経営の実権を引き渡すことも、皆様、周知の事実かと思います。

 一線を退いた後、わたしが目指すものは、宇宙に住まう者たちの更なる安全確保…安心して生活をすることができる環境の整備…そして運送を含めた交通手段の正常進化の実現に携わりたいと望んでいます。

それら全てを実現するために必要なのが、確かな技術……こちらにいるエリナ・イーストが持つ、類まれなニューアイテムの開発能力…なのです」

カドクラの横で佇んでいるエリナが、恥ずかしそうに顔を赤らめる。

「カドクラグループは、エリナ・イーストを開発スタッフの一員として受け入れ、更なる人類の進化に貢献していくことを、ここに発表させていただきます」

 会場からは、カドクラの決断に賛意を示す拍手が続く。


エリナの存在が、世界全体に及ぼす影響の大きさを実感できる者は、この場にいる、ごく少数に限られているのだが、正式に、カドクラの研究者チームの一員となったことで、シルフのリーダーであるカナリは、エリナに手出しをすることが、より一層困難になることを懸念した。

「エリナも、ようやく…まっとうな後ろ盾を手に入れたということになるな…警察も…というか、お前は……それでも、エリナを逮捕する理由を探すのか?」

 カナリの懸念を見透かすように、リンデが、直接、カナリに尋ねる。

「もちろんです…どんな後ろ盾があろうが、犯罪者は犯罪者です」

「お前が、そう言ってる間……わたしも、エリナの傍を離れることができない……」

「あの女のことなど忘れて、母さんは、母さんの取るべき道を進むべきですよ……尊敬する母さんの庇護があるから…今は、わたしも、手を出せないだけなのですから」

「ふぅ…お前も頑固だな」

「母さんに育てられた女ですから」

「あのカドクラ社長は信頼できる…決して、エリナが、これから生み出していく物を悪用させたり…人類の脅威になるような形にすることはないと……そうは、思ってくれないのか?」

「わたしは、別に、原子力やワープ装置が経済や未来、環境を破壊しようがしまいが、どうでもいいんです。

 そんな倫理観で、あの女を追っているわけではありません…あの女が、法を…禁忌を破った事実があるから…その罪を償わせたいだけです」

「その犯罪者を捕えるために…お前は、一度ならず部下を犠牲にしている」

「正義を守るため…法を守るため、警察として命を掛けなければならないことを彼女は知っていました……立派な殉職だと思っています」

「カナリ……お前は、わたしの手から離れた後…男を真剣に愛したことはあるか?」

「何を聞くのです…母さんらしくない」

「やっぱり…ないのだな」

「もちろんです……男など、乾いた身体を潤すだけの存在でしかありません……それ以外の目的で、男と接したことなど一度もありません……わたしは、わたしより強い男を見たことがない……」

「だから……エリナがイチロウを守ろうとした気持ちを理解できないわけだな……教育指導士として、知識や技術を身に付けさせることはできても、人としての、相手を思いやる気持ちを、わたしは、お前に教えてやることができなかったことを後悔している」

「母さんは、充分な知識と技術を、わたしに叩き込んでくれました…スパルタ教育は、全ての人類に必要ですよ…甘い考えの人間が多すぎますから」


 カナリとリンデが会話を続けている間、カドクラは、スクリーンを使って、エリナが実際に発明し、さらに実用化されているいくつかの製品の説明をしていた。

「ということで…わたしが、どれほど、このエリナ・イーストという女性を崇拝しているか…人類の未来のために必要な存在であることをわかっていただけたと思います。

 この場を提供しましたステーションオーナーとしての立場で、長々とスピーチをさせていただきましたが、エリナ・イーストを、カドクラの研究員として招聘したことの他にも、この場で、皆さんに伝えておきたいことがあります」

カドクラは、会場全体を見渡した後、ステージ上で少し距離を取って、恥ずかしそうに、ずっと俯いていたエリナに近づくと、その手を握り締め、エリナにだけ聞こえる小さな声で囁く。

「しっかり前を向いていいんだよ…きみの今まで取ってきた行動は、何一つ恥じることはないんだから」


 エリナが、カドクラの言葉に励まされ、正面を向いたことを確かめると、カドクラは、エリナの手を握る手に力を込めて、もう一度、会場を見渡す。

「わたしは、こちらにおります、エリナ・イーストと婚約したことを、この場を借りて発表します」

 会場全体が、一瞬どよめき……そして、この日、一番大きな拍手と喝さいの音が、会場中に響いた。


 ルーパス号で、ことの成り行きを見守っていたミリーは、その大きな瞳を、さらに大きく見開き、膝の上にいるギンを無言で、抱きしめた。

キリエも、途中から、スピーチを聞きながら、スローテンポの曲のカラオケを流しながら、歌を口ずさんでいたが、その歌を歌うのをストップしてしまった。

「エリナが……」

「婚約だって?」

 二人は、顔を見合わせ、もう一度会場を映し出すモニター画面に眼をやる。

カドクラが、告げた短い言葉で、すべてが言い尽くされていた……

だから、祝福の拍手が鳴りやんだ後、多少なりともエリナと会話をしたことのある者たちは、エリナとカドクラへ、おめでとうを言うために、ステージに上がり、握手を求めたり、小さいエリナの身体を抱きしめたりする映像が映されている。

「エリナのバカ……」

「ミリーにも何にも言わなかったのか?」

「プロポーズされたってことしか……あたしは知らなかった」

「あの顔を見ると、イチロウも、こんな演出が予定されていたことは知らなかったみたいだ……」

「ここから、あの会場まで、そんなにかからないよね」

「10分もあれば、行ける」

「あたしたちも行こうか?ねぇ…ソランは行かない?」

「もちろん、行くよ…俺とキリエの結婚を一番喜んでくれたのが、エリナだったからな……あの時は、涙で海ができちゃうんじゃないかってくらい…キリエに抱き付いて、俺にも抱き付いてさ……『絶対、絶対…キリエを幸せにしてあげて……絶対だよ』って何度も何度も繰り返し言ってくれたからな」

「あたしも、あの時のことは、覚えてる…エリナったら、あれで、間違いなく3kg以上は体重を減らしていたはずだからね」

「でも、あたしたちに内緒にしてたっていうのは、ちょっと許せないよな」

「うん……」

「嫌味な歌の一つでも歌ってきてやらないと気が済まないよ」

「まだ、歌い足りないのか?」

「まぁね…みんなで、お祝いしよう」

 キリエ、ミリー、ソランとギンの3人と1匹は、キリエの部屋から出ると、ミリーの愛機であるコゼットに乗って、エリナ達のいる観光用宇宙ステーションへと、飛び出して行った。


「お姉さまも、お父様も、どうしてこう常識というものをわきまえていないのかしら…

 ね…イチロウ」

「ああ……」

「やっぱり、ショック?」

「さっきは、言いそびれたけど、俺も、おめでとうを言ってくるよ」

「お父様を殴ってもいいよ……イチロウの気持ちを、ちょっとでもわかってれば、こんな派手な演出なんてできないはずなのに」

「俺の気持ちは、どうでもいいよ」

「いっそ、こうなった以上、セイラに乗り換えちゃったら?」

「……」

「嘘だよ…そんな怖い顔で見ないでよ」

「今、この瞬間、俺は、エリナのことを、どれだけ好きだったかを思い知った」

「そういうもの?」

「ああ……」

「でも、まだ結婚したわけじゃないからね…イチロウにもチャンスはある…日本の離婚率は低いけど、離婚しちゃいけないわけじゃないから」

「慰めになってないよ」

「とにかく、お祝いに、行きましょう」

 ハルナは、イチロウの手を引いてステージに上がる。

「お姉さま……」

「なんか…こんなことになっちゃって……夢みたいな気持ちで…眼がさめたら、隣にハルナの寝顔があるんじゃないかって」

「いつも、ハルナのほうが、先に起きてますから、お姉さまは、ハルナの寝顔を見たことないはずですよ」

「そうだっけ?」

「そうです……」

 ハルナは、エリナをきつく抱きしめる。

「ちょっと…ハルナ、痛いよ」

「痛いのは夢じゃないって証拠ですよ」

「そうだね…ありがとう」

 エリナも両の手に力を込める。

「痛いですよ…お姉さま」

 ハルナは、そういってにっこりと笑いかけると、エリナを抱きしめていた手を離し、自身の父に向き合う。

「お父様…お父様らしくないですよ…こんな演出…派手すぎです」

「どうしても、タカシマくんに奪われたくなかったからな」

「嫉妬ですか?」

「ずっと、スプリントの映像を観て応援していたら、もう、タカシマくんには敵わないんじゃないかと思った」

「それで、諦めないのが、お父様らしいです」

「嘘偽りのない気持ちを伝えることができれば…その気持ちだけは、負けない自信があった…というか、ハルナは気づいていなかったと思うが、父さんは、ずっと結婚するならエリナさんしかないと思っていた」

「でも、最近、セイラが、それらしいこと(ほの)めかしてくれていたので、ハルナは、納得できました」

「あの子の人を見る目は確かだからな」

「人一倍苦労してますからね」

「これで、堂々とエリナさんを守ってやることができるのが、嬉しい」

「ええ……おめでとうございます」

「ありがとう…ハルナのお蔭だよ…」

「そうですね……でも…」

 ハルナは、父の耳元に唇を近づけ、微かに聞こえるほどの声で囁く。

(エリナ様に、ディープキスを教えたのは、許せませんよ)

 カドクラは苦笑する。

(小さく肩を震わせている姿が、あまりにも可愛くて……そうせずにいられなかった)

(もう……)

「でも、社長交代をするまでは、しっかりとお仕事を真剣にやってください…お願いしますよ」

「わかってる……ハルナに心配をかけたりはしないさ」

 ハルナは、父にキスをすると、エリナにもう一度向き合う。

「お姉さま」

「なぁに?」

「絶対、幸せになれますよ」

「うん……あたしも、そう思う」

「イチロウのことは、ハルナに任せてくださいね…」

「イチロウ……あの…あたし…」

「エリナは、いっぱい苦労してきたんだからさ…」

「うん……ごめんね……でも…あの…」

(今更だけどさ…カドクラ社長が諦めなかったように…俺も、諦めるつもりはないから……絶対、もう一度、エリナに、俺のかっこいいところを見せてやる)

「スプリントの時のイチロウは、世界一かっこよかったよ」

(だろう…)

「あれで、イチロウのファンになった女の子はいっぱいいると思うから…」

(それは、諦めろって言ってるよな……)

「ごめんね…でも、イチロウの運命の女性…カナエさんの生まれ変わりは、あたしだけじゃないから……」

(そのことは、すっかり忘れていた…俺は、香苗の生まれ変わりのエリナが好きだったわけじゃないんだと……今、やっと気づいたよ)

「イチロウ……」

 エリナが、イチロウを真剣に見つめる。

「キスして……」

 そう言って眼を閉じたエリナにイチロウは、躊躇(ためら)うことなくキスをする。

「ありがとう……イチロウのこと、愛してる…ずっと、ずっと傍にいられたことが、とっても嬉しいし、これからも、ずっと、いっしょにいたい」

「ルーパスから追い出されなければ、ずっと一緒に居られるよ」

「そうだね……ずっと、一緒にいてくれるよね…イチロウは、とっても優しくて強いから……」

「それを、エリナが望むなら」

「そうか……カナエさんの言葉…って」

「カナエの言葉?」

「うん……あたし、今までずっと、『生きられる人と、死んじゃいけない人が、生き残るしかないよ』って言葉を誤解していたかもしれない」

 イチロウは、エリナの言葉を聞いて、心臓が反応したことを自覚し、その時のカナエの表情を思い出した。

「あの『死んじゃいけない人』を、ずっとおじいちゃんだと思ってたけど……それは、イチロウだったんだ……今、わかった」

「俺が…?」

「うん……うまく言えないけど、誰かに守られることで、生き残ることができる人…つまり、『死なせちゃいけない人』がいるとすれば、それがイチロウ……

 そして、どのようにでも、自分で自分のことを守り切れる人が『生きられる人』……だとしたら、それは、もう、おじいちゃん……東崎諒輔しかありえない」

「……確かに、諒輔は、自分を守ることを一番に考えていた…コールドスリープ装置を探査機に搭載したのも、諒輔が言い出したことだ」

「あたしは、ずっとイチロウを守ってきた……きっと、そのことが、ずっとイチロウの負担になっていたんだって……ずっと、思っていた……

 イチロウは、あたしを好きになって当たり前なんだって……

あたしが、イチロウを好きなように…

ずっと守り続けていた…あたしのことを…好きにならなければおかしいんだって」

「俺は、エリナが好きだ……それは、義務感でもなんでもない」

「ごめんね…イヤな言い方しちゃって」

「あたし…ずっと、自分が、世界中の誰からも必要とされていない…いらない人間だって思っていた」

「そんなことは、絶対にない…少なくとも、俺はエリナを必要としてる」

「うん……うん……今、イチロウにキスしてもらって、イチロウの気持ちがよくわかった……自惚れかもしれないけど…ああ…イチロウには、あたしが必要だったんだって…ほんとうに自惚れだと思うんだけど…そう思っててもいいよね」

「エリナを必要としてる人は、俺だけじゃない……もっと、もっとたくさんいる…ミリーだって、キリエだって、エリナと一緒にいることを喜んでいる」

「うん……そうだよね…ありがとう…イチロウ…ありがとう」

「礼を言うのは、俺のほうだよ」

「イチロウは、カナエさんやあたしに守られなかったら、とっくに死んじゃってたんだ……でも、こうやって、生きている…そして、あたしに勇気をくれてる……守り続けて来たことが、よかったことなんだって…恥ずかしいことじゃないんだって…今、そのことが、わかった」

「エリナ……」

「シンイチさんが、ずっと、見守ってくれていたんだって……そう、教えてくれました」

「カドクラ社長が?」

「こんな、あたしのことを5年も見守ってくれていたんだって…あたしが、イチロウを守り続けていたように」

「なんの見返りを求めず、相手を守ることができるのは、素晴らしいことだ」

「あたしは、イチロウに好きになってもらいたかったんだよ…それが、見返り…

 でも、そのほうが人間らしいよね」

「そうだな……エリナ」

 イチロウの瞳が僅かに湧き出した涙で揺れていることをエリナは、見逃さない。

「泣き虫の男の子は嫌いです」

「エリナだって、よく泣くじゃないか」

「そりゃ…涙は女の最大の武器だからね…武器は使ってこそ価値があるんだよ」

「そうか…確かにエリナの涙には勝てる気がしないよ……」

「もっと、泣けばよかったかな?」

「わからないけど……俺は、そろそろステージから降りるよ」


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