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届け物は優勝杯  作者: 新井 富雄
第10章 婚約発表
44/73

-38-

 太陽系レースその第3ステージ…地球をステージとして開催された予選セッションの全てが終了した。

日曜日…4月12日に開催される決勝戦に出場を許されたのは、予選を突破した8つのチーム。

【ルーパス・チーム】

 機体名称「フェアレディ240Zカスタム」

イチロウ・タカシマ (鷹島市狼)

ハルナ・カドクラ (門倉榛名)

エリナ・イースト・アズマザキ(東崎絵莉奈)

【サットン・サービス・チーム】

 機体名称「プラチナ・リリィ」 

 チアキ・ニカイドー (二階堂千明)

キサキ・クロサワ (黒澤后)

クルミ・ニカイドー(二階堂包未)

【ジュピターアイランド・チーム】

 機体名称「グッバイ・ジュピター」

 トラナガ・ナカノ(中野虎長)

リョウヘイ・ミチガミ(道上龍平)

 スザク・カタヤマ(片山朱雀)

【ザ・ゴリラダンク・チーム】

 機体名称「ザ・ロンゲスト・リバー」

 サブロー・ヨシノ (吉野三郎)

ジロー・チクゴ (筑後次郎)

タロー・バンドー(坂東太郎)

【ハートゲット・チーム】

 機体名称「ハート・オブ・ディーノ」

 シエン・スペードソード

リーシャ・ダイアモンド

キーン・クラブバトン

【ヨシムラ・チーム】

 機体名称「夢幻プロミス・イレブン」

 イツカ・ヨシムラ (芳村唯津華)

クダラ・ヨシムラ (芳村百済)

タイヨウ・ヨシムラ (芳村大洋)

【ライアン・チーム】

 機体名称「ライアンプロジェクトM」

 デビッド・マックアート

マイルス・リーンフォース

ドズル・ドースルー

寶船鉄工所たからぶねてっこうじょチーム】

 機体名称「シチフク・ジーン」

 トモノリ・ホテイ

キョウイチロウ・ビシャモン

リサリサ・ベンテン


 パーティ会場には、予選勝ち抜けのチームの他に、予選で敗退したチームも入れることになっている。

さすがに、予選80チームとレギュラー枠の8チームの88チーム全員が集まることはないのだが、レギュラーチームと親密になりたいだけで、予選にエントリーするチームもあることから、この時とばかりに、パーティ会場には、既に200人を超える太陽系レース参加者が、集まって来ている。

 ハルナは、傷心を装っている……かもしれないイチロウと共に、このパーティ会場にやってきていた。

 パイロットスーツは、しぶしぶエメラルドグリーンを着ることを承諾したハルナだったが、このパーティには、裾が大きく拡がる濃いピンク色をベースにした生地に白いレースのアクセントフリルをあしらった胸元の大きく開いたカクテルドレスを身に着けていて、一応は、上機嫌だった。

さっそく、解説を務めているイマノミヤが、ハルナに声を掛ける。

「ハルナさん……今日は、おめでとうございます」

「ええ……とても、満足のゆくレースができました……スバル関係者のわたくしには、縁のないレースと思っていましたので、素直に嬉しいです。

 決勝に残れたことも、出場資格を与えてくださったことにも感謝しています」

「そう言っていただけると、尽力した甲斐があります。明日の決勝も、良い成績を納めていただけると…確信していますよ」

「ここまで来たら、狙いは年間優勝です。こちらのタカシマも、気力充実…がんばっていますから」

「素晴らしいレース内容でしたからね。特に、スプリントは興奮しましたよ」

 イマノミヤは、イチロウに手を差し伸べ、握手を求める。

無理矢理、笑顔を作ったイチロウが、その手を握りしめる。

「がんばります」

 短くイチロウは挨拶をする。

「元気がないようですが……なにか?」

「父が、この席で発表したいことがあるということで、さっきから元気がありません」

「そういえば、エリナさんの姿が見えないようですね……お二人のパフォーマンスも素晴らしかったが、やっぱりメカマニアの僕は、あのZカスタムの仕上がりの素晴らしさに舌を巻きましたよ」

「ありがとうございます」

「あの……お父上の発表とは……まさか、スバルの出場宣言とかいうビッグニュースではないですよね」

「そうであれば、わたくしも嬉しいのですが」

「そうですか…」

「残念そうですね」

「できる限り早い時期に、メーカーチームに参加してもらいたいと願っていますから

 ……カドクラグループの大きなスポンサードがあるから、この太陽系レースも、莫大な資金を当てにできますし、エントリーフィーも安く抑えることができています」

「でも、メーカー参戦ということになると、エントリーフィーも、1レースにかける費用も爆発的に大きく…高額になってしまうのは避けられないでしょうね」

 ハルナがビジネスをする時の顔になって、イマノミヤとの会話をすることをイチロウは、素直にかっこいいなと感じていた。

「一般参加だからこそ…こうやって、フレンドリーな雰囲気のパーティも開催できていますからね……難しいところではあります」


 その3人が会話を交わしているところに、軍服姿の大柄な男3人が声を掛けてくる。

翠玉(すいぎょく)の彗星現るって…話題になっているのは、お主たちだな…」

 白を基調とした、水兵服をどことなくイメージさせる、軍服を身にまとった3人の男たち…声を掛けたのがニコラス・ラークスをチームリーダーとするサブマリン・チームの3人であることは、イチロウにもすぐにわかった。

「はじめまして……イチロウ・タカシマです。

サブマリン・チームの方ですね」

「堅っ苦しい言い方はなしでいいぞ。

 明日の決勝は、手加減しないからな…思いっきり体当たりをブチかましてやる」

ニコラスが、イチロウの背中を叩き、豪快に笑う。

「3月ステージは、残念でしたね」

「金星は、もともと相性が悪いからな…あそこは、まぁ……棄てレースだ…水星で優勝できなかったのが、今でも悔しい…オータチームも、とりあえず、運だけで勝ってきてはいるが、今回は、そう簡単に優勝はさせない」

「公式練習で見る限り…シンカイ2105トゥエンティワン・ファイブは調子が良さそうですね」

 言葉数の少ないイチロウに代わって、その場に留まっているイマノミヤが、ニコラスに話しかける。

「イマノミヤ氏……最高のできに仕上がってますからな…シンカイ2105は……まぁ、大きなトラブルか邪魔が入らなければ、ぶっちぎりトップ間違いなしですよ」

「言われてるよ…イチロウ」

 ハルナが、こっそりと、イチロウの脇腹を突つく。

「負けません」

 ぼそりと、イチロウが呟く。

「ハルナお嬢様ですね……相変わらず、お綺麗だ……レースの腕も運の強さも一流となると…今回の決勝…ブックメーカーで、3位の人気チームとなっていることも頷けます」

 サブマリン・チームのメインメカニックであるコーヘイ・キタムラが、ハルナを真正面から見て言う。

「サブマリン・チームのお方は、皆様、紳士であると、聞き及んでおります。お手柔らかに、お願いしますね」

 そして、美しくピンクをベースにネイルアートで彩られた指先をまっすぐに伸ばし、その手を差し伸べる。

キタムラは、一瞬、躊躇したようにも見えたが、しっかりと、差し伸べられたハルナの手を握り締める。

「手加減はしませんが、紳士的に戦うことを誓いますよ」

「ええ……余力を残して事にあたる人は信用できません……わたくしを相手にして、手加減などなさったら、軽蔑いたします…正々堂々戦いましょう」

「もちろんです…優勝カップは譲りませんよ」

 ハルナとキタムラの間に入って、このチームで、最も長身である金髪の男が進み出る。

「シキ・マークスファイアです。ナビゲータを務めます……クイズ・セッションでは、宇宙海軍一位の頭脳で、必ずアドバンテージを稼がせてもらいます……お嬢様…覚悟してくださいよ」

 ハルナは、そのマークスファイアと名乗った男にも、最高の笑顔で、差し出された手を強く握り締める。

「わたくし…クイズ・セッションの問題が、いつもランダムで、テレビ観戦では、いつも、ろくに調べもしなかったので、少し不安です……でも、ナビゲータとしては、最高の仕事をするつもりですので、絶対に負けません」

「あの……俺、ハルナちゃんの大ファンなんです…いつもブログチェックしていて…シキマってハンドルでカキコしてるんですが……覚えてませんか?」

 ハルナに手を握られた途端、突然、顔を赤らめて照れながら話すマークスファイアだが、それでも、その手はしっかりと握り締めたまま…少しだけ引きつった笑顔で、恐る恐る打ち明ける。

「シキマさん?…いつも微妙なシモネタのコメントしてくださる方ですよね」

「あ……あ、はい…微妙なシモネタが得意なので…楽しんで貰えるんじゃないかと……シモネタ、お嫌いでしたら、もう、やめます」

 ハルナは、口元をそっと抑える。

「ごきげんよう…シキマ様……これからも、ブログを盛り上げてください…きっと、シキマさんのコメントを楽しみにしてる、他の人もいっぱいいるので、やめないでください」

「はい……そう言ってもらえると、もう、毎日、コメント書きまくります」

 ハルナは、握った手を少しだけ引き寄せ、引き寄せたマークスファイアの手に、ほんの一瞬だけ、口づけをする。

「ありがとう…シキマさん…」

「はい……ハルナちゃんも…まさか…ハルナちゃんに、キスしてもらえるなんて」

「他の人には内緒にしてくださいね…気にする人もいるかもしれないので」

「もちろんです……」

「秘密を守れない人は、嫌いになっちゃうかもしれません」

「あの…カクテル…飲みませんか?」

「はい…ノンアルコールなら……」

「取ってきます」

 マークスファイアは、その場を離れて、カクテルバーに向かう。

 目立つ6人を囲むように、少しばかり、人の群れが、その場にできていた。

「さっきのラッキーセッションで、稼がせてもらいました……僕も、ハルナちゃんのファンなんです」

 長髪の、ちょっと見が少年のような小柄な男が、ハルナに握手を求めてくる。

「ありがとうございます」

 ハルナは、快く、少年の握手に応じる。

「お名前は?」

「サブロー・ヨシノです」

「ゴリラダンク・チームの?」

「はい……変なチーム名で、笑っちゃいますよね」

「いえ…諦めないという意思を強く感じるチーム名ですね」

「はい……」

「ハルナちゃん…ピンクグレープフルーツカクテルが美味しそうだったので持ってきました…あと、美味しそうなケーキも」

「ケーキは、お昼休みに、たくさんいただきましたよ」

「それは、とんだ無粋を……もうしわけない」

「いえ…美味しそう…でも、グラスを持った手では、ちょっと食べにくいです…あの…口元に運んでいただけますか?」

 マークスファィアは、フォークで小さめに切り分けたケーキをハルナの口元に運ぶ。

ぱくりと遠慮会釈なくかぶりついたハルナが、ちょっと行儀悪く、ピンクの唇に僅かに残った白い生クリームを舌先で、ペロリと舐めとる。

「おいしい……」

 ハルナは、カクテルを一気飲みし、イチロウに、空いたグラスを手渡し、マークスファイアの手から、ケーキとフォークを受け取る。

「いただきます」

 残り半分ほどを自分で食べ、残りをフォークに載せて、イチロウの口元に運ぶ。

「イチロウも元気を出して……おいしいよ」

 さすがに照れくさいのか、イチロウは、差し出されたフォークを自分の手で持ち替え、口に入れる。

「世の中には、エリナ様以外の女もいっぱいいるんだからさ」

「そうだな…でも、俺は、諦めるつもりはない…いっしょに生活しているんだし…ほんとうに、エリナがカナエの生まれ変わりだとしたら、その約束を叶えたいしな」

「そうそう…別に結婚しちゃったってわけじゃないんだから…まだまだチャンスはある…って信じないとね」

「エリナは、決断が早いな…」

「ハルナもちょっとびっくりしたけど…でもね、女の立場で言えば、つきあって…じゃなくて、結婚してくれって言われたら、イエスかノーしか答えはないんだよ

 1年待って……とか言えないもん」

「それをいうなよ……もしかしたら、ハルナが、親父さんを焚き付けたのか…と思ったけど」


「その人が…シティウルフですよね」

 サブローが、二人だけの会話になりそうなハルナに、もう一度声をかける。

「ええ…うちのメインパイロット」

「明日のレース……予選組の意地を見せて、がんばります」

「俺たちも負けるつもりはない……」

 マークスファイアも、ハルナの傍から離れる気はないようで、イチロウとハルナが会話を始めても、その会話を静かに聞いていた。ただ、他のサブマリン・チームの二人は、他のパイロットたち…特に、レギュラーチームに挨拶をするために、その場を離れていた。

いつのまにか、ハルナとイチロウの周りには、ハルナの取り巻きと呼べる者たちが、それぞれに、ハルナがブログに書いた話題をネタに、楽しく談笑を始めていた。

「このパーティは、ほんとうにフリートークの立食パーティだから…あなたたちも、美味しいもの、たくさん食べて、たくさん、おしゃべりを楽しんでくださいね」

「僕は、ハルナちゃんを見てるだけで幸せですよ」

 サブローの言葉に、気をよくしたハルナは、サブローの手にも、キスをする。

「嬉しいです、そう言ってもらえると」

 そして、そう言葉を添え、まだ少年らしい面立ちのサブローは、照れくさそうに顔を赤くする。

「どうぞ……お代わりをお持ちしました」

 マークスファイアが、先ほどと同じカクテルをハルナに手渡す。



「会場に、お集まりの皆さん…ここで、本日のスプリントセッションで、トップタイムをマークし、予選組のポールポジションを獲得したルーパスチームのメインメカニック…エリナ・イーストが、皆さんに、是非、報告したいことがあるとのことです」

 パーティ会場の中央に進み出たエリナが、ステージ中央で、マイクを手にする。

「お姉さま……てっきりルーパスに戻っていたと思っていたのに……何をしようというのかしら……イチロウは聞いている?」

「いや……なんか、様子がおかしい…ハルナのお父さんが…ってことは、聞いていたけど…なんでエリナが……」

「あの人…メカニックのエリナさんですよね」

 サブローが、ハルナに問いかける。が、ハルナは、ステージ上のエリナに注目する瞳を逸らさない…じっと無言で見つめる。

「会場の皆さん……エリナ・イーストです

 まず、この太陽系レースにエントリーの許可を与えてくださった関係者の皆さんに、感謝の意を表したいと思っています。

本当は、私のような者が、堂々と姿を現してよい場所ではないのではないか…そうも思いましたが、謝るべきことがあるのであれば、きちんと謝った上で、今後の生活を胸を張って楽しむべきだと……そう、助言をしてくださった方がおりましたので……このマイクをお借りしています」

 エリナは、そこで会場を見回す。

まず、探し当てようと思ったのは、ポリス・チームのカナリ・シルフ・オカダであった。

目立つ正装のポリス・スーツに身を固めたカナリの姿は、すぐに見つかった。

「私は、ある犯罪を犯しています」

 会場が、少しだけざわめく。


「お姉さま…何を言おうとしてるのか…イチロウ、ちょっと傍に行きましょう」

「ああ……何か、やっぱり様子がおかしい」

 一度、床に落とした視線を、もう一度、正面に戻したエリナは、マイクを握る手に力を込める。

「誰もが製造を禁止されている、携帯タイプのワープ装置を、私は所持しています」

 さらに、会場はざわめきが大きくなる。

「個人的に、その装置を使用することで、商用を考えるつもりはありませんでしたが、この装置の製造の一切を、私は放棄し、ある企業の研究所に、その製造ノウハウを委ねようという意思を伝えるために、この場を、お借りしました」

 エリナは、カナリの視線を受け止め、自身の瞳に力を与え、睨み返す。

「自分の犯した過ち……犯罪を…その作り出された装置を手放すことで、免れようという気持ちではありません…しかし、そのように考える…考えてしまう人がいるのも、一つの事実です。

 犯罪を犯していながら、罪を償わないという理由で、普通の生活を営むことを否定されるのであれば、私は、牢に繋がれることを恐れるものではありません」

「お姉さまったら…なんてことを…あんなに嫌がっていたはずなのに」

 カナリが、前に進み出ようとする姿を、ハルナは視認しながら、イチロウの手を取り、ステージ傍へと歩みを進める。

「しかし…政府が決めた法律と言うのは、本当に絶対に、なにがなんでも守らなければいけないものなのでしょうか?」

 今度は、会場全体を見回す。

「決められたルールというのは、守らなければいけないと、私も、思っています。でも、そのルールが、人々の正当進化を妨げるものとなってしまった場合、それを改めるように行動を起こすことを罪と呼んで良いものなのでしょうか?

 昨年の太陽系レース…私は、そちらのオータ(ケアル)エクスプレスの客員メカニックとして、メインメカニックを務めました

本来、社員……関係者でなければチームの一員となってはならないというルール…その取り決めを守らなかったのです

でも、太陽系レースの関係者は、ルールを変えてくださいました…メインメカニックを含め、パドックに出入りする者は、身分証さえ付けていれば、誰でもよい……たった私一人のために、それまでのルールを変えることを決断してくださったのです」

エリナは、そこで、ステージ脇で微笑み、ことの成り行きを見守っているレース主催者グループの面々に、深々とお辞儀をしてみせた。

「それは、こんなにも大きな犯罪を犯した私であっても、更生する機会を与えてくださったのだと…そのように思い、何でもよいから、小さなことでもよいから、貢献をしたいと思い、考えたのが、オータコートの開発でした。

 今年から、正式にルールによって使用を義務つけられたことについては、本当に嬉しく思っています」

 エリナは、中央で腕を組んで見ているオータ(ケアル)エクスプレスの社員…シマコ・ハセミとモンド・カゲヤマに、小さく手を振ってみせる。シマコは、それに素直に応え、手を振りかえす。


「オータチームを含め、特にレギュラーチームには、開発に当たって、たくさんのテストをこなしていただき、今でも感謝をしています。なんといっても、優秀なオリジナル機体を所有するポリスチームとサブマリン・チームの協力なしでは、絶対に昨年のシーズン途中で開発の成果を挙げることなど、おそらく、叶わなかったことでしょう」

 エリナは、ジョン・レスリー・マッコーエンに向け、右の拳を突き出す動作を見せ、ジョンも、その動作に鏡合わせのように右の拳を突出して、無言で応じる。

ジョンの返事を大きな笑顔で受け止めたエリナは、次にサブマリンチームの3人それぞれのいる場所に手を左右に揺らしてみせる。

サブマリンチームのチームメンバー全員が、エリナに向け拍手を送る。

もちろん、その中には、ハルナのファンを名乗るシキ・マークスファイアの姿もある。

「僅かな機体同士の接触が、大切な研究成果であるクルーザー自体……そして、機体を操縦する人に傷を付けてしまうことを、なんとかして避けることができないか…そういう思いの研究の結果生まれたのが、オータコートです」

 サブマリン・チームが拍手を続ける。


「二重三重の安全装置で守られているのが、太陽系レースの決勝に挑むことのできる機体であることは間違いないはずです

 ですから、私は、自分の携わったオータコートだからという理由からではなく、オータコートを作り上げた人々全てが、信念と熱意によって完成させたものであるという理由から…この装置の安全性に絶対の信頼を寄せています。

なんらかの形で、この装置が期待に添わないような挙動を示した時は、それは悪意あるものが、この装置の安全装置を故意に取り去ったと断定するしかないと思っています」

エリナは、再び、カナリに視線を合わせる。

そして、そのカナリの傍に、リンデの姿を認める。

「エリナが言うことは正しいと思う…少なくとも、今の部分だけは、正確なものの考え方だと思う…お前のいつも言う正義とは、ちょっとニュアンスが違うけどね」

 リンデは、そっとカナリの手に触れ、静かに、カナリだけに聞こえるほどの声で話しかける。

「別に、あたしは、エリナを殺したいほど憎んでるわけではないのです…ましてや、カドクラの娘やタカシマという男に罪がないことくらいは知っています…殺し合いなど…もう二度とやりたいとは思っていない……」

 カナリは、自分の親友が死んだ時のことを思い出しながら、リンデの問いかけに応える。


 エリナの言葉は、さらに続く。

「太陽系レースにおいては、絶対に不幸な事故など起こしてはなりません。今、F1レースが、多くの人に愛され、応援されている理由は、100年以上の間、死亡事故が起こっていないからです。

 もしかしたら、今…この時点で、宇宙用クルーザーに搭載されている安全装置は不完全なものなのかもしれません。

宇宙用クルーザーの安全装置…これは、まだ100年ちょっとの歴史しかありません。

オータコートに限って言えば、ほんの1年しか使用されていないのです。

でも、私は、このオータコートを開発した一人のスタッフとして、ミニクルーザーを含めたすべて……そうです…宇宙で利用される機械全てに、より安全な機能を持たせること……そのために、私が持っている知識・技術の全てを提供することができれば……


いえ、ここにいる皆さんに……私の力を正しく使って欲しいと願っています」


エリナは、そこで、日本式の深いお辞儀をしてみせた。

サブマリン・チームだけではない、他の参加者からも、パラパラと拍手の音がエリナに対して送られる。

「もちろん、私一人の小さな力では何もできないことは知っています。

 でも……私は、今日、大きな力を得ることができました」

エリナは、そこでステージ脇で、エリナの言葉を眼を細めて嬉しそうに聞いているシンイチ・カドクラ──ハルナの父に身体ごと、視線を合わせ、握手を求めるように手を差し伸べる。

エリナに誘導されるように、ゆっくりとステージ中央に出てきたカドクラは、エリナの差し伸べた手をしっかりと握り、大きく頷くと、会場に向かい、一礼をしてみせる。

「会場の皆さん…

 カドクラホテルという小さい宿屋のチェーン店経営を任されているカドクラです」

 そう自己紹介をしたカドクラは、会場の爆笑を得ることはできなかったが、小さな、くすくす笑いが、会場の一部から起こったことで、充分満足し、話を続ける

「今、エリナ・イーストが、皆さんに伝えた『大きな力』……わたし自身に、それほど大きな力があるかどうかは、正直言って、自信がありません

 しかし、カドクラグループの力は、皆さんが思っている以上に、巨大です……力を合わせれば、できないことなんかないをモットーに…会社経営の柱としてやってきています。

この会社力の全てを、エリナ・イーストが言うところの宇宙における安全機能の充足に充てたいと、本日、わたしは、ここにいるエリナ・イーストに申し入れました」

その瞬間……会場から大きな拍手が沸き起こった。



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