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届け物は優勝杯  作者: 新井 富雄
第10章 婚約発表
43/73

-37-

 パドック裏に残ったジョン・レスリーは、エリナ達が立ち去った部屋の中で、カナリの視線の先に何度か眼を遣る。

カナリの視線の元が怨嗟(えんさ)に燃えていることは容易に想像することができるため、敢えて、カナリの顔を覗き見るようなことはしない。

「エリナのことは、気持ちの整理ができていたのではないのか?」

「……」

「エリナに勝つことができれば、多少は気が晴れるのではないか…とわたしは、思っていたんだがな……今になって勝つ自信でも無くしたか?」

「意味が違いますよ……部長」

「どうも、今日は、いつものお前と違うようだ……明日は、パートナーを変えよう…ミッキーにパイロットを務めてもらうことにする」

「部長が、そう判断したのなら…従うしかありません」

「どこかに、お前を受け止められる男でもいれば、その凍りついたような心も溶けるのかもしれないが……」

「わたしは、部長以外の男に、身体を(ゆだ)ねようとは、一度も思ったことはありません」

「カナリ……」

「本気で、エリナを亡き者にしようなどとは、考えていないんだろうな」

「ご想像に、お任せします」


「お姉さま…そんなに悲しい顔をなさらないでください…ハルナも悲しくなってしまいます」

 溢れる涙を拭おうともせずに、コントロールルームの椅子に座りこんでしまったエリナの首にハルナは、両手を絡ませる。

「ごめん……あの人……」

「ハルナもイチロウも、そう易々と殺されたりしないですから、安心してください」

 ハルナは、できる限りの笑顔で、エリナを安心させようとする。

「うん…カナリ(あの人)が、仮に最低の人間でも……きっと、その選択はしないはず」

「正義感が異常に強い人だということは、ハルナも知っています。お姉さまの友人というよりも、キリエさんが大切にしていた友人を手に掛けた……そういう結果になったのだということも知っています」

「警官は、人を殺しても、罪にならない…あたしは……ワープ装置を作っただけの罪で、あの人たちに、ずっと追われ続けた……」

 イチロウも、エリナの傍に寄り添うように立って、ぽつりぽつりと溜息のように、エリナの口から漏れ出る言葉を、静かに聞いている。

「イチロウには、あたしの醜い姿見せたくなかったのに…」

「お姉さまは、決して、醜くなんか…」

「イチロウは、人殺しが嫌いなのに…」

「お姉さまが、カナリ(あの人)の同僚を殺したわけではないですよね」

「『もういい加減にして…いっそ死んでくれればいいのに』っていう気持ちが、あの時のあたしにはあったから……同じこと…」

「大事な人を守るためです…その感情を醜いなんて言ったら、ハルナだって、同じことです」

「でも、イチロウは、自分を殺そうとした相手を生かそうとしたよね」

「お姉さま…」

カナリ(あの人)は、あの時、あたしを殺すこともできた……でも、殺さなかった」

「もう、よしましょう…お姉さま

 せっかく、みんなで勝ち取った勝利なんですから、早くパーティ会場に移動して、美味しいものでも食べましょう…

ね、イチロウ」

ハルナは、そう言ってイチロウの尻を勢いよく叩く。

「エリナ…仲間を想う気持ちは、決して醜くなんかない」

 イチロウも、短い言葉で、エリナを励まし、慰める。

そんなやり取りをしているところへ、、オータ(ケアル)エクスプレス社員のカゲヤマが唐突に現れた。

「エリナ……さっき、そこで、カナリに声を掛けられた…エリナが泣いてるはずだから、慰めに行ったら…と言われて来た」

「あの人…何を考えてるのか、わかんない…自分で、お姉さまを(ののし)っておいて…」

 ハルナが、唇を噛む。

「ひと悶着あったのは、確かみたいだな…だいじょうぶか?」

「大丈夫じゃないから、お姉さまは、泣いてるんでしょ…それに、カゲヤマさん……

 言っておきますけどね……お姉さまは、二股をかける男の人は信用できないって言ってます」

「別に、俺は二股とか…恋愛感情とは別に、友人として慰めに来たつもりだから…

 エリナとは、去年1年、太陽系レースを戦った仲間だし…

 君よりもずっと、エリナのことは、わかってるつもりだ」

「君……って?ハルナのこと?」

「気に食わないのか?まさか、ハルナお嬢様とでも呼べと…そう言いたいのか?」

「あの…さしでがましいようですが…」

 相変わらず、レースクイーン姿のままのミナトが、どこからともなく現れて、カゲヤマの背中越しに、声を投げかけてきた。

「カゲヤマさんといい、オカダさんといい…いたいけなエリナ(少女)に喧嘩を売ったり、泣かしたり…どうかしてるんじゃないですか?」

「ミナトさんには関係ないですよ」

「関係なくないですよ……カゲヤマさんは、男らしくないです。

 喧嘩やバトルは、明日のレースで、正々堂々とやればいいじゃないですか……

 せっかく、エリナちゃんや、ハルナちゃんが一所懸命頑張って、決勝レースに出られるようになったのに、脅したり、罵ったり、オータケ様が、今の会話を聞いていたら、スポンサーを降りるって、絶対言いますよ」

「そんなことは……」

「エリナちゃんがメカニックから外れて、心細いのは痛いほどわかりますけどね…」

 そこで、反論せずに口を噤んだカゲヤマに、ミナトは、さらに畳み掛ける。

「カゲヤマさんは、あんなにエリナちゃんが好きだとか公言していたくせに、いざ、カドクラ社長に取られたら、掌を返すように……あたしなんかを口説きだすし…頭おかしいんじゃないですか?」

「それは、誤解だ…俺は、前からずっと」

「へぇ…前からずっと、あたしのことが好きで、それなのに、あんなに露骨にエリナちゃんを口説いていたんだ…

 最低!!」

 ミナトは、今にも殴りかからんばかりの形相で、カゲヤマを睨みつける。

「ミナトさん…」

「本当に、レギュラー2チームのパイロットさんたちのせいで、せっかくの良い雰囲気がぶち壊し……ねぇ、イチロウくん」

 ミナトが、イチロウの傍に身体を移動させたかと思うと、その勢いのまま、イチロウに、身体を密着させる。

レオタード一枚だけで覆われた形のよい胸が、イチロウの二の腕に押し付けられる。

「イチロウくんは、こんな最低男に、絶対、負けたりしないよね」

「勝負は、やってみないとわからない…カゲヤマさんは、前回の優勝者だし……」

「あれ?自信がないの?」

「エリナとハルナのいる、このチームは最強だ……それは、間違いない…」

「そっか……自分に自信が持てないのか?イチロウくんは、カゲヤマさんと違って、ほんとうに、自分の気持ちに正直だね……

 エリナちゃんが、いなければ、このお姉さんが、思いっきりかわいがってあげるんだけど……」

ミナトは、胸の谷間でイチロウの二の腕を挟むように、さらに強く押し付けてくる。

「かわいがる……って、何を言い出すんです…ミナトさん」

「ごめんね…エリナちゃん…イチロウくんの気持ちを確かめたくって、ちょっとだけ悪戯したくなっちゃったの……

 大丈夫…イチロウくんは、あたしなんかより百倍、エリナちゃんが好きなんだって」

 エリナは、ミナトのイチロウに対する行為を、不思議そうに眺めていることを察知して、密着していた身体を、名残り惜しそうに引き離すと、エリナの傍に寄ってゆき、エリナの小さめの尻に、軽くタッチする。

(イチロウくんに、お尻くらい触らせてあげればよかったのに……)

 悲しそうな表情だったエリナの表情が柔らかくなり、頬を赤らめ、下を向いてしまう。

「イチロウくんも、はっきりしなさ過ぎ…エリナちゃんのこと、本当は誰よりも好きなんでしょ……だから……いつも、エリナちゃんとエッチしたいって妄想してるよね」

「え……?」

 心を見透かされた…という、わかり易い表情になったイチロウが、ミナトの顔を穴の開くほど凝視する。

「ハルナちゃんは、この言葉の意味、わかるよね」

「ええ…ミナトさんの読心能力(ちから)については、疑ったことすらありません……」

 ハルナが穏やかな微笑で肯定する。

「ハルナは、イチロウにお姉さまを任せて、この後のパーティには、一人だけ参加しようかと思っていたのですが……やっぱり、3人一緒がいいです…

 お姉さま…イヤなことなんか、ぱーっと忘れて、美味しいものいっぱい食べましょう」

 充血した眼をハルナに向けるエリナは、きょとんとした表情で、何も返事を返せなかった。

「パーティのこと、お忘れだったわけじゃないですよね」

「忘れてた……」

「もしかしてイチロウも?」

「なんだ?そのパーティって?」

「……ミナトさん?」

「残念だけど……忘れていたっていうのは、本気の本当みたい……

 だから……

やっぱり、イチロウくん、大好きかも」

 ハルナの問いかけに、ミナトが即答し、またもや、イチロウに身体を密着させ、自分の胸を思い切り押し付ける。

「あの……カゲヤマさん?」

ちょっと取り残された感のあるカゲヤマにハルナが真正面から向き合う。

そして、そのピンクの瞳が、カゲヤマの心中を見透かすかのように、カゲヤマの瞳を刺し貫く。

「何か……ハルナお嬢様の、お気に召さないことでも、しでかしましたか?」

 カゲヤマが、口元を歪めて、視線を逸らし、照れ隠しなのか、そうでないのか、いつにないイヤミたっぷりな口調で、ハルナに逆に問いかける風を装う。

「ミナトさんの読心能力(ちから)……知ってますよね」

「信じがたいことだが、聞かされたことはある」

「じゃ……信じてないんだ…」

「強いテレパシー能力を持ってるということは、正直、信じたくはない」

「……でも、信じてるから、そういう態度を取るんですよね?」

「そういう態度って?」

「なぜ、心を閉じるのですか?」

「言ってる意味が……」

「オータ(ケアル)のエースパイロットが、ただの臆病者のチキン野郎だってことがわかりましたよ……」

「ハルナ……カゲヤマさんは、そんな人じゃないよ……いつも、あたしに、よくしてくれるし……優しくしてくれる」

「それは、そうですよ……この人、お姉さまのことが大好きなんですもの……ですよね、ミナトさん」

「ごめん……カゲヤマさんの心だけは読めないんだ」

「心を意図的に閉ざす人のことまでは、わからないんですね……ミナトさんも、その読心能力(ちから)だけに頼らないで、しっかり、カゲヤマさんの行動を見てれば、エリナ様を一番好きなんだって、絶対、わかりますよ」

「ハルナちゃんに諭されるとはね……まぁ、しょうがないか……」

「ということで、嫉妬に狂った、このチキンボーイさんは、お姉さまが死ぬほど好きらしいですよ」

「何を言い出すの?ハルナ……」


「カゲヤマさん……ハルナのお父様が、お姉さまにプロポーズしたところ、見ていたんじゃないですか?」

「……」

 カゲヤマが無言であることが、ハルナの問いを肯定したのと同じことであった。

「カドクラ社長が……エリナにプロポーズ?」

 眼を丸くして、エリナの顔を覗き込むイチロウの前で、エリナは、耳まで赤く染めて、俯く。

そして、右手の人差し指で、左手の掌に「の」の字を書きながら、押し黙ってしまう。

「まぁ、お父様の行動は読めていましたから、驚きませんでしたが……

 お姉さまの気持ちが、意外だったので……ちょっと信じられませんでした……」

「エリナ……」

「だって……」

 イチロウの戸惑いの言葉に、エリナが、小さい声で呟く。

「まさか……OKしたってことはないよな」

 イチロウが、心配顔になって訊く。

「……」

 エリナは、無言で俯き、顔を両手で覆ってしまう。

「そういうことみたい……耐久セッションの最中……お父様からショートメールが入っていたから」

「!!…シンイチさんのショートメール?ハルナ!!お願い!見せて」

「ダメです…お姉さま」

「あたしのこと、変な女の子だとか、書いてあったりしない?」

「書いてあるかもしれないですが、お父様のプライベートを見せるわけにいきません」

「見た事……絶対、絶対、誰にも言ったりしないから…だから、見せて」

「ダメです……」

「なんで……」

「もしかして、削除しちゃった?」

「ちゃんと、お気に入りに登録して永久保存してあります…でも、見せません」

「なんで?……ハルナは、意地悪だね」

「お姉さま……人の気持ちというのは、直接、相手に打ち明けるからこそ伝わるのです。お父様が、ハルナに伝えたい気持ちと、お父様が、お姉さまに伝えたい気持ちは、微妙に違います……

 もう、ハルナのことを、意地悪とか言わないでください」

「ほんとに、変な女とか…胸が異常に小さいとか…書いてないの?」

「秘密です…そんなに知りたいなら、お父様の送信履歴でも、見せてもらってください」

「そんなこと、できるわけないよ」

 エリナは、ハルナの左手にあるブレスレット型の携帯端末に手を掛けようとするが、ハルナは、その左手を自分の背中に隠してしまう。

「無理矢理、見ようとしてもダメです」

「だって……だって……」

 エリナの伸ばした右手は、空振りとなってしまったが、悔しそうに唇を噛んだエリナは、その態勢のままハルナに抱き付く。

 上目使いでハルナを見上げるエリナの顔を見て、ハルナは、いったん、背中に回した左手を、エリナの後頭部に宛がって、ハルナのほうから、エリナを強く抱きしめる。

「抱き付いてもダメです……絶対、見せません」

「お願い……見せて…じゃなきゃ、離さない」

「ハルナも離したくありませんから、見せません……」

「意地悪!!」

 エリナは、じっと、ハルナの鮮やかなピンク色の唇を見つめる。

「ねぇ…ハルナ?」

「見せません…こんな恥ずかしいメール」

「ハルナの唇って、とっても柔らかくって気持ちよかった……」

 エリナは、ハルナの顔を強く引き寄せる。

そして、自分の唇を、そのピンク色の唇に強く押し付ける。

さらに、エリナから強く吸われる感覚を感じたハルナは、眼を細め、その柔らかいエリナの唇の感触を楽しむ。

ほんの数秒の接触のあと、自分の唇の隙間に割り込もうとするエリナの舌先を感じたハルナは、エリナの顔から、自分の顔を、ほんの少しだけ遠ざける。

「お姉さまは、ズルいです」

「ずるい姉と意地悪な妹で……いっしょにシンデレラでも、いじめようか?」

「もう……言ってる意味が、おかしいですよ」

「お願い…ね、いいよね…み・せ・て」

「……もう……

 誰にも言っちゃダメですよ…社長でもある者が、こんなメールを娘に送ってるなんて…ハルナだって、読んでて、恥ずかしかったんですから」

 エリナに抱きすくめられたハルナは、観念したように、そっとメールの着信履歴から、1通のメール文書を開く。

『【朗報】いとしのハルナへ』

 確かに、タイトルからして恥ずかしい文章である。

『ずっと、母親のいないことで不自由をかけてしまっていて済まなかった……たった今、OKをもらえた……今日は人生最良の日だ。最高にハッピーだ』

「いい歳をして、ハートマークとか、星マークとか…どうしようもない、父ですよね……」

 無言のエリナの瞳から、涙が溢れる。

 そして、ハルナは、幼子(おさなご)(いや)すように優しく、こちらも無言で、涙に濡れたエリナの顔を、二人を取り巻く仲間たちの視線から守るように……隠すように……両手で抱えこむ。


「へぇ……あたしたちが、ゲームしてる間に、そんなことがあったなんてね……なんか、イチロウも抜け殻っぽくなってるし……」

 ミリーは、二人の世界に入り切ってしまったハルナとエリナの姿から眼を逸らすと、ミナトとくっついたままで、呆然としているイチロウを指でつついた。

「返事がない……完璧な(しかばね)と化している……」

 その言葉にも、イチロウは反応しない。

「ミナトさんに、この抜け殻……任せちゃってもいいかな?」

「エリナちゃんの事しか考えていない男の子を、どうにかする気持ちにはならないなぁ……悔しいけど、あたしも、女だから、ほんのちょっとでも、あたしに欲情してくれてるならともかくね……イチロウくんのことは、ミリーちゃんに任せますよ」

 イチロウに密着したまま、成り行きを見守っていたミナトが、ようやく、イチロウに絡めていた両手を離す。

「ミナトさんって……テレパス?」

 ミリーは、ずっと感じていた疑問を、直接、ミナト本人に尋ねてみる。

「小説のように、相手のモノローグを察知できるわけではないですが…第六感が発達したニュータイプみたいな感覚で、相手の気持ちが、わかってしまうんです……テレパスとは違いますが……

 一応、あたしも、特殊遺伝子を持っているので、手を触れたり、身体の接触を持った相手の心は、文字通り…手に取るようにわかります」

「へぇ…イチロウは、そんなにエリナのことが好きなんだ……」

「イチロウくんは、素直だから……手を触れなくても、顔の表情だけで、誰が好きか…まるわかりです……

 ミリーちゃんが、感じてるイチロウくんの気持ちは…100%合ってるから…安心して…いっしょに生活できますよ」

 ミナトの言葉を肯定するように、イチロウが、エリナの傍に歩み寄る。

「エリナ……」

 そして、震えるような声で、エリナの名を呼ぶ。

「お姉さま……イチロウに、なんて言い訳するつもりですか?」

「言い訳もなにも……だって、結婚してくれなんて……男の人に言われたことなんて今まで1回もなかったし……」

「カナリさんの焦り様も……カゲヤマさんの変な行動も……発端は、お父様……困ったものです」

「だって、イチロウなんか……全然、何もしてくれないし……シンイチさんは、社長業を引退したら、ずっと傍にいてくれるって……誰の手からも守ってやるって……そう言ってくれたんだよ……イチロウなんか……何もしてくれないし……ほんとうに、何もしてくれないし……」

 エリナは、イチロウに顔を合わせることができず、ハルナの腕の中にすっぽりと納まった頭を、そのまま動かさず、か細い声で、イチロウに…というより、ハルナに訴えるように呟く。

「お姉さまは、誰かに責められるようなこと、一つもしてないですから……大丈夫ですよ」

 ハルナは、近寄って来たイチロウに視線を合わせる。

「お父様の異常行動で、生まれた残骸が二つかぁ……カゲヤマさんは、自業自得なところがあるから、放置でいいけど……

 ねぇ、イチロウ…ちょっと、ハルナと二人だけで、話す時間作ってくれるかな?」

「ハルナ……」

「たぶん、今のエリナ様に、何を聞いても、イチロウが傷つくだけだと思うし……

 ハルナが、ちゃんと慰めてあげるから……

いいですよね…お姉さま」

「イチロウは、あたしに、何もしてくれないくせに、ハルナとかセイラさんとか、ミリーとか……平気でキスしたり……どうせ、キス以外のこととかも、しちゃってたりするんだから…」

「お姉さま…あまり、しつこいと嫌われますよ」

「イチロウに嫌われても…もう大丈夫」

「もう……明日もレースはあるんですから、ハルナは、こんなことで、ぎくしゃくしたくありません」

「ハルナは、優しいんだね」

「放って置けないだけです」

「いいよ……イチロウ……ハルナに慰めてもらって……

 あたしの身体で、イチロウの心を癒せるなら、こんな貧弱な身体……イチロウの好きにしてくれてもいいんだけど……でも、それって、やっぱり嘘になっちゃいそうだから…ごめん」



    ──第4恒星系12番惑星──


 ミユイは、セイラに、自分が知ってることの全てを打ち明けた。

香苗が、遺伝子研究の第一人者であったこと、そして、人工子宮を実用化させるために、どれほどの時間を費やしたかということ、諒輔との共同開発で、人工冬眠装置を作り上げ、その人体実験の方法を模索していたということ、さらに、偶然、ネット世界で知り合うこととなった、鷹島市狼という一人の少年と、諒輔、香苗の二人が、いかに結びついていったかということ……

ミユイの脳に埋め込まれた、全世界唯一といえる情報バンクの情報量は、全てを正確に記録している。

ただ、その寸分違わぬ正確な記憶と記録の中でも、他人の心の記録というものは、正確に残っているわけではなく、香苗が遺したブログ記事についても、記録された文字の羅列を記憶することはできても、その行間で書き記されることのなかった、香苗の本当の気持ちというのは、まったくわからない…という言葉で、ミユイは、諒輔が香苗と過ごした期間…時代の話を、締めくくった。


「人工子宮……ブルーヘブンズグループに託された香苗さんの卵子……そして、人工冬眠装置で、2111年に転送された鷹島市狼……」

「イチロウくん自体は、特殊遺伝子ってわけではないんですよね」

「どうなのかな?特殊遺伝子って、色分けされてるわけじゃないですし……でも、スポーツをやってる人や、セイラさんみたいに、芸術の世界で、特殊な才能を発揮できる人もいるから……イチロウが、特殊遺伝子の持ち主でもおかしくはない」

「イチロウくんと、あたしの子供に…早く会いたいなぁ」

「イチロウのことは好き?」

「好きになれればいいなとは思ってる。だって、子供たちに、親が喧嘩してるところとか、あんまり見せたくないし」

「香苗は、本当に研究や実験が大好きだった…エリナが、その血を受け継いでるのは間違いないんだけど……」

「イチロウくんは、エリナさんを、どれくらい好きなのかな?」

「それは、直接聞いてみたら?」

「そうだね……そうする」

「イチロウが、優勝したら、ガンダム作品の俳優に推薦するんだよね」

「ちょっと話しかけるきっかけ作りのつもりで言ったんだけど……なんか、実現しちゃいそう…困ったな」

「当てがあったわけじゃないんですか?」

「あたしみたいな駆け出しに、そんな権限ないんですよ……でも、約束…破りたくないし……きっと、方法はいくらでもあるし……そのためにも、いっぱい、いっぱい、お金稼がなくちゃ」

「こうやって、地球から飛び出して、宇宙で生活していることが、あたしたちには、もう、当たり前のことになっちゃってるけど、イチロウや香苗は、まだまだ、宇宙には遠い世界…時代で生きていた」

 ミユイは、今でも鮮明に再現できる遠い記憶を引き出しながら、セイラとの楽しい会話を続ける。

「想像できないですけどね…この時代しか、あたしは知らないから…」

 そのように、セイラは、正直な感想を伝える。

「あの時代…宇宙に夢を()せた人たちがいっぱいいたから、今のこの時代がある…たくさん、不幸なこともあったけど…でも、あの頃より、きっと、より多くの人が幸せになってるのは間違いない…少なくとも、あたしは、そう思いたい」

 諒輔が、どれくらい宇宙に憧れ、宇宙での生活をすることを、強く願っていたかを、ミユイは、よく知っている。それが、自分自身の記憶であることのように。

「昔の人が夢見た世界……どれくらい、今の時代が、その夢に近づけてるのかな?」

 セイラが、素朴な疑問を口にしてみる。

「そうか……

 それを、客観的にみられるのが、イチロウなのかもしれないね……俺たちの努力の結果が、この時代に繋がってるって…イチロウに言ってもらえれば、嬉しいよね」

「どうかなぁ……ちょっと、歪んでるかもしれないから……褒めてはくれないんじゃないかな?

……親がいなくて当たりまえ…そして、女が、その気にならなければ、恋は成就しないって…ことも、昔の人は望んでいたとは思えないんだけど……」

「それを判断するのは、もうちょっと後の未来の世代なのかもね…

 セイラさんは、人工冬眠して、未来の世界のイイ男を見つけに行きたい?」

「今の時代のイイ男を、全員、あたしのものにできたら…そんな気持ちになれるのかもしれないけど……」

「そんな気…あるの?」

「全然、ありません……けっこう、たいへんだけど…今の時代が大好き」

「セイラさんは、そうだよね…セイラさんが、結婚したり、未来の世界に行ったりしたら、悲しむ人がいっぱいいるよ

 …きっと、あたしも、すごく悲しい」

「ミユイさんもですか?」

「だって、あたし、イチロウに嫉妬してるから……」

「女同士ですよ……あたしたち」

「身体は、女だけど……心の大半は、男なんだって……諒輔の記憶を引き出した後は……悲しいけど、そのことを強く実感した……イチロウを恋愛対象にはできないけど……セイラさんと、もっと親密になりたいとは、最近、よく考えます」

「変な告白ですね」

「ダメモト告白だから……」

「今度、そっちに遊びに行きます。変なことしないって約束してくれるなら……直接、会って、おしゃべりしたい」

「変なことは、したくてもできないです……体は、完全な女だから」

「なら……安心です……いつが、都合いいですか?」

 ミユイとセイラの会話は、まだまだ途切れることはなかった。



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