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届け物は優勝杯  作者: 新井 富雄
第9章 戦いの理由
41/73

-36-

「陣中見舞いに来てやったというのに、このパドックは、もぬけの空じゃないか…」

 カラッポのパドックを目の当たりにして、超高機動警察(スーパーポリス)のエース…カナリ・シルフ・オカダは、独り言のように呟き、残念そうなため息を()いた。

カナリが一緒に連れてきたジョン・レスリー・マッコーエンは、無言で、周囲の状況を探っている。

「奥に、誰かいるようだ…行ってみよう」

 カナリの返事を待つことなく、ジョンは、ルーパス号パドックの奥の部屋に無遠慮に入って行く。

 パドックの奥の控室には、ドリンクバーやシャワールーム…そして、ソファーなどが置かれているのだが、そこに居たのは、女性と呼ぶには年齢が若すぎる…女の子が5人と、ウルフドラゴン1匹だった。

ルーパス号クルーのミリー、そしてミリーの友達である、スコール・イーマックス社の社員…サエ・レフトウィングとウミ・ライトウィングと名乗る二人、そして、先ほどまで、熾烈なタイムアタックを繰り広げていた、ブルーヘブンズのアイコ・ガンリキとユキ・クサカベの二人は、控室の超大型モニターを使って、ゲームを楽しんでいた。

「ミリーちゃん…エリナは?」

「う~ん、よくわからないけど…ハルナのお父さんと、どっか行っちゃったよ」

 カナリの問いかけにミリーは、さらりと即答する。

「コントロールルームに誰もいないんだけど…」

「それなら大丈夫……ウミちゃんが、コントロールルームの操作ができるように、こっちの部屋にケーブルを通してくれたから、この部屋で、マシンメンテナンスはできるようになってる」

「そういう問題じゃなくって…いくら、耐久セッションだと言ったって、メカニック不在じゃ…」

「メカニックなら、ここに、腕のいいのが二人いるから、問題ないって…カナリ姉さんだって、あたしらの腕は認めてくれてたじゃない」

 ウミが、カナリのいるほうを振り向きもせずに言った後で、ミリー、アイコ、ユキの3人に、自分が開発スタッフとして携わっている画面に映しだされている試作ゲームの説明を続ける。


「なんて、緊張感のないチームだ」

「耐久レースなんて、単なるお祭りだって、お前も言っていたじゃないか……せっかくの新作だ…おじさんも、混ぜてくれないか?」

 ジョンが、顔に似合わぬ軽いノリで、5人の少女に話しかける。

「部長…部長が、ロリコンとは知りませんでしたよ…」

「いや、私は、単に最新ゲームを試してみたいだけだ」

「おじさん…ユキが代わってあげます…おじさん、ポリススーツが似合ってるけど…もしかして、お巡りさんのコスプレ?」

「おお…ありがとう…コスプレっていうのか?この格好は…」

「ポリス・チームのジョン・レスリーさんですよね…どうぞ、あたしの隣でよかったら…一緒に遊びましょ」

 ユキがどいた場所をアイコが示して、コントローラをジョンに手渡す。

「ほら…カナリ、こんな若い女の子でも、私の名前を知ってるじゃないか…まだまだ、現役を続けられるぞ」

「現役って…なんですか?もう…さっきも、言いましたけど…緊張感が無さすぎ…」



 夕刻となり、時刻は17時を回った。

「そろそろ、リアル実況も再開されるのかな?」

「たぶんね…」

『イチロウ!!』

 エリナの、いつになく元気いっぱいの呼び声を聞くことができて、イチロウは、ほっとする。

『大丈夫?変なとこで、燃料とか無駄にしてないよね』

「心配いらないよ…それより、今まで、どこに行っていたんだ…ハルナが、ずっと心配してたんだぞ」

『イチロウは、心配じゃなかったの?あたしが、いなくても…』

「お姉さま…イチロウは、まったくお姉さまのことなんか気にしてなくて、なんか、他のチームのパイロットさん達と、ずっと、雑談ばっかりでした…後で、録音した会話を聞かせてあげます」

「おいおい…そんなの録っていたのか?」

「機内の音声は、全部、録音されるようになってるんですよ…知らなかったの?」

「知らなかった…」

『ハルナの気遣いは嬉しいけど…別に聞く必要ないから…とにかく、ここからは慎重に、しっかりと予定通りに…』

「順位は、8位以内キープでいいんですよね」

『そう…燃料切れで脱落したチームは、ここまで4機…残り12機だから、無茶しなければ、ちゃんと完走できるはず』

 8周目を終え、9周めのスタートの合図をするために、イチロウは、オートパイロットをマニュアルに戻し、ブシランチャー2号機のリニアカタパルトデッキへのタッチダウンを試みる。

速度は、30kmをキープできているため、それまでの周回同様、なんのトラブルもなく、このタッチダウンは成功する。



『お待たせしました…実況を再開します。

 ミニ・クルーザーの燃料タンクを満タンにして行われるこの予選の最終セッション…いわゆる耐久セッションですが、この時間で、既に、4機が燃料切れのため、リタイアとなっています』

フルダチによる実況放送の声が、スピーカーから届く。

ブシランチャーに次々とタッチダウンを繰り返す機体を捉えた映像が、メインモニターに映し出される。

『慣性フライトとはいえ、惑星の上空を、きちんと姿勢を整えながら飛ばなければいけないのですから、レコードラインをしっかりとキープすることが、大切なのです』

『ああぁぁ…!!

 なんとタッチダウン失敗です。カタパルトデッキに接触することなくブシランチャーを抜けてしまった機体があります』

『コノハ・チームですね…いや、あれは、燃料切れのようです。タッチダウンのための姿勢を制御するためのスラスター燃料が尽きてしまっているようですね』

『まさに、サバイバルマッチの様相を呈してきました。今回の予選・耐久セッション…残る機体は、11機です』


「ところで、お姉さま…ずいぶん、長いことコントロールルームにいらっしゃらなかったようですけど…どこで、何をしてらしたんですか?」

『変な聞き方しないでよ…秘密。別に、ちゃんと予定通り戻ってきたんだからいいじゃない』

「こんな大事な場面で、大事なパイロットをほっぽり出して…どんな秘め事をなさってたんですか?」

『秘め事…って、なんで、そんなイヤらしい言い方をするの?』

「ってことは、図星ですね…」

 モニターの向こうで、エリナの頬が紅潮していることにハルナは、すぐに気づいた。

『ちゃんと、このセッションをクリアできたら、なんでも話してあげます。今は、残り40分…しっかり飛び切ることだけ考えて』

「もしかして、相手は、ハルナのお父様ですか?」

 ハルナは、薄々察してはいたので、エリナの反応を見るため、単刀直入に聞いてみる。

 エリナの顔がさらに赤くなる。

「ハルナのお父様を誘惑するのは構いませんけど、時と場所を考えて欲しいです…イチロウだって、ずっと心配してたんだから」

『ごめんね…』

「相手が、お父様では、お姉さまを怒れません」

『ここから、ちゃんと仕事するから許して…イチロウも、そんな怖い顔しないでよ』

「あ…イチロウは、ヤキモチ妬いてるだけだから、全然、気にしないで平気…」

『そう?ごめんねイチロウ…心配かけちゃって』

「別に、俺は怒ってるわけじゃない…エリナが、ちゃんと仕事してくれればそれでいい」


『あのさ…ハルナのお父さんって…とってもいい、お父さんね』

「そうですよ…欲しくなっちゃいましたか?」

『うん…お父さんっていいなって思った』

「もしかして、耐久セッションの間…3時間以上、ずっと、お父様と一緒だったんですか?」

『うん…』

「何を、そんなに話すことがあったんですか?」

『車の事とか…クルーザーのこととか、改造のこととか…パーツの事とか、ミロの事とか…あと、シンイチさん、来年の太陽系レースに、出場するつもりだってことも…あと…』

「お姉さま…ストップ!」

『あ…』

「後で、お父様を、よく叱っておきます」

『あたしったら、調子に乗って』

「イチロウに聞かせる話じゃないですよね…それって」

『うん…そうだね』

「では、お姉さま…ずっとさぼってた罰です…この後の操縦は、お姉さまが一人でやってください」

『ええぇ…』

「お願いします」

『わかったよ…ハルナの意地悪』

 エリナは、しぶしぶ承諾すると、Zカスタムのコントロールを、コントロールルームからのマニュアル操縦に切り替えた。

現時点では、スピードに、ほとんど差がない11機の機体であったが、操縦を任されたエリナは、すぐに、Zカスタムのバーニアに点火する。

加速したZカスタムは、他の機体よりも、頭一つ抜け出した状態で、先頭に立つ。

それをきっかけに、他のいくつかの機体も、加速する。

『予選トップの機体が動かなかったら、誰も動かないからね』

 ここで、加速してこない機体があれば、それは、既に燃料切れ間近であるか、ラスト1周に、燃料を温存する作戦を取るか、どちらかであることが、判断できる。

 加速して、Zカスタムについてきたのは、サットンチーム、ジュピターアイランドチームの2チームの他、3チームだった。

実質、これで、勝ち残り8チームのうち、6チームが、ほぼ決定されたことになる。

6機で構成された先頭集団と、とにかく完走を目指す後方の5機の集団が、明確に分かれる形となったのである。

『ブリーフィングでも、説明があったように、残りの燃料を全部使って、付いて来れない機体を(ふるい)にかけることもできるんだけど…それをしたら、次の決勝に進める機体が、少なくなっちゃうからね…』

 エリナは、そう説明を添える。

「ああ…そういうことか…」

『そう…まぁ、ごくたまに、最終周回で刺し馬みたいに、突っ込んでくる機体もあったりするけど…このZカスタムのトップスピードなら、そのタイミングさえ見逃さなければ、対処できるからね』

「まぁいいや…とにかく、後はエリナに任せるよ」

『イチロウ…怒ってる?』

「心配して損したよ」

『心配って?』

「カナリさんと何かあったんじゃないかって…心配だった…さっき、パドックに顔を出してたみたいだから」

『そういえば、ミリーが、言ってたかな?』

「何もなかったんなら、それでいい…」

『うん…あたしは、今のところ会ってないし…』

 そう言いながら、エリナは、加速のため点火したバーニアの火をいったん消す。

『タッチダウンの直前で、減速するから、一応、気をつけててね』

「速度オーバーしたら、笑い話じゃ済まないけどな」

『そうだね』

 エリナは、ほんとうに、ハルナもイチロウも、どちらも操縦をする気がないことに気づき、少しだけ真剣に、コントロールルームモニタに映るZカスタムの前方向カメラの映像に神経を集中させる。

そして、他のチームの位置を捕捉し、確実に、この耐久セッションをクリアできることを確信しながら、Zカスタムをコントロールする。

『ハルナ…ありがとう』

「まだ、お礼を言われるようなこと、何もしてないですよ」

『こうやって、Zカスタムの操縦をしてると、なんか、イチロウたちと一緒に、飛んでいられるような気分になれるから』

「考え過ぎです…」

『でも、楽しい』

「この耐久セッションが終わったら、ゆっくりできるといいのに…」

『そうはいかないよ…応援に来てくれた人もいっぱいいるし』

「ソランさんも帰っちゃったんですか?」

『うん』

「マッサージしてもらったお礼言ってなかった…」

『そうだね…終わったら、さっさとルーパスに帰ろう』


 その後、エリナによって遠隔操縦されたZカスタムは、規定の18時を迎えた時点で、1位通過扱いと認定された。

実際にゴールラインを通過した周回は、10周であり、10周を達成した10機の機体のうち、総合のトータル距離が長い順に順位が付けられ、耐久セッションの勝ち残りの8機が決定し、予選終了となった。

『とりあえず、おめでとう…ハルナ…お疲れ様』

「まだ、最終の計量と車検があるから、今のところ暫定ですけどね」

『うん…でも、だいじょうぶ…あたしも、今、そっちに行くから』

 Zカスタムのメインカメラと、1位通過を追うテレビカメラの映像で、無事、ブシランチャーに着艦を果たしたことを確認したエリナが、コントロールルームを出る。

「おめでとう…エリナ」

 初めに声を掛けたのは、ミリーだった。

「今頃、のこのこやってきて、ずっと何やってたの?」

「お巡りさんとゲームやってた」

 確かに、ミリーの後ろには、カナリと一緒に陣中見舞いにやってきていたジョン・レスリー・マッコーエンの姿がある。

「わざわざ来ていただいて、ありがとうございます」

「さすが、エリナくんだ…3つのセッション全てを1位通過とは…太陽系レース初めての快挙らしいぞ」 

 太陽系レース第1回大会から、連続出場を果たしている参加者は、このジョン・レスリーたった一人だけである。

その横に、カナリの姿もあった。

「ずっと、コントロールルームに居なかったのに、いつの間に戻ったんだ?」

「17時ちょっと過ぎです…カナリさんも、ずっとミリーとゲームをしていたんですか?」

「まぁ、成り行きでそうなった」

「応援、ありがとうございました…パイロットを迎えに行ってきます」

「少しだけ、話がしたい…時間をくれるか?」

「そうですね…少しだけなら」

 と、カナリの挑発的なきつい眼差しと共に発せられた言葉と態度に、一瞥を投げ与えてから、エリナも、意図的にぶっきら棒に言う。

そして、軽い会釈をしてから、ハルナたちが、Zカスタムを停めているハンガーへ向かった。



「目の前の犯罪者に手が出せないジャベールのような心境なのだろう?」

 ジョンは、毅然とした態度の裏にあるカナリの抱いているであろう複雑な心境を察して声を掛けてみた。

「エリナが犯罪者であることを、部長は疑っていますよね」

「まぁな…東崎諒輔の孫として生まれたことも、特殊遺伝子を持って生まれたことも、どちらも、犯罪ではない…と、私は思っている」

「そのことが…犯罪ではないと言われれば反論しないわけにいきません」

「お前の性格ならそうだろう…それは、わかってるさ」

「作ってはいけない物を完成させてしまったことは、おそらく、罪になるんだろうな…」

「特A級犯罪です…立派な罪ですよ」

「この後、お前が何を言ったところで、彼女が、決勝に出てくるのは間違いない…こういう結果が出た今となっては尚更だ」

「部長は、たった一人の英雄を助けただけで、その者が積み重ねてきたたくさんの罪が帳消しになっていることを何とも思わないのですか?」

「それが、上の命令であれば、従うのが公務を任された者の取るべき態度だ」

「公務と正義…正義を取るのが、警察の取る道だとは、思いませんか?」

「その議論は、何度も繰り返ししてきた…上が決定したことには従う必要がある。それを正義感だけで否定することは、今の私にはできないさ…が、まぁ、しかし、お前が、彼女に宣戦を布告することは、別段、停めはしないよ」

「あの男を蘇生させることができたら、エリナの役割は終わりだと、母には、そう説得されたのですよ」

エリナ(彼女)は、果たしてそのことを知ってるのか?それを、疑問に思ったことはないのか?」

「リンデが、エリナ(彼女)を説得したはずです…伝わっていないわけはない」

エリナ(彼女)に聞けば済む話ではある…それは、私が確かめよう」

 二人の会話を聞いていたのか、それとも、二人が小声で囁きあう言葉の内容に興味を持ったのか、二人の眼の前に、リンデが現れた。

「あたしの名前が会話の中に混じっていたようだけど…なにか用でもあるのか?カナリ…」

「あの男を蘇生させた後…エリナを逮捕するという任務を遂行しに来ました」

「その逮捕状は破棄されているはず…お前が、知らないわけがない…」

「だから、悔しいことに……手が出せないのですよ」

「手を出す必要はない…あの事件を解決したことで、エリナの全ての罪は消えている…それは、マッコーエン部長も、当然、知っていると思っていたのだが…カナリ、なぜ、そこに拘る?」

「犯罪者が許せないからです」

「お前は、融通が利かないからな…仮にエリナに罪があったとしても、それは既に消えている…ということに納得ができないのか?」

「母さん…」

「確かに、お前に、警察官という職に就くよう指導したのは、私だが…」

「天職だと思っています」

「お前が、私の事を母と呼んでくれる気が、今でもあるのなら、私の顔を立ててくれてもいいように思うのだが…」

「母さんの顔をつぶすつもりはありません、ただ、エリナ(彼女)を問い(ただ)したいだけなのです」

「私も、エリナとの生活を再開してから3年めを迎える…決して悪い性格の娘ではない…法律が、世論が許してくれたように、お前も、エリナを許す気持ちにはなれないものか?」

「前回の龍ヶ崎事件でも、エリナは警察、そして中央政府から評価をされています。私も手を出しましたが、決して、あの結末では愉快な気持にはなれませんでした」

「まぁ、いい…納得できないというなら、せっかくの機会だ…とことん、エリナと話し合うといい…そうすれば、あの子の良いところが、きっと見つかる」

「そうしてみます…今の気持ちのままでは、エリナが手を掛けた、あの機体を捻り潰さないと気が済まないと思ってますからね」


 レース後の計量と車検も無事パスし、予選の1位通過が確定したことで、ハルナ、イチロウ、エリナの3人は、ようやく、今日の役目の全てを終えて、パドックに戻ってきていた。

そして、エリナは、まず、真っ先にカナリの元へやってきた。

「話があると言っていましたね…手短かに…なるとは思えないので、場所を改めませんか?」

 そして、自らカナリに声を掛ける。

「よかったら、この二人も、そちらの部長さんも一緒に…同席させたいんだけど…いい?」

 いつになく攻撃的に、そして挑発するような口調で、そう言葉を続ける。

「わかった…」

 そうして、5人は、先ほどまでミリー達がゲームを楽しんでいたパドック裏に、移動した。

「だいたい、あなたが言いたいことはわかってます…イチロウが蘇生したのだから、大人しく刑務所に行きなさいって言いたいんですよね…きっと」

「その通りだ…イヤなのか?」

「もちろん、イヤです」

「なぜだ?罪を償う気がないのか?」

「あたしは、悪いことなど、何もしてないからです」

「個人で使用できる携帯タイプのワープ装置を作ることは法律で禁じられている」

「法律で禁じていることは知ってます」

「なぜ、その禁を破る?」

「人が進化…そして、進歩するためには、必要なことだと思うからです」

「罪は認めるのだな?」

「でも、なぜ、あなたは、今、このタイミングで、あたしを説き伏せようとするのですか?」

「罪は罪だ…タイミングもなにも、罪は償わねばならない」

「あたしが、聞いているのは、なぜ、先週会った時ではなく、今、この場でなのですか?ってことです」

「私は、罪を誤魔化して平気でいられる、お前の態度が許せないのだ」

「嘘ばっかり…あたしたちに勝つ自信がないからに決まってるじゃない…そうですよね、部長さん…」

「なぜ、私にフるのだ…」

「そっちの負けず嫌いの婦警さんは、素直じゃなさそうだから…先週も、あたしたちに負けてますよね…婦警さん…」

「お姉さま…」

「いいから…ハルナは、黙って聞いていて…」

「フフ…そうかもしれないが…」

「ほんとに、この婦警さん、素直じゃないなぁ…

 『もう、一生あなたのチームには勝てる気がしないから、レースに出るのはやめてくれ』

 …ってなんで、はっきり言えないのかな?ねぇ、部長さん」

「だから、なぜ、私にフるのだ?」

「黙っちゃったね…婦警さん…だいじょうぶ?プライド傷ついた?」

「エリナ…」

「婦警さん…カンペでもなんでも持って来て、ちゃんと理論武装してこないと、あたしは、口だけは達者だから…あなたが何言おうと言い負かせることなんかできないよ」

「私は、大切な部下を、お前たちに殺されている…お前は、殺人犯でもある」

「あたしは、大切な仲間を、あなた(・・・)に、二人も殺されてる…自分のことを棚に上げて、よく、そういうことが言えますね…婦警さん!」

 エリナは、思わずカナリの傍に詰め寄り、カナリの胸に、自分の人差し指を突き刺す。

「お姉さま…」

 ハルナが、今にも殴りかかりそうなエリナを抱きかかえて押しとどめる。

「運が、良かったな…そうやって、仲間に停めてもらっていなければ、今の公務執行妨害で、牢屋行きだったところだ」

「なるほど、そういうことか…

 エリナ、あまり熱くなるな…

 仲間を殺されたことが、エリナへの恨みになってるだけなんだ」

 イチロウも、エリナを抑えようと、声をかける。

「だったら、公私混同も甚だしい…あたしは、自分がどんなにバカにされても、傷つけられても、ヘラヘラ笑っていられる自信だけは、あるんだ…でもね……

 自分の仲間や家族を傷つけるヤツは、絶対に許せない!!」

「だったら…どうするの?私を殺す?」

「そうしたいのは、言われるまでもない…でもね、あたしが、あなたに手を出さないのは、過去に拘って未来を失いたくないだけ……

 イチロウだって、キリエだって、あたし以上に傷ついている…

絶対に癒されない傷をいっぱい持ってるんだよ……

 あたしだけ好き勝手やって、あたしだけ楽になるわけにいかないじゃない!!」

「そう…まぁ、私の挑発に乗るほどはバカじゃないってことだけはわかったから…そのオオカミくんが言うように、お前に部下を殺されたっていう恨みがあるのは間違いない…

 明日のレースで、そのオオカミくんを殺されたくなかったら、私の機体の傍を飛ばせないことだ……

 いつ、お前が開発したというできそこないのオータコートとやらが効果を失って、ドカンといくかわからないからな…」

「部長さん…今の言葉、れっきとした殺人予告罪ですよね…犯罪者を放置ですか?」

 ハルナが、ジョン・レスリーに詰問する。

「カナリがなんと言おうと、私は、このレースが健全なスポーツの場であり続けることを願ってる」

「そう願ってるなら、パートナーを変えるべきですよね…そうは考えなかったんですか?」

「カナリは、優秀な部下だ…きっと、君たちと本気の勝負をしたくて、こういう態度を取っているだけなんだ…」


「お優しい上司に守られて、幸せですね…殺人狂の婦警さん?

 いい?ほんとに、イチロウとハルナを殺したりしたら、レース中でもなんでもかまわない…ルーパスの主砲で、あんたの黄色いポルシェ…蒸発させてあげるからね」

「それも楽しみだ…そうしてくれれば衆人監視の元、お前を、堂々と逮捕することができる」

 カナリもエリナも、口元を歪めて、形ばかりの笑みを作ろうとはしていたが、二人とも目元が笑っていなかった。

 少しの沈黙の後、エリナは、カナリに背を向け、その場を立ち去った。

 イチロウとハルナが、そのエリナの後を追う。


 


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