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ブルーヘブンズチームは、加速周回1回目の終わりで、まだ、130km/秒までの速度にしか達していなかった。
タイムアタックを終えたイチロウとハルナは、第1ゲートの減速ルートに進路を取り、その速度は、極端に減衰されていたため、コース上で、ブルーヘブンズのタイムアタックの成り行きを見守る体制になっていた。
「1周目130kmかぁ……初めは、まんまとだまされたけど、今度は、カモフラージュのスタートボタンも押してないようだし、2周目の終わりで、どのくらいのタイムにしてくるんだろう?」
低速で、減速ルートを飛ばせているイチロウとハルナの見つめるモニターには、ブルーヘブンズチームの機体…コスミックラヴァーの青い機体の映像と、その現在刻んでいる速度が、はっきりと表示されている。
142km/秒…2周めの終わりに示されたタイム表示であった。
「3周目を最終加速に持ってきたのか」
「そうみたいね」
「どれくらいのタイムになるかな?ハルナの予想は?」
「できれば、147kmを越えて欲しくないけどね」
『見てる?』
「ああ……」
『この周回で、あの人たちが、147kmオーバーを出したら、作戦を変えるよ……イチロウ』
「そうだな……」
そう言っている間に、あっという間にモニター表示の速度計が、145km/秒を示す。そして、第1ゲート通過の時点で、さらに速度が上がり、146.5km/秒を示すまでに至った。
「まだ、上がるね……」
「ああ……予測通りだ」
速度表示が147.7km/秒を示した瞬間、コスミックラヴァーの機体が映るモニター映像に、『TIME ATTACK!!』の表示が被さった。
「イチロウの顔、すっごい悔しそうだ」
第4恒星系の12番惑星にある、リューガサキ研究所で、ソファにくつろいで座っているミユイは、微苦笑を口元に浮かべて、研究所のもう一人の住人である父、カツトシに視線の先を合わせた。
マルチチャンネルスクリーンには、クールダウン周回で、減速コースをフライトするZカスタムのコックピットを外から捉えた映像が映し出されている。
「でも、おまえは、それほど悔しそうじゃないみたいだ」
「まだ、決着付いてないですから……ね、セイラさんも、そう思いますよね」
『そうですね』
もう一つのスクリーンモニターでは、吟遊詩人の姿で、ミユイのキャラの横に腰かけているセイラが、微笑んでいる。
GD21の世界にログインした状況で、太陽系から遠く離れた星から、声援を送る二人は、通常のワープ通信よりも、ずっとスムーズにリアルタイムチャットを楽しめることから、セイラの仕事がないオフ時間のほとんどと言っていいほど、GD21の世界で、他愛のない会話を交わすようになっていた。
『残り時間も、まだあるし……ルーパスチームは、あと3回のタイムアタックが可能ですから』
「あのヘルメットも役に立っているようじゃないか」
カツトシが、画面の一部を指さして言う。
「一番にならなきゃ意味ないんだけど……でも、一番になれるよね、セイラさん」
『どうかなぁ?さっきのタイムアタックは、ハルナがステアリングを握っていたけど……ちょっと窮屈そうだったから……
どっちかというと、ハルナは、ゲームコントローラのほうが、操縦し易いはずなんだけど……誰も、気づいていないのかな?』
セイラが、何も心配してないような表情で、無邪気に微笑む。
「そうなの?」
『あのステアリング型の操縦桿は、使いにくいと思いますよ……そういえば、ミユイさんは、Zカスタムに乗ったことあるんですよね』
「うん……あのハルナさんと交戦した時は、わたしがミリーちゃんのコントローラ使って操縦したから」
『きっと、ハルナは気づいてるよ……でも、ハルナの性格では、自分から、コントローラを使いたいとは言えないと思う』
「負けず嫌いみたいですもんね」
『ミユイさんは、なんで、イチロウくんのナビゲータを引き受けなかったんですか?』
「え?」
『この前、イチロウくんに、なんで、ハルナに、ちょっかい出したのか、その時の気持ちを問い詰めたら……ミユイさんが、ハルナに頼めって言ったからそうしたとか……なんか、わけ分からないことを言うんです。
自分の意思じゃないの?って聞いたら、あくまでもミユイさんが薦めたからって……
その一点張りなんですよ……男らしくないですよね……素直に、ハルナの大きな胸が目当てだとか言ってくれれば、まだ、可愛げがあるのに』
「わたしが、薦めたのは、ほんとうですよ」
『え?そうなんですか?』
「ハルナさんと、やりあった時、本当に、操縦技術が、ずば抜けてうまいんだって、素直に感心したから……わたしと同等の技術を持った人なんて、ちょっと想像できなかったから」
『うわ……ミユイさん、すごい自信ですね』
「イチロウにも言ったけど、わたしの操縦技術が、他の誰よりも優れてるのは事実だから……ねぇ、お父さん」
ミユイは、車椅子にゆったりと座って、コーヒーを飲みながら、幸せそうな笑顔を湛えている父、カツトシに無邪気そうな笑顔を向ける。
最愛の娘が、友人の女の子としている会話を聞くことを楽しんでいたカツトシは、ミユイが投げかけてくれた笑顔に、顔面が土砂崩れのようになりながらも、その言葉を肯定する意思を示すため、大きく頷いた。
「ほら、お父さんも、そうだって言ってるでしょ」
『全然、見えないですよ……ここは、GDの世界なんですから、そっちの部屋の中のことなんて、全然、わかりません』
「ごめん、ごめん……そういえば、今日、ミナトさんに会いましたか?」
『会っていないです……というか、昨日GDで会った時は、会長さんからご褒美もらったとかなんとか言って、すっごくはしゃいでいましたよ……イチロウくんの応援に行くんだとかなんとか……レースクイーンのレオタード作らなくっちゃとか……ミナトさんのコスプレは、いつも、気合入ってるから、何を企んでるんだか……困ったもんです』
「ご褒美……が、イチロウ絡みなんだ……ってこと?もう、ミナトさん、宇宙に上がっていたりするかな?」
『気になりますか?』
「イチロウは、誰にでも優しいからね」
『そうなんですか?』
「うん……昔っからそう」
『カナエさんて……どんな人だったんですか?顔は、ユーコに、そっくりなんですよね』
「うん……びっくりするくらい似てるよ」
ミユイは、椅子から腰を挙げて、セイラの傍から離れ、距離を置く。
「カナエのこと……知りたい?」
『イチロウくんに聞いても、はぐらかされてばかりで、全然、教えてくれないから……知りたくないわけじゃないけど……
……教えてもらえるんですか?』
ミユイは、セイラが、自分の姿を眼で追っていることを自覚しながら、少しの時間だけ無言で、ゆっくりとGD世界の狭い酒場の中を歩く。
「今、イチロウと戦ってるブルーヘブンズチームのことって、セイラさん知ってるかな?」
『いえ……』
「あの3人……共通点があるの……知ってる?」
『いえ……』
「その共通点を当てることができたら、カナエのこと、教えてあげる」
『なんで、そんな意地悪なこと言うんですか?』
「きっと、カナエとイチロウのことを知ってしまったら、セイラさんも、エリナの今の気持ち……イチロウに、はっきりと自分の気持ちを伝えられない気持ちを理解できるようになるよ」
ミユイは、意味深な笑顔を作って、セイラの質問をはぐらかせようとしているようにも見える。
『エリナさん……か』
「セイラさんには悪いなって思うけど、心情的には、わたしは、イチロウとエリナが結びつくことを望んでいるの」
太陽系レースの公式予選の行われた土曜日……それは、イチロウが、地球……日本に降り立った日であったのだが、この日、イチロウは、地球のオータ・シティで、セイラと再会し、ミユイを含めて、GD21のゲーム世界の中での戦いと、おしゃべりを楽しむことになった。
普段、ミユイは、第4恒星系に居住し、父カツトシの世話をしている。そして、セイラも、第2恒星系を中心に、歌手としてのライブ活動や、パーティ会場に出向いての、ピアノ演奏や、ミニ・コンサートなどで生計を立てている。
そういった生活をしている二人であるから、直接、顔を合わせたことは一度もないのだが、ミユイは、この特殊遺伝子を持つ、セイラという少女を、殊の外、気に入っており、ミユイ自身が、いつも暇を持て余しているため、最近は、GDのゲーム世界で、セイラを見つけては、絡んでいくのが日課となっている。
脳手術により、リョウスケ・アズマザキの記憶を取り戻した後、揺れる気持ちを誰にぶつけていいかわからず、イチロウやエリナと他愛のない会話を交わした後も、二人と過ごした頃のリョウスケの記憶が妨げとなり、彼ら二人に対して、ミユイという人格で接することに、今のミユイは、大きな抵抗があった。
ミユイが、年老いた父との生活を退屈と感じたことはなかったが、それでも、彼ら二人の他に他愛のない会話を自然に交わすことのできる親友と呼びたくなるような相手を探してもいた。
そんな時に知り合ったセイラの、純粋にイチロウを想う心に惹かれ、自分から積極的に絡んでいくことを決めたのは、間違いのない事実だった。
(イチロウとリョウスケって、ほんとに女の子の好みが一緒なんだから……笑うしかないよね)
『別に、二人の邪魔をしたいわけじゃないんですよ』
セイラが、ポツリとつぶやく。
「二人って、イチロウとエリナのこと?」
『他に誰が……そっか……ミユイさんも、イチロウくんが好きなのか』
「恋愛感情はゼロだけど、イチロウのことは、今でも、親友だって思っているから……大好きだよ……もちろん、孫のエリナもね……
あくまでも、家族として」
『ミユイさんは、イチロウくん以外で、好きな男の子っているんですか?』
「いないよ……そもそも、男の子と知り合う機会なんかなかったですし……今は、こうやって好きな女の子と、おしゃべりしてるほうが楽しいですからね」
『それって、リョウスケさんとしての言葉ですか?』
「あは……ややこしくてごめんね……わたしは、今は、一人の女として生活してるから、セイラさんとは親友として接したいと思ってます」
『よかった……ちょっと、ドキドキしちゃったから、確かめたくて……
ミユイさん、そんな風に、紳士的な態度で、好きな女の子……とか、さらりと言わないでください……そういう言葉に、あまり免疫がないんですから』
「そう?そうかぁ、ごめんね……ところで、さっきの質問の答えは、わかりましたか?」
『あ……もしかして、アイコさんか、ユキさんの、どっちかが、カナエさんの子孫とかですか?』
「ご明察!!」
『あの話の流れなら、あたしが、どんなに鈍くっても、わかりますよ』
セイラが、心持ち、低い声のトーンで、静かに応えた。
「嬉しそうじゃないね」
『それは……
彼女たちは、イチロウくんの太陽系レースデビューを待っていたように、参戦してきたってことですよね……だから……
恋のライバルなんか少ないほうが嬉しいのになって……ミユイさんは、思ったことないですか?』
「わたしは、恋とかしたことないから」
『リョウスケさんは、結婚もしてるのに、そういう言い方は、おかしいと思います』
「そうだね……カナエをイチロウに取られたことは、やっぱり悔しかった……その悔しい気持ちは、リョウスケの記憶の中で、一番、強く……そう根強く残っていましたよ」
『では、約束です……カナエさんのこと、話してくれますか?』
「約束……ですからね……カナエは、リョウスケにとっても、とても大切な研究仲間だったので、どけだけ冷静に話せるか……あまり自信はないんですけど」
そう前置きをしてから、ミユイは、東崎諒輔として、21世紀の序盤に、鷹島市狼と藍田香苗と過ごした時のことを、記憶の引き出しから取り出し、セイラの顔をまっすぐに見つめ、静かに、話を始めるのだった。
結果的に、ブルーヘブンズが記録したタイムアタックの結果は、5分1秒ジャストだった。
「イチロウ……ごめんね。うまく、できなくって」
「ハルナは、優秀だよ……あいつら、化け物じみてる」
クールダウンのため、レインボーゲート脇にコース取りをしたZカスタムの中で、イチロウとハルナは、即座に塗り替えられてしまったトップタイムの表示を、冷めた眼で、見つめていた。
『ごめんね……イチロウ、ハルナ、あたしの指示が曖昧だったから、レコードラインのコースにあった先行機体に邪魔させる格好になっちゃった』
エリナからも、さびしそうな口調で通信が届く。
「どうしたらいい?これ以上の機体改造ができるんなら、一回、ピットに戻るけど」
『イチロウは、どうしたい?』
「どうって?」
「お姉さま……絶対、もう1回タイムアタックします。さっきも言ったけど、このまま終われないから」
『ってことだよね。もちろん、イチロウに異存はないよね』
「あのさ……ハルナが、操縦に専念するってのは無理かな?」
イチロウは、以前、ミユイと二人で、ハルナとバトルをした時のことを思い出していた。
「加速周回で、俺が、バーニアを全開で、ぶっとばすから、姿勢制御とゲート通過のコントロールは、ハルナが、コントローラを使ってやる……そうすることで、他の奴らを躱すことも、楽にできるんじゃないかと思うんだ」
「イチロウ……」
『ハルナは、今のイチロウの作戦、どう思う?機体のバランスは、パイロットシートに、ハルナが乗っていたほうが安定するってのは、さっきのタイムアタックで、わかったよね……実際、1回目より、遥かにいい記録が出せてるんだし。
それと較べて、イチロウの作戦は、どっちかと言うとギャンブル……に近いよ』
「あのブルーヘブンズの人たち……相当、前から、機体とパイロット技術を磨いてきたってことが、よくわかる……カドクラの情報網に、ひっかかることなく、ここまでの能力を隠してきたことは、素直に褒めてあげてもいいんだけど……」
『どうしたの?ハルナ……なんか、怖いよ』
「お姉さまに、ハルナの本気の本気を、見せてあげます」
『勝てる?』
「もちろんです、お姉さま」
『さっきの、イチロウの作戦で行くってこと?』
「うん……基本的には、イチロウの作戦は、ハルナに合ってるから……せっかくのステアリングホイールだけど、やっぱり姿勢制御の微調整は、使い慣れたコントローラのほうがスムーズなので、そっちをメインで」
『ウミちゃんが、サポートできることないかって?言ってくれてるんだけど』
「質量バランスの調整をしてもらえると、とっても嬉しい……特に、燃料は、ほんとに、クールダウン周回でガス欠にならないだけのギリギリを計算してもらえると、すごい嬉しい」
『了解!!ウミちゃんも、わかったって、もう計算始めちゃったよ……』
「悔しいけど、こっちは、あっちみたいに2周も3周もタイムアタックを連続で続ける余裕はないから……あ、お姉さまの設計にケチつけてるわけじゃないんですよ」
『わかってるって……あの機体、もう、素人レベルじゃないのは、はっきりしたしね……どっかのメーカの隠し玉かもしれないけど……スバルの機体じゃないよね』
「スバルなら、ハルナや、お父様に、絶対情報が入ってきてるはずだから」
『イチロウは、あのブルーヘブンズチームに、心当たりは、ないの?』
「俺に、今の時代のことを聞くなよ」
イチロウは、即答する。
「イチロウの関係者だと思うよ……あれだけの機体を、ずっと、太陽系レースにエントリーしないでいたってことは、このイチロウが初参戦するレースを狙っていたってことだから……アオヤギとか、クサカベとか、ガンリキとか、知り合いにいたりしないの?」
「まったく、思い当たらない」
そのタイミングで、ピットレポートを務めるヒトミコが中継するパドック映像が、エリナたちの見ているスクリーンに映し出された。
ヒトミコの肩には、ギンが、しっかりと、しがみついていて、後ろを振り返り、とぼけた顔つきで、カメラ目線を送っている。
そのヒトミコの眼の前に、長身のあどけない笑顔の少女が笑っている。
『ガンリキさん、すごいスピードで、トップタイムを更新してしまいましたが、これは、予定どおりですか?』
『いえいえ、できすぎもいいとこですよ。ルーパスチームが、他の機体に足止めされなかったら、絶対、わたしたちを上回るタイムを出していたはずなので……ラッキーだったとしか言えないです』
『でも、本当は、すごい自信があったんですよね……わたしにだけ、こっそり、本音を言ってもらってもいいですか……放送ではカットしますので』
『これ、ライブ中継ですよね……そういう誘導尋問には、つられないですよ』
『バレましたか?』
『あのさ…一つ質問!これで、ルーパスのパイロットさんに、話とかできちゃうのかな?』
『きっと、聞いてくれてるはずです……伝えたいことがあれば、存分に、言ってください』
『うん……そうする』
アイコは、ヒトミコの持つマイクを静かに奪い取る。そして、真剣な眼差しでカメラを正面から凝視するアイコの顔の映像がアップになった。
『ルーパス号のメイン・パイロットのシティウルフ……イチロウ・タカシマ様に、忘れ物を届けにきました』
はっきりと名指しされたイチロウの顔が、その瞬間、大きく引きつる。
「イチロウ……あんな、子供まで毒牙にかけていたの?いつ?」
ハルナの多分に毒を孕んだ言葉が、イチロウのドキリとした感情に楔を打ち込む。
『イチロウ……やっぱり、知り合いだったんじゃない!!』
エリナの叫びも届く。
『母……から託されたカナエさんの言葉を、ずっと伝えたくて、イチロウさんが、公の場に出てくることを、ずっと待っていました』
「カナエの言葉?」
「カナエさん?」
『そんな……』
イチロウ、ハルナ、エリナが、ほぼ、同時に声を挙げる。
『イチロウさん……今日のレースが終わったら、時間を作ってください。ブルーヘブンズのみんなで、イチロウさん歓迎のお祝いをしたいので……よろしいですか?』
「イチロウ……今、即答する状況じゃないのは、当然、わかってるよね」
「ああ……」
「どうせ、どっかのデータベースに侵入して、イチロウの個人情報を引き出して、弱みを握ったつもりでいるだけなんだから……」
『ハルナの言うとおり、こんなことで、動揺して、ハルナの足を引っ張ることになったりしたら、承知しないからね』
明らかに動揺しているイチロウの気持ちを落ち着けさせるため、ハルナが、そしてエリナも、イチロウのメンタル面のフォローをしようと、声をかける。
『とりあえず、今は、返事無理ですよね……でも、とにかく、今は、イチロウさんに、ブルーヘブンズの存在を知ってもらえたことが、何より嬉しいから……
でもね、絶対に、トップタイムは、譲りませんよ……絶対に!!』
アイコの優しい表情が、Zカスタムのメインモニターに大きく映し出され、力強い言葉がスピーカーを通してコックピット内に響く。
『がんばって、うちを上回るタイムを出してくださいね。
もしも、この後、イチロウさんが、トップタイムをマークしても、うちは、あと2回タイムアタックのチャンスが残っていることを忘れないでくださいね。まだまだ、うちのタイムは縮まるんです
よろしくね……どう?ヒトミコちゃん、こんなコメントでいいかな?』
『力強い勝利宣言ありがとうございます。いつにないトップタイム争いが繰り広げられているので、この後の展開が、楽しみです。では、マイクを実況席に戻しますね』
「イチロウ……ぼうっとしてちゃダメだよ」
「ああ……」
「勝つ自信ないの?」
「そんなことはない」
「ふぅ……カナエさんは、イチロウの弱点だって、今改めて思い知ったよ」
「このクールダウンの後、ブシランチャーに戻ったら、すぐ、燃料だけ補給して、シート入れ替わるからね」
『イチロウ……カナエさんの話が出たから、今、確認しておきたいの』
エリナの言葉が、コックピット内に届く。
『イチロウは、カナエさんの生まれ変わりを、この世界で見つけるつもりなんだよね……そうなんだよね』
「確かに、そうエリナには言った。それが、カナエの最後の言葉だったから」
『あたしの血の中には、カナエさんの遺伝子が継承されているの。だから、イチロウが探してる、運命の女は、あたしなんだよ』
「まさか、ウソだろ?」
『嘘じゃない……少なくとも、あたしは、そうであることを、疑ってない』
「どうやって、それが証明できるんだ?」
『それは……あたしが、他の誰よりも、イチロウを大切に思ってるから……きっと、カナエさんにも負けないくらい』
「エリナ……ここで、そんなことを言う意味があるのか?」
『あんな、どこの誰かも、わからない人たちに惑わされないで……』
「俺は……」
「イチロウ……女の子が、あれだけのことを言うのに、どれだけ勇気がいると思ってるの?」
ハルナが、真剣な表情で、イチロウを見つめる。
「エリナ様はね……イチロウの全力を引き出すのに、どうすればいいか、迷ってるんだよ」
「それは、ハルナに言われなくてもわかる」
「イチロウが、エリナ様を大切にしたい気持ちは、すっごくわかるんだよ。でも、やっぱり待つだけの気持ちは切ないよ……ちゃんと、気持ちだけじゃなくて、態度で示さないと、伝わらないことだっていっぱいあるんだよ」
「ハルナ……」
「ハルナが尊敬してる……そして、他の誰よりも大好きなのが、エリナ様……だから、そのエリナ様を泣かせるイチロウを、ハルナは、許さない」
「エリナが、泣くわけが……」
「だったら、イチロウの120%で、エリナ様を笑顔にさせてあげて」
「…………」
『イチロウ……』
「エリナ……4分台で、フィニッシュすれば、奴らは、もう、追いつけないんだな」
『ギンも、そう言ってた。サエちゃんも、あの機体と、あのパイロットのポテンシャルでは、絶対に、4分台はありえないって』
「ハルナ……エリナの笑顔の映像、観たいよな?」
意を決したように、イチロウが、ハルナの両手をしっかりと握りしめる。
「観たい……エリナ様の笑顔が、ハルナの元気の源だから」
イチロウの明るく変化した表情に、ハルナも最高の笑顔で、頷く。
「エリナ……お前も、一緒に飛んでくれるか?」
『何をするつもり?』
「この前のキリエのライブの時の映像と……セイラの応援歌で、このZカスタムのコックピットを満たしてみる」
『イチロウ……』
「次のタイムアタックは、俺の好きなようにやらせてもらう……あの時、ハルナとバトルをやった時、エリナの姿と、セイラの歌が、俺の集中力を研ぎ澄ませてくれたことを、よく覚えている。あれを再現すれば、このレース……勝てるはずだ」
『うん……そうかもね……でもさ、あたしなんかで、役に立つの?』
「エリナが、傍にいると感じることができれば、俺のモチベーションは上がる…俺は、これ以上、エリナを傷つけたくないだけだ…エリナのことは、誰よりも……今は、カナエよりも大切な存在だと思ってる」