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届け物は優勝杯  作者: 新井 富雄
第8章 告白
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-30-

『ついに、今日の最高速度が記録されましたね……この速度は、レギュラーチームの公式練習でも見たことはないですよ』

『この後、この速度で、タイムアタックに行けば、予測タイムでは、5分3秒台は、間違いないところですね』

『イマノミヤさんは、さっきブルーヘブンズが、5分3秒台に乗せてくると言っていましたが、そのブルーヘブンズチームは、タイムアタックに出てくるのでしょうか?』

『放送席のイマノミヤさん、フルダチさん!!』

『なんでしょうか?イツキノさん』

『今のタイムを確認した、ブルーヘブンズのパドックにいるガンリキ代表は、パイロット二人に、GOサインを出しました』

『そうですね……確実に、先ほどブルーヘブンズが出した5分6秒を上回るのは間違いないですからね』

『ブルーヘブンズが、出るということは、確実に5分3秒台を叩きだす自信があるということですよね』

 そのタイミングで、ついにルーパスチームのZカスタムを捉えた映像が、メインモニターに映し出される。Zカスタムは、既に、カタパルトにセッティングされた状態であることが、その映像でわかる。

『先ほどから、発進準備を整えていたルーパスチーム……サットン・チームの驚異のスピードを知った上で、敢えて出るということですね』


「いよいよ、主役の登場ってところだから、期待してるみんなに、がっかりさせたくないよね」

 ハルナの静かな声音が、イチロウに伝わる。

「エリナだけは、がっかりさせたくない」

「そうだね」

 リニアカタパルトを高速スライドしていくZカスタムのエメラルド・グリーンの機体が、無造作に、虚空に放り出される。

 メイン・コックピットに、その細い腰を収めて、軽くステアリングホイールを握るハルナは、薄く眼を閉じて、とても深い深呼吸をする。

バーニアに最大加速を与えるため、フットバーをしっかりと、その長い脚で踏みしめる。

ハルナの視線の先には、しっかりと光り輝く1番めのレインボーゲートが見える。

「イチロウ……ばれてたね、あのこと」

「その話は、今はやめよう」

「そうだね……とにかく、燃料ギリギリまでは、加速していくのが、今回の作戦……でもね、ハルナもエリナ様も、一番心配なのは、イチロウの身体が、この加速に耐えられるかってこと……」

「チアキさんとキサキさんが耐えられた加速Gだからな、耐えてみせるさ……実際、ハルナは、機体コントロールしながら、このGに耐えなくちゃならないんだ」

「ハルナは、10年以上、宇宙で暮らしてるんだよ」

「でも、俺は、男だ」

「はいはい……」

「あのさ、イチロウにお願いがあるんだけど」

「俺にできることなら」

「足を押さえていてほしいの」

「足を?」

「うん……ステアリングに集中すると、どうしても足が(おろそ)かになるから、押さえていてほしい。最高速度に達するまで、絶対に離さないように」

「わかった」

 イチロウは、ハルナの右足に、自分の左手を添える。

『イチロウ……ハルナ……どう?』

 少しだけ、興奮状態から戻って、できる限りの落ち着いた声を作って、エリナが、コックピットの二人に声をかける。

「調子はいいですよ、お姉さま」

「作戦は、めいっぱいの加速でいいんだよな」

『うん』

「エリナ……ちょっと、コースが狭くなってる感じがするんだけど、この先、他の機体の密度は、どうなってる?」

『え?ごめん、調べてみる』

「まずいみたいね……、第5ゲートで、密集地帯に突っ込まないといけなくなりそう」

『ハルナの言うとおり……』

「減速は、しませんからね」

『でも、オータコートの影響で、加速は鈍ると思う……避ける方法を見つけてみるね』

「ここにきて、レコードラインを塞がれることになるとは……」

「ハルナも、チアキさんたちのアタックに影響されて、熱くなっちゃってたから、あのタイミングで出ちゃったのは失敗だった」

「エリナの指示に期待しよう」

「それしかないか……」


「テルシ……ルーパスの加速が終わったら出るよ」

 エントリー名「ハッピーデート」…ユキ・クサカベは、ヘルメットを膝の上に置いて、エントリー名「ブルーステリー」…テルシ・アオヤギに、微笑みかける。

「イチロウさんとガチ勝負かぁ」

 テルシが、感慨深げに呟く。

ユキは、13歳、テルシは14歳。メイン・メカニックを務めるアイコ・ガンリキは、まだ9歳という若年チームながら、このチームを組んでから2年という期間を経てきたことが、3人を中心としたブルーヘブンズ・チームの結束力を、他のどのチームよりも強固なものにしていたと言える。

「アイコの、お目当ては、イチロウさんよりもエリナさんみたいなんだけどね」

 ユキが、テルシの顔を見ながら、話しかける。

「エリナさんも可愛いよなぁ」

 テルシが、素直に応じる。

「も…ってことは、イチロウさん、そんなにかわいい?」

「イチロウさんじゃなくってハルナさんだよ……あのピンクの瞳が、めっちゃ可愛いじゃないか」

「ユキと、どっちがかわいいのかな?」

「較べられないけど、どっちって言われたら、ハルナさんじゃないか?」

「そこは、はっきりユキって言ってくれないと、ユキのモチベーション、ダダ下がりになっちゃうと思うんだけど……テルシは、もっと空気読んでくれないと」

「そうか?そんなことより、サットンチームが、タイムアタック周回に入ったみたいだ」

「そうだね……あの状況で、もうミスとかしないと思うけど」

『テルシ…あのさ、今回3周まで引っ張る作戦だけど、2周目もスタートボタン押さなくっていいよね』

「ああ……いいんじゃないか?もう、イマノミヤさんにはバレてるんだし、2周使わないと、最高速に乗せられないし……サットンは、無茶をやってるみたいだけど、うちは、ユキの身体を犠牲にしてまで、急加速する必要ないからな」

『なんかね……ルーパスが進路妨害されそうなんだ』

「タイムアタックは、最高5回……ちゃんと温存しておかないと、次のルーパスのアタックの結果が出た時に、勝負かけられないもんね……ユキも賛成だよ」

「ユキは、もっと、身体を鍛えてくれないと……」

「ユキだってさ、作戦のバリエーションが限定されちゃうのは、悪いと思ってるよ。でも、ユキは、かよわい乙女ちゃんなわけだから、大目にみてよ」

『うん……だいじょうぶ、勝てるよ。イチロウさんだってたいしたことない……今、操縦してるのは、ハルナさんだから……ポテンシャル計算も、ハルナさんならデータがあるので、計算しやすいしね』

「ハルナさんの表情、いいよね」

 レインボーゲートの各所に取り付けられたカメラの一つが、捉えたハルナのズームアップ映像をメインモニターに映している。


「お姉ちゃん、とりあえず、トップタイムは更新できそうだけど、あっちの2チームも、全然、諦めてないっぽいね」

 チアキは、スラスターによる姿勢制御の手を抜くことなく、今回のタイムアタック周回で、スピードを落とさず、ゲート通過も完璧にこなしながら、パドックのクルミに話しかける。

『あのハルナちゃんだからな』

「お姉ちゃんは、ハルナちゃんと友達になったんだよね」

『ああ……あのバストは、とても魅力的だ』

「もう……そう言って何人の女の子を毒牙にかけてきたんだか……お姉ちゃんも、ほどほどにしておかないと、お客さん逃げちゃうよ」

『いや、むしろ、上得意になってるはずなんだけど』

「それもそうか……」

『カドクラの次期社長にコネを付けておくのは、この商売をする上で、プラスにはなってもマイナスにはならないしな』

「チアキ……悪いけど、集中して。一瞬でも気を抜いたら、予定のタイムを叩きだせないよ」

 キサキが、真剣な表情で、コースコンディションをサーチしながら、チアキに釘を刺す。

「了解!お姉ちゃん、そういうことだから、何かあったら、教えてね」

「社長……ルーパスと、ブルーヘブンズ……どっちが強いと思いますか?」

 キサキが、尋ねる。

『ルーパスだろうな』

「社長も、そう思いますか?」

『次のタイムアタックで、あのオオカミくんが操縦するようなら、はっきり言って、勝てる気がしないけどね』

「ハルナちゃんなら(くみ)し易しですか?」

『とりあえず、あっちの動きは、あたしが見ておくから、そっちは、この周回に集中してくれ』

「わかりました」


「イチロウ……あいつら邪魔……吹っ飛ばせないかな?」

「それは無茶だ」

「これがルージュだったら、吹っ飛ばせるのに」

 ギリリと歯噛(はが)みする音が聞こえてきそうに、ハルナの口元に力が入っているのが、イチロウにもわかる。

第5ゲート付近で、タイムアタック中の機体が密集しているのが、イチロウの眼にも、はっきりとわかった。

「どこに突っ込んでも、オータコートの影響をモロに受けそうだな」

「タイミング悪すぎ……あと、1分だけ出るのを遅らせれば良かった」

『とりあえず、ヴァイオレットに入ってくれるかな……ハルナ』

「はい、そこが、一番、影響少なそうですね……お姉さま」

『燃料消費は?』

「ハルナが無駄使いしちゃったから、全力全開で行けるのは、あとちょっとだけ」

 ここまで、順調に加速を続けてきたZカスタムであったが、第5ゲートで、密集状態となった場面に遭遇したことで、加速のリズムを大きく崩すことになった。

エリナの指示に従い、ハルナは、躊躇いながらも進路をヴァイオレットゾ-ンコースに取る。

既に140km/秒のスピードに達しているZカスタムを操縦するハルナは、周囲を取り巻くオータコートの反発作用に違和感を感じながら、ヴァイオレットコースに直進する。

「やっぱり、ロスったね」

 第5ゲートを抜けたところで、最後の加速を得るための、既に限界まで踏み込んでいるはずのフットバーを押さえる右足に、ハルナは、さらに力を込める。

ハルナに頼まれて、ハルナの右足を押さえているイチロウにも、その力強い意志が伝わる。

最悪の密集エリアを、それでも、最小限のタイムロスで乗り切ったZカスタムは、僅かに残った燃料を使い切る覚悟で、最後の加速を得るために、バーニアの火力を最大レベルに戻す。

わずかずつではあるが、Zカスタムのスピードが増していく。

140…141…142…143…144…145……

『もう限界?』

「まだ、行けます、お姉さま」

『せめて、クルミさんたちのプラチナ・リリィの最高速度だけは上回らないと、このタイムアタックに意味はないからね』

「わかってます……146.6kmですよね」

『うん…クルミさんたちは、その速度を落とすことなく、しっかりと今のタイムアタックを続けてる。ハルナ、ごめん、無理させちゃってるね』

「こんなことくらい……どうってことないです……お姉さまの悲しむ顔を見ることに較べたら」

 速度計の表示が、ついに146という数値を示す。

『燃料はギリギリしか積んでないから、ダメだと思ったら、無理はしないで、まだアタックのチャンスはあるから、ハルナの身体を壊してまで、この周回で結果を出す必要はないんだからね』

「でも、行けます」

 146.9km……プラチナ・リリィの最高速度をわずかに上回った速度を出したところで、ついに、コックピットの燃料ゲージがレッドゾーンを示した。

「これで、クルミさんたちを超えることができますね……お姉さま」

『うん……ハルナ……ありがとう』

「さっきのとこが、すごい混雑だったってことは、他で、あれ以上の難所はありえないですよね」

『うん……これからのコース取り…ルートは、こっちで示していくから、ハルナは、姿勢制御に専念してちょうだい』


『ついに、ついに、ルーパスチームが、今日の最高速度を叩きだしました。これで行くと、5分2秒台が期待できます』

『やりましたね……あの5番ゲートで行き詰まったときは、無理かと思いましたが、さすが、ピンク・ルージュ・ハルナです。立て直してきました』

『実況席のフルダチさん……今のタイムを確認して、ブルーヘブンズのガンリキさんは、ゴーの指令をパイロットに出しました。まだまだ、バトルが続きますよ』

 最高速度を叩きだしたZカスタムを映し出していたメイン映像が、ブルーヘブンズチームがスタンバっているランチャーカタパルトの映像に瞬時に切り替わる。

『どうですか?ガンリキさん、勝つ自信があると受け取ってよいのでしょうか?』

『勝つ自信がなかったら出るわけないでしょ』

 アイコのはっきりとした声が、スピーカーを通して、放送を聞いてる者全員の耳に伝わる。

『公式練習では、全てを見せなかったけどね……ブルーヘブンズの最高傑作……コスミック・ラヴァーの正真正銘、最高のパフォーマンスを、ご披露いたしますよ』

『期待しています…ルーパスチームには不運があったようですが、それでも、トップタイムを出すのは間違いないと思います。がんばってください』

『少しは、視聴率アップに貢献しないとね……決して低い数値じゃないけど、生のライブ映像を観る楽しさを、観てくれてる人たちに、わかって欲しいしね』

『もう……アイコちゃんたら……』

『仕事中は、アイコって呼ばないんじゃなかったのかな?ヒトミコ……』

『あ……はい、失礼しました』

『ということで、お茶の間の視聴者のみなさん……ブルーヘブンズチーム……精一杯がんばりますので、応援、よろしくお願いいたします!!』

 ブルーヘブンズの機体…コスミック・ラヴァーが、ブシランチャーのリニアカタパルトから、コース上に撃ち出された映像が、アイコのVサインを伴った笑顔にオーヴァーラップする。そして、アイコの映像が消え、コスミック・ラヴァー単体の映像になる。

『では、マイクを、実況席にお返しします』

『ありがとうございます、イツキノさん』

『あのルーパスチームのタイムを確認しておいてのガンリキ代表の自信たっぷりのコメントは、好感が持てますね』

 イマノミヤは、贔屓のルーパスチームがピンチであることを自覚しつつも、冷静に解説を続ける。

『1回目、2回めのタイムアタックの時も、ブルーヘブンズチームは、立ち上がりは静かでしたね。今回も、サットン・チーム、ルーパス・チームは、出だしから、2周目のタイムアタック開始から最高速度を得るための限界加速作戦で挑んでいましたが、ブルーヘブンズは、今回も、出だしからの限界加速は掛けないようです』

『ナビゲータのハッピーデート・ユキの体力が、加速Gに耐えられないという情報を得ていますが、ほんとうのところはどうなのでしょうか?』

『機体の質量が大きければ、加速で最高速を得るためには、より多くの燃料が必要です。ただ、燃料ユニットを多く積めば、当然ながら、機体全体の質量が増すのです。この辺りのバランスが、この予選スプリントセッションのセッティングでは、大きな要素になっているわけですが、ブルーヘブンズは、何周かけてでも、機体を最高速度に到達させるまで周回させるという作戦をチョイスしたわけです』

『何周も周って、最高速に達したら、タイムアタックに出るわけですよね』

『この太陽系レースで使用を許可されるロケットエンジンは、固形燃料の規定が定められているため、爆発を繰り返して推進力を得る構造を持っています。つまり、何回もの爆発に耐えられるエンジンでなければ、使い物にならないのです。慣性が働きますから、高速を維持することは、さほど問題ではありませんが、その速度を生み出すための加速方法…加速のプロセスで、エンジンが悲鳴を上げてしまうことは避けられないんです』

『あのブルーヘブンズチームですが、今回は、どのような作戦で来ると予想しますか?』

『言えるのは、ルーパスチームの146.9kmを上回る速度を得るまでは、3周でも4周でも周回するだろうことは、予想できますね』

『そこまでやりますか?』

『そこまでやるでしょうね』


「エリナさん、さっきの加速周回……失敗だったって思ってる?」

 サエが、心配顔で、実況放送に耳を傾けているエリナに問いかける。

「まだ、負けるって決まったわけじゃないから」

「そうだよね」

「でも、あのガンリキさんの自信満々な顔と、あたしの情けない顔を較べちゃったら、みんな不安になっちゃうよね」

「まぁね」

「そう、落ち込むな……まだ、どっちも結果が出たわけじゃない……ハルナちゃんが、あんなに歯を食いしばって頑張ってるんだ」

 ミリーの父、マイクが、エリナの座るコントロールルームを覗き込みながら、いつになく優しい口調で声をかける。

「そうだよね……」

「もし、不安なら、次の作戦を考えたらどうだ?」

「次の作戦?」

「少なくとも、さっき、第5ゲートで、もたつかなければ、もっと行けたんだろう?」

「でも、それでも、そのトラブルがなくっても、今のままでは、勝てないかもしれないし」

「そう暗い顔をするな」

「エリナ……」

 ミリーもやってきて、いよいよ暗い顔で落ち込んでいるエリナに声をかける。


『ここで、サットン・サービス・チームのタイムアタックの結果が出ました。サットン・チームの2回目のタイムアタックの結果は、5分3秒111です。暫定トップタイムが叩きだされました』

『いやぁ……素晴らしいタイムですね』

『既に、ルーパスチームとブルーヘブンズチームが、タイムアタックに入っているとはいえ、まぎれもなく、トップタイムです。しっかりと、良い仕事をしたからこその結果ですから、十分に誇れる記録と言えます』


「とりあえず、あたしたちの限界は、示すことができたわけだから、このタイムアタックには、意味がある」

 キサキが、暗い顔で、操縦桿を握って脱力しているチアキを励ますように声をかける。

「別に、落ち込んでるわけじゃないからさ」

「疲れた?」

「まぁね……あんたは?」

「疲れたよ……でも、けっこう、楽しかったよ……いい汗かいたって感じ」

「まぁ、ジュピターアイランドの連中は、ぶち抜いてやったから、それは、それで結果は残せたって気持ちだし……あの化け物2チームは、最後までやりあうのかな?」

「やるんじゃないかな?とりあえず、これ以上のタイムは、今のままのあたしたちじゃ無理でしょ」

「うん……あたしたちとしては、上出来だもんね…疲れたけどさ」

 チアキが、明るい顔で、大きく伸びをする。

「あ~~美味しいケーキをいっぱい食べて、温泉に浸かりたいよ」

「そうだねぇ……でも、その前に、ラッキーセッションと耐久セッションあるんだけど」

「じゃ、熱いシャワーだけで我慢するか」

『二人とも、お疲れ様』

「ごめん、お姉ちゃん」

『よくやったよ……もっとも、エリナちゃんが調整してくれなかったら、あのジュピターアイランドの連中と、どっこいどっこいのタイムだったはずだから、いい夢を見させてもらったって感じかな?』

「エリナちゃん、すごいよね」

『うん……』

「お姉ちゃん、エリナちゃんは欲しくないの?」

『もうちょっと胸が大きければ、あたしの守備範囲なんだけど』

「いっつも、そう言って贅沢言うんだから……あ…でも、ミリーちゃんは、守備範囲だよね」

『あの子とのキスは温かくて気持ちいいからね』

「もう……いただいちゃったの?」

『ゲームの中だけど……しっかり抱きしめたよ』

「本気で口説く気満々だね」

『ミリーちゃんは、10年後、すっごい、いい女になってるよ。あたしが保証する』

「お姉ちゃん……あの……」

『ケーキを用意して待ってるよ……今日のスプリントは、これで店じまいだ。あとは、エリナちゃんと……ええと、アイコちゃんだっけ?みんなで、緑と青の戦いを見守ってあげよう』

「お姉ちゃんは、どっちに勝ってほしい?」

『もちろん、エリナちゃんに決まってるよ』

「だよね」


「お姉さま……何を浮かない顔してるんですか?ハルナを信じてくれないんですか?」

『信じてるけど……』

「さっきのが、失敗アタックだったのは認めます。だから、もう1回チャンスをください」

『機体は、もういじるところないよ』

「あたしにも、考えがあります。いずれにしても、まだ負けたわけじゃないから、彼らのアタックの結果を見てみましょう」

『うん……』

「ハルナが、勝てなかったら、ルーパスから追い出されちゃうんでしょ……そんなの絶対イヤです。ハルナは、いつまでも、お姉さまのそばにいたいから……」

『うん……』

「それとも、お姉さまは、そんなにハルナを追い出したいですか?」

『微妙……』

「もう……無理矢理でも、居座りますからね……とにかく、今は、このタイムアタックで結果を出すことに専念します。お姉さま……」

『なぁに?』

「そんな悲しい顔をしないでください」

『うん』

「セイラにも、よく言っておきます」

『なにを?』

「イチロウとエッチするなら、お姉さまにバレないようにしなさいって……」

『もう……そんなことは言わなくっていいです』

「はい」

『ハルナ……』

「なんですか?」

『がんばってね!!』


 ルーパスチームの第2回目のタイムアタックの結果は、5分2秒799であった。

『やはり……このチームも強いです。今日のタイムアタックで、ついに暫定のトップタイムを出してきました』

 ブルーヘブンズの結果が出るまで、まだ5分以上が残されている。ヒトミコは、暫定でトップになったルーパスチームのパドックに戻って来ていた。

「エリナさん……この結果に満足はしていますか?」

「もちろんですよ、トップタイム……スプリントセッションをトップで通過できるのに、何の不満もありませんよ」

「でも、ブルーヘブンズチームの動向が気になりませんか?」

「気にしてたら、全部を気にしなきゃいけなくなるじゃない」

『エリナ……』

 ヒトミコに張り付いていたギンが、エリナの肩に飛び移って、話しかけてきた。

「スパイ……ごくろうさん」

『一つだけはっきりしたことがあるよ』

「なぁに?」

『4分台は、あの機体で出すことは不可能だって……あのチームのデータベースに記録されていた』

「4分台なんか、あたしたちだって無理だよ」

『かもしれないけど、僕は、まだイチロウの目いっぱいを見てない』

「でも、イチロウは、あれが限界なんじゃ」

『男の力を見くびってもらっちゃ困るよ』

「何をいいたいの?ギンは?」

『僕が、ミリーを守る為に、どんな困難だって突破してきたのは、エリナだって認めてくれるよね』

「それは、わかってるけど」

『エリナの本当の気持ちをイチロウに伝えれば、イチロウは、もっともっと真剣になる。好きな女の子に励まされて奮起しない男はいないよ』

「そんなの……恥ずかしいよ」

『でも、イチロウの120%を見たいと思わないの?エリナは』

「見たいけどさ……」

『4分台で周回すれば、確実に、あのチームに勝てる。エリナとハルナちゃんが、120%の力で限界を迎えた以上、勝つためには……賭けるしかないんじゃないかな?どう?』

「わかった……でも、あっちの結果が出てからでいい?それくらいの時間的余裕は欲しい……気持ちの整理もしたいし……」


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