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ルーパスチームが、Zカスタムの機体の整備を続けているその時間帯で、実況放送が、サットン・チームの1回目の予選タイムが更新されたことを告げた。
5分6秒111……サットン・チームのタイムをコンマ1秒以上上回る記録が、実況放送により伝えられた。
その記録を出したのは、1回目のスプリントで、10位であったブルーヘブンズチーム……この大会が初出場の新規参戦エントリー25チームの中のひとつだった。
「サエちゃんの予想……当たっちゃったね」
ミリーが、モニターにまだ大映しになっている最高タイムの表示から目を離さずに、静かにつぶやいた。
「1周では最高速に乗せられない種類のエンジンだったから……だから、2周使って、最高速に乗せてきたよね……まだまだ、予想以下のタイムだから……まずは、クルミさんたちがどう動くかが、ちょっと楽しみ」
ミリーの言葉に返事をするように、サエが、静かにつぶやく。
『予選でのトップタイムを叩きだしたのは、ブルーヘブンズ・チーム……ユキ・クサカベと、テルシ・アオヤギのハッピーデート&ブルーステリーの二人です』
『2周連続のタイムアタックの途中まで、ずっとバーニアによる加速をしていましたからね……どれだけ、燃料ユニットを積んでいたのか、トップタイムが出たので、さすがに3周連続は行きませんでしたが、場合によっては、そのまま3周行きそうな様子でした。凄い機体としか言えませんね』
フルダチの興奮気味の実況の後で、イマノミヤの相変わらず冷静な解説がスピーカーから聞こえる。
『3周行きましたか?』
『行ったでしょうね……記録が更新できなかったら、もう1周行って、絶対、もっと上回るタイムを出して来たでしょうね』
「さすが……イマノミヤさん、よくわかってる」
解説を聞いたサエが大きく頷く。
『4分台が出ていたってことでしょうか?』
『いえ、あそこから、あと6秒カットするのは厳しいでしょうが、3秒くらいは縮めて来てもおかしくないくらいの加速性能を持っています……初めから加速周回を2周で予定するあたりの作戦バランスの良さも、認めないわけにいかないですね』
『それは、密集状態を避けて、レコードラインをしっかり取れるということでしょうか?
』
『そうです……』
『イツキノさん……ブルーヘブンズ・チームのパドックは、どうなっていますか?』
「あ……はい……あの……」
『イツキノさん……今、どこにいるんですか?』
ギンにじゃれつかれて、ずっと、ルーパス・チームのパドックから離れずにいたヒトミコは、フルダチの呼び出しに、即答できずに、口ごもって、あやふやな返事を返した。
「ヒトミコちゃん、ちゃんと仕事しないと、クビになっちゃうよ……カメラマンさんは、とっとと、別のチームのところに行っちゃってるんだからさ」
キリエが、ヒトミコから、ギンを取り上げて、優しく微笑みかける。
「あ……行ってきます」
『イツキノさん……マイクの調子でも悪いんでしょうか?』
「いえ・・マイクは、大丈夫です……わたしは、今、ルーパス・チームのパドックにいます。今のブルーヘブンズ・チームのトップタイムを確認した、ルーパスチーム……パドックでのマシンの整備の真っ最中ですが、20か所以上の機体改造を、この10分間で終わらせています
イマノミヤさん……ルーパスチームは、トップタイム更新を狙って、次のタイムアタックに行きます……期待してください……4分台のスコアを叩きだすことも可能だと、メイン・メカニックのエリナさんは、自信満々です。では、ブルーヘブンズ・チームのパドックに移動します」
『なるほど……さすが、イツキノさん、ずっとルーパスチームのパドックで改造作業をチェックしていたんですね……』
『予選勝ち抜けは確実なルーパスチーム……敢えて、タイムアタックにトライする意図はなんでしょうか?そのあたりは聞きだせていますか?』
「はい!!みんなが期待してるから……だそうです!!」
『わかりました……わたしも、その期待しているみんなの中の一人です……』
「いいんですか?そんな贔屓してしまって……イマノミヤさんは、いつも中立じゃないといけないんじゃないんですか?」
『とりあえず、予選ですから……そのあたりは大目に見てもらえるんじゃないかと』
「イマノミヤさんは、ハルナさんラヴですもんね!!」
『そういうことを公共の電波で言ってはだめです……イツキノさん』
「はい!!気をつけます」
マイクを手に、ゆっくりとした足取りで、ブルーヘブンズチームパドックに向かうヒトミコの肩に、キリエの手からスルリと抜け出したギンがしがみつくように着地する。
『キリエ……ちょっとブルーヘブンズのスパイをしてくるね』
ギンの言葉が、キリエの脳に響く。
「ギンは、スパイに行ってくるらしい」
キリエが、ソランと、そのソランのマッサージを目を細めて受けているハルナに、そっと伝えた。
「イマノミヤさん……兄弟そろってハルナちゃん狙いなんだ」
「身に余る光栄ですが……あんなに大胆に言われちゃうと、ハルナは、照れちゃいます」
「ハルナちゃんは、面白いコだね……」
「そうですか?」
「うん……あたしは、エリナとはほんとに長いつきあいなんだけどさ、エリナが、こんなに心を開いて楽しそうな表情をしているのは初めて見る」
「ハルナは、嘘ではなく、ほんとのほんとにエリナ様を尊敬してるんです」
「うん……よくわかるよ」
「それに、ハルナちゃんの足の長さと柔らかさは一流モデル並みだ」
ソランが、マッサージの手を休めることなく、いつもと変わることのない静かな笑顔で、囁くように二人の会話に合いの手を入れる。
すかさず、キリエが、ソランの頭に、軽く固めた拳を叩きつける。
「言い方がイヤらしいぞ」
「一流モデルさんのマッサージも良くやってるんですか?キリエさん以外の女性の足は触らないんじゃないんですか?」
「……」
『付いて行ってもいい?』
「うん……ミリーさんの視線が超怖いんですけど……ギンが気にしないなら、あたしは、とっても嬉しいよ」
ギンの問いかけに、ヒトミコは、満面の笑顔で答える。
『ミリーのフォローはちゃんとしてあるから平気だよ……でも、こんなスパイ行為、バレたら問題にならない?』
「全然、平気……ブルーヘブンズのみんなの取材も先週しているし、みんな、とってもイイ人たちなんで……思いっきりスパイをしちゃっていいと思うよ」
『へぇ……そうなんだ』
「リーダーのアイコ・ガンリキさんが、とってもキュートで……年齢・・性別……住所のすべてが秘密らしいんだけど、とにかく、優しくって……このレースが終わったら、結果はともかく、温泉に行こうねって誘われてるの!!」
『その人、性別も秘密なんでしょ?温泉に誘われてるって……』
「だいじょうぶ、完全な女の子だから……パンフレットには、そういうことにしといてって言われているから、なにも書いてないんだけど、あたしと同じ年なんだよ」
『ほんとに?』
「でも、身長は、キリエさんと同じくらいかな?だから、ほんとの年齢はバラされたくないんだって……ギンも、会ってみればわかるよ」
ギンとヒトミコが歩く、パドックの通路脇に設置されたテレビ中継の映像モニター画面に、ブシランチャーカタパストにスタンバイするプラチナ・リリィが映し出される。
『サットン・チームは、すでにタイムアタックのための燃料補給を済ませたようですね』
フルダチの熱く、それでいて落ち着いた声が、耳に届く。
『彼女たちのパフォーマンスも、楽しみですね。手を抜いていなかったのは間違いないでしょうが、底を見せていなかったことも確かです。どこまでの強さを見せてくれるのか?そして、その結果が、他のチームに、どれだけの影響を与えることができるかが、このアタック最大の見せ場となるでしょう……ミスなく周回することができれば、ブルーヘブンズのタイムを上回ってくるのは間違いないですからね』
『と……いつになくイマノミヤさんも興奮気味ですが……そろそろ、イツキノさんのレポートが欲しいですね……どうでしょう?』
「はい!!こちらピットレポート担当、イツキノです。ちょうど今、ブルーヘブンズ・チームのピットに到着しました。さすが、暫定一位のチームです……盛り上がり方が半端じゃないです」
フルダチの呼び出しに、ヒトミコが即答する。そのヒトミコの眼の前に立って笑顔でVサインを作っているのは、水色の輝くような髪を無造作に虚空に漂わせている長身でありながら童顔の少女だった。
「ガンリキさん……このまま行けば、予選1位通過ですね」
「うん……ここまでは、一応作戦通りなんだけど……」
「怖いのは、ルーパス・チームですか?」
「もちろん、一番警戒してるよ……さりげなくスパイを寄越すとこも抜け目ないしね。あと……エリナさんの真剣な表情が、とってもイヤらしくってセクシーで……ヤバイっす……惚れちゃいそうっす」
アイコ・ガンリキは、そう言ってわざとらしく夢見るような表情を作った。
「ブルーヘブンズは、今回が初参戦ですよね……ここまでのパフォーマンスを見せる機体を作れるのに、なぜ、今まで参戦を見合わせていたんですか?」
「あれ?その答えはヒトミコちゃんに言わなかったっけ?まさか、忘れちゃった?」
「忘れていませんが……わたしが、言ったほうがいいんですか?」
「いいと思うよ……あたしの実年齢さえバラさなければ、何を言っても文句言わないからさ」
「はぁ……では、ノーコメントということで……作戦面ですが、加速周回を2周取っていましたが、バッチリ決まりましたね……燃料ユニットは、どれくらい積んだのですか?」
「それこそ、ノーコメントだよ……ただね、2周で加速が不十分だったら、3周目でタイムアタックができるだけの量は積んでいったから……相当の量積んだってことは間違いない……その辺から推測してくれるとありがたいかな」
「なるほど……わかりました……やっぱり3周目に行けるだけの量を積んでいたってことですね」
「うん……あ……」
パドック脇のモニターが、プラチナ・リリィの姿を映し出す。
「このチームのスタート……見ててもいいかな?」
ブシランチャーのカタパルトに機体のセットが完了したプラチナ・リリィの姿を、アイコが、凝視する。
『現在、2番手のタイムを出しているサットン・チームが発進準備を済ませたようです。イツキノさん、映像切り替えます』
「はい……こちらは、インタビューを続けますので、タイムアタック後に、レポートします」
ヒトミコの返事が終わった瞬間、チアキとキサキの真剣な表情のアップを機体にオーバーラップさせた映像演出で、プラチナ・リリィが、レースコースへと射出された。
プラチナ・リリィのコックピットに搭載された、機内映像用カメラと前方向カメラの映像が、メインモニターに映し出される。
公式の距離メーターと速度メーターのデジタル映像が、画面に表示され、加速周回での加速状況が速度メーターにより克明に確認できる演出であることが予測された。
「あたしたちのタイムアタックは、このサットン・チームが済んだ後かな?」
アイコが、ヒトミコに悪戯っぽい笑顔を見せ、モニターを指さす。
「映像を作る側の意見を言わせてもらえるなら、そうしてもらいたいです」
「3周分、20分以上の時間を、あたしたちの映像で独占できちゃうのかな?」
「いえ……きっと、ルーパス・チームがタイムアタックに行く時間と重なりますよね」
「デッド・ヒートとか期待されてるのかな?」
「はい!!エリナさんとアイコさんのガチバトルを、リアル映像で流したいです……アイコさんも、エリナさんのファンなら……きっと、それを強く望んでいるんじゃないかと……」
ヒトミコの興奮気味の言葉に、アイコは、艶然と微笑む。
「ルーパス・チームが、敢えて、スプリント・セッションの1位を狙う理由は『みんなが期待してるから』だったよね」
「ええ……」
「きっと、誰よりも強く期待を抱いてるのが、このあたし……ってことだよね」
「ええ……」
「ってことは、やるっきゃないか」
「やりますか?同時アタック?」
「みんなが、それを望んでるなら……テルシとユキに伝えなくっちゃ」
アイコは、コックピットで、燃料の補給を受けながら、くつろいでいる、パイロットのテルシとナビゲータのユキに話しかける。
「テルシ……今のサットン・チームのタイムアタックの結果が、どうであっても、ゴールと同時に、発進してくれる?もう、作戦を伏せる必要はないから、2周目突入の時は、ダミーのタイムアタックスイッチを押さなくていいよ」
『りょうかい!!』
テルシの明るく溌剌とした声が響く。
「ユキも、よろしく」
『う~ん、どうしよっかなぁ』
「だめなの?」
『とりあえず、今のとこ1位なわけじゃない』
「それは、そうだけど」
『だったら、抜かれた時に考えればいいんじゃないかな?もう、うちは、タイムアタック2回やっちゃってるんだからさ』
「じゃ、サットン・チームにタイムを更新されたらってことで……いい?」
『それなら、しょうがないか……でも、負けるの前提ってのが、ユキとしては、抵抗あるんだけどなぁ』
「イチロウ……どう?疲れたんじゃない?」
エリナが、改造する手を休めて、イチロウの傍まで近寄って来て尋ねる。
「みんなが、こんなに頑張ってるんだから、俺だけ疲れたなんて言ってられないだろ」
「って言うことは、疲れたって言ってるのと一緒なんだよ」
「そうか?でも、エリナは嬉しそうだ」
「今回は、もっと楽に勝てるって思っていたんだけど……みんな凄いから、嬉しいというか、とても楽しい」
「お姉さま……この改造で、ブルーヘブンズチームを躱すことはできますか?」
「ハルナが頑張ってくれてるから……負けるわけないって確信してるよ」
「でも、さっきの周回は、ハルナは何もしてないよ……イチロウは、いっぱい頑張ってくれたけど」
「ハルナとイチロウの、おしゃべり、ずっと聞いてたんだよ……ハルナは、ちゃんとイチロウの100%を引き出してくれていた」
「もう……お姉さまったら……そういう褒め言葉は、このスプリントで1位になった時、もう1回言ってください」
ハルナは、照れくさそうに、下を向いて、小さくつぶやく。
「でも、今回は、相手が悪かった……だから、ハルナの120%が必要になったの」
「ハルナの120%と、お姉さまの120%ですよね……正確には……」
「うん……そうだね」
「ブルーヘブンズってチーム、お姉さまは、知ってらしたんですか?」
「まったく、ノーマーク……」
「ですよね」
「イチロウの参戦に合わせて出てきたってことは、イチロウの知り合いなのは間違いないけど」
「俺に心あたりは、まったくないんだけど」
イチロウは、釈然としない表情で、エリナに視線を合わせる。
「サエちゃんも、ブルーヘブンズの情報に関しては、あまり詳しくは知らないって言ってたから……」
「うん……そうなんだよね。もっとも、ウミとサエが勤めてるスコール・イーマックス社は、ゲーム制作の専門会社だから、あの手のチームの情報には疎いんだよね」
3人の傍近くにやってきたサエが、明るい声で、そう説明する。
「とりあえず、あたしたちでできることは、全部やっといたから、後は、ハルナさんの腕次第、がんばってね」
「うん……サエちゃん、ありがとう」
ハルナが、目を細めて、感謝の言葉を口にしながら、サエに優しく微笑みかける。
「ウミも、いっぱい頑張ったんだよ」
「うん……ウミちゃん、ありがとう」
「エリナさん……万全の仕上がりだけど、最終チェックを、お願いします」
「そうね……じゃ、最終チェック終わったら、後は、ハルナとイチロウの腕次第……すぐに、乗れるようにしておいてね……5分で戻ってくるから」
ウミとサエを、その場に残し、エリナは、Zカスタムの最終チェックをするために、ハンガーへ戻っていった。
チアキとキサキが操るプラチナ・リリィは、明らかに1回目のタイムアタックとは異なるパフォーマンスで、加速周回に挑んでいるのがわかった。既に、第三ゲート付近で、トップスピードに近い速度まで加速することに成功しているのだ。
『サットン・チームの機体は、既に、130kmを超えるスピードを出しています。このペースで、加速を続けたら、1周した時点で、いったいどれだけの速度を得ることになるのでしょうか?』
フルダチの興奮した実況が、その場にいた全員の耳に届く。
『いえ……あの加速をスタートラインまで維持するのは不可能ですよ。むしろ、パイロットの身体の負担を考えたら、急加速で、早い段階での最高速度を得るよりも、きっちりと1周をバランスよく使って、最高速度に乗せるほうが、タイムアタックの時の機体コントロールに専念できるはずなんです』
『では、あの急加速の意味は、なんなのでしょうか?』
『おそらく、威嚇でしょうね』
『威嚇ですか?』
『間違いなく、ブルーヘブンズチームへの威嚇ですね。ブルーヘブンズチームは、加速性能は決して良くはない……実際に、1周だけで、最高速度に乗せることはできない機体なんです……お前たちには作れないタイプの機体を、私たちは作り上げることができるんだという、強い意志による威嚇ですね』
『ルーパスチームは眼中になしということですか?』
『もちろん、ルーパスチームへの威嚇という意味も含まれています。ただ、ルーパスチームは、この挑発には乗らないでしょう』
『それは、どういう意味ですか?』
『メイン・メカニックのエリナという人物の性格が、おっとり型だからですよ……絶対に、安っぽい挑発に乗ることはありません』
「だそうですよ……お姉さま」
全てのメンテナンスと改造を終えたZカスタムのコックピットに、しっかりと納まったハルナが、コックピットを覗き込んで、細かいアドバイスを告げるエリナに微苦笑しながら、小首を傾げる。
「ハルナのカレシも、意外とわかってないね……あたしが、おっとり型なのは、ハルナと知り合う前のことだって、今度会ったら、ちゃんと言っといてよね」
「はい……でも、今のハルナのカレシは、イチロウです。お姉さま。キスもされちゃったし」
「そのことは、知ってるから」
エリナは、あっさりと言う。
「イチロウのことは、あたしが誰よりもよく知ってるから……ちゃんと憶えておいてね。イチロウも、セイラさんとのことを隠す必要とかないから……もしかしたら、あの子の力も最後は必要になるし……」
「ミユイが、なにか言ったのか?」
「11年だよ……それだけ、イチロウを、ずっと見てきたんだから、イチロウが、誰を好きかなんて、すぐにわかっちゃうんだから」
「鎌をかけてるわけじゃないよな」
「あたしの想いは、ハルナにも、セイラさんにも負けないんだから……だから、ハルナ」
「はい!!」
エリナの力強い呼びかけに、ハルナは、背筋をピンと伸ばして、エリナの瞳に視線をロックさせる。
力強い返事を返した後のハルナは、微動だにせず、エリナのきつい表情が和らぐまでの、一瞬間、凍りついたように押し黙った。
「このスプリントで、1番になったら、あたしより先にイチロウにキスしたことは許してあげます」
「ハルナがしたんじゃないのに?」
「ハルナが、誘ったからイチロウが、その気になったんでしょう?」
「……その通りです」
「だから、勝ったら許してあげます」
「勝てなかったら?」
「ルーパスから追い出します」
「わかりました……絶対、勝ちます」
「よろしい……がんばってね。イチロウも」
「行ってきます」
ハルナの瞳が輝く。
「しょっぱなから、目いっぱい、全力全開でいいんだよな、エリナ」
イチロウが拳を固める。
「うん」
イチロウの拳に合わせるように、エリナが、両手でガッツポーズを取る。
充分な整備を施し、ハルナとイチロウ……2人のやる気をコックピットに収めたZカスタムは、ブシランチャーのカタパルトデッキに向けて、パドックから、高速で送り出されて行った。
「お姉ちゃん……」
『無茶をさせてるのは、わかってるけど、ここまでやらないと、あいつらに勝てないよ』
プラチナ・リリィのコックピットとパドックのコントロールルームの間で、チアキは、クルミに、尋常ではない加速で身体がバラバラになりそうな感覚を訴えかけようとしたが、クルミの強い意思は、チアキの泣き言を聞き入れはしなかった。
『このタイムアタックで、結果を出せなかったら、あと3回、何をやっても無理だと思いなよ』
「正直言って、エリナちゃんを恨むよ」
「うん……こんなじゃじゃ馬にチューニングしちゃうなんてね」
チアキが泣き言を言いたくなる気持ちを、キサキも同様に感じていた。
『これ1発かましたら、もう、今日はスプリントには出さないから』
146.6km/秒を公式速度計が表示させた時、プラチナ・リリィの加速が止まった。
「お姉ちゃん……これ以上加速したら、燃料切れになっちゃうよ」
リミッターがかかり、1周目の第6ゲートで、ついに、プラチナ・リリィは、この周回で出し得る最高速度に達してしまったのである。
『後は、運を天に任せるしかないか』
「とにかく、次のタイムアタックで、このスピードを維持できるように細心のマシン・コントロールをよろしく頼むよ」
『あいつらが、5分3秒台に乗せてくるようなら、いい勝負ってことか……このタイムを見て諦めてくれるほどには、優しい連中じゃないんだろうな』