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届け物は優勝杯  作者: 新井 富雄
第7章 スプリント
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-27-

 ブシランチャー2号機3番デッキから解き放たれた、Zカスタムは、その折りたたみ式のスラスター・ウィングパーツを全開にして最初のレインボーゲートに進路を取る。

タイムアタックは、この加速周回を終えた、次の周回でやることを、決めている。

既に、70機以上の機体が、レインボーゲートを目指して、ブシランチャーを飛び立っているため、イチロウとハルナの視界には、多くのミニ・クルーザーのバックファイヤの煌めきが、映っている。

メイン・バーニアで加速しながら、展開したスラスターユニットを駆使した高速フライトで、しっかりと姿勢を制御しながら、遅い機体を、次々とかわしていくZカスタム。

ステアリングホイール型の、操縦桿を手にしているのは、もちろん、メイン・パイロットを務めるイチロウ。

ハルナも、前を飛ぶ機体を、しっかりとチェックしていく。

いつもの配送時のフライトでは、イチロウお気に入りの音楽を流しているメイン・スピーカーではあるが、今回は、しっかりと、エリナとの通常通信の音声を途切れさせないように設定されている。

『とりあえず、順調・・・このまま、143kmまでは加速してね・・・スタートの合図は、こっちでタイミングを計るから』

「今、先頭を飛んでるチームは、わかりますか?」

『まだ、どのチームも加速中だから、団子状態かな・・・あ・・・やっぱりかぁ』

「どこ?ジュピターアイランド?」

『ビンゴ!!前回も7位のチームだしね・・・機体のサイズも大きいし、トップで発進して、独走状態だよ』

 ハルナは、Zカスタムのサブスピーカーのスイッチをオン状態にする。

チューニングは済ませているため、レースの状況を伝える実況放送を聞くことができる。

果たして、サブスピーカーから流れ出した、聞き覚えのある特徴的な声が、ハルナとイチロウの耳に届く。

「フルダチさん・・・普段、決勝しか実況しないのに」

『レインボーゲート・・・トップ通過は、やっぱり、このチームです・・・

 前回3月金星ステージでは、7位フィニッシュを果たしたジュピターアイランド・チームのトラナガ・ナカノとリョウヘイ・ミチガミのタイガー&ドラゴンコンビ

予選組からとはいえ、このパフォーマンスは、落ちてないですねぇ・・・解説のイマノミヤさん、どうですか・・・このチームのスプリントセッションの通過は、間違いないと言えませんか?』

『事前の公式練習の記録を見る限り、120kmを超えるスピードを達成しているのは、このジュピターアイランドの他、4チームですからね。スプリントセッションで、この4チームが勝ち抜けとなるのは、間違いないでしょうね』

『確かに、公式練習の時のパフォーマンスを維持できていれば、万が一にも、取りこぼしなどするはずないのですが・・・でも、このタイムアタックは、もう一つ、見どころがありますよね』

『そうですね・・・順位が重要です。この後のラッキーセッション、耐久セッションを勝ち抜けることが条件ではありますが、このスプリントの順位が、そのまま、決勝レースでのポジションになりますからね』

『はい・・・説明に力が入ってしまいましたが、第1ゲートの通過順位は、有力候補チームが続々と高順位で通過していきます』

「イチロウ・・・姿勢の制御はOKね・・・第1ゲート突破行くよ・・・色は、どこでもいいから、好きなところを、ぶち破ってね」

「了解!!まずは、チームカラーの緑を狙っていくことにするよ」

「そういえば、なんで、チームカラーを緑にしたんだっけ?セイラのラッキーカラーだから?」

「セイラは、ライム・グリーンだろ。決め手は、エメラルド・バルディッシュを気に入ったからだ・・・言わなかったっけ」

「知ってて聞きました・・・ハルナは、ピンクにしてほしかったんだよ」

「ちゃんと、最後は、公平にじゃんけんで決めたじゃないか・・・今更、蒸し返すなよ」

「あ~あ、ほんとに、女に遠慮がないよね・・・このオオカミくんは」

『二人とも、無駄口叩かないで、ゲート未通過は、ペナルティだから・・・慎重にね。この際、色はどこでも一緒なんだから』

 呆れ声のエリナの声が、コックピットに伝わる。

『今、イチロウ・タカシマとハルナ・カドクラ・・・シティ・ウルフとピンク・ルージュの操るルーパス・チームが、第一ゲートを通過していきました。通過時のスピードは、秒速60kmを示していましたね・・・さすがは、公式練習で、トップタイムをマークしている機体です・・・ちなみに、ブックメーカーによる賭け率も、このチームがダントツになっています』

『ブックメーカーの情報サイトでは、詳細がアップされていますからね・・・突如、参戦が決定したスバルの秘蔵っ子と称される・・・エントリー名ピンク・ルージュ・・・ハルナ・カドクラの名前が発表された瞬間、賭け率が跳ね上がっていましたからね』

「そうなんだ・・・」

「知らなかったの?本当に、イチロウは、情報音痴なんだから」

「ハルナのスパルタ特訓のせいで、この1週間、ろくに自分の時間が持てなかったんだ・・・しょうがないだろ」

「ハルナのせい・・・って言ったね」

「言ったよ・・・事実じゃないか」

『何、喧嘩してるの?』

「喧嘩じゃないよ」

「ちょっとしたモチベーションを高めるためのおまじないみたいなものだから、お姉さまは気にしないでくださいね」

『心配だなぁ・・・ちなみに、プラチナ・リリィは、第一ゲート通過の速度が、55kmだったから、十分、トップ狙えるよ』

「それは、心配してない・・・お姉さまの作った、このZカスタム・・・絶対、トップタイムで予選通過させてみせます・・・ブックメーカーで、ハルナに賭けてくれたファンにも、儲けさせてやらなきゃいけないし」

「賭けている人のほとんどが、カドクラの関係者だったりしてな・・・」

「もちろん、そうだよ・・・儲けられるときに儲けなくってどうするの?」

「マジ?」

「当然でしょ・・・ハルナを何だと思ってるの?利益にならないことをやるわけないでしょ」

「たいした、お嬢様だ・・・」

「スバルの秘蔵っ子は、ちょっと言い過ぎだけどね・・・

 Zカスタムと渡り合った、ハルナの腕は、普通の努力だけじゃ産まれないものなんだから・・・ルージュは、いいクルーザーだけど、このZカスタムの性能に較べれば、まだまだ市販クルーザーにしか過ぎないからね・・・それで、あのバトルができるのは、本当にハルナの腕だからなんだよ」

「わかってるって」


『第2ゲートをトップ通過したのは、やっぱり、ジュピターアイランド・・・第1ゲートから第2ゲートに至るまでの、所要時間は、なんと1分15秒・・・既に80kmのスピードに達しております』

「ナカノさんたちも頑張ってる・・・とにかく、追いつこう」

 イチロウも、Zカスタムのスピードメータに眼をやる。バーニアの出力を最大にして加速した結果、Zカスタムのスピードメータは、82kmという数値を示していた。

「エリナ・・・追いつくのは、どのあたりになる?」

『第4ゲートで追い抜けるはず・・・そしたら、トップだよ・・・イチロウ・・・がんばってね』

「この80機、全機でゲート通過していくのは壮観だなぁ・・・」

「そうだよね・・・この時間・・・特に、地球でのレースの場合は、地上からも、レースを望遠鏡で見ることができるから・・・もっとも、このレースが好きな人のほとんどは、生中継映像を見てるはずだけどね」

『少し、抑えてもいいよ・・・あまり目立つのは、ちょっと心配だから』

「心配無用ですよ・・・お姉さま。それに、ブックメーカーで儲けるためには、ここで一位通過しないといけないんです。初めから、全開でいきますよ」

『ハルナ・・・ごめん・・・たぶん、このスプリント・・・ジュピターはともかく・・・サットンのプラチナ・リリィがトップタイムになると思う』

「嘘・・・」

「ほんとにごめん・・・あたしが悪い・・・調子に乗っていじりすぎちゃった」

『第3ゲートをトップ通過したのは、やっぱりジュピターアイランドチーム・・・しかし、この機体に肉薄する機体があります。中団から、なんとトップツーの位置に躍り出たのは、サットン・サービス・チームの女子パイロット二人組・・・かねてから、そのポテンシャルの高さには定評がありましたが、ここにきて、全開全速力の超スピードで、ジュピターのタイガー&ドラゴンを射程に捉えたのは、サットン・サービスチームの、チアキ・ニカイドーと、キサキ・クロサワ・・・サウザンド・サニー・ムーンとブラック・エンプレスの女子ペアです・・・なんと、公式のスピードメーターでは、この時点で90kmを示しています』

『凄いですね・・・公式練習でも・・・100kmそこそこの記録しか残してなかった機体ですから・・・この1週間で、いったい、どんなチューニングをしたら、こんなふざけたタイムをたたき出すことができるのでしょうか?』

 フルダチの実況をイマノミヤの解説がフォローする。

『今、公式のスピードメータ情報では、トップが、このサニームーン&エンプレスのサットン・チームの92km・・・続いて、ジュピターの82km。なんと既に、10kmものスピード差が出ています・・・いえ・・・間に、もう1機・・・ブックメーカーでトップ人気のルーパスチーム・・・ウルフ&ルージュが、この時点で、89kmというスピードをたたき出していました』

『問題は、燃費ですね・・・固形燃料を、目いっぱい積んでるとは限りませんから・・・この加速周回でトップスピードに乗せた後、姿勢制御だけでも、相当の燃料消費があります・・・ガス欠で、コース離脱してしまうようでは困ります・・・メカニックは、どのように作戦を立てているのか』

『公式の燃料メータが搭載できないというのが、もどかしいところですね』

『それが、この予選の作戦の根幹と言ってもいいでしょう・・・燃料ユニットは、全てセパレート式ですから、レース後車検での重量検査にならないと、実際に積まれた燃料の量は判断できないんです』

『ピットレポートのイツキノさん・・・そのあたりの情報は拾えていますか?』

『はい・・・ピットレポートのイツキノです・・・今、わたしは、サットンサービスチームのパドック・・・コントロールルームに来ています』

「ようやく・・・ヒトミコちゃん登場だね」

『スタッフからの情報ですが・・・サットンサービスチームは、スタート時に120ユニットの燃料を積み込んでいるそうです』

『けっこう、多めに積んでいますね』

『はい・・・初めのタイムアタックは、確実に、トップ32に残れるためと、こっちのスタッフは言っています』

「120ユニットだって・・・」

『さきほど、ジュピターチームに聞いたのですが、ジュピターは、100ユニット積んだそうです』

『ルーパス・チームの情報は入っていますか?』

『ルーパス・チームは、秘密・・・とのことです・・・』

『秘密ですか?』

『そこを聞き出すのが、イツキノさんの仕事です・・・がんばってください』

『はい・・・がんばります』

「教えてあげればいいのにね・・・」

「たぶん、エリナが面倒臭くなっただけじゃないか」

『別に・・・今、教える必要はないでしょ』

「そうだけど・・・やっぱり、サットン凄いね・・・120ユニット積んで、あのスピードありえないよ」

「とりあえず、こっちは、まだ80ユニット残ってるわけだし・・・勝負にならないこともないと思うけど」

「次の周回のタイムアタック・・・サットンが、どういうコース取りをするのか見ものだね」

『イツキノさん・・・レポートありがとうございます。また、新しい情報が入りましたら、放送席を呼んでください』

『はい・・・がんばります』

『ところで、イマノミヤさん・・・120ユニットで、あのスピードを叩きだしているということは、燃料消費が毎分10ユニットとしても、12分で120ユニット全てを消費する計算になります・・・スピード重視のセッティングをしている場合、燃料を使い果たす限界まで、1周めを飛ぶことになりますが・・・このあたりの燃費性能は情報をつかんでいましたか?』

『タイムアタックの周回では、基本的に加速の必要はないわけですから、加速周回で、全ユニットを使い切るのが理想なんです・・

1周するための姿勢制御用に10ユニットも残していれば、20回スラスターを噴射したとしても、十分コース1周は可能なんです・・・オリジナルの機体の場合、どうしても燃費性能は、その格差が大きいため、容易に予測することはできないですが・・・解説者としては恥ずかしい限りですが、飛び切ってみないと、なんとも解説できないです』

『そうですね・・・サットン・チームも、ルーパス・チームも、今回が初参戦・・・前回、出場していれば、予測もしやすいですが・・・まずは、成り行きを見守りましょう。

 加速が、どこまで続くか・・・加速周回のメイン・バーニアの噴射が、どれくらい続くのか・・・これで、第7ゲートあたりで秒速140kmとかまでスピードが上がるようなら、過去の記録にない、すごいタイムアタックの結果が出るはずですよ』

『ですね・・・この1周・・・期待して見てみましょう』

「エリナ・・・どうする、少し、スピードを抑えて、様子見るか?秘密にしたいんだろう?」

『いえ・・・このままで、安全に20ユニット残しで、加速周回は終わらせよう・・・ハルナ・・・本当に、トップ取りたいの?』

「取りたいです・・・

 絶対・・・応援してくれるみんなに、儲けさせてあげたいってのもあるんだけど・・・」

『負けたくないよね』

「はい・・・負けたくないです・・・お姉さま」

『このままじゃ、勝てないから・・・このタイムアタックは、予定通り143kmの最高速度で、消化させてちょうだい・・・それで、充分、8位以内は確保できるから』

「どうするつもりですか?」

『現時点で負けてるんなら、進化させればいいだけのこと・・・30分だけ、あたしに時間をちょうだい』

 ルーパス号のパドックが慌ただしく動き出したことを察知したブシテレビ・アナウンサーのピットレポート担当・・・ヒトミコは、再度、ルーパスチームの取材に現れた。

「ピットレポートのイツキノです。今、わたしは、ルーパスチームのパドックにやってきています。どうやら、1回目のタイムアタック後、パドックで、機体の整備をする準備をし始めたようです」


「あたしたちで手伝えることがあったら、遠慮なく言ってください・・・何でもしますよ・・・エリナさん」

 エリナのコントロール用ユニットに張り付くようにして成り行きを見守っていたウミとサエの二人は、恐る恐る、ピリピリとした雰囲気を醸し出しているエリナに尋ねた。

「ありがとう・・・さっきは邪見にしちゃってごめんね。

 でも、ミリーが自慢するだけあって、制御系プログラムの知識も大したものだってわかりました。だから、あなたたちが来てくれたので、この作戦が試せます・・・でも、やってもらうのは、このピットに、Zカスタムが戻って来てから・・・あたしは、この後のタイムアタックに、今は、全力で当たりますから・・・どうしても、2位は死守したいの。

 タイムアタック後のクールダウンの周回になったら、作戦打ち合わせをします」

「こちらこそ、ありがとうです・・・天才は天才を知る・・・ですね。全力でサポートします」

「ウミちゃん、サエちゃん・・・今、エリナは忙しいから、こっちでできることは、やっておこう」

 ミリーが、ウミとサエの肩を叩いて、情報収集用のモニターに、3人で移動を始める。

「あたしで役に立つことがあるかな?」

 キリエは、ミリーに声をかける。

「とりあえず、キリエは、ギンと一緒にそのアナウンサーさんの相手をしといてもらえると、とっても助かる・・・エリナの邪魔をさせたくないから・・・ギンもよろしくね・・・女の子の扱いは得意でしょ」

「了解・・・」

『ちょ・・・ミリー、それは誤解だよ』

「マジレスしないの・・・でも、不得意でも言い訳は聞かないよ・・・よろしくね」

『わかったよ』

「こっちの情報は、全て教えちゃってもいいから、変に誤魔化すより、やりやすいでしょ」

「まぁね」

『了解』

「パパとソランは、イチロウとハルナが戻ってきたら、軽くマッサージしてあげてくれるとうれしいかも・・・きっと、エリナのことだから、相当、パイロットの負担になる作戦を考えてるはずだから」

「なるほど・・・じゃ、俺が、ハルナちゃんを担当するよ」

 ソランが、即答する。

「足を中心に入念にお願い・・・パパは、イチロウを、よろしくね」

「わかった・・・」

「ウミちゃんは・・・、とにかく、サットンチームの情報分析をお願い・・・最終的には、秒以下の単位で勝負がつくはずだから・・・特に、今の時点で、どれだけのポテンシャルがあるかの予測をしといて

 サエちゃんは、他に、ポテンシャルを持ったチームがないか、この1周めと、次のタイムアタックの周回の全体的な情報分析をよろしく・・・

サットン・チームを超えるチームがないことを祈ってるけど・・・ラストまで力を隠していそうなチームもあるかもしれないから、特に、情報の乏しい、新規参戦の25チーム全部を丸裸にしてもらえると嬉しい」

「そんなことなら、朝飯前」

「エリナから要請があったら、もちろん、そっち優先で頼みます」

「うんうん・・・役に立てそうで、嬉しいよ」

「頼りにしてるから」

 ミリーが、いつもの屈託のない笑顔で、ウミとサエの二人に向けて、嬉しそうに拳を握りしめて見せる。

「絶対・・・勝とうね」

「うんうん」

「イチロウ・・・ハルナ・・・1回目のタイムアタックで、最高タイム出して、逃げ切ろうと思ったんだけど・・・ちょっと無理みたい」

『クルミさんのとこ・・・ものすごい速さだ』

「タイムアタックの周回を見てみないと、結論づけられないけど、幸い、こっちには、今、最高クラスのプログラマーがいるから、あたしじゃできない制御系に手を加える準備を始めました」

『さっきの、ウィングチームの二人ですね、お姉さま』

「そう・・・でも、この加速周回と、次のタイムアタックは、予定のとおりに飛んでほしいの」

『わかってます』

「がんばって・・・予定通り・・・この周回で143kmまで引っ張って、タイムアタックで5分10秒くらいのタイムが出せれば、2位確保ができるし、それが可能なら、次の作戦を実行することも可能だから・・・」

『クルミさんって・・・ただものじゃなかってことなんですね』

「嫌いになった?」

『ううん・・・全然、とっても素敵に思えました』

「でも、負けたくないんでしょ」

『それは、お姉さまの妹ですから・・・負けず嫌いは、姉譲りです』

「それだけ、悪態が()ければ充分、あたしの妹の資格はありますよ・・・ハルナ」

『嬉しいです』

「がんばってね・・・ハルナ」

『はい・・・お姉さま』

 ハルナとエリナのやり取りを聞いていたイチロウのほうも、その顔は、幾分興奮気味に上気していた。

「よかったな・・・ハルナ・・・エリナが、あんなに上機嫌なのを見るのは、久しぶりだ」

「イチロウも、今までで一番、楽しそう」

「こんなに楽しいものとは思わなかった」

「危険も一杯だけどね」

「でも、撃墜とかの危険性に較べれば、まったく問題にならない」

「そうだね・・・そんなこと、思ってたんだ」

「ジュピターアイランド・・・のことを思い出したよ・・・確かに、俺たちのルーパスにビーム攻撃をしてきたのが、あいつらだ・・・」

「あの、お礼を言いたいって言ったチームのことね」

「ああ・・・」

「海賊相手に、情けは禁物だってエリナには言われていたんだけどな・・・平和な生活に慣れていたから・・・人を殺すことは、今まで、一度も考えたことなんかなかった・・・まして、殺される・・・命を狙われる立場になるなんて・・・」

「エリナ様はね・・・その自分の一生の半分以上を、イチロウを守るために費やしてるんだよ・・・それは、知ってるよね・・・ルーパス号が、ビーム砲くらいで沈まないようにしたのも、すべて、海賊や賞金稼ぎから・・・

 イチロウを守るためのことだったって・・・このことは、ハルナを含めた地球の支配層を形成する人たちは、みんな知ってることなんだよ」

『ハルナ・・・聞こえてますよ・・・恥ずかしいから、それ以上はやめて・・・操縦に専念してね』

「はい・・・お姉さま」

 第6ゲート通過時点では、完全に、サットンチームのプラチナ・リリィが、先頭を引っ張っていた。

第4ゲートと第5ゲートの間で、ジュピターチームをかわして、2位の位置に付けたZカスタムは、既にトップスピードに近い、135kmのスピードで、プラチナ・リリィを追いかけてはいたが、プラチナ・リリィの、この時点でのスピードは137kmとモニターに表示されている。

現状で追いつくことは、既に不可能と思えるタイム差となってしまっている。

これが、1周ごとに、減速を余儀なくされる本戦決勝であれば、勝負をつけるための駆け引きでどうにかする方法はあるが、トップスピードを得たクルーザーを追いかけるためには、どうしても、最高速度で、上回らなくてはならない・・・このタイムアタックは、コーナリングや、他車との接触で、スピードが減じられることのない、宇宙空間で行われているからだ。

「とりあえず、こっちも目いっぱいじゃないけど・・・あっちも、目いっぱいじゃなさそうね」

「せめて、目いっぱいでやってくれてれば、このままでもやりようはあったんだけどね」

『今、ウミちゃんが、サットンのポテンシャルの限界を弾き出してくれてるから、その数字を上回る機体改造を30分でやってみる』

「心強いよね・・・ウミちゃん・・・GDのメインプログラマーの一人だから」

「そうなのか?」

「たぶん、制御系OSの書き換えについては、イチロウが愛してるミユイさんより、正確で速いはずだよ」

「あれを上回るのか?」

「あの二人が乗ってるダブルウィング・スターファイターの性能くらいは、調べてるはずだよね・・・レギュラーチームなんだよ」

「いや・・・俺、情報音痴だから・・・」

「だそうです・・・お姉さま、聞きましたか?」

『聞きました』

「ご感想は?」

『ごめん、ノーコメント・・・っていうか、呆れて物を言う気力ないです』

「ハルナも・・・何も言えません」

『サエちゃんが、イチロウにお願いがあるそうです』

「え・・・俺に?」

『Zカスタムの質量がオーバー気味なので、パイロットの分の質量を削って欲しいって・・・なんか、切実な願いらしいよ』

「今から、減量しろってことか?」

『計算上では、イチロウの質量が15kg落ちれば、無理なく2kmの速度アップになるって言ってるから・・・やって・・・今すぐ、どんな方法でもいいから』

「エリナ・・・」

『そんな情けない声出さないの・・・無理なのはわかってるから』


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