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届け物は優勝杯  作者: 新井 富雄
第7章 スプリント
30/73

-25-

 4月10日土曜日の朝・・・ハルナは、エリナにぴったりと寄り添ったまま、エリナのベッドで眼を覚ました。

ハルナは、気づかれないように・・・起こさないように、そっと、エリナの頬にキスをする。

(今日は、がんばるからね)

 そう、聞こえないように呟いて、ハルナはベッドから身を起こす。

「イ・チ・ロ・ウ・・・?」

 エリナの口から、不意に言葉が発された。

起こさないようにと思っていたのに、起こしてしまったのではないかと不安になったハルナは、エリナの寝顔に顔を近づけてみる。

(ただの寝言か・・・ほんとうに・・・どれだけ、イチロウのことが好きなんだか・・・エリナ様ったら)

 ハルナの見ている前で、エリナの口元が変化して、とても幸せそうな笑顔になる。

(いったい、どんな素敵な夢を見ると、そういう世界で一番幸せそうな笑顔ができるんだろう?

 ハルナのキスなんですよ・・・エリナ様・・・イチロウじゃないんですからね・・・ぬか喜びしないでくださいね)

ハルナの独白が聞こえたかのように、エリナの眼が開く。

「ごきげんよう・・・エリナ様」

「あ・・・」

「よく眠れましたか?」

「おはよう・・・ハルナさん」

「もう少し、横になってていいですよ・・・起こしてしまって、申し訳ありません」

「そうか・・・イチロウにキスされた夢見てたみたい」

「エリナ様は、見る夢も素直なんですね・・・願望そのままというか」

「バカみたいかな?いよいよ予選だから・・・イチロウにがんばってもらわないと」

「好きな人の夢を見て幸せな気持ちになれるのですから、とっても、いいことだと思いますよ・・・残念ながら、ハルナの夢にイチロウは現れてくれません・・・今度、お願いしてみます・・・エリナ様だけじゃなくて、ハルナの夢にも、ちゃんと出演してくださいって」

「そうだね・・・あたしからも言っておく・・・不公平はダメだよって」

「あはは・・・冗談ですよ」

 一度起こした身体だったが、ハルナは、エリナに顔を寄せて、その身をベッドに横たえる。

「エリナ様は、ほんとうにキスの経験がないんですか?」

「うん・・・変かな?」

「変ですよ・・・17歳で、何も経験していないなんて、おかしいです」

「女としての魅力がないんだからしょうがないよ・・・ハルナの胸は大きくて羨ましい」

「分けられるなら、半分分けてあげたいです」

「うん・・・半分欲しいかも」

「では、眼をつぶってください」

「え?」

「いいから、眼をつぶっていただけませんか?」

「変なことしない?」

「変なことをするから眼をつぶっててほしいんですよ」

「じゃ・・・イヤです」

「眼をつぶってくれないなら、無理やりキスしちゃいます」

「初めてのキスはイチロウにしてもらいたいから・・・無理やりはイヤです」

 ハルナは、エリナの首の後ろに手を回して、ぎゅっと抱きしめる。

「そういう台詞は、ちゃんとイチロウに言わないと、あの鈍感オオカミは、襲ってくれませんよ」

「それは、困るよ」

「襲ってくれるのを待ってるだけじゃ、ほんとうに1年間、何もしてくれないですよ」

「そうかなぁ?」

「優勝しましょうね・・・エリナ様」

「うん・・・ハルナさんにも、がんばってもらわなきゃならないし・・・よろしくお願いします」

「はい・・・やっぱり、眼をつぶって・・・」

「イヤです・・・ファースト・キスが女の子というのは、あたしの未来予想図にないことですから」

「残念です・・・」

「明日・・・イチロウにキスしてもらえたら、ハルナさんとも・・・しちゃうかも・・・たぶん、勢いで」

「エリナ様・・・」

「おかしいですか?」

「そういうのを、医学用語で『イチロウ依存症』というのですよ」

「嘘ばっかり・・・でもね、初めにあった時、ハルナさんに、イチロウを取られるんじゃないかって、ほんとうに不安になったの・・・」

「ハルナからイチロウには、なにも言ってないんですよ。ハルナに声をかけたのは、イチロウのほうですから・・・あの時は、この人、ハルナのファンなのかって、本気で思いましたよ」

「あたしが、ナビゲータ・ナビゲータって、ずっとプレッシャーかけてたから・・・」

「そうみたいですね・・・でも、ほんとうに・・・ナビゲータを探していただけだったんですね・・・ハルナの誘惑に屈しなかった男の人に初めて会いました」

「イチロウは、大きい胸の女の子が好きだって、ミリーが言っていたけど」

「エリナ様も、そのうち普通サイズになりますよ・・・これから、しばらく、一緒に生活できるのですから、エリナ様がして欲しい時に、いつでもエステとマッサージをしてあげます。特に胸周りを中心に」

「ありがとう・・・エステは、とても気持ちいいです・・・

 って、今、すごく失礼なことさらりと言ったよね」

「だって、ほんとうに普通サイズに、ほど遠いですよ」

 ハルナは、自慢の胸をエリナの胸に押し付けてくる。

「わかっているけど・・・そんなにはっきり言わなくてもいいじゃないですか」

「ちゃんと、お肉をいっぱい食べて、ちゃんと運動をして、ちゃんとマッサージをすれば、形のいい胸は作れます。努力が足りませんよ、エリナ様は・・・」

「努力かぁ・・・苦手なんだよね・・・努力とか・・・一生懸命やるのとかって」

「ハルナは、いっぱい努力しています。エリナ様のような天才発明家は、仕事とか趣味で努力の必要はないと思いますけど・・・綺麗な身体を作る努力をするのは、女の義務ですよ」

「義務っていうのも好きじゃないんだ・・・」

「もう・・・なんて、わがままな、お姫様なんでしょう」

「こんな、わがまま女のこと、嫌いになっちゃった?」

「いいえ・・・ますます、好きになっちゃいました。愛しています・・・エリナお姉さま」

「お姉さまって・・・なんか変・・・姉妹じゃないし」

「いいんです・・・ハルナには、お兄様がいますが、ずっと直接会うことはなかったんです・・・できれば、女の兄弟が欲しくって・・・同い年の親友はいるけど、お姉さまと呼べる人は一人もいなくて・・・だから、この船に乗っている間は、『お姉さま』と呼ばせてください・・・できれば、ハルナのことも『ハルナ』と呼んでください」

「急に、そんなことを言われても困ります」

「そうですよね・・・ごめんなさい・・・お姉さまを困らせてしまうなんて、なんてできの悪い妹なんでしょう・・・叱ってください、お姉さま」

「叱れって・・・それって、なんか、いろいろ間違ってるよ」

「そうですか?・・・では、そろそろ起きましょうか?お姉さまの愛するイチロウくんを叩き起こしにいかないといけませんし」

「朝ご飯は、どうしょうか?」

「イチロウと一緒のほうが、お姉さまは嬉しいんですよね」

「そりゃまぁ、そうですけど」

「だったら、叩き起こして、ご飯作らせましょ・・・今のところ、イチロウは、それくらいしか役に立たないし」

「そんな・・・」

「男として、お姉さまの役に立たないんですから、執事代わりにこき使うしかありませんよ・・・行きましょ・・・お姉さま」

「あたし・・・寝巻きだから、こんな格好じゃ、出られないよ」

「誰も見ちゃいませんよ・・・それに、どうせ、お姉さまの裸を見ても、イチロウは無反応なんだし・・・」

「そんなことはないよ・・・」

 エリナは、少し顔を赤らめて小声で否定する。

「そんなことがあったの?」

「あたし・・・けっこう、部屋で裸でいることがあるから、何回か見られちゃったことはあります」

「そんな、おいしいシチュエーションで・・・あの男は何もしないんですか?」

「・・・うん・・・」

「可哀想な、お姉さま・・・では、さっさと着替えてくださいね」

 ハルナは、ハンガーに掛けてある、今日のパドック作業用のエメラルド・グリーンの少し光沢のあるミニのワンピースを、エリナに手渡した。

「ほんとうに、ツナギじゃだめなのかな?」

 がっかりとした口調で、ミニスカートをヒラヒラと振り回すエリナの問いかけに、ハルナは、苦笑する。

「可愛いですよ・・・そのワンピース。テレビ局の命令は絶対ですからね。ちゃんと従わないと、おかしなハンディキャップとかペナルティとか付けられちゃいますよ」

「それも、困るんだけど・・・」

「ちゃんと下着も、用意してありますから、はき替えてくださいね。その下着のままじゃ、視聴者にサービスし過ぎですから」

「そう?あんまり、生地が厚いのって好きじゃないんだけど」

「だったら、そのままでいいですけど・・・視聴者は、ともかく、イチロウが妙な気持になると思いますよ・・・もっとも、裸に反応しないんじゃ、そのセクシーランジェリーでも効果薄いかもしれないですけどね」

「わかった・・・はき替えるよ」

「それがいいですよ」


 朝食の席には、ルーパス号の他のクルー全員が集合していた。

「まさか・・・リンデも、今日来るって聞いていなかったから・・・」

 ハルナに手を引かれて食堂にやってきたエリナは、戸惑いながら、弁明を始めようとした。

「なぁに・・・あたしがいると、まずいことでもやらかそうっていうの?」

「そうじゃないけど・・・」

「だいたい、そちらのハルナさん・・・?カドクラホテルの次期社長なんでしょ・・・なんで、ちゃんと紹介しないのかな?

 ミリーも、なんで、ちゃんと紹介しないわけ?

ゲームで、しょっちゅうミッションやってるじゃない・・・とかいうのは、やめてよね。リアルで会うのは初めてなんだから。

練習もいいけど・・・あたしがいる第3恒星系に来る用事をつくることくらい訳ないでしょ」

「あの・・・リンデさんですよね・・・超一流教育指導士の・・・」

「あたしのことは知ってるんだ・・・へぇ」

「もちろんです・・・わたしの母は、ライラなんです・・・よくリンデさんのこと聞かされました・・・」

「ライラが?あなたの教育指導士?」

「はい・・・意外ですか?もっとも、ライラの子供達の中では、どっちかというとできの悪いほうなので・・・」

「そんなことないですよ・・・ライラが、よく言っていました。手は掛かるけど、ほんとうに努力家のハルナという娘がいるって・・・あなたのことだったんですね」

「そんな・・・できが悪いから、たくさん練習しないといけないだけなんです」

「努力家というから、もっと地味な子かと思ってたけど・・・・」

「はい・・・ピンクは、わたしのラッキーカラーなので、ぜったい外出する時はピンクなんです・・・眼は、産まれてから、ずっと、このままでコンタクトレンズではありません」

「珍しいピンクの虹彩・・・何人か思い出せるけど、あなたの母親って・・・」

「ずっと、父と兄と暮らしています・・・実の母とは面識はないのです」

「そうか・・・まぁ、あの子らしいと言えばあの子らしいか」

「実の母のこと・・・わたしも噂には聞いていますが、リンデさんも知っているんですか?」

「まぁね・・・ピンクの虹彩の女性は多くないですからね」

「あの・・・エリナ様のこと、悪く言わないでいただけますか・・・今回、練習を毎日やりたいって言ったのは、わたしなので・・・エリナ様も、配送のお仕事を休みたくないっておっしゃったのですが、太陽系内の地球圏で仕事しましょうと提案したのは、わたしなのです」

「ずいぶん、はっきり言うのね」

「エリナ様を許していただけますか?」

「しょうがないね・・・座っていいよ・・・食事にしましょう」

「ありがとうございます」

 ハルナが、リンデの言葉に促され、席に着き、続いてエリナも、腰を下ろした。

「そういえば、イチロウ宛に、預かっていたものがあるんだけど、今のうちに渡しておいたほうがいいよね」

「何でしょうか?」

「3つとも『ラヴラヴハート便』っていうのが、ちょっと引っかかるんだけど、あ・・1個は、送り主が、あたしのとこに、直接持ってきたから・・・まずこれが、そのマリーメイヤ・セイラさんからのプレゼント」

 リンデがイチロウに手渡したのは、1枚のCDが入ったケースだった。

「後は、地球から昨夜届いたらしい」

 続けて、リンデがイチロウに手渡したのは、ちょっと大きめの衣装ケースくらいの箱と、ビデオディスクが入ったディスクケースだった。

 それぞれの差出人は、衣装ケースのほうが、『ミナト・アスカワ』で、ディスクケースのほうが、『ユーコ・ハットリ』となっていた。

「たった一日の地球への小旅行で、何人の女をナンパしてきたんだか知らないけど・・・ほどほどにしておいたほうがいいと思うけどね」

「あの3人が、それぞれ別々にイチロウに誕生日プレゼントを送ってくるなんて」

 ハルナが、イチロウの傍に近寄り、届けられた3つのプレゼントを見つめる。

「誕生日だったら、明日なんだから、期日指定するなら、明日だよな」

「今日のレースに使えるものかも知れないよ、ここで開けてみて」

「そうだな・・・ハルナが、そう言うなら」

 まず、イチロウが包装を解いたのは、セイラが送ってきたCDだった。

『ハッピーバースディ・・・レースが終わったら、聞いてください Saylla』

「曲名は書いていないけど・・・大体、察しはつくよ、応援ソングを贈りたいって・・・セイラさんから相談があった・・・そうか、リンデさんに届けてくれたんだ」

「ユーコのは、きっと、自分のフィギュアスケートと体操選手時代の演技集だと思うよ・・・この前、聞かれたから・・・イチロウが誕生日にもらって喜ぶものって何かなぁとか無邪気に聞いてきたから、イチロウが、ユーコの体操の演技に釘付けになってたこと話しておいたの・・・あと、そのミナトさんのは?」

 ミナトが送ってきた衣装ケースには、エメラルド・グリーンを基調としたパイロットスーツが2着と、真新しく作られた大きめの旗が1枚詰め込まれていた。

「よく、ルーパスチームが、エメラルド・グリーンをチームカラーに使うって予測できたよね・・・さすがミナトさん・・・イチロウの採寸をしていたから、なにかを作るつもりなんだろうって、なんとなく予測はできたけどね」

「ハルナの分も・・・」

「そうだね・・・ハルナのは、とんでもなく薄い素材で作ってある・・・、これじゃ、身体のラインが全部、丸わかりだよ」

「でも、その素材なら、軽量化に持ってこいだよ・・・一番、頭を痛めていたことなんだ・・・あたしの作るパイロットスーツは、実用一点張りだから、軽量化とか、一切考えてなかったし・・・イチロウのも、身体のラインこそ強調されないけど、ちゃんとエアクッションで気密性は、最高クラスに仕立てられてるよ」

「凄いってことは、俺にもわかる・・・とんでもない軽さだ」

「うん・・・これ以上は望めないね」

「後は、この旗だね・・・イチロウは、この旗の意味知ってる?」

「Z旗だ・・・確か、背水の陣・・・Zカスタムのオリジナル・・・ダットサン240Zのシンボルだ・・・」

「Zカスタムに付けるわけにいかないから、パドックの壁に張り付けようね」


 日産製自家用車「フェアレディZ」をベースに改造した宇宙用ミニ・クルーザー「Zカスタム」に乗り込んだイチロウとハルナ・・・そして、エリナを含め、ルーパス号のクルーを乗せた10人乗りシャトルタイプの輸送クルーザーが、ブシランチャー2号機のパドックに乗り込んだ時には、もう、80組の予選参加チームのほとんどが、機体の搬入を済ませていた。

「ちょっと遅れちゃったね・・・イチロウは緊張してる?」

 ナビゲータシートのハルナが、イチロウに問いかける。

「ああ・・・めちゃくちゃ緊張してる」

「もう、順番とか決まってるんだよね」

「ああ・・・でも、とりあえず、8時のブリーフィングに参加しないといけないから」

「ハルナも、柄にもなく緊張してる」

 パドックハンガーにZカスタムを固定させた後で二人は、揃って機体の外に出た。

エリナが、二人が降りてくるのを待っているのがわかった。

「お姉さま・・・お待たせしました」

「ちょっと早いけど、遅れるとペナルティだから、とっとと、ブリーフィング会場に行きましょう」

「はい・・・お姉さま。

 イチロウも、道に迷わないように、しっかり付いてきてね」

「いつの間にか・・・ずいぶん仲がよくなったみたいだな」

「そんなことないよ・・・ハルナが、お姉さまを尊敬してるのは、ずっと昔からだもん・・・」

「しゃべり方まで、エリナを真似なくてもいいのに・・・」

「いいの、いいの・・・イチロウにはセイラがいるじゃない・・・()かないの」


 ブリーフィングルームに入ると、既に、エリナとは馴染みとなっているサットン・サービスのキサキ、チアキ、クルミも来ていて、さっそく、エリナに話しかけてきた。

「昨夜は、よく眠れたかな?エリナちゃん」

 クルミが、エリナの肩を軽く叩いて、にっこりと微笑む。

「はい・・・よく眠れました・・・今日は、負けませんよ」

「明日は勝つ自信がないが、今日のスプリントセッションは、絶対、うちらが勝てる・・・エリナちゃんのお陰だよ」

「あたしたちのZカスタムも、あの後、ちゃんと高速設定に切り替えましたから、プラチナ・リリィといい勝負できるはずです。月のお店で譲っていただいた、パーツの組み込みも完璧です・・・こちらこそ、あんな高性能のパーツをタダでもらっちゃって、ほんとうに感謝してます」

「役に立ったのなら、ナニヨリだ」

「あ・・・紹介まだでしたよね」

 エリナが、後ろにいるイチロウとハルナを振り返る。

「ハルナちゃんと、オオカミくんだよね・・狩人のミルクだ・・・先週は、楽しかったよ・・・このレースが終わったら、また一緒に飲もう」

「ミルクさんですか・・・なんか、印象全然違うんですね」

 ハルナが、手を差し伸べる。

「あのキャラは、一番胸のパーツをでかくしてたからな」

「胸のパーツって・・・」

「ハルナちゃんの胸は大きくて羨ましい」

 ハルナと軽い握手を交わしたクルミは、その握手した手で、パイロットスーツで強調されたハルナの胸を、つんつんと突いた。

慌てて、ハルナが胸元を手で押さえる。

「触りましたね・・・まだ、イチロウにも触られたことないのに・・・」

「それだけ、身体のラインを強調させていたら、触ってくれって言ってるようなものだと思うじゃないか・・・まぁ、ちょっとした社交辞令だ」

 そして、クルミは、イチロウに握手を求める。

「先週は、お世話になりました。あの時、戦士をやってたイチロウです」

「少しは、レベル上がってるかな?」

「今週は、ずっと、このハルナと練習を続けていたので、GDのほうは、さっぱりです」

「じゃ、明日のレースの後で、遊ぼうか?」

「ミルクさんはタフですね・・・いいですよ」

「明日は、無理です・・・ごめんなさい・・・クルミさん・・・明日勝ったら、祝勝会を草津温泉でやるんです。負けても残念会を、やっぱり草津温泉でやることになってるので、ゲームをするのは無理だと思います」

「へぇ・・・奇遇だ・・・あたし達も、明日は、草津温泉に呼ばれてる・・・デブリ除去のご褒美らしい・・・オータ(ケアル)のオータケ会長から・・・直々に誘われてるので、断れないよ・・・もっとも、そのホテルには、ゲームができる温泉があるらしいから・・・全裸でゲームも悪くないんじゃないかと思ってね」

「オータケ会長からの誘いということは・・・草津のスノーテルメ・クサツ?」

「そうだよ・・・もしかして、カドクラの?・・・」

「はい、ハルナの父が経営してるホテルです。温泉ももちろんあるし、温泉プールやログハウスもあるんです・・・今なら専用ゲレンデも、宿泊者は滑り放題」

「じゃ・・・ハルナちゃんの、その大きなバストを生で拝めるってことか・・・こいつは、がぜん、やる気が出てきた」

 クルミは、もう一度ハルナの胸に手を伸ばすが、ハルナは、間一髪その攻撃をかわす。

「二度はやらせません・・・ハルナはアムロくんみたいに回避能力低くないですから」

「回避能力は、太陽系レースの決勝に不可欠だね・・・一応、紹介しておこう・・・こっちが、チアキで、そっちがキサキだ・・・パイロットスキルに大差はないが、チアキのほうが、メインパイロットでエントリーしてる」

 ハルナは、チアキとキサキにも、握手を求める。

「噂のハルナちゃんだね・・・お手柔らかに・・・」

 キサキがまず、握手に応じる。

「一緒に、明日の決勝を戦おうね」

「はい!!」

 チアキの元気の良い声に、ハルナも、最大限の笑顔で返事をする。


「そろそろ始まるみたいだ」

 イチロウが、そっと、みんなに聞こえる声で囁いた。

盛り上がりかけたサットン・サービス・チームとのコミニュケーケーションだったが、ブリーフィングルームのステージ中央に、一人の大男が進み出たことにイチロウのほか、何人かが気づいたからだ。

「もう、そんな時間か・・・」

 クルミたちも、ステージ中央に注目する。

 まだ、ブリーフィング予定時刻まで10分ほどあったのだが、予選に参加する80チームの全員が、集まったことを確認できたために、時間を繰り上げて開始したようである。

太陽系レースの主催グループは、せっかちで知られていることから、いろいろと口実を付けて、時間短縮をすることがある。

今回も、そういうことであることを参加者は知っている為、特に騒ぐこともなかった。

「太陽系レースで、共に戦う諸君・・・せっかく、全員が早い時間に集合しましたので、時間を繰り上げ・・・ブリーフィングを開始します。わたしは、ブリーフィング担当のイマノミヤです。今回は、初出場が25組ということで、主催者一同、大変、喜んでおります。下手なダンスでは、ありますが・・・不肖・・・イマノミヤ、ここで、喜びのダンスなど踊りたいくらい喜んでおります

 もちろん、踊りませんが・・・」

会場から、かすかな苦笑が漏れる。

「本当は、事前に配布したルールの説明書を見てもらえれば、事は済むのですが・・・ちゃんと読んでくれる人が、あまり多くないので、取り急ぎ、わたしのほうで、簡単に、心を込めて、朗読しとこうと思います。

質問は、回答が面倒臭いので、50くらいで打ち止めとなります。みなさん、説明の途中でもかまわないので、どんどん質問してください。

質問数が50に達したところで、ブリーフィングは終了です」

そう前置きがあったが、質問が出る雰囲気はまったくなかったので、イマノミヤは、ルール説明を開始した。

「太陽系レースの予選の目的は、まず第一番に、日曜日の決勝レースに進出するチーム8チームを選抜することです。

その8チーム選抜の為に、午前中に、スプリントセッションが、まず、全チーム参加と言う形で実施されます。よろしいでしょうか?

皆さん、ご存知のように、このスプリントセッションは、午前中の9時から12時までの3時間・・・メインコースの1周のタイムを競うタイムアタックです。

最高、5周までのタイムアタックが許されていますが、タイムアタックを開始する場合は、スタートボタンで合図をしていただきます。

合図がなくて、いいタイムが出た場合は、当然ながら記録されません。スタートボタンを押すのを、絶対に忘れないでください。

スタートボタンを押すタイミングも気を付けてください。ボタンを押したあと、3分以内に、スタートラインを通過しない場合には、計測が行えません。よろしいでしょうか?

太陽系レースのメインコースは、地表上空およそ700km地点を一周するコースとなっています。

多少、重力の影響もありますので、あまり地球に近づきすぎないように気をつけてください。

実際に飛ぶ距離は、44444km以上と決められていますので、スタートラインからスタートラインまでの1周が、この距離を下回った場合も、タイムアタック失敗となってしまいます。5回失敗すると、当然ながら、記録なしということで、次のセッションには進むことができません。

参加していただく全ての機体には、レース主催側から、スピードメーターと距離メーターが配布されます。

この距離メータを不正に修正したりすると即失格となります。くれぐれも、ズルはしないでください。

それと、スプリントセッションの場合にも地球の上空700km位置に、皆さん、ご存知のレインボーゲートという通過ポイントが設置されています。

このレインボーゲートの通過が認められないケースもタイムアタック周回とは認められません。

つまり、ゲート間を円弧を描く距離が周回コースとなっていますが、タイムアタックをする前の加速周回はゲートを直線で結ぶショートカットコースを飛ぶことが許されています。

注意していただきたいのが、加速周回であっても、必ず、レインボーゲートは通過していただきます。正規のコースであれば、コース上に、障害物となるデブリなどは一切、存在しませんが、コースを大きく外れた場合には、それらの障害物が取り除かれていない場合もあります。また、順番どおりに通過しないときは、これも安全対策無視としてペナルティとなります。

タイムアタックの場合は、円弧を描くコース取りで、規定の距離44444kmを飛ぶという戦法が予選スプリントとしては、一般的ではありますが・・・まぁ、ぶっちゃけ、そこまで厳密にはコース上にセンサーは配置しきれませんので、最低限のマナーを守ってもらえれば、十分です。

1周目は、加速が目的なので、直線コースの43570kmを飛ぶ。そして、2周目のタイムアタックでは、44444kmをロスなく飛ぶこと・・・初めて参加されるチームの方は、こんな感じで、コース取りしてもらえれば、問題なく、規定の5周を時間内で飛ぶことができると思います。

連続アタックをするなら、タイムアタック周回の最後で、ちゃんとスタートボタンを押してください。2周目でよい結果が出なければ、さらに加速して、3周めのタイムアタック・・・5周連続タイムアタックでも一向にかまいません。

ただ、燃料は、レース用の高質量高圧縮の固形燃料でありますから、余り積み過ぎても、充分な加速を得ることができないです。

実際には、許可されているタイムアタック5周をするには、最低限の燃料を積んで、加速・・・アタック・・・燃料補給でパドックに戻って、加速・アタックを5回繰り返すのがベストです」


通常・・・秒速120kmの最高速度を達成できる機体の場合、1周目で限界の120km/秒の速度を得たら、エンジンを切った慣性フライトに切り替え、2周めを平均120km/秒で飛ぶことで、およそ6分10秒ほどで、1周できる計算となる。

この年・・・2111年3月の金星周回コースでの、予選組の最高速度記録は、132km/秒で、その時のタイムアタックの最高記録タイムは、6分03秒222であった。

しかし、この機体は、耐久セッションで、エンジンがオーバーヒートしたことにより、決勝進出を果たすことができなかった。


「このスプリントセッションを通過できるのは、上位タイムを達成した32チームとなります。

次の午後1番目に実施されるのが、ラッキーセッションとなってます。

今回の4月レースでは、『ルーレットセレクト』という方法が採用されますが・・・これは、文字通り、スプリントセッションを通過した32チームを16チームに絞り込む方法として、まったく単純な、『ルーレット』を使用しています。

レースコースへ出ることなく、16回電子ルーレットを回すことで、1チームずつ次の耐久セッションへの勝ち残りを決めて行くのです。

太陽系レースは、もともとクイズ番組から進化したレースであることは、みなさん、ご存じのとおりなので、機体パフォーマンスを競う今の決勝レギュレーションとなっても、こういった運を競うセッションが残されています。実力のあるマシンを持ち込まれたチームの方たちは、理不尽に思うと思いますが、『運も実力のうち』という言葉がありますように、しっかり『運試し』をしてください。

逆に言いますと・・・まさに、マシンハンディなしの運勝負となるのです。マシンパフォーマンスに自信のないチームは、ここでこそ、実力を発揮することができます・・・とにかく、がんばってください。

もっとも、ルーレットを回すのは、番組スタッフのアシスタントディレクターか、アナウンサーの誰かです・・・買収でもする以外に、がんばる要素はないんですが・・・それでも、がんばってください」


 そこで、イマノミヤは、一度、ステージのテーブル上に載せられた、スポーツドリンクのボトルに口をつけて、喉を潤した。

「話が、長くなって、退屈された方も多くいるとは思いますが、わたしも、これが仕事ですので、一通り、説明します。

最後が、4時間耐久の耐久セッションとなります。

規定の固形燃料を眼一杯積んだ状態で、スタートし、ゲート通過を4時間繰り返し、4時間経過した時点で、一番、周回数の多いチームから順に、8チームが、決勝進出となります。

翌日の決勝戦へと駒を進めることができるのが、この8チームです。

この耐久セッションでは、規定周回というものは決められていません。

明日の決勝の模擬的なレースとなりますので、1周ごとに、ブシランチャーへのタッチダウン&ゴーが義務付けられます。もちろん、決勝と同様・・・30kmという速度制限がありますから、タッチダウンの瞬間、この制限速度をオーバーした場合には、失格にはなりませんが、1周としてはカウントされません。

そして、1位通過のチームの周回数が基準となって、順位が決定します。

この耐久セッションでは、1位チームと同一周回であることが、絶対条件となりますから、一位のチームは、他のチームと実力差が大きい場合でも、場の空気を読んで、ちゃんと8チームが決勝に残れるように、大人げないことはしないでいただけると、主催者側としては、大助かりです。

もう一度言いますが、耐久セッションで、一位となったチームが12周した場合、11周しかできていないチームは、無条件で失格となりますから、失格にならないように、失格にさせないように、しっかりと、他のチームの動きを見てレースを楽しんでください。

くれぐれも、予選勝ち残りが1チームという事態など起こらないよう、番組の盛り上げも考えて実力を発揮してください。よろしいでしょうか?」


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