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届け物は優勝杯  作者: 新井 富雄
第6章 帰艦
26/73

-21-

 日曜日の朝を迎えたルーパス号では、エリナとミリー、キリエ、そして、サットン・サービスのメカニックであるクルミが、朝食の席についていた。

「エリナは、よく眠れたみたいだな」

 キリエが、ホットサンドを口にしながら、話しかける。

「うん・・・寝るのが遅かった割には、ちゃんと熟睡できた」

「エリナは、ずるいよね」

 ミリーが、いきなり非難の言葉を口にするが、その顔は、とても穏やかな笑顔である。

「別に、ずるくないよ」

「そうかな・・・あの状況で、イチロウに『キスして』とかいうのは、やり過ぎだと思うんだけど」

「なんで?あたしはいつも、言いたい時に言いたいことを言うって決めてるだけだよ」

「少なくとも、あたしだって、イチロウをカレシにしたいって思ってるわけだし」

「そうなんだ?・・・ふ~ん」

「なによ、それ・・・あたしがまだ子供だからって思ってるんでしょ」

「だって、ミリーは、子供じゃない」

「何を張り合ってるんだ・・・エリナ」

 ミリーとエリナの他愛もないおしゃべりを黙って聞いていたキリエが、口を挟む。

「ところで、クルミさん・・・エリナが、カスタマイズした機体の調子・・・いつ確かめますか?」

 同席しているクルミに、キリエが訊ねる。

「そうだな・・・今日は日曜で、特に急ぎの仕事もないし」

「クルミさんは、スペースデブリ回収サービスの会社に勤めてるんですよね」

「ああ・・・一応、そこの社長だ」

「え?」

 エリナとミリーが驚いてクルミの顔を見る。

「社長さんだったんですか?」

「と言っても、正社員は15人くらいの小さい会社だ」

「太陽系レースのコースのデブリ除去もやってるんですよね」

「そうだよ・・・きっと、誰よりもコースコンディションを熟知しているはずだ・・・もっとも、実際には、うちの会社以外もデブリ掃除はやってるから・・・全コースってわけじゃない・・・ほんとうは、回収用の機材や、社員をもっと増やせればいいんだけど」

「昨日は、あたしは月で仕事だったんだけど・・・確か、サットン・サービスのジャンクショップもありましたよね」

「ああ・・・あそこは、うちで回収したデブリを売ってるとこだから、何か欲しいものでもあったら、昨日のお礼に、好きなもの持ってっていいよ」

 途端に、エリナの眼が輝く。

「回収したデブリ!!」

「もっとも、月のショップにあるのは、誰も引き取り手がないものばかりだから、エリナちゃんの気にいるものがあるとは思えないけど」

「行きたい!!見たい!!欲しい!!」

 行儀悪く身を乗り出すエリナに苦笑するクルミ。

「日曜は、午後だけの営業だから・・・お昼を済ませたら、行ってみる?」

「うん!!絶対行く」

「もっとも、まだ朝食も済んでないのに、昼飯の話も気が早いか・・・」

「そうだよね・・・ところで、クルミさんに、お願いがあるんですが・・・」

 なぜか、すっかりクルミに馴染んだ感じのエリナだったが、朝食そっちのけで、クルミにからみつく。

「昨日のゲームのやり方、教えてほしいんです」

「GD21かい?」

「はい・・・素人相手に教えるのは面倒くさいですか?」

「あたしも、プロじゃないから、教えるくらいは、イヤじゃないけど・・

・あたしは、よく聞いてなかったけど、例のパイロットくんとやるんじゃないのか?」

「そうなんですが・・・実は、あたし、まだ自分のキャラも持ってないんです・・・」

「あたしは、余り人に物を教えるってガラじゃないんだけどね。ゲームのやり方とか、そういうのは、ミリーちゃんが専門なんじゃないのか?」

「ミリーは、教え方が下手糞だから・・・イヤなの」

「ちょっと、エリナ・・・あたしが、下手なんじゃなくって、エリナが、あたしが言ったとおりに動かせないだけなんだからね・・・イチロウは、ちゃんと、動かせたじゃない」

「だって、イチロウは経験者でしょ・・・前のバージョンは3年もやってたって言ってたし」

「そのイチロウくんに教えてもらえばいいんじゃないのか?約束したんだろう・・・」

「うん・・・だから、あの・・・カッコ悪いとこ、見せたくなくって」

「そういうことか・・・キリエさんは、やらないのかい?」

「キャラはあるけど・・・さすがに、歌手デビューして1年ちょっと・・・やってる時間はあまりないよ」

「そういえば、キリエさん、相当、歌はうまいけど・・・歌手になる前はなにをやってたんだい?」

「無職・・・かな?」

「無職・・・・?」

 7歳から就業の義務がある、この時代のシステムの中では、無職であることは、考えられない。

「まぁ、今までのことについては、ゲームをしながらでも、説明しますよ・・・イチロウを迎えに行くまでの間、エリナのレベル上げでもして、暇でも潰そう・・・せっかくの日曜日・・・船の中でダラダラ過ごすのも悪くない」

「キリエも手伝ってくれるの?」

「エリナがイヤじゃなければ」

「嫌なわけないじゃない・・・やっぱり吟遊詩人?」

「あたしのメインジョブは・・・海賊だ・・・」

「思いっきり、回復役がいないね」

「いないね・・・・まぁ、なんとかなるよ」

 ということで、ルーパス号残留組は、クルミを仲間に引き入れて、ジャンクショップの開店までの少しばかりの時間を、ゲームで暇つぶしすることになったようである。

「イチロウは、エリナとの約束・・・ちゃんと守ってると思う?」

 ミリーが、エリナに、念のため、聞いてみる。

「うん・・・どうかなぁ・・・まぁ、イチロウが、誰と仲良くなっても、きっと、あたしがイチロウを好きな気持ちは変わらないから・・・どっちでも、いいかな」

「昨夜は、そんな感じじゃなかったのに」

「そうだっけ?」

「あたしも、本気で、イチロウにアプローチしてみようかな・・・なんか、みんなで取り合ってる物って、不思議と欲しくなっちゃうんだよね」

「ちょっと・・・それだけは、やめてよね」

「なんで?」

「あたし、ミリーに勝てる自信、ぜんっぜん、ないから」

「はいはい・・・わかりました」


 その日曜日の朝・・・イチロウは、オータケ邸のゲストルームで、目を覚ました。

隣にいたはずのハルナの姿は、見当たらない。

「お目覚めですね・・・よく、お休みになっておりましたので、ハルナ様は、ご自宅にお帰りになりましたよ」

 昨夜とは違う雰囲気のミナトが、縫い物をする手を休めて、イチロウに声をかける。

「ハルナは、帰ったんですか?

 あと・・・今、何時ですか?ミナトさん」

「もう、9時を回ってます・・・それと、ミユイ様からメッセージを受け取っておりますので、朝食を取りながらでも、ご覧になってください。ユーコ様とエイク様は、もう帰宅されました」

「ありがとう・・・」

「昨日は、いつになく、はしゃぎ過ぎてしまいました・・・ふしだらな女と、お思いになられたでしょうね」

「そんなことは・・・まぁ、思ったけど」

「正直ですね。タカシマ様は・・・食事の用意はできていますが・・・その前にシャワーを、お使いになるならどうぞ」

「シャワールームを覗いたりとかもするんですか?」

「タカシマ様が、お望みになるのならば・・・」

「昨夜は、結局、シャワーも使わずに寝てしまったみたいだから・・・使わせてもらうよ」

 イチロウは、ベッドから起き上がり、立ち上がってシャワールームに向かいながら、ワイシャツのボタンを外す。

「お着替え、用意しておきます」

「ありがとう」

「いえ、仕事ですから」

 頭からシャワーの熱いお湯を浴びながら、イチロウは、今更ながら重力があることを実感していた。

(地球・・・日本か・・・)

「ハルナ様に連絡をしておきますね・・・こちらからお送りいたしますと申し上げたのですが、ハルナ様、ご本人が迎えに来たいと、そう、おっしゃっておりました」

 シャワールームの扉越しに、ミナトが、説明をする。

 鏡にピンク色の文字が小さく書かれていることに、イチロウはすぐに気が付いた。


『おはよう・・・イチロウくん

 隣の部屋で一緒に朝食食べましょ

          Saylla

 追伸

よかったら、シャワールームへ誘ってね』


「ミナトさん・・・」

「はい・・・?なんでしょう?」

「セイラさん・・・いるんですか?」

「はい、隣の部屋で、タカシマ様が、お目覚めになるのを待つとおっしゃって、お一人残っていらっしゃいますよ」

「ありがとう」

「お呼びしますか?」

「いや・・・すぐ出るから」

「あ・・・そうです、タカシマ様、セイラ様に、伝えておいてください」

「・・・」

 ミナトが声のトーンを落として神妙な声で発した言葉に、ちょっと引っかかったイチロウは、何を伝えるのか、ミナトの次の言葉を待った。

「シャワールームの鏡に落書きをしないでくださいと」

「自分で言えばいいのに」

「お客様を怒らせるようなこと、言えませんよ」

「わかった・・・言っておくよ」

「とりあえず、ガウンを用意いたしましたので、それを、お使いください。わたくしは、隣の部屋に行ってます」

 そう告げた後で、ミナトが、隣の部屋に行ったらしいことが、ドアの開閉する音でわかった。

バスタオルで身体を拭いたあと、下着を身に着け、ガウンを羽織ったイチロウが、隣の部屋に入っていくと、聞き覚えのある音楽が、部屋の片隅のオーディオユニットから流れていた。

「ごきげんよう・・・イチロウくん」

「おはよう・・・セイラさんは、帰らなかったの?」

「うん・・・ハルナが気を利かせてくれて、1時間だけ・・・イチロウくんを貸してくれたの」

 きちんと外出着を身につけたセイラは、部屋の中央に用意されたテーブルに軽く肘を乗せて、くつろぐような感じで椅子に腰を下ろしていた。

「この曲って?」

「うん・・・ユミの曲で、わたしの一番のお気に入り『ジャコビニ流星の一日』・・・始めから聞く?」

 セイラが、テーブルの上の小さなリモコンを操作して、頭出しをする。

 セイラのお気に入りだという曲のイントロが静かに流れる。

「ご飯にしようね・・・イチロウくんも座って」

「ああ・・・」

 セイラの言葉に促されて、イチロウはセイラの正面に座る。

小首を傾げたセイラが、席を立ち、イチロウの隣に座りなおす。

「ほんとうは、あたしの手作り料理を食べてもらいたかったんだけど、ミナトさんの料理より美味しく作れる自信はないので、今日は遠慮しておきました・・・では、いただきます」

 セイラが、お櫃から、ご飯をよそい、イチロウに手渡し、自分の分もよそってから、テーブルの上のサラダに手を伸ばす。

「ミナトさんには、席を外してもらったの、だから、ご飯のおかわりが必要なら言ってね」

「ああ・・・」

 イチロウも、皿に盛り付けられたソーセージの一つをフォークで刺す。

「この曲って・・・イチロウくんが生まれる前に作られているんだよね」

「そんなに古い曲なんだ」

「聞いたことはある?」

「ああ・・・ユミの曲は、カナエが好きだった・・・何度か聞いたことがある」

「わたしは、物心ついたときから宇宙で生活を始めちゃったから、地球から流星を見上げたことってないんだ・・・」

 セイラは、イチロウに合わせていた視線をゲストルームの大きな窓のほうに移して、夢でも見ているような雰囲気で、静かに言った。

「でも・・・この時・・・72年10月9日・・・だっけ・・・結局、ジャコビニ流星は見られなかったって聞いたけど」

 イチロウは、流れる曲の歌詞を確認してから、その日付を復唱するように言って、セイラの顔を覗きこむ。

「そうだね・・・歌詞も、そうなってるし・・・

 イチロウくんは、宇宙飛行士だから知ってると思うけど・・・流星は、地球じゃないと見られないけど・・・彗星は、いつでも飛んでるんだよね。

笑わないでね・・・わたし・・・ジャコビニ・ツィナー彗星と宇宙でランデブー飛行するのが夢なんだ」

「セイラさんは、パイロットライセンス持ってるの?」

「持ってない・・・今は、歌を歌うので精一杯・・・他のことに余所見(よそみ)とかしていられない」

「俺のクルーザーなら、彗星を追いかけるくらいはできるかもしれない・・・やったことはないけどね」

 イチロウの言葉にセイラの顔が明るい笑顔に変わる。

「あの・・・」

「いつか・・・行ってみようか?」

「あの・・・あたしの話って・・・退屈?」

「いや・・・なんていうか・・・」

 セイラが、言葉を選ぶように、途切れ途切れに話をしていることに、少しだけ違和感を感じていたイチロウは、その質問を肯定することもできず、言葉を濁す。

「ハルナが、何か言ってた?」

 昨夜、眠りに落ちる前に、ハルナがイチロウに伝えた言葉を思い出す。

(ハルナとイチロウの邪魔をしようって提案したのはセイラなんだって・・・)

 そうハルナは言っていた。

「イチロウくんには言っちゃいやだよ・・・って口止めしたつもりだったんだけど・・・あたしが、イチロウくんのこと好きなんだってこと、ハルナがバラしちゃったんでしょ」

「・・・」

 やはり、イチロウは、何を言い返していいかわからず、押し黙ってしまう。

「ミナトさんの料理、おいしい?」

「ああ・・・おいしいよ」

「ミユイさんのメッセージを聞いた?」

「いや、まだ」

「なんか、プレゼントがあるらしいよ・・・」

「プレゼント?」

「リューガサキ・シティに置いてあるらしいよ。ミユイさんの住んでいた研究所に」

「そうか・・・」

「ごめんね・・・気の効いたおしゃべりができなくて」

「そんなことは・・・」

 そこで、曲が途切れ、次の曲が流れる。

「ユミの『ルージュ・メッセージ』知ってる?」

「知ってる・・・あ」

「シャワールームの伝言・・・見た?」

「見た・・・」

「あれね・・・ハルナが書いたの・・・ハルナが帰った後で、シャワー使ったら書いてあって・・・消そうかなと思ったんだけど・・・イチロウくんが、どう思うか、ちょっと試したくて・・・消さなかったの」

「そうだったんだ」

「呼んでくれなかったのは、イチロウくんが恥ずかしがり屋さんだったってことにしておきます」

 イチロウは、手に持っていた箸を一度、テーブルに戻した。

「ご飯粒ついてる・・・」

 セイラが、手をイチロウの口元に近づけ、顎の辺りを、一度、その指でつつくように触る。

「ちょっと、お行儀悪いかな・・・?」

 突然、セイラの顔がアップになり、イチロウの口を塞ぐ。

昨夜のハルナの唇とは明らかに違うやわらかく優しい感触に、イチロウは、身体をかたくする。

数回、セイラの唇がイチロウの唇を強く吸う感覚があった後、静かにその唇が離れていくのがわかったイチロウは、キスをしていた間、(つむ)っていた眼を開いて、セイラの顔を見詰める。

「エリナさんて・・・バカみたい」

 セイラがいたずらっぽく笑う。

「イチロウくんと初めて会った時、キスをしちゃったって、ハルナに言ったんだ・・・あの時、ライブの楽屋で会った時、エリナさんの前じゃなければ、絶対、キスしていたから・・・100%嘘じゃないんだけど・・・

 一応、これで、嘘を言ったんじゃないってことにしときたかったの」

「エリナとは、あの後、話とかしなかったのか?」

「したような、しないような・・・よく憶えていません」

「そうか・・・」

「イチロウくんは、いつも、無防備で無警戒だね・・・エリナさんに、寝込みを襲われたら、どうせ、されるがまま、いいなりになっちゃうんでしょ・・・」

「そんなことはない・・・俺も男だから、そこまで優柔不断じゃないつもりだ」

「そうかなぁ」

 セイラは、今度は、両手でイチロウの頭を引き寄せて、もう一度キスをする。

「ほら・・・無警戒もいいとこだよ」

「セイラさん・・・」

「だんだん、視線がいやらしくなってきたね・・・さっきから、胸元ばかり見てるし・・・うんうん・・・いい傾向です。セイラほど大きくないけど・・・形には自信があるんだ・・・エリナさんよりは、間違いなく大きいでしょ」

「それは・・・」

「ごめんね・・・イチロウくんを困らせちゃってるかな?」

「そんなことは」

「ご飯、食べよう・・・あたしが食べさせてあげるから・・・サラダとかトマトジュースとかポテトとかも、しっかり食べないとダメだよ・・・さっきからソーセージとご飯しか食べてないし」

 セイラは、サラダを小鉢に取り分けてドレッシングを振りかけ、自分の箸を使って、イチロウの口元に、サラダを運ぶ。

「どうぞ」

 それまで萎縮していたイチロウの顔が、笑顔になり、差し出されたサラダを、嬉しそうに食べる。

「エリナさんや、カナエさんは、こういうことしてくれた?」

「いや・・・セイラさんは・・・」

「もう、セイラでいいよ・・・っていうか、セイラって呼んで・・・二人っきりのときは」

「わかった・・・セイラは、優しいな・・・いろんな意味で」

「今頃わかったの?」

「俺、鈍感だからな」

「そうだね・・・こんなに密着してるのに、わたしにも、1年待てって言うのかな?」

「死んだ人間に義理を立てることはないんだという人もいるかもしれないけど・・・俺の心を救ってくれて、俺の命を生かしてくれたのがカナエだから・・・だから、俺にとって今の一番はカナエなんだ」

「そうか・・・ちょっと残念。でもね・・・一年後には、その言い訳は通用しないからね・・・わたしの負けず嫌いは、誰にも負けないから・・・エリナさんにも、もちろん、カナエさんにも・・・絶対、負けない」

「セイラの男性ファンが怖いけどな」

「そんなこと気にしないよ・・・わたしのことを好きになってくれてる数少ない男の子のファンを大切にしたい気持ちは、もちろん大きいけど・・・恋愛は別・・・イチロウが知ってるアーチストで言えば・・・ナミエやヒカルとかも、みんな、しっかり恋愛して結婚してるよね。後は、ミキさんとかマリヤさん・・・それに、今かけてるユミも、結婚した後、素敵な曲をいっぱい発表してるよ」

「そうなんだ・・・気にしたことなかったけど」

「わたしは、歌が好きで、ずっと歌手になりたかった。だからその夢が叶った今、ずっと歌手でいたいと思ってる」

「セイラの声は、大好きだ」

「うん・・・1年後には、イチロウに、わたしの歌だけじゃなくて、わたしの心も身体も、全てを好きだって言わせてあげるから」

「セイラが、そこまで言ってくれるのは、とても嬉しいよ」

「・・・」

 そこで、セイラが小首を傾げる。

「イチロウくんは、自分の遺伝子検査の結果・・・知らないの?」

「遺伝子情報データバンクのことか?」

「そう・・・イチロウの遺伝子・・・最高クラスなんだよ・・・わたしとの相性も抜群・・・別に、機械が決めたから、こうやって誘惑してるわけじゃないけど・・・イチロウくんの遺伝子を欲しがる女性は、これから、いっぱい現れると思うよ」

「エリナは、そんなこと一言も・・・」

「だから、そういうことは、ちゃんと自分で調べないといけないの・・・ずっと、エリナさん、エリナさんって・・・」

「そうだな・・・」

「この時代の、いい男の条件・・・知ってる?」

「・・・まさか・・・その遺伝子情報なのか?」

「そうだよ・・・自分にふさわしい男の子かどうか、データ照合すれば、完全に近い確率で、判明するんだ・・・この今の日本の離婚率・・・知ってる?」

「いや・・・」

「離婚率・・・というか、離婚する夫婦は、毎年・・・10組以下なんだよ」

 セイラは、自分の携帯端末の画面を操作して、イチロウに画面に現れた結果を見せる。

「わかる?・・・離婚した夫婦の名前出てるでしょ・・・今年は、日本全体で・・・1組・・・去年は3組」

 確かに、携帯端末のスクリーンには、セイラが言ったとおりの結果が表示されている。

 その画面を、イチロウに見せながら、セイラは、違う情報にアクセスする。

「これが、あたしとイチロウの遺伝子の相性だよ」

 セイラがアクセスして検索した結果は、ちょっと見たところ、データの羅列にしか過ぎなかったが、最後の判定結果だけは、目立つように表示されていた。

『エクセレント』

「よく覚えておいてね・・・エリナさんや、ハルナとの相性も検索できるけど・・・それは、イチロウくんが、自分で調べて・・・」

「そういうことなのか・・・」

「そういうこと・・・この時代は、女が男を選ぶ時代なんだって・・・イチロウくんも、しっかり自覚しないと、もう、カナエさんのいる時代には戻れないんだから」

「・・・」

「あたしにはね・・・まだまだ、たくさんの夢があるの・・・あたし・・・歌が大好き・・・歌うのも、こうやってCDで、他のアーチストの好きな曲を聴くのも・・・だから、早く、自分の遺伝子を受け継いだ子供達に会いたいんだ・・・

 きっと、みんな、あたしなんかより、ずっと歌がうまくて、あたしなんかよりずっと、他の人の心を慰めることができる・・・そんな子供達を、たくさん欲しいって思ってるの。

わたしの遺伝子を受け継いだ男の子が、どんな声で歌うのか興味もあるし・・・男の子の声だけは、自分じゃ真似できないしね・・・だから、1年とか待てないんだ・・・

 本音はね・・・

 でも、イチロウくんのカナエさんを大切にしたい気持ちも、ちょっとだけわかる・・・気がするから・・・

ちょっとだけだよ・・・

 セイラさんは、見た目よりよっぽど傲慢だから・・・イチロウくんの気持ちは二の次にしちゃうこともある・・・と思う

だから・・・うまく言えないけど・・・

イチロウくんが好き・・・

わたしのことも好きになってほしいって思う・・・

うまく、言えないけど・・・今の、ほんとうの気持ち」

切れ切れに、言葉を選びながら、時折、瞬きをしながらも、イチロウに合わせた視線をそらさず、セイラは、自分の気持ちを素直に、イチロウに打ち明けた。



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