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届け物は優勝杯  作者: 新井 富雄
第5章 GD21
25/73

-20-

 12匹の小竜の初撃を未然に防いだ5人は、一度態勢を立て直す。

「まだ、数が減ったわけじゃないから・・・」

「うん・・・」

 麻痺している5匹を、まずはそのままにしておいて、ミリーは、ダメージの大きい小竜を優先的にアサルトライフルで、撃ち落していく。

「こっちの3匹はなんとかなるから、セイラは、麻痺してる5匹を頼むね」

ハルナの操るブリザード・ウィッチは、冷凍にさせる効果を持つ冷却魔法で、小竜を凍らせることに成功する。 

 一方、腹から12匹の小竜を解き放ったダークパンサーデーモンは、狙いをエイクだけに絞り込む。

 援護のメンバーは、小竜12匹を撃ち落すこと、それ以上に、敵の攻撃を回避することが精一杯であり、ダークパンサーへ攻撃をする余裕を持ち得ないため、このボスの攻撃に対処するのは、エイク一人だけという状況となっている。

「ここからが、俺の見せ場だ・・・よく見ておいてくれよ、イチロウ」

「ああ・・・」

 ミナトの執拗な攻撃を回避しつつ、イチロウは、画面を見るための努力を続ける。

「そっちも結構たいへんだな・・・」

「エイクが断った理由が、よくわかったよ」

「はは・・・」

パンサーデーモンの必殺技が、エイクを襲う。それまで、セイラの歌が、かろうじて食い止め、直撃を避けることができた攻撃であるが、セイラは、間断なくパーティメンバーを襲う小竜たちを停めることで精一杯であるため、パンサーデーモンを停める余裕はない。エイクも、この時間帯でのセイラの援護に期待はしていないため、その必殺技の一撃を、利き腕の右手の正拳で迎え撃つ。

ダメージの相殺を狙った正拳突きが、絶妙のカウンターとなって、ダークパンサーの必殺の一撃を見事に弾き返す。

『エイト・・・ダメージゼロ・・・』

 画面に浮かび上がるダメージ表示を全員が見て、ほっとする。

「あと・・・3分・・・それで、そっちの加勢ができるようになるから・・・持ちこたえてね」

 セイラの優しい言葉が、エイクに届く。

「俺の見せ場だって言ったろう・・・でも、なるべく早く頼む」

「3分はかからないよ・・・あたしのアサルトライフルの威力もセイラさんのお陰で、格段に上がってるしね」

 ミリーが、小竜1匹にトドメを刺し、次の小竜に狙いを定めつつ、エイクに告げる。

「ミリーちゃんに一番期待してるから、サンキュ」

「うん・・・がんばって、エイト!!」

「がんばる!!」

 ユーコのトンファーも、1匹の小竜を沈黙させる。

「ふぅ・・・あと10匹だね」

 ハルナのブリザード・ウィッチの冷却効果で、動きが緩慢になっているとはいえ、小竜の攻撃も執拗を極める。

これらの小竜による攻撃が、エイク以外のメンバーに当たったとしても、ノーダメージクリアの条件を満たすことができないわけであるから、エイク以外も、今まで以上に真剣にならざるを得なくなっている。

「集中力を切らさないでね・・・」

 ユーコが、自分に言い聞かせるように言って、次の小竜を狙う。

 ユーコの標的となった小竜を、セイラの歌が麻痺させる。この麻痺効果によって、敵の攻撃が当たる確率が激減するのである。

ある意味、瞬間的に敵の行動を停止させる睡眠効果より、この麻痺効果のほうが、被ダメージをゼロにする方法としては適していると言える。

エイクの繰り出す三節棍の攻撃は、ダークパンサーの斧から距離を取って当てることができるため、この局面では、相当に有効な武器である。伸縮自在のジョイントで結合された三節棍は、孫悟空の得意武器である如意棒のように、遠く離れた位置からでも、敵に確実なダメージを与えることができるのだ。

パーティメンバーの援護が得られない、この時間帯の戦闘においては、ヒットアンドアウェイが、基本戦術となるため、ダークパンサーの懐に飛び込んだヒットの瞬間は、三節棍による連打連撃を実行し・・・次のアウェイで距離を取ったときには、伸長させリーチを長くした三節棍の一撃を叩き込む。

そして、先ほど見せたように、必殺技対処としては、最大威力を誇る格闘家の正拳突きによるカウンターで、敵の攻撃を避けずに相打ちを狙うことで、敵の攻撃を無効化する。

「ミナトさん・・・俺、画面に集中したいんだけど・・・」

 画面の緊張感とは別に、緊張感無く絡みつくミナトの手や足に辟易し、イチロウが弱音を吐く。

「だって、何してもいいって、言ってもらえたから・・・忘れたの?」

「俺は、同意した覚えがないんだけど」

「却下・・・」

 自分の言葉では、どうやら、ミナトの攻撃を無効化することができないことを悟ったイチロウは、ため息を吐いて、ミナトを説得することを諦めることにした。

「こんなことばかり・・・セイラさんにもやっていたのか?」

「うん・・・そうだよ・・・あたし、マリーメイヤ・セイラの大ファンだし・・・チャンスは逃しません」

「セイラさん・・・今更だけど・・・ごめん」

「うん・・・余り実害はないんだけど・・・やっぱり集中力は()がれちゃうから」

 イチロウの言葉に、やっぱり優しい言葉で、セイラが応じる。これほどの激しい戦闘を繰り広げる中で、イチロウの謝罪に対して返事をする余裕があることに、イチロウも、驚きを隠せない。

「セイラが集中した時の動きは常軌を逸してるからね・・・その集中力が持続しないのが、難点なんだけどね」

 ハルナが、フォローをしておく。

「持続しないって・・・どれくらいなら平気なんだ?」

「5時間くらいかな・・・?ヘタレだから、あたし」

「充分、持続力あると思う」

「ハルナの集中力維持は、12時間越えるからね・・・それに比べれば、あたしは、全然だめ」

「でも、セイラの4時間ライブの集中力は、真似できる人少ないと思うよ」

「う~ん、そうなのかなぁ・・・それは仕事だから・・・マックス・ハイテンション維持は当然の義務だと思ってる・・・

 でも、さっきのように邪魔されると維持できなくなっちゃうし・・・まだまだ、あたしには修行が足りません」

「一応、あたし・・・ゲームなら72時間は、テンション維持できる自信があるよ」

 ミリーもそれとなく自慢げに言う。

「3日間か・・・さすがミリーちゃん」

(言ったろう・・・すごいプロ根性を持ってるってさ)

 エイクの囁きに、イチロウも納得したように苦笑する。

イチロウが見る限り、ヒヤリとする場面が何度もあるのだが、休みなく戦っている5人は、まったく危なげがないように見える。

ダークパンサーへ攻撃をする手がエイク一人になったことで、ダークパンサーの体力が削られる量が激減しているのだが、小竜を全てつぶすことさえできれば、また、全員参加での攻撃が可能になる。

だから、この時間帯は、まさに我慢の時間帯なのである。

小竜が、残り3匹となったところで、小竜への攻撃は、ユーコと、ミリーが受け持ち、ハルナが、ダークパンサーへの攻撃に加わる。

 セイラも、小竜3匹に歌をかけ分けながら、ダークパンサーの動きを停めるための行動を再開できるようになった。

「ここからが、クライマックスだ・・・小竜が消えたら、格闘家のマックスアビリティを解放するから・・・次のワイバーン戦に温存するつもりはないので、ここで使わせてもらう・・・いいよな」

「いいよ・・・むしろ、ここでこそ見ておきたい・・・この条件戦に比べたら・・・ワイバーン戦は、ドラゴンライド・ライセンスをみんなに取ってもらうためのもので、千分の1の難易度だしね・・・」

「ありがと・・・ミリーちゃん」

「頼りにしてるよ・・・エイト」

 みなが、エイクを『エイク』と呼んでいる中で、ミリーは必ず『エイト』と呼んでいることにイチロウは、今初めて気づいた。

(あいつも、本当はエイクと呼びたいんだろうなぁ)

 残り3匹の小竜が、ミリーの3連射で一掃された瞬間・・・全員からの大きな歓声が部屋中・・・エリア中に響き渡る。

「やったー」

「ナイス・ミリー!!

「後は・・・」

「うん・・・」

「ダークパンサーのみ」

「いけるね」

「うん・・・絶対・・・」

「みんな・・・準備OK?」

「K・・・いつでも行ける」

 ハルナの操る召喚獣は、ダークパンサーに攻撃を切り替えた時点で、スカイウォーカードラゴンに代わっている。

「命令します・・・我が(しもべ)、スカイフライヤーよ・・・その持てる力全てを、敵・・・ダークパンサーデーモンへ解き放ちなさい」

スカイウォーカードラゴンの最大火力の炎が、ダークパンサーデーモンの全身を火達磨(ひだるま)に変える。

「邪悪なるデーモンの手先・・・ダークパンサーデーモンよ・・・その(よこしま)なる力を封じることを今命じます・・・さぁ、眠りなさい」

ダークパンサーが、その攻撃の矛先をスカイウォーカードラゴンに向けた瞬間・・・セイラの歌が、あっというまに、睡眠状態にしてしまう。

「我は、ジェノサイド・エンジェル・・・ミリー・・・この地獄の業火を浴びて立っていることができたら、褒めてあげます」

セイラにより一瞬の眠りについたダークパンサー、それを気づかせることを躊躇わないミリーは、その手にあるスナイパービームライフルの必殺技ゲージは、完全MAXとなっていることを知っている。

 その必殺技ゲージの全てのパワーを使用したスナイパービームライフルから放たれる黄金の光の奔流が、ダークパンサーデーモンの心臓部分を、1ミリの狂いもなく、貫き通す。

「月からの使者コットン・・・その月の与えてくれた力を全解放します・・・喰らいなさい!!ムーンサルト・ライトニング・アタック!!」

 ユーコも取って置きの攻撃アクションを使用して踊り子独特の足捌きによる、蹴撃を多段ヒットさせる。3回転3回ひねりをする間に、ヒットしたコンボ数は、30ヒットと表示された。

「もう、何も言わねぇぜ・・・格闘家最大奥義を喰らいな!!アシュラ・シューティングスター・・・元へ・・・『舞々(チョムチョム)』・・・・スタートォーー」

 その掛け声と共に、まず、エイクの左拳が、アッパーカット気味にダークパンサーの右顎を捉える。ほぼ同時に、右上・・・スリークォーターの位置から打ち下ろされた右拳が左テンプルを的確に打ち抜く。

さらに、続けて繰り出される左拳は、ややフック気味に右の頬にダメージを与え、それとやはり同時に振りぬかれた右拳が、左の頬を直撃する。

拳の動きは停まらず、左拳が上段から今度は右のテンプルを破壊し、右拳が左の顎を粉砕する。

トドメとばかりに真下から突き上げられた左拳がダークパンサーの顎の真下を捉え、その攻撃により完全に上空を向かせられた顔面を、エイクの背中・・・真後ろから、ほぼ180度の弧を描いて打ち下ろされた右の拳が完璧に捉え、ダークパンサーの動きを完全停止させる効果を与える。

エイクの攻撃は止むことなく、その左右両手からゼロコンマ何秒(正確には2秒間で8発という設定であるが)で間断なく叩き込まれる拳撃は、見事に30秒間、きっちりと一発も外すことなく、ダークパンサーデーモンにダメージを与えることに成功したのだ。

エイクの攻撃が終了したと同時に、中ボスとして出現した敵・・・ダークパンサーデーモンが、がっくりと回廊の床に膝をつく。

既に、体力ゲージはゼロになっているにも関わらず、ダークパンサーは霧散することなく、その場で、言葉を吐き出すため口をパクパクとさせる。

そこで、セイラの癒しの歌声が静かに、しかし力強く回廊中に響き渡り、みるみるうちに、ダークパンサーデーモンのゼロとなった体力ゲージが、完全状態にまで回復する。

『貴様たち・・・なぜ・・・この私を癒す・・・この悪しき力による貴様らを封じようとした我の体力・・・ほっておけば、数分も待たずに霧散するはずの、この肉体を、なぜ・・・癒す・・・貴様らの行く手を再び閉ざすことになるやも知れぬ・・・我が肉体を癒すことが脅威ではないのか・・・貴様らは、究極のバカ者どもの集まりであったのか・・・なぜだ・・・なぜ・・・我を癒す・・・

 いや・・・答えを聞くまでもないか・・・その力、我が敬愛するデーモン族の長の脅威となろうことはわかっている・・・わかっているが、我は、貴様らに敬意を払いたい・・・我が肉体を一度は朽ち果てさせたその力・・・戦士である我にとって、力こそが正義・・・我の正義の証である・・・この我の分身・・・エメラルド・バルディッシュ・・・受け取ってもらえまいか』

 『エメラルド・バルディッシュをダークパンサーデーモンがドロップしました』

ナレーションとともに、画面に、EX属性アイテムがドロップされた時の赤い派手な文字によるメッセージが現れる。

「おめでとう・・・イチロウ。早くゲットしてね・・・3分間放置すると消えちゃうから」

 セイラの声が、呆然と画面を見詰めていたイチロウの耳に届く。

「きゃーーーーーー」

 そのエリア・・・回廊エリア中に響き渡る悲鳴にも似た声を、最初に発したのは、誰あろう・・・それまで、何一つ声を出さずに見詰めていたエリナだった。

「すごい・・・すごい・・・すごい・・・カッコいい・・・格闘家・・・すごい・・・」

「エリナ・・・大丈夫か?」

「大丈夫じゃないよ・・・あたし、絶対、絶対、絶対・・・格闘家やる!!」

「みんな、お疲れ様・・・そして、エリナ姫・・・お褒めの言葉、しかと頂戴いたしました。気に入っていただけましたでしょうか?」

 芝居っけたっぷりの口調で、それでも、決して、失礼にならない微妙なニュアンスで、エイクがエリナにお辞儀をする。

「うん・・・うん・・・あたしも、格闘家になって、絶対、『阿修羅流星拳』覚える」

「見た感じ・・・デンプシーロールとホワイトファングのコンビネーションネーションブローみたいだったけど・・・もっとも、スピードは、とんでもなかったけど」

 イチロウも、素直な感想を口にする。

「一応、正式な技名は・・・片仮名で『アシュラ・シューティグスター』なんだ・・・悪い・・・俺は舞々(チョムチョム)って言ってるけど・・・」

 ダークパンサーデーモンを倒したことで、パーティのメンバーの目の前に、5つの選択肢が出現していた。

「ここで、この5つの中から、好きなドラゴンを選ぶことができるんだよ」

 ミリーが説明する。

興奮しまくりのエリナはとりあえず放っておくことにして、イチロウは、グリーンの鱗で覆われた、翼も緑色のワイバーンを選択する。

 その瞬間に、全員がバトルフィールドに転送された。

そこは、天井のないフィールドで、青空が一面に広がっている。

「基本的に、ワイバーンは空を飛べる設定だからね・・・グリーンのワイバーンは、森林の支配者って呼ばれてます」

 今度は、ミリーに代わって、ハルナが説明をする。

「ハルナの二つ名に、似てるな」

 ミリーは、ハルナが、GD21のゲーム世界では、森林の勝利(ウッディ・ウィナー)者と名乗ってることを思い出した。

「うん・・・あたしのドラゴンも、この子だからね・・・ピンクのドラゴンが居れば、ぜったいピンクを選んだんだけどね」

「ハルナらしいな・・・」

 

そのバトルフィールドでの戦闘は、ダークパンサーデーモンとの戦闘に比べれば、あっさりとクリアすることができた。

夜も遅くなり、もう、この戦闘を終えたら、解散しようという雰囲気になっていたために、全てのメンバーが、最大の奥義を繰り出した結果・・・最短時間でクリアすることになった。

最短クリアの報酬として、それぞれが受け取った金は、すべて、イチロウに渡され、イチロウもそれを素直に受け取った。

「エリナ様?平気?」

 また無口になってしまったエリナに、ハルナが心配そうに訊ねる。

「平気じゃない・・・」

「眠いですか?」

「眠い・・・けど・・・ハルナさん・・・明日・・・じゃなくて、もう今日になっちゃった・・・ルーパスに、来るんだよね」

「エリナ様が許してくれるなら」

「許すわけないよね・・・あたし、そう言ったよね・・・あなたは、必要ないって」

「はい・・・ダメですか?」

「ちょっと、エリナ、今、ここで、そんな話を・・・」

 ミリーが制止しようとする。

「今、言わなくて、いつ言えっていうの?」

「あの・・・エリナ・・・」

「みんな、イチロウが悪いんだよ・・・いろんな女の子にちょっかい出すから・・・イチロウも、もう帰ってこなくていいから」

「さっき、一緒にゲームやろうって約束したじゃないか・・・」

「それとこれは別・・・イチロウ、あたしに言ったこと、忘れちゃったの?」

「もしかして・・・」

「思い出した?」

「俺が目覚めた時のことか?」

「うん・・・忘れるわけないよね・・・あんな、大事なこと」

「・・・」

「自分で、言ったんだからね・・・イチロウが言ったんだからね・・・」

「・・・」

「ハルナさんに、あたしに言ったのと同じこと、ちゃんと言った?」

「言う必要はなかったから・・・言っていない」

「なんで・・・言わないの・・・」

「あの時のエリナとハルナは違うから」

「カナエさんの一周忌までは、あたしの気持ちを受け入れることはできない・・・1年経って、それでも、俺のことを好きでいてくれるなら・・・その時、あたしのこと、あたしの気持ちを、受け入れたいって・・・」

 激することもなく、静かに、そう言ったエリナの言葉を、その場で全員が受け止めた。

「あれって、他の女の子なら、即受け入れるって意味だったんだね・・・」

「違う・・・」

「カナエさんの・・・じゃなくて、あたしをすぐには受け入れたくないって・・・そういう意味だったってことだよね」

「違うよ」

「どこが違うの?」

「エリナは、俺を好きだって言ってくれたじゃないか・・・」

「言ったよ・・・ほんとのことだもん・・・言っちゃいけなかったの?」

「ハルナは・・・いや、ここに居る誰からも、俺のことを好きだとは告白されていないよ」

「そうなの?」

「俺は、そこまで自惚れていない・・・エリナは本心を打ち明けてくれたから・・・俺もあの時、本当の今の気持ちを答えたんだ」

「エリナ様・・・意外と大胆なんですね」

 ハルナが、いつになく真剣な口調で話しかける。

「ハルナは、イチロウに好きになってもらいたかった・・・それは、ほんとだよ・・・

 でも、エリナ様みたいにイチロウを好きかっていうと、たぶん、違うと思う・・・むしろ、一緒に居たいって気持ちは、エリナ様のほう・・・エリナ様が、この世界に居る限り、ハルナが憧れる存在は、エリナ様だけだから・・・」

「じゃ・・・ハルナさん一つだけ約束して」

「エリナ様との約束なら・・・決して破ることはできません」

「イチロウとはエッチしないでね・・・わかった?」

「そのことを・・・気にしてらっしゃったのですか?」

「約束して・・・お願い」

「はい・・・」

「明日・・・もう、今日ね・・・ルーパスに来て。もし、1年以内に、約束を破ったら・・・宇宙に放り出します・・・イチロウと一緒に」

「期限付きなら・・・OKです・・・1年なら我慢できます」

「それで、いいのか?エリナ」

「うん・・・あたしが負けず嫌いなの、イチロウも知ってるよね・・・だから・・・」

「そのことは、よく知ってる」

「イチロウにも、お願いがあるの」

「なんだ・・・」

「来週・・・優勝できたら・・・キスして」

「・・・」

「返事は?」

「わかった・・・」

「よかったね・・・エリナ・・・もう寝たほうがいいよ」

「うん・・・寝る」

 ミリーの言葉に返事をした後、クルミの姿をしたエリナは、何も言わなくなった。そして、ぴくりとも動かなくなった。

「エリナ・・・完全に寝落ちしちゃったよ・・・なぜか、とっても幸せそうだけどね」


「ということで、とりあえず、ミッション・コンプリート!!ってことでいいかな?」

 バトル・フィールドから『神々の庭園』に強制的に戻されたパーティメンバーは、いわゆる『神々の庭園デビュー』を果たしたイチロウを素直に祝福した。

オータケ邸のユーコ、セイラ、エイク、そしてミナトも、いっしょになって喜んでくれた。

 画面から拍手のエモーションを繰り返すミユイ・・・そして、ルーパス号の船内では、ミリーとクルミの姿のエリナが、同じように祝福してくれる。

他愛のないミッション・・・それでも、離れ離れで暮らしているために、リアル世界では、全員一緒には決して顔を合わせることのないはずの9人は、ミッションをクリアしたということよりも、9人で協力し終えたことを素直に喜んでいた。

「じゃ、庭園デビューを果たしたイチロウのために、バッカスの酒でも飲みに行こうか」

 完全に酔いが覚めてしまったエイクが、右手をジョッキを持つ形にして、イチロウに笑いかける。

「酒は、今日は、もう飲まないよ」

「まぁ、リアルであれだけ飲んだ後で、アルカンドで、迎え酒をしたからな・・・来週は、絶対にハルナと一緒に優勝して、優勝カップでシャンパンを一気飲みしなくちゃならないし・・・今日は、これから、ハルナと、お楽しみが待ってるから、体力は残しておかないといけないよな」

「ちょっと・・・エイク」

「俺達、お邪魔キャラは、そろそろ退散して、ハルナとイチロウの二人だけにしてやろうよ・・・ミナトさんも興味あるのはわかるけど、あまり覗きとかしちゃだめだよ」

「あまり・・・ってことは、どの程度の覗きなら許されるのでしょうか?」

「ゲストルームに、隠しカメラを取り付ける妄想ばっかりするところからして、メイド失格ですよ」

「でも、好奇心旺盛なこの21歳乙女の妄想は、いったいどこで癒せばいいのですか?」

「いや、普通にカレシとか作ればいいだけだし・・・ザスパのいい男なら、いくらでも紹介するから」

「ザスパのいい男ですか?ここにも美味しい獲物が一人いるのですが・・・いいのでしょうか、ユーコ様」

 エイクに流し目を向けて、わかり易く舌なめずりをするミナトの態度に呆れて、ユーコは立ち上がる。

そして、エイクの腕を引いて立ち上がらせると、さっさと、隣のゲストルームに立ち去ってしまった。


「エリナ様は、寝落ちしちゃったみたいだから、ハルナたちももう、寝ちゃおうか・・・明日は、お昼には、マスドライバーに乗らないといけないし・・・もう、夜の2時に近いから・・・」

「急に、なんか静かになったな・・・」

 ハルナが、イチロウの傍近く寄ってきて、腕をからめてくる。

「うん・・・やっと、二人きりになれた」

 そう静かに呟いて、ハルナは、からめた腕に力を加える。イチロウの腕に、ハルナの胸の膨らみの感触が伝わってきたが、イチロウは、振り払うこともできず、かといって、自分から、力強く抱きしめるわけにもいかず、身体を硬くして、じっとハルナの顔を見詰める。

「疲れたでしょ・・・座ってないで、横になろうよ」

 ハルナが、ちらりと、部屋の奥のダブルベッドに視線を遣ったことがわかったが、敢えて、その視線には気づかない風を装って、イチロウは、絨毯の上に、ゴロリと、身を横たえる。

「絨毯よりも、お布団のほうが、柔らかいから、そっちのほうがいいよ」

 イチロウの動きに合わせるように、自分自身も絨毯の上に、身を横たえながら、甘え口調で囁く。

「今日は、ありがとう」

 イチロウが、短く礼を言う。

「なぁに・・・あらたまって?」

 横になったことで、腕だけでなく、ハルナの腰の部分が、イチロウの腰に密着することになってしまった。やっぱりイチロウは戸惑いを隠せない。

「エリナの事、話してもいいか?」

「うん・・・エリナ様の話・・・いっぱい聞きたい・・・さっきのエリナ様のイチロウへのお願い・・・なんか、すごく可愛かったし」

「そんなふうに感じてたんだ・・・」

「セイラがね・・・エリナ様は、ハルナのお父様と結婚するといいんじゃないかって・・・言ってくれたの」

「ハルナは、それでいいのか?」

「うん・・・それが一番・・・

 ねぇ、イチロウは、まだ眠くない?」

「さっきまで、すごく眠かったけど・・・」

「けど?」

「今は、すっかり眼が覚めたよ」

「ハルナが、くっついてるから・・・興奮させちゃったのかな?」

「それもある・・・」

「でもね・・・どんなにイチロウが欲情しても、今日は、もうエッチはしないよ」

「俺も、その気はない・・・」

「身体は、やる気満々みたいだけどね」

「そこは、もう隠せないから、否定はできないけど」

「正直でよろしい」

 ハルナは、悪戯っぽく笑うと、密着していた腰のあたりを、イチロウの股間に押し付ける。

「エリナ様の気持ちを聞かされたイチロウくん・・・これから、どうするのかな?」

「とりあえず、今まで通りに接することしか、考えつかないよ」

「早く、処女を奪っちゃえばいいのに・・・そうすれば、エリナ様も、新しい恋ができると思うんだけど・・・」

「エリナには悪いけど、他の女の子を、カナエと同じように好きになれるか、まだ・・・」

「同じように好きになってくれなんて、ハルナも、きっと、エリナ様も思ってないよ・・・今はまだ、カナエさんに勝てるなんて少しも思ってないし・・・勝つ必要もないと思ってるし・・・

 エリナ様はね・・・きっと、ずっと、寂しそうにしてるイチロウを、慰めてあげたいだけなんじゃないかって・・・そう思う・・・それは、ハルナも、同じ気持ちだから」

「ハルナは、今でも、エリナのこと、好きか?」

「ますます、好きになっちゃった・・・エリナ様を泣かせたくないって、ほんとに・・・それは正直な気持ち・・・

 それは、イチロウをね・・・無理やりハルナのものにしちゃおうって気持ちよりも、ずっと大きな気持ち」

「エリナには、ほんとうに感謝してるんだ・・・それが好きな気持ちだと実感できるまでは、今の関係を続けたいって思うのは、ずるいと思うか?」

「ずるいとは、思わないよ・・・イチロウが我慢できるんならね」

「・・・」

「そうだね・・・今は、ノーコメントでいいと思うよ」

「エリナは、俺に、新しい命を与えてくれた。そのことを感謝してる気持ちは、きっと絶対に消えない。

 でも、今日は、こっちでの新しい生活の中で、こうやって、本音を打ち明けることのできる仲間を見つけることができた・・・」

「うん・・・それは、イチロウの手柄だよね・・・」

「今、ここにいるハルナたちは、イチロウのことが好きだから、ここに一緒にいるんだよ・・・そのことはわかるよね?」

「みんな、ハルナの友達だよな・・・」

「違うよ・・・みんな、イチロウの友達なんだよ」

「ハルナの親友だから、いっしょに居てくれるわけじゃない・・・イチロウと一緒にいたいから、ここに、こうしてきてくれた・・・イチロウと一緒にいたいと願ってくれる本当の友達・・・少なくとも、今、この瞬間だけはね。

 特に、セイラは、ずっとイチロウしか見ていないみたい・・・この部屋で、ハルナとイチロウの邪魔をしようって提案したのは、セイラなんだって・・・お風呂で、白状させちゃったから、間違いないよ」

「セイラが・・・?」

「セイラも、イチロウと似たところがあるからね。イチロウは気づいてなかったかな?」

「俺を好きだってこと?」

「う~ん・・・イチロウは、自分を好き?」

「どっちかというと嫌いだ・・・」

「セイラがイチロウと似てるのはね・・・真実が一つしかないって思い込んじゃうこと・・・つきあい長いからね・・・よくわかるんだ

とても昔のことだけど・・・セイラは、初めて自分のCDが売れたことを、凄く喜んだの・・・

 セイラは、自分では、本当に好きなCDしか買わないんだよね・・・それは今でもそう・・・CDを買うのは、そのアーティストを応援するためなんだって・・・歌手としてデビューする前から、ずっと言ってて、それを今だに守ってるんだよね・・・・

 でも、CDを買うのって、そういう気持ちだけじゃないでしょ・・・ごく軽い気持ちで、買うことって割とあるじゃない・・・」

「ああ・・・」

「ハルナと違って、セイラは、裕福とは言えないから・・・ハルナより、ずっと、お金と時間の価値を知ってるの・・・

 大事なお金を、セイラのCDを買うために使ってくれるんだって・・そう思っている。CDを買わなくても、熱狂的なファンはいるんだよって教えてあげても・・・そういう人は、大事な時間を使って、セイラの歌を聴いてくれているんだよねって・・・いつも、そういうの・・・考え方が、なんか極端だよね。

でも、セイラにとっては、歌を聴くために、CDを買うこと・・・それを大切な時間を使って聴くということ・・・そのことが特別な強い意味を持っている・・・・

自分がそうだからって理由で、他の人も、同じ強い思いで、歌を聴いてる・・・そう思い込んじゃうらしいの」

「融通が利かない・・・?」

「イチロウが言ったじゃない・・・『毎日セイラの歌を聴いてる』って・・・それが、たぶん、セイラがイチロウに惹きつけられた理由の一つなんだと思う」

「俺は、そこまでの思い入れはないんだけど・・・」

「うん、わかってる・・・ハルナが言いたいのは、イチロウが鈍いから、エリナ様やセイラの気持ちに気づかないわけじゃない・・・気づいていないわけがない・・・ただ、その気持ちを、そのまま受け入れることができないだけ・・・人は、生涯愛せる人を、一人しか見つけることができない・・・たぶん、イチロウは、そう思い込んでる・・・

 カナエさんを愛した気持ちを一番だと、そう思っていたいから・・・きっと、自分では気づかない無意識の中で」

「ハルナ・・・」


「そういう融通の利かない男の子や女の子を、夢中にさせて棄てるのが、ハルナの趣味だから・・・よく憶えておいてね」

 その言葉を実行するかのように、ハルナは、イチロウの身体を強く強く抱きしめる。

「よく憶えておく・・・」

「イチロウが大事にしたいと思ってるエリナ様も、ハルナのターゲットだからね」

「それは、強敵出現だ・・・」

「やっぱり、お布団で寝ようよ・・・お尻痛くなっちゃった・・・」

 イチロウを、そのままにして、ハルナは、立ち上がり、さっさと部屋の中に一つだけ用意されているベッドの中に潜り込んでしまった。

「よく眠れる魔法を掛けてあげます」

 ベッドの中からハルナが、声をかける。

「魔法?」

「ハルナがリアル世界で使える・・・ハルナだけの必殺技」

「前言っていた気がする・・・ルージュ・マジックか?」

「うん・・・そのバリエーションの一つ・・・だから、こっちに来て・・・いっしょに寝よう」

 イチロウも立ち上がり、ハルナの待つベッドに入る。

ハルナが、身を寄せてくる。

「ハルナが、オオカミさんたちから、身を守るために身につけた能力・・・」

「オオカミって、俺のことか?」

「そう・・・ハルナの大切なオオカミくん・・・そのオオカミくんの自由を奪うのが、この・・・」

 ベッドの中で、イチロウにしがみついてきたハルナの唇が、イチロウの唇を塞ぐ・・・そして、とても柔らかい舌の感触が、イチロウの唇のわずかな隙間から、侵入してきたことを感じた刹那・・・イチロウは、深い深い眠りに落ちていた。

「技の名前は、パラライズ・キッスだよ・・・不器用なオオカミくん・・・おやすみなさい」


第5章 章タイトルは・・・まったく予定外の「GD21」・・・この2111年の世界で楽しまれているという設定のゲームタイトルです。

この章の中で予定していた「ライト・リューガサキ」という人物の登場は、次以降(たぶん第6章)に繰り下がります。


ということで、この後書きまで読んでいただいた方・・・ありがとうございます。

最近、少しだけ、パソコンでの彩色に慣れてきたような気がします。

絵がへたくそなのは、ご愛嬌ということで、お許しください。



相変わらず仕事が忙しいのと、筆の進みが遅いのとで、次の掲載はいつに

なるか、自分でも、よくわかりません。

でも、次こそは、宇宙へ・・・ルーパス号へ帰艦します。


作中で登場する舞々(チョムチョム)とは、「あしたのジョー」という作品の中で、金竜飛というボクサーが得意とするパンチです。

アシュラ・シューティングスターは、「セイント・セイヤ」の「ペガサス流星拳」をイメージしています。



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