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ゲスト用の風呂場に、ハルナに渡すためのワンピースを持ってきていたミナトは、浴場で会話を楽しむゲスト3人の様子を、こっそりと覗いていた。
湯船に浸かったままの3人の少女は、首までお湯に入っているため、ミナトは、とても残念そうに、そして、こっそりと舌打ちをした。
『お着替え、ご用意しました』と言わなければならないことはわかっているのだが、自分の性癖をよくわかってるミナトは、覗き見ることをやめない。
一番、大柄な少女・・・ユーコが、不審そうに、自分のいるほうを伺っている様子であることが、なんとなく感じられた時も、とりあえず、ほんの少し、戸惑っただけで、その場から離れようとはしなかった。
そのユーコが、筋肉質ではあるが、脂肪の取れたアスリート特有のスレンダーで、しなやかな裸体で、自分の前に立ち止まった時でさえ、慌てる様子は、全く見せなかった。
「あの・・・ミナトさん?」
「はぁ・・・」
脱衣所の扉が、開かれる。
「覗きは犯罪ですよ」
「はぁ・・・」
もう、ミナトはため息しか吐かない。慌てる様子も逃げ出す様子も見せずに、3回目のため息を吐いたところで、ユーコは、ミナトの痩せた華奢な身体を引き寄せる。
「ミナトさんも、一緒に入りませんか?そのほうが、わたしたちの身体を間近で見られるし、得だと思うんだけど」
「はぁ・・・」
4回目のため息は、自分が、ユーコに抱きすくめられたことで、自分のメイド服が完全にびっしょりと濡れてしまったことに対するため息だった。
「とりあえず、脱ぎます」
ミナトは、潔く、身に着けていたメイド服を脱ぎ、脱衣所の空いてる棚に、きちんと折りたたんで収める。
「わたくしは使用人の立場ですので、ゲストの方とお湯を共にするなどできません」
下着姿になったミナトは、形ばかりの体裁を繕うため、建前を口にするが、舌の根も乾かぬうちに、その下着も取り去ってしまう。
「でも、お嬢様方に、ご奉仕するのも使用人の務めであります・・・ここは、皆様のお背中を流すため、一肌脱ぎます」
「堅苦しいこと言わずに、一緒に、おしゃべりしましょう」
ミナトは、小躍りしながら浴場に入り込んで、セイラとハルナのそばのお湯の中に、自分の身体を沈めた。
「もう、今更ですから・・・何も言いませんが、このパターンは、いったい何回目でしょうか?」
セイラは、ちょっとだけ恥らう振りをしながら、胸元を隠すように、自分の手を小ぶりの胸にあてがう。
ハルナはというと、目の前のミナトの肩をツンツンと突く。
「相変わらず、ミナトさんのお肌、綺麗ですね・・・エステとか・・・週に何回くらい通っているんですか?」
「週に5回は行ってます。ここ、お手当てが多いので、他に使い道もありませんから」
「セイラの肌より綺麗だね」
「否定はしないけど・・・ハルナだって、ミナトさんには負けてるじゃない」
「うん・・・さすが、エステ週5回には負けるよ」
ユーコも戻ってきて、おしゃべりに加わる。
「お嬢様方は、先ほどまでは、どのような、おしゃべりをしてたんですか?やっぱり、男の子のハナシですか?」
「ずっと、聞いていたんじゃないの?ミナトさん・・・」
「うんうん・・・お部屋に戻ったかどうかも怪しいし」
「あの距離では聞こえませんよ。それに、お部屋には戻りました・・・タカシマ様が、ちょうど、着替えをされていまして・・・さすが、宇宙飛行士ですね・・・バランスの取れた素敵な筋肉をお持ちでした」
「イチロウの着替えまで覗いてたの?」
「はい・・・さすがの、わたくしも、顔が赤くなってしまいました」
「どこまで見たの?」
ハルナが詰問する。
「どこまでとは?」
「ハルナ・・・イチロウの全裸を見てたら、もっとミナトさんはテンションが上がってるはずだよ・・・どうせ、下着姿程度でしょ」
ユーコが、ズバリ指摘する。
「はい・・・その通りです」
「まぁ、エイクの筋肉ほどじゃないだろうけど、イチロウも、わりといい筋肉してるよね」
「ユーコの前では、ずっとタキシード着てたのに、わかるの?」
「わかるよ、だって、ダンスもしたじゃない・・・けっこう、胸板厚かったし・・・ハルナだって、あれだけ長い時間、ダンスしてたでしょ」
「う~ん、夢中だったから、そこまで、しっかり憶えてないよ」
「ダンスといえば・・・セイラもイチロウとダンスしてたよね」
ユーコが水を向ける。
「あれは、ハルナが無理やり・・・」
「ハルナの無理やりは、今日始まったことじゃないからね・・・
あたしだって、ハルナに無理やり襲われたら、抵抗し続ける自信はないよ」
セイラの短い返事に、ユーコが茶化すような物言いで、かすかに笑う。
「意味が違うでしょ・・・はぐらかさないで」
ハルナは、わざとらしくキツイ表情を作って、セイラをにらむ。
「別に、はぐらかしてないよ・・・ハルナが聞きたいのは、イチロウくんの胸板のこと・・・かな?」
「胸板はどうでもいいの・・・何を話したの?イチロウがセイラと話したかったことってなんだったの」
「お礼を言われただけだよ」
「お礼?」
「うん、初めに会った時・・・あたしのCDを渡したの・・・それのお礼を言いたかったんだって」
「それだけ?」
「それだけだよ・・・」
「CDって、どんなの?」
「ほら・・・この前言ったでしょ・・・次のガンダムシリーズの主題歌のオーディションに受かったって」
「そうだったね・・・おめでとう、セイラ」
「ありがと・・・それで、自作のガンダムシリーズのお気に入り曲をまとめたCDを、あげたの・・・気に入ってもらえたみたい」
「そういうのって、あたしたちにはくれないんだ・・・」
「だって、ハルナもユーコも、余り観ないジャンルでしょ」
「まぁ、そうだけどさ」
「欲しいです・・・セイラ様のガンダムセレクションCD・・・超欲しいです」
それまでニコニコしながら、3人の会話を楽しんでいたミナトが、会話に割り込んできた。
「今度、届けますよ」
「で・・・あたしには、くれないの?」
「聞きたかったら、イチロウくんに頼んでみたらどう?」
「そっか・・・うん、そうする」
ハルナが、にっこりと笑う。
「でも・・・セイラもユーコも、どんどん夢を叶えているね」
「とりあえず、あたしは夢の一つを叶えられたから・・・かなり満足」
セイラが言葉通り、満足げな笑顔で他の3人を見回す。
「ユーコは、全日本選抜メンバーに選ばれたし・・・移籍も成功したしね」
「今のところ、でき過ぎだと思ってる・・・でも、これからが大変だよ」
ハルナは視線を落として、お湯の水面を見詰める。
「どうしたの?」
「ハルナの夢ってなんだろうなって・・・ちょっと考えちゃった」
「そういえば、あまり聞いたことなかったよね」
「言った覚えもないから」
「とりあえず、聞かせて・・・ハルナの夢」
「特にないから・・・今は、とにかく、お父様の後を引き受けて、おじい様の願いを実現する方法を考えるだけで精一杯・・・」
「そうだね・・・考えてみると、ハルナが一番たいへんだ」
「やりがいはあるから・・・」
「でも、それってハルナの夢じゃないんだ」
セイラがポツリと言う。
「夢を叶えるだけがすべてじゃないよ」
「あのさ・・・誰かとずっと一緒にいたいとか・・・ハルナは考えない?例えば、イチロウくんとか・・・」
「イチロウとは、昨日初めて会ったみたいなものだし・・・そこまでの気持ちには、ならないよ」
「あたしは、イチロウくんとなら、いっしょにいたいなぁ」
セイラが遠い眼をして言う。
「そう?」
「うん、初めて会った時・・・キスしちゃったしね・・・あんな気持ち初めて」
セイラが正直に打ち明ける。
「ハルナは、今日、イチロウにキスされちゃったよ」
「そっかぁ・・・でも、なんか胸が痛まないな・・・ってことは、この気持ちは本気じゃないってことかもね」
セイラは無邪気に笑う。ハルナがイチロウにキスをされたと言った事について、動揺している様子がないことに、ハルナは気づいていた。
そして、セイラとは逆に、そのことにほっとしてる自分に気づいてしまった。
「イチロウじゃないとしたら・・・ハルナが憧れているエリナさんと一緒にいたいとか・・・」
「エリナ様と・・・?」
「うん、いつもエリナ様エリナ様って言ってたよね、ハルナは」
「うん・・・言ってたね」
セイラの言葉に、ユーコが同意する。
「でも・・・エリナさんが、カドクラのお父様と結婚すれば、ずっと、一緒にいられるんじゃないの?」
セイラが唐突に呟く。
「そんなこと・・・」
「そして、ハルナは、イチロウくんと結婚する・・・そうすれば、ハルナの好きな人全員が家族になって、家族みんなで、幸せに暮らせるんじゃないの?」
「そんなバカなこと・・・」
ハルナは、お湯の中に顔を埋める。
「ハルナ・・・?だいじょうぶ?わたし、変なこと言った?」
ハルナは、お湯の中に埋めた頭を、無言で横に振った。
(セイラが・・・変なこと言うから・・・どうしよう・・・なんでだろう・・・涙が止まらなくなっちゃたよ)
ハルナは、顔を持ち上げると湯船の中で立ち上がった。
「もう、出るね」
「そうだね・・・男の子を余り待たせるのも悪いしね」
ユーコも湯船から上がる。
「ハルナ・・・泣いてるの?」
そして、セイラが心配そうに追いかける。
「セイラ・・・ハルナを泣かせちゃダメだよ」
ユーコは静かに声をかける。
そして、脱衣所で、追いついたセイラが、ハルナの顔を覗き込む。
「あは・・・セイラに感謝しなくちゃ・・・素敵な夢のヒントをくれてありがとう」
「泣かなくても・・・いいのに」
「二人が夢に向かって努力してるのが、ハルナは、とってもうらやましたかった・・・でも・・・大好きな家族と、ずっと一緒に居られることって・・・それも、よく考えたら素敵な夢だね」
セイラは、ハルナをぎゅっと抱きすくめる。
「ハルナが、家族を大事にしてるのは、みんな、ちゃんと知ってるから・・・早く、みんなが一緒にいられるようになるといいね」
セイラの短い言葉にハルナは、静かに頷く。
エイクが、自家用のワイバーンに乗って、イチロウ、ミリー、そして、クルミが集まってるアルカンドの酒場に到着した時は、ミリーの状態は、かなり悪い状況になっていた。
「だれ?」
ミリーは、短くエイクを誰何する。
「ゲームの世界では、エイトって名乗ってるんだけど・・・憶えてない?」
「エイトだぁ?」
ミリーは、さらに、酒を煽る。既に、自分が、どんな酒を口にしているかもわからないように見える。
「クルミさん・・・ミリーのオプション外してくれないかな?」
イチロウが、クルミに懇願する。
「このほうが面白いのに」
「いや・・・そろそろ、他の仲間もやってくるし、さすがに11歳の女の子に、これ以上飲ませるのは、まずいよ」
「でも、所詮はゲームの中のことだから・・・このままでいいと思うよ。それに、イヤになれば、自分で取ればいいんだから」
「それが無理っぽいから・・・・」
「取ったよ」
途端に、ミリーの表情が、おどおどしたものになる。
「あたし・・・また、やっちゃった?」
「う~ん、どうだろう・・・憶えてない?」
「おぼえて・・・ない・・・なんにも」
「ミリーちゃん、久しぶり・・・エイトだよ、今日も色っぽいね・・・その装備って、ハルナに、もらったんだろ」
ミリーが、身につけているピンク色のナースコスチュームは、確かに、ハルナから受け取ったものだ。
「ハルナが着るより、ミリーちゃんのほうが似合ってる・・・キャンディス・ホワイト・アードレーみたいだ」
「そうかな?ミリー、転職して、看護士になろうかな?
そういえば、エイトって、たまに、ハルナさんと一緒にいるエイトさん?」
「ああ・・そうだよ。さっきから何十回も言ってるじゃないか」
「なんで、イチロウと一緒なの?」
「ミリーちゃんが『今日は、あたしだけのハーレムをつくるんだぁ』って言ったから、困ったイチロウが、俺を呼んだんだぜ。ほんとうに、憶えてないのか?」
「イチロウ・・・そんなこと・・・言ってないよね、あたし・・・いくらなんでも」
「いや、まぁ、とりあえず、俺の前では言ってない。エイクの作り話だ」
「え?エイク?」
「そっか、ゲームの中では、エイトなのか、紛らわしいな」
「リアフレとやるときは、本名で呼んじゃうよな・・・とりあえず、俺は、どっちでもokだから・・・呼びやすいほうで」
「わかったよ・・・なるべく、エイトと呼ぶようにするから・・・エイトと、ミルクさんか・・・」
「リョウスケもいるよ・・・イチロウ」
「リョウスケ・・・って、まさか、ミユイ?」
「当たり・・・久しぶり」
一人離れて、グラスを傾けていた、若い男が、イチロウに手を振る。
「なんで、リョウスケ・・・の顔なんだ?」
「イチロウが喜ぶと思ってね・・・まさか、こっちの世界で、イチロウがゲームをするとは思わなかったけど、ミリーが、近いうちにGDの世界に連れてくるって言っていたから・・・
こんな風に、もう一度オンラインの仮想世界で、一緒に冒険できるなんて考えていなかったよ」
「俺もだ・・・あの時は、香苗が、GD11の世界から居なくなって・・・俺も空しくなって放置しちゃったからな・・・諒輔がずっと続けていたのは知っていたけど・・・まさか、ミユイが、諒輔そっくりのキャラまで作って準備してるとは思わなかった」
「香苗ちゃんとは、GD11で知り合って、その後、結局、リアルで会ってたんだよね、イチロウはさ・・・。リアルで彼女ができれば、オンラインゲームやってる暇なんかないもんねぇ」
「二人とも、宇宙飛行士を目指してたってのは、できすぎだけど・・・でも、オンラインゲームを3年で引退だったら、普通じゃないか?ところで、リョウスケ・・・というかミユイは、凄い装備だな」
「あはは・・・リョウスケが登録してたGD11の時のレベルMAXのアカウントが残っていたからね。
解約にしてあったんだけど、データが残っていたらしくて、GD11からGD21へのキャラの引越しは、すんなり認められたよ。 でも、市狼のためには、香苗さんの顔でもキャラを作っといたほうがよかったかな?」
時折、見え隠れするミユイらしい素の言動が、イチロウに違和感を覚えさせずにはいられない・・・東崎諒輔の記憶を取り戻したことで、イチロウとの過去を思い出したという、龍ヶ崎水結・・・その奇跡を、イチロウは、まだ夢の中のことのように感じていた。
アルカンドの酒場に現れたミユイ・・・リョウスケという名のキャラは、確実に高レベル冒険者であることがわかる装備に身を固めていた。
「どっちにしても、違和感はあるよ・・・その諒輔そっくりのキャラだけは・・・とりあえず、今はやめてくれ」
「喜んでくれると思ったんだけど、じゃ、キャラチェンジしてくるよ・・・ミユイの顔のほうがいいよね」
「ああ・・・そうしてくれると普通にしゃべれる」
いつの間にか、ゲストルームに戻ってきていて、ミユイとイチロウのやり取りを見ていた、仲間達・・・ハルナ、ユーコ、セイラと、ついでに、家政婦のミナトは、リョウスケの顔でしゃべるミユイを相手にする、イチロウのドギマギぶりに、失笑を禁じえなかった。
風呂に入って、さっぱりしたはずのハルナは、なぜか、また、不機嫌そうになっていた。
ミユイが一旦ログアウトする。
そして、すぐに、今度は見慣れた姿になって現れた。
「ハルナさんとは、会えた?」
ミユイの質問に答えようとして、イチロウは、ハルナたちが部屋に戻ってきていることに気づいた。
「ここに、いっぱい美味しそうな女の子がいるってのに、なんで、そんなに男の子との会話が楽しいのか、わからなかったけど・・・そういうことか・・・」
ハルナが、イチロウの耳元に、口を寄せて、声のトーンを下げ、囁くように言う。
「ハルナとは、会えた・・・今、いっしょにいる・・・ちょっと怖い」
「今は、アルカンド?昨日、イチロウと会ったところだよね」
「ああ・・・あの後、移動してない」
「じゃ、ハルナもすぐ、行くから・・・そう、ミユイさんに伝えて」
「ハルナも、すぐログインするって言ってる。少し待っててくれるか?」
「もちろんだよ・・・楽しみ」
「ミユイさんって・・・あの時イチロウと一緒にZカーに乗ってた女の子だったよね」
ハルナは、エイクとイチロウのいる部屋に用意され、放置されているゲーム用端末のアカウントを自分のものに切り替える。
「あ・・・それ、わたしの・・・」
セイラが、抗議しようとしたが、ハルナがいつになく真剣な表情なので、諦める。
「セイラ様・・・よかったら、隣の部屋にも2つ用意してあるので、そちらを使ってください」
「うん・・・わかった・・・でも、ハルナ・・・イチロウくんとくっつき過ぎてるよね」
確かに、そのまま座り込んで、コントローラを操作しているハルナは、完全にイチロウに密着した状態になっている。
そして、ユーコも、何か小さくつぶやきながら、放置していた自分のキャラを動かすため、エイクの横に座り込む。
「独り身同士だし・・・ミナトさんも、いっしょにやりますか?」
セイラが、寂しそうに誘う。
「よろしいのでしょうか?」
「ミナトさんさえ、よかったら」
ミナトが、セイラの両手を握り締める。そして、おもむろに、その唇をセイラに近づけてくる。
「ちょ・・・ミナトさん・・・違います違います・・・ゲームしましょうって言ってるんですよ」
「ああ・・・ゲームですか?わかりました・・・でも、欲しくなったら、いつでも言ってくださいね。ご主人様と、お客様に、ご奉仕するのが、わたくしの務めですから」
「・・・」
セイラは、ハルナによって強制切断されてしまった自分のキャラが無事、生き残ってることを確認できて、ほっとした。
「でも、100年前のアカウントの引越しができること、けっこう、びっくりしました」
「うん、けっこう、すごいこと平気な顔で、会話してたよね・・・あの二人」
「セイラ様は、恋のライバルが多すぎて大変ですね」
「え・・・?」
「今日のパーティで、ずっと、イチロウ様を眼で追っていらっしゃいましたから」
セイラには、その自覚はなかったが、確かに、イチロウがハルナやユーコとダンスをしている姿や、カドクラたちと談笑している姿は、よく憶えていることを、ミナトの言葉で気づかされてしまった。
「わたしが、イチロウくんを?」
「ゲーム始まってますから、声が、入ってしまいますよ・・・一度、音声オフにしたほうがいいです」
ミナトは、セイラのゲーム端末の音声設定をミュートに切り替える。そして、セイラとの会話を続ける。
「すみませんね・・・覗きが趣味なので、それとなく見てると、みなさんの、お気持ちが手に取るようにわかります」
「もう・・・」
「まず、好きな人を眼で追ってしまうのは、人間の習性です。脇から見てれば、誰が誰を好きかなんて、みんな、丸わかりです。
自分だけは、気持ちを隠せているなんてのは、ただの自己満足です」
「イチロウくんが、誰を見ていたのかもわかりますか?」
「そうですね・・・ずばりユーコ様・・・でも、見ていたのは、恋人として欲しているという目つきではありませんでした・・・なんか、安心しているような・・・ユーコ様を見るときは、とても落ち着いた優しい眼をしていましたよ」
「優しい目?ですか?」
「ええ、特に、エイク様と仲良くしてるユーコ様の姿を見ているときのイチロウ様の眼は、大事な妹さんの幸せを見詰める兄のような、ほんとうに優しい瞳でした」
「そういえば、ユーコが差し出した、カクテルを、全部、断らないで飲み干していましたね・・・イチロウくん」
「ね・・・それを知ってるってことは、セイラ様が、イチロウ様を、ずっと見ていたってことなんですよ・・・普通、そこまで、気づきません」
「そうなの・・・でしょうか・・・」
「もっとも、今をときめくアイドル歌手のセイラ様の恋のスキャンダルは、ファンのわたしも、あまり好ましく思っておりません」
「アイドルではないつもりなんですが・・・わたしより綺麗なアイドルいっぱいいるし、どっちかというと、わたしのコンサートって、女の子のファンばっかりですし」
「みんな、セイラ様の、お声を聞きたくて来るファンですからね・・・それは、しょうがないですよ」
「でも、もう少し・・・男の子にも来て欲しい」
「あはは・・・ごめんなさい・・・きっと、セイラ様が思ってる以上に、男の子のファンはいると思いますよ・・・だって、女の子ばかりが集まる、女性ヴォーカルのコンサート会場に、独り身の男の子が、行きたがると思いますか?セイラ様を恋人にしたいと思うような男の子なら、ずっと、ライヴ中継を観てるだけですよ」
「そうなの・・・でしょうか?」
セイラとミナトが、おしゃべりを続けながら、テレポートアイテムで到着したアルカンドの酒場では、仲間の全てが集まって、大騒ぎを始めたところであった。
隣の部屋の騒ぎ声と妙にシンクロして、ゲームの中で、酒を酌み交わしているのが、なぜかとても、現実の世界との違和感を感じていた。
それでも、画面を通して、嬉しそうにしているイチロウそっくりのキャラの姿に、セイラ自身、なんとなくほっとするものを感じていた。
「どっちかというと、物珍しいだけだったんですけどね・・・初めて会った時は」
セイラがポツリと呟く。
「あの・・・エリナ・イーストが蘇生させた100年前に生きてた宇宙飛行士・・・キリエに聞いていたとおり、どこにでもいる優しいだけが取り得の男の人・・・そんな印象でした」
「他のライバルの気持ちについても、よかったら、わたしの推理を伝えることができますよ・・・家政婦の眼というのは、鋭いものです。あの石崎秋子さんや火田七瀬さんのように、家政婦には、多かれ少なかれ、人の心を読み取ることのできるテレパシー能力が備わっているものですから・・・もっとも、わたしは、テレパシー能力ではなくて、透視能力のほうが欲しかったです・・・なぜ、神様は、二物を与えてくださらないのでしょうか?」
「ミナトさんは、料理も裁縫も超一流ではないですか・・・わたしよりも肌も綺麗だし、お顔も可愛いですよ・・・」
「あまり、褒めすぎると、セイラお嬢様を、押し倒してしまいますよ・・・」
「クビが怖くなければ、どうぞ・・・」
「クビはイヤです・・・
では、イチロウ様の気持ちは、セイラ様が、ご自身で確かめてください・・・イチロウ様は、我慢強くて・・・嘘が下手くそです・・・それは保証します」
「うん、じゃ、シングル同士ですが、わたしたちも、みんなと一緒に飲みましょうか?」
「はい・・・」
セイラとミナトは、音声の設定を、元に戻して、酒場の中へと入っていく。
「セイラ・・・遅かったじゃない・・・今、イチロウのドラゴンライド・ライセンスを取りに行こうって話しをしてたとこだよ」
既に酔っ払いモード全開のハルナが、セイラに絡んでくる。
「ドラゴンライド・ライセンス・・・イチロウくん、持っていないの?」
「昨日、始めたばかりだからさ・・・今は、どこに行くにも歩きなんだって話をしたら・・・ライセンスだけでも、取りに行けって・・・みんなうるさいんだ」
「ミッションもいいけど、少しだけ、わたしもお酒飲んでいいかな?・・・
だいたい・・・イチロウくんはずるいぞ。パーティ会場でも、この部屋でも、ゲームの中までも・・・自分だけいっぱい飲んでないで、あたしにも、お酌しなさい・・・今日は、ずっと、仕事で、お疲れなんですから・・・」
「そういえば、セイラさん・・・『時代はめぐる』って、いい曲ですね・・・すごく古い曲なのに・・・ハルナの即席リクエストだったんでしょ・・・よく知ってましたね・・・」
「セイラさんは、こう見えても、プロの歌手ですから・・・とりあえず、カラオケの定番は何でも歌えますよ。
今度、二人っきりで、邪魔者が居ない時、ゆっくり聞かせてあげます」
「ミユキさんの歌を知らないのは、イチロウだけなんじゃないの?」
ミユイが、呆れ顔で言う。
「そりゃ・・・ミユイは、全ての音楽データベースが頭の中に入ってるんだから、知らないものはないんだろうけどさ・・・」
「イチロウは、ずっとアニメとゲームばっかりだったからね・・・宇宙飛行士になったのだって、アニメの影響だったし」
イチロウの過去を知ってるミユイの言動が、すこしだけ、みんなの中で浮いていることを、イチロウは気にしていたが、ミユイ自身は、100年来の友のノリで、積極的にイチロウに絡んでくる。
「別に、過去を知ってるからって、そんなに偉いことじゃないと思うけど」
ハルナが、ミユイとイチロウの会話に割り込んでくる。
「ごめんなさい・・・あたし、調子に乗って、余計なおしゃべりばかり」
「いいんだけど・・・」
「いや、たぶん、俺が調子に乗って、懐かしくって、ミユイとばっかり話し込んでたから」
「ミユイさんを呼び出したの、あたしなんだよ・・・イチロウ、褒めてちょうだいよね」
次は、ミリーが絡んでくる。
「でも、ミリーは、飲みすぎたから減点だ」
イチロウ、ミリーのルーパス号クルーの二人。
来週のレースで、敵となって戦うサットン・サービスのクルミ。
地球をテリトリーとするJリーグプレイヤーであり、サッカー日本代表のエイクと、ユーコの二人。
そして、その二人の親友であり、イチロウとミリーから正式に、ルーパス号のクルーとなることを申し込まれた、カドクラホテル次期社長のハルナ。
ハルナの親友のセイラと、このオータケ邸の家政婦であるミナト。
そして、イチロウのかつての親友であるリョウスケの記憶を継承する少女・・・今は、遠い第4恒星系第12番惑星に住むミユイ。
時を越え、距離を無にし、めぐり合った9人は、既に、夜の12時を迎えるにもかかわらず、旧知の仲であるかのように、ゲーム世界と、陽気にはしゃげる酒の手を借りることで、いつまでも、楽しくおしゃべりをすることをやめなかった。