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ブシランチャー2号機には、太陽系レース参加者のためのいくつかの施設が設けられている。
今、ミリーとエリナがジュースを飲みながら談笑している部屋は、レース参加者用のフリードリンクコーナーである。
『ミリー、お疲れ様・・・今日は、イチロウのせいで、大変だったね』
ミリーの膝の上で居心地よさそうに羽を畳んでいる、ウルフドラゴンのギンが、ミリーの頭の中に話しかける。
ギンの声帯は、日本語や、英語といった言葉を発声することに適していない。そのためか、別の理由によるものか定かではないが、事実として、ギンには、『直接、人の頭の中に語りかけることのできるテレパシー能力』が身についているのである。
ミリー本人は、ギンの思い・・・つまり、自分とおしゃべりをしたいという気持ちが強くなったので、ギンの母親がわが子に授けてくれた能力だと信じている。
ミリーが、ギンとそして、彼の母親と出会った時、ギンの母は、テレパシー能力を駆使して、ミリーに、たくさんの話をしてくれた。雄のウルフドラゴンは、成長する過程で、飛翔する能力を得るが、テレパシー能力は有さない。逆に雌は、他の種族の言語を解し、その言語イメージを直接、脳に伝えることで、異種族とのコミニュケーションが可能になるという説明も、その時に聞いていた。
公式練習を終えて、ブシランチャー2号機から、ルーパス号に戻ろうとしたエリナとミリーは、サットン・サービスのキサキとチアキから、「もうちょっと、おしゃべりしようよ」と言われ、引き止められてしまった。
断る理由はなかったので、ミリーは、ルーパス号の留守番をさせていたギンを迎えに行き、このサービスルームまで連れてきたところだった。
今は、ルーパス号に、ロウムとソランが帰ってきている。
ミリーの弟ロウムは、普段、ゲーム・シナリオのライターをしていて、割と落ち着きなくあっちこっちを自家用ミニ・クルーザーと公設のワープ施設を利用して、飛び回ったりしているが、母リンデの言いつけで、日曜日には、ルーパス号に戻って、ミリーとエリナを、しっかりと監視することにしている。
エリナの放浪癖は筋金入りなので、監視役がいないと、宇宙の果てまで飛んでいってしまう可能性があるらしいのだ。
ソランは、スポーツ指導士をしていて、「宇宙で生活する人々が、過度の肥満にならないように・・・」と本人は常日頃言っているが、フィットネスクラブなどに出向いてダイエットのインストラクターをしていたりするらしい・・・自由人であるソランが、いったい何を普段やっているのか、ルーパス号のクルーは、何も知らない。ソランの妻・・・キリエを除いては。
「エリナちゃんも、お酒飲めばいいのに・・・」
サットン・サービス・チームのメインパイロットのチアキが、自分が啜っている簡易チューブ型のドリンクボトルをエリナに突き出して言った。
「あたしも、ミリーも未成年ですよ」
「だいじょうぶだよ・・・ここにはスーパーポリスくらいしか徘徊していないから・・・」
ミリーが、ギンを連れてくる間も、ずっと飲み続けていたらしいチアキは、ちょっとだけ酔った振りをして、豪快に笑う。
「そのスーパーポリスがやっかいなんじゃないですか」
「だいじょうぶだよ、酔っ払い運転さえしなければ、何もしないはずだからさ」
「なんだ・・・あたしたちの酒が飲めないって言うのか?」
冗談混じりに、ドラマの中の定番中の定番でもある台詞をキサキが口にしながら、こちらも、やっぱりエリナに酒を勧める。
「あたしを酔いつぶしても、何もサービスとかできませんからね」
「そういう、サービスする気満々の顔で言われちゃったら、是非とも、エリナちゃんを酔わせて、悪戯とかしたくなっちゃうんだけどな・・・でも、もしかして、サービスの意味が違ってる?」
「産まれてこのかた、一回も、お酒なんか飲んだことないんですよ・・・サービスって言ったのは言葉のアヤで・・・お酒飲んだら、一発芸や、カラオケをやらなきゃいけないとか聞いているから」
「そうなの?誰が、そういう間違った知識を植えつけるのかなぁ・・・お姉さん達が、正しいお酒の飲み方を教えるから・・・今日は、とことん、付き合ってもらうね」
「でも、エリナちゃんが、お酒を飲んだことがないってのは、すっごい意外だったよ」
「はい・・・あの・・・なんか、おかしいですか?・・・だって、ほんとうに未成年ですし・・・ちょっとだけ舐めたことあるけど・・・ジュースのほうが美味しいですよ」
「う~ん・・・記憶違いかなぁ・・・・
そうだそうだ・・・太陽系レースでポディウムに乗った時って、シャンパンファイトするじゃない・・・あれって、ちゃんとメカニックも入れて3人で表彰台に立つよね
去年のレースで勝った時、エリナちゃんも、確かシャンパンをラッパ飲みしていた記憶があるんだけど・・・お姉さん達の気のせいだったかな?」
「100%・・・気のせいです・・・いつも全部、シマコさんが飲んじゃいますから・・・」
「エリナちゃんが飲む分が回ってこないと・・・そういうこと?」
「だから、お酒は飲まないし・・・飲めません」
「意外と、つまらない人生を送ってるんだね。じゃ、ミリーちゃんでいいや」
キサキは、今度は、ミリーに酒を勧める。
「ダメですよ・・・ミリーも未成年です」
「でも、飲みたそうな顔しているよ」
ミリーは、図星を突かれたような顔で、眼を丸くする。そして、突き出されたボトルをごく自然に手に取ってストローの先端を凝視する。
「飲んじゃえ・・・」
キサキが、そっと囁く。
『僕が飲むから・・・ちょうだい』
ギンが、そっとミリーに言う。ちょっと戸惑いながらも、ボトルを下げ、ストローの吸い口をギンの口元に宛がう。
「ギンが、飲んでくれるらしいの・・・」
「そのペットくん・・・かなりイケル口なのかな?」
「はい!!ギンは、お酒に関しては底なしなんです」
「へぇ・・・じゃ、いっぱい飲ませちゃおう・・・
実は、ミリーちゃん・・・飲みたかったんだよね・・・オ・サ・ケ」
チアキが、自分のボトルに口を付けながら、ミリーを挑発する。
「う~んと・・・ちょっとだけ・・・」
ミリーは、頷いて、顔を赤らめる。
「調べはついてるんだよ・・・うちのお姉ちゃんが、実は、GD21をやってるから、お酒を飲んで暴れるミリーちゃんの姿を何度も目撃してるんだよね」
「え?・・・あ、あれは、暴れたんじゃなくって・・・なんていうか・・・それに、何度もじゃなくて・・・一回だけです」
「あはは・・・飲むとキス魔になるミリーちゃん、リアルで会ったら、絶対飲み比べ勝負挑んでやるぞって・・・って、いつも、お姉ちゃんが言ってるから」
ミリーは、ますます赤くなる。そんな、やり取りの中で、ギンは、ボトルを空にしてしまう。
「へぇ・・・いい飲みっぷりだね。おいしい?」
『うん、おいしい・・・ありがとうございます、キサキさん』
優しく顔を近づけて質問したキサキに、ギンが応える。
「きみ・・・しゃべれるの?」
キサキがびっくりして眼を丸くする。
『うん、言葉を伝えられるのは、一人限定なんだけど・・・』
「おもしろ~い!!
ミリーちゃん、その子抱っこさせて」
ミリーは、一瞬だけ躊躇したが、すぐに、自分の膝の上のギンを両手で抱え上げると、キサキに手渡した。
キサキは、自分の豊満な胸に押し付けるようにして、ギンを抱きかかえる。
「苦しかったら言ってね。でも、すごいフワフワしてて気持ちいいかも」
ギンの銀色の体毛は、いつもミリーが暇に任せてブラッシングしてるので、比較的さらさらとして柔らかい。それに比べて、エリナは全然、髪の手入れとかしないから、いつも、寝癖みたいな変な感じだとミリーは思っている。エリナが、髪をいじられるのを極端に嫌うので、もう諦めているが、左右非対称に大雑把に振り分けて、毛先だけをリボンで結んだエリナのヘアスタイルだけはなんとかしたいと感じている。でも、未だに手が出せないでいるのだ。
「よかったね・・・ギン・・・綺麗なお姉さんに抱っこされてさ」
ミリーは、少しだけ顔を膨らませ怒ったような顔になって、ギンに声をかける。
『ちょっと窮屈だよ・・・僕は、ミリーの膝の上が一番好きなんだけど』
「この子、もらっちゃってもいいかな?」
『僕は、物じゃないから・・・』
キサキのほとんど本気にしか聞こえない言葉に、即座にギンが反応する。
「冗談だよ・・・でも、さっきの飲みっぷりは、お姉さん、とっても気に入っちゃったのだ。ということで、もう一杯飲めるよね」
『それで、ミリーを許してもらえるなら』
「ミリー、ミリーって・・・もしかして、二人は、恋人同士だったりするのかな?」
キサキは、正面のチアキの持ってるボトルを奪い取ると、それをギンの口元に宛がう。
「ということで、カノジョが、付き合い悪い分は、キミが飲んでくれるんだよね」
もう、反論する気力も失せたので、ギンは、一息に、もう一つのボトルも空にする。
とりあえず、眼の前のボトルを空にすることができたので、ギンは、ふぅっと息を吐いた。
その口元に、新たなボトルが突きつけられる。
「お姉ちゃん・・・遅かったじゃない」
『お姉ちゃん』と、チアキに呼ばれた女性が、にっこりと笑いかける。
「ミリーちゃん、久しぶり・・・こんな若い女の子だったんだね」
「え・・・と」
「ク・ル・ミだよ・・・いつも、酒場に入り浸ってる狩人のクルミ・・・若いのに物覚え悪い子ちゃんなのかな?」
セルフ・サービスカウンターから、まとめて持ってきて小脇にかかえているボトルの1本を、ミリーにも手渡す。
「おかしいなぁ・・・まぁ、飲んでるうちに思い出すでしょ。ミリーちゃんは忘れちゃっても、クルミお姉さんは、ミリーちゃんとのディープキスの思い出は、一生忘れないから、大丈夫だよ」
ミリーは、その言葉で、ようやくイヤな思い出の一つを思い出すことができた。
「もしかして・・・あの時、あの酒場にいた人・・・ですか?」
「そうだよ・・・あの時、あの酒場にいた、ナイスバディの狩人が・・・あたし」
「・・・全然、キャラとイメージ違うじゃないですか・・・っていうか、名前も違ってるし・・・思い出せないですよ」
「そういうミリーちゃんは、キャラとイメージがもろカブリだね・・・一目見てわかったよ・・・もっとも、あの、ご乱行ぶりは、ネカマのおじ様が、酒の勢いを借りて、あたりかまわず、セクハラを働いていたとしか見えなかったよ。リアルで会うことがあったら、絶対、こらしめてやろうって、ずっと思ってた」
「ごめんなさい・・・」
「あはは・・・何を誤ってるのさ・・・所詮はゲームの世界のことだからね。ミリーちゃんも、プロのゲーマーなら、わかってると思うけど・・・ゲームの世界で、発散することができるから、リアルの世界で犯罪が起きにくくなってる・・・だから、ほんとうに酔った感覚になれるゲームイベントも用意されてる・・・はずなんだけど・・・あれだけ、完璧に酔っ払う人が出てくると・・・規制されちゃうと思うよ」
「それ・・・あたしのことですか?」
「あそこまで酔っ払うプレイヤーは見た事なかった。でも、クルミお姉さんは、リアルのミリーちゃんを見たら、その犯罪を犯したくなりました・・・このまま、持って帰って拉致しちゃいたいとこだけど・・・とりあえず、キスしてもいいかな?」
「ダメです!!」
ミリーは、あの時の酒場でのことを思い出して、顔を赤くする。
仮想現実を舞台としたゲームの中で作られた酒場では、リアル現実の世界と同じように酒を注文するシステムが採用されている。
その酒場で飲む酒は、あるオプションを使用することで、リアル現実と同じような酩酊感をゲームプレイヤーに与えることができる。
この時代に於ける人々は、ロウムやミリーに限らず、7歳の誕生日を迎えることで、何らかの職業に就くことが義務付けられているが、就労しているからと言って、飲酒が解禁されているわけではないので、当然ながら、未成年・・・この年の日本の法律では18歳未満・・・は、酒類を口にすることはできない。
しかし、ゲーム世界までは、法律で規制することが困難であるため、ミリーやロウムは、ゲームバランスのテストなどという適当な理由をつけることで、オプションを使用しながらの飲酒プレイを楽しむこともある。
3ヶ月ほど以前に、ミリーがGD21の、とある酒場で出会った狩人が、執拗に酒を勧めてきたことがあった。
その時は、その狩人に勧められるままに、かなり強めの蒸留酒を水で薄めることもせず、脳幹を刺激するオプション装置をつけたまま、深酒をしてしまったのである。
完全にゲーム世界の中で酔ったミリーは、オプション装置を外すことさえ忘れるほどの酷い酩酊状態となり、自分が、その時、何をしたのかも、記憶から飛んでしまっていた。
が、記憶は飛んでいても記録は残っていて、正気に返ったミリーが、その時のゲームプレイを、恐る恐るリプレイしたところ、その酒場で繰り広げられる我が姿を模したキャラの正気とも思えぬ行動に、まず眼を疑った。
プロのゲーマーとしては、あるまじき行動であったことを、未だに悔やんでいるほどの思い出だった。
その時、ミリーに執拗に酒を勧めたのが、今、目の前で、とても飲みきれないと思えるほど、酒の入ったボトルを抱えて、微笑んでいる『クルミ』と名乗る女性であったようなのだ。
「そちらが、メカニックのエリナちゃんだよね・・・なんで、今日は、二人そろってパイロットの真似なんかしていたの?」
もう、完全に癖になっているとしか思えないのだが、クルミは、エリナに、ボトルを突き出す。
手を振って断りながら、一応、返事をしようとエリナが口を開きかけた時、クルミが、勝手に自分のことをしゃべり始めた。
「この二人の保護者兼メカニックをしてるクルミです・・・今日は、二人が、とんでもない世話になったというので、お礼をしようと思って挨拶に来たんだけど・・・酒が飲めないんじゃ・・・しょうがないよな。確か、エリナちゃんの本職はメカニックだよね」
「あ・・・はい」
「あたしたちの機体の感想とか聞いちゃってもいいかな?」
エリナは、キサキとチアキが操縦していた銀色の機体を思い出してみた。
「かなりのスピードタイプの機体であることは、わかりました。エンジン部は、外部からは見られなかったですけど・・・」
「さすが、一流のメカニックの目は誤魔化せないね」
「はい、宇宙用クルーザーのチューニングが本職ですから・・・
でも、きっと、あたしたちの機体の方が、少しだけ速いと思います」
「そうかな?もっとも、去年は優勝してるし・・・今年も2月3月と2連勝してるトムキャットの製造責任者なら、それくらい自信があってもしょうがないか・・・」
「なんか・・・サットン・サービスさんの機体のほうが速いと言いたいようですね」
言葉が、きつくなっていることを自覚しながら、エリナが、クルミの顔を見る。
「エンジン見る?」
クルミが、あっさりと言う。
「いいんですか?」
「うん・・・できれば、ちょっとエリナちゃんに手を加えてもらいたいなって思ってたとこだし・・・条件次第では、ちょっとくらいバラしちゃってもいいんだけど」
「条件・・・ですか?」
「うん・・・あたしの、お酒、飲んでくれるなら、うちの機体、バラしちゃってもいいよ」
エリナは、迷わず、クルミの差し出すボトルを手に取る。
「ちょっと・・・エリナ、ダメだよ」
ミリーが、止めようとするが、エリナは、もう、既にストローに口をつけて、一口啜っていた。
苦い味を感じて、顔をしかめる。
クルミとチアキの姉妹は、面白そうに、エリナを黙って見ている。
意を決したように、深く息を吸ったエリナの手に握られたボトルをミリーが取り上げる。
「一回も、飲んだことないんでしょ・・・エリナも、その、すぐに挑発に乗る癖をなんとかしないと、損するのは、自分なんだからね」
『エリナには、まだ早いよ・・・お酒なら僕がなんとかするから、そんなに、クルミさんの機体に興味あるの?』
「ギンは黙っててよ・・・」
ボトルを取り上げられた上、ミリーとギンの二人から説教まがいのことまで言われたエリナは、不貞腐れてしまった。
『お酒は、身体に良くないからさ・・・あんまり飲みすぎると、この、お姉さんみたいになっちゃうよ』
「わかってるから、もうギンは、何も言わないでよ」
「ちょっと、ペットくん・・・何、こそこそ、あたしの悪口言ってるんだい?」
ギンは、ドキリとして、クルミを見る。
『悪口なんか・・・言ってないよ』
「ペットくん・・・キミの言葉が、直接話しかけた人にしか聞こえてないと思って、言いたい放題言ってると、友達になってあげないぞ」
クルミは、ニヤリと不敵に笑うと、キサキの胸に収まって、自分を見詰めているギンの鼻っ面に、噛み付くような勢いでキスをした。
『うぁ・・・お酒くさい』
「それは、お互い様」
クルミは、数秒、そうやってギンの口元を塞いでいた。
『あたしみたいになっちゃうっていうのは・・・どうなっちゃうのか言ってみなさい・・・あたしだけに聞こえるようにね』
ギンの頭の中に、クルミの思念が、はっきりとした言葉になって届く。
『どういうこと・・・お姉さん・・・もしかして精神感応能力者なの?』
『キミの能力をコピーしただけだよ』
『そんなことが・・・できるの?』
『あはは・・・能力のコピーなんて、できるわけないじゃない・・・これは、接触型テレパス、キミの舌に、あたしの舌を絡ませることで、直接、キミの脳髄に情報を伝えてるだけだから・・・安心しなさいね』
そう言われて、ギンは自分の舌先にクルミの暖かい舌先の触感があることに、ようやく気づいた。
『で・・・エリナが、お酒を飲むと、どうなっちゃうのか・・・ちゃんと答えなさい』
『いや・・・あの・・・見境なく、他人に絡むとか、管を巻いて他人を困らせるとか・・・そういう風になっちゃうのは、困るから・・・それに、やっぱり、まだ未成年だし』
『ペットくん、困ってるんだ』
『困ってるよ・・・』
『じゃ・・・お詫びしなきゃね』
やっと、ギンはクルミのキスから開放された。クルミの行動を見ていたミリーとエリナは、ただ、呆然としているだけだった。
クルミは、エリナに向き直り、まっすぐに、その眼を見詰める。
「エリナちゃんは、素敵な騎士様を二人も引き連れてて、羨ましいぞ・・・とりあえず、ペットくんとは商談成立・・・あたしたちの機体、好きなだけカスタマイズしてくれていいよ・・・元々、そのお願いをするつもりだったし・・・エリナちゃんが、予選組の機体の改良を積極的にやってくれてるって話は有名だからね・・・」
「いじっちゃっていいんですか?」
「もちろんだよ・・・宇宙で一番速い機体に仕上げちゃってもいいんだよ・・・最高速度が上がった分、ボーナス報酬を上げてもいいくらいだ」
「ありがとうございます」
「いいのか?性能を上げ過ぎると、そっちのZカーよりも、いいタイムが出ちゃうかもしれないぞ」
「そうなったら、もっと、速く飛べるようにすればいいだけだから・・・うん、ノープロブレムだよ」
「3人とも、いい子だね」
「でも、バラすのなら、ここはまずいですよね」
「そうだね・・・もう、練習時間終わってるし、後は撤収作業だけだからなぁ」
「ルーパスに持っていってもいいですか?」
エリナは、屈託なく笑って提案する。
「ほんとに、バラすつもり?」
『エリナに冗談とか、全然通じないよ』
ギンが、解説を入れる。
「はい!!宇宙で一番速い機体に仕上げちゃいます・・・もっとも、燃費は、当然悪くなっちゃいますが」
「それは、困る・・・」
「Zカスタムは、そこで行き詰っちゃったんです・・・速度を上げれば、燃料消費は激しくなるから・・・でも、スプリントセッションで1番にもなりたかったし」
「やっぱり、優勝狙いなんだね」
「はい!!」
『エリナは、機械いじりしてる時間が一番好きなんだ・・・その代わり、夢中になってる時に邪魔が入ると途端に不機嫌になるから・・・気をつけてね』
「まぁ、しょうがないか・・・じゃ、あたしも、一緒について行っていいかい?きみたちの船に」
「もちろんですよ・・・じゃ、さっそく・・・でも、クルミさん、お酒飲んでますよね」
「そうだね・・・このまま、操縦したら捕まっちゃうね」
「あたしが、操縦してもいい?」
「いいけど、あなただって、お酒飲んでたよね・・・さっき」
「じゃ・・・ミリーしかいないね・・・ミリー、お願い」
「別に、あたしはかまわないけどさ。あれって・・・飲んだうちに入んないよね」
「そうかなぁ・・・けっこう、一息で、すごい飲んじゃった気がするから・・・頼みますね。ミリーせんせい」
「酔った振りすりゃいいってもんじゃないと思うんだけど・・・」
ミリーは、キサキからギンを受け取る。
「キサキさんとチアキさんは、どうしますか?」
エリナが、二人に尋ねる。
「あたしたちも、一緒に行っていいのかい?」
「もちろんです・・・明日は日曜日だし・・・泊まっていってください」
「どうしようか・・・そっちも、面白そうなんだけど」
チアキが、キサキと顔を見合わせる。
「あ・・・他に予定があるんだったら、無理にとは言わないです」
「うん、ごめん・・・ちょっと先約があってね・・・っていうか、エリナちゃんは、誘われていないの?」
「え?誰にですか?」
「さっきの練習の時・・・ジュピターアイランドの連中がいたじゃない・・・あたしたち、彼らに、今夜誘われてるんだけど・・・当然、あの流れだし、エリナちゃんも誘われてるんだと思ってたから」
「いえ・・・誘われてないです」
「あいつら、エリナちゃんに断られるのが怖くて、誘ってないんじゃないか?偉そうなこと言ってた割りには、とんだチキンだね」
キサキが、頭をかきながら言う。
「それじゃ、今夜は、とりあえず、あたし達で味見しておくよ。おいしかったら、エリナちゃんにもおすそ分けしてあげるからさ」
「なんですか・・・その味見って・・・」
エリナが、静かに笑いながらキサキに訊ねる。
「どうせ。飲んだ後は、当然、エッチしようって話になるんだろうから・・・あのナカノくんは、ちょっと、イイ男だったしね。」
「エッチするんですか?今日会ったばかりなのに?」
「キサキも、チアキも、ほどほどにな・・・パイロット同士、あまり勘ぐられる行動は慎むようにしたほうがいい」
「お姉ちゃんが、それを言うかなぁ」
「ということらしいから、今日は、あたしだけ、そっちの船に泊まらせてもらうよ」
「はい・・・」
チアキとキサキの二人と別れたエリナとミリーは、クルミの案内で、彼女達のミニ・クルーザーの置いてあるハンガーにやってきていた。
「エリナちゃんの機体も撤収するんだろう?」
「はい・・・連結できると思うので、ここから二つとも出したら、連結して、あたしたちの船まで運びます。できるよね、ミリー」
「できるけどさ、なんで、エリナがやらないで、あたしが・・・」
「ダメ?」
「あれくらいなら、全然、飲んだうちに入らないよ、それに、いちいち飲酒チェックしてるほど、ポリスの連中も暇じゃないだろうし」
「なぁに・・・ほんとうに、それを気にしてたの?エリナは?」
「だって・・・飲酒運転で捕まったら、永久ライセンス停止だし・・・」
「それが、わかってて、それでも、飲んじゃったんだ」
「だって・・・ミリー、このクルーザー・・・・すっごいカッコいいと思わない?
だって、だって、だって・・デブリの寄せ集めだけで、こんなに綺麗にデザインされているし、なんと言っても、このエンジンユニットの形が、ほんとうにかわいらしいんだもん」
間近で確認すると、その半ばむき出し状態のメインバーニアを制御するエンジン部分は、百合の花を思わせるラッパ型だった。
「デザインコンセプトは、『宇宙に咲く一輪の百合』だからね・・・」
クルミが、嬉しそうに、説明する。
「そういえば、聞いていなかったけど、このクルーザーの名前ってなんて言うんですか?」
「プラチナ・リリィだ」
「白金の百合・・・いい名前ですね」
エリナがうっとりとした顔で呟く。
「じゃ、クルミさんは、こっちに乗ってください・・・エリナは、Zカスタムを、外に出しておいて・・・それくらいなら問題ないよね」
「たぶん・・・」
「いいから、出しといてね・・・そこまでは、面倒見ないから」
「は~い」
エリナは、しぶしぶ返事して、Zカスタムの置いてあるハンガー区画のほうへ移動していった。
「お待たせしました。クルミさん・・・行きましょう」
「ああ・・・よろしく頼むよ・・・ミリーちゃん」
機体に乗り込んだところで、機体を固定しているマグネットロックの解除を行う。
初めて乗る機体であるにも関わらず、ミリーは、器用にスラスターの姿勢制御だけで、ハンガーからクルーザーを移動させていく。
「ミリーちゃん、運転うまいねぇ」
「これでも、プロのゲーマーですからね・・・こういう、コントローラが付いてれば、機体の操縦くらいなら眼を瞑ってでもぶつけたりしませんよ」
「うちの二人に聞かせてやりたい台詞だ・・・」
「そういえば、けっこうぶつけた跡がありましたね」
「そうなんだ・・・もっと、大事にしろって何度も言ってるんだけどな」
ブシランチャー2号機から、通常宇宙空間にゆっくりと出てきたクルミたちの機体を、エリナの乗るZカスタムが出迎える。
Zカスタムの腹部と、プラチナ・リリィの腹部を合体させたあとで、ミリーは、繋がった2機を、ルーパス号の停泊しているエリアへと、ゆっくりと発進させた。