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スタジアム・シキシマを後にしたイチロウとハルナは、スバル360を、イチロウのスーツのオーダーメイドを依頼したフォーマルウェア専門店の「ウッディサークル」のテナントがある、ショッピングモールへ走らせていた。
『ハルナ様・・・ザスパは勝利したようですね。おめでとうございます』
「ユーコは負けちゃったから、きっと、今頃ご機嫌斜めのはずだけどね」
『今シーズン、ザスパの初失点がレッズからということになってしまいましたね・・・アシストは、ユーコ様でしたが、それでも、ご機嫌はよろしくないのでしょうか?』
「負けちゃったからね・・・ごきげん麗しくは・・・ないんだろうなぁ、ユーコとしてはね・・・まぁ、今夜のパーティには、ちゃんと来てくれると思うから、二人で慰めてあげようね・・・ね、イチロウ」
イチロウは、ステアリングを握りながら、何か考え事をしているように呆然としてる様子なのが、ハルナは気にかかった。
「イチロウ?」
「あ・・・」
「だいじょうぶ?調子悪いなら、運転代わるよ」
「調子が悪いわけじゃないから・・・でも、ちょっと、上の空になってたか?」
「事故らないでね・・・」
その言葉に、イチロウは、スバル360のスピードを緩め、左に寄せた後で、停止させてしまった。
「やっぱり、調子悪いの?」
「そうじゃないんだ・・・」
「・・・?」
「パーティに行く前に、一度、ハルナの家に戻るんだよな」
「うん・・・ハルナはドレスに着替えないといけないからね」
「そのドレスに着替える時でいいんだけど・・・ユーコ・ハットリのビデオがあれば、観せてほしいんだ」
「ビデオって・・・去年の?」
「いや・・・来る前かな・・・ハルナが言っていたじゃないか・・・体操で銀メダルを取ったって」
「オリンピックの?」
「ないことはないよな?」
「そりゃ、ビデオライブラリを検索すれば、すぐに見つかるけど・・・どうしたの?ユーコのレオタード姿が観たい・・・ってこと?
でも、3年前はユーコも、ハルナも、まだ13歳だよ・・・全然、色気も何もないよ」
「彼女の体操演技を観たいんだ・・・できれば、今日、パーティで、会う前に観ておきたいんだ」
「そっか、わかった・・・じゃ、なるべく早く、家に戻ろうね」
「ありがとう」
「運転は、やっぱり、ハルナが代わるね・・・画面は小さいけど、ミロのオンラインライブラリで検索すれば、見つかると思うから、ゆっくり、見つけて観てていいよ」
『さっそく、検索しますね』
ミロの明るい声がして、映像が、すぐさま映し出される。
白と赤の日本代表のユニフォームのレオタードに身を包んだ、ユーコの姿が、スバル360車内のモニターに現れる。
助手席から外に出た後で、運転席シートのイチロウを追い出すように、車内から引っ張り出すと、助手席に座らせる。
ハルナ自身は、しっかりと運転席シートに腰を落ち着けて慎重に発進させる。
イチロウが、小さいモニターの中で、演技を続けるユーコの姿を、物も言わず食い入るように凝視めているのが、ハルナにはわかった。
「体操・・・好きなの?イチロウ」
(返事がない・・・ただの屍のようだ・・・)
返事をしないイチロウを見て、ハルナは、そんな台詞を小さな声で呟いてみたが、少しでも早く、家に着けるように、少しだけスバル360のスピードを上げた。
ショッピングモールの「ウッディサークル」へは、ハルナ一人が、イチロウのタキシードスーツ一式を受け取りに行き、その間も、イチロウは、ミロが繰り返し映し出すユーコの姿を見続けていた。
店員を連れて駐車場まで戻ってきたハルナは、荷物を後部座席シートの上に載せた後で、軽いため息を吐いた。
「せめて、ありがとうくらい言ってよね」
「あ・・・悪い。ありがとう、ハルナ」
ハルナは、一旦、モニターの映像を停止させる。
「わざわざ、運んでいただき、ありがとうございます」
ハルナは、店員にチップを渡した後で、その店員に対し、丁寧にお礼とお辞儀をした。
ハルナは、もう一度運転席シートに腰を納めた後で、イチロウをゆっくりと見詰める。
「理由・・・聞かせてくれる?」
体操の試合を食い入るように観ていたイチロウの真剣な表情が気になっていたハルナは、単刀直入に問いかける。
「イチロウにとっての体操って・・・なぁに?」
「何・・・と言われると・・・なんて答えていいかわからない」
「まさか、イチロウって、体操競技の経験者だったりするの?」
「さすがに・・・体操はやってないよ」
「じゃ、単に、ユーコのレオタードを観ていたかっただけ?」
「それも違う・・・うまく言えないんだけどさ・・・俺、ツカハラ・ナオヤって選手が好きだったんだ」
「ツカハラ跳びの?」
「ツカハラ跳びは、お父さんのツカハラ・ミツオさん・・・どっちかって言うと、ツカハラ跳びというより、ムーンサルト・・・月面宙返りって呼ぶほうが、好きだ。
男子競技の鉄棒と、女子競技の段違い平行棒が好きで・・・オリンピックの体操は必ず観ていたよ」
「ほんとうに、それだけの理由かなぁ」
「他に・・・どんな理由が・・・」
「家に帰ったら、ユーコの『フィギュア・スケート』の映像もあるんだけど・・・観てみたいと思わない?」
「・・・・」
イチロウは、無言で、ハルナの顔を見る。
「ユーコは、7歳から10歳までの3年間・・・プロスケーターだったの・・・ここグンマは、体操よりも、スキーやスケートのほうが盛んだったし、体操と違ってスケートは、アイス・ショーで、子役が活躍するチャンスも多いんだよ・・・プライベート映像だから、たぶん、ミロのオンラインライブラリだと検索に引っかからないけど、家に戻れば、すぐに観ることができるよ・・・ね、観たいと思わない?」
「・・・」
「もっとも、イチロウは、ユーコじゃなくて、体操に興味があるんだよね」
「・・・・」
「もしかして、ムーンサルトやりたくって、宇宙飛行士になったのかな?」
「・・・・・」
「ムーンサルトの映像集・・・12時間くらい、観てみる?」
「ハルナは、意外と意地悪だ」
「素直に言わないからだよ・・・ユーコの真剣な表情を見ていたい・・・ってさ」
「・・・」
「そりゃ、ハルナだって、女の子なんだよ。
好きな男の子が、他の女の子の姿を眼で追ったりしてれば、ジェラシーを感じちゃったりするんだから・・・いいじゃない、ちょっとくらい意地悪言ったってさ・・・
ほんとうなら、思いっきりつねってるところなんだから・・・
イチロウはわかってるのかな?
ここはね・・・ イチロウのいた時代とは、違うんだから。
隣に、こんなイイ女がいるのに、他の女の子の映像に釘付けになっちゃってるのって、すごい失礼なことだって、自覚してもらわなくっちゃ」
「悪い・・・」
「じゃ、ユーコのフィギュア・スケートの映像は観なくても我慢できるよね」
「それとこれとは・・・」
「やっぱり、観たい?」
「・・・」
「ちゃんと、観たいって言わないと、観せてあげません」
「じゃ、いいよ・・・観ないから」
「ルーパス号に戻ったら、観られなくなっちゃうよ・・・プライベート映像なんだから・・・オリンピックの映像だったら、いくらでもどこでも、ビデオ・ライブラリで観られるけど、カドクラのプライベート映像は、カドクラのライブラリじゃないと観られないよ」
「でも、ハルナは、嬉しくないんだろう、俺が、その映像を観ること・・・」
「まぁね」
「じゃ、やめとくよ・・・」
「そこで、あきらめちゃダメだよ。見せるつもりがなければ、わざわざ、見せようかなんて言う訳ないじゃない。
それに、イチロウは、もっと、自分の気持ちに正直になったほうがいいよ
イチロウってさ・・・なんか、いろいろ我慢しちゃってるよね」
「たぶん・・・まだ、戸惑ってるだけだと思う・・・エリナの優しさにも、ハルナの優しさにも・・・」
「そう?ハルナは、これが自然体なんだけどな・・・百年経ったからと言っても、きっと人の気持ちとか、そんなには変わらないよ」
「俺にとっては、あの事故から、まだ一月しか経っていないんだ」
イチロウは、複雑な表情で、視線を虚空に漂わせる。
「カナエさんが亡くなった時の事故のこと?・・・もし、イチロウが辛くなかったら、家に戻った時、その1ヶ月前の事故の話を聞かせてもらいたい・・・だめかな?やっぱり、思い出したくない?」
パーティ会場には、既に、カドクラは到着していて、少しだけ遅れてきたイチロウとハルナを出迎えてくれた。
あの後、カドクラの屋敷に戻った二人は、時間までをハルナの自室で過ごした。
その時、イチロウは初めて、海王星のトリトンで永眠を続ける自分の婚約者、藍田香苗のことと、その時起こった事故の経緯について、ハルナに全てを伝えた。
口を挟むことなく全てを聞いたハルナは、「そっかぁ」と一言だけ言うと、先に約束したユーコ・ハットリが踊るアイス・ダンスの映像ビデオを、「イチロウが元気を出せるように」と言って見せてくれた。
その時、ハルナは、イチロウに素直に聞いてみたのだ。
「もしかして、カナエさんて、ユーコに似てるの?」・・・と
イチロウの返事は「イエス」だった。
「お父様、約束の時間に遅れてしまって申し訳ありません。どうしても、寄りたいところがありましたもので・・・でも、パーティの開始には、ぎりぎり間に合いましたよね」
「そうだな・・・カドクラの不良娘が、多少時間に遅れたくらいで、誰も咎めることはしないと思うが、あそこに、お前に会いたがって、待ちぼうけを食ってる女性がいる・・・彼女へも、きちんと謝っておいたほうがいいぞ」
カドクラの示す方向には、ピンク色の短く切りそれた髪を大きな青い薔薇の髪飾りで整えた少女の姿があった。
ピンクグレープフルーツのジュースが注がれたグラスを手にした少女は、自分に注意を向けてる二人の男女に気づき、その二人の傍に、おもむろに近づいてくる。
「セイラ・・・ごきげんよう・・・いつ地球に?」
ハルナは、本当に驚いたように、そのピンクの髪の少女に声を掛ける。
驚いたのは、イチロウも同様である。
ワープステーション「セカンドインパクト」で出会った歌手・・・マリーメイヤ・セイラの姿が、そこにあったからだ。
「今日は、ゲストじゃなくて、主催者のオータケ会長から、パーティーの盛り上げ役として、ミニ・コンサートをやってくれと頼まれてきたんだよ・・・イチロウくん、セイラさんを見るときの顔は、いつもビックリ顔だね・・・その顔も悪くないけど・・・ちゃんと挨拶くらいは、しようね」
「びっくりした・・・」
「もう・・・それは、感想で・・・挨拶じゃないぞ・・・えっと、ニ・ド・メまして、イチロウくん・・・今日は、オータケ会長のパーティ会場へようこそ・・・どんなリクエストにも応えるからね。好きな曲・・・どんどんリクエストしてね・・・
あ~あ、もっと、早く来てくれれば、いっぱいお話できたのに・・・もうパーティ始まっちゃうから・・・スタンバっておかないといけない時間になっちゃったよ・・・
じゃ、あたしは、ステージに戻ります・・・楽しんでいってくださいね・・・イチロウくん、もちろん、ハルナもね」
「うん・・・お仕事、がんばって・・・セイラ」
セイラは、ステージに向かう後ろ姿のまま小さくガッツポーズを取る。
「びっくりした・・・」
イチロウは、もう一度繰り返した。
「セイラも、ハルナの親友だから・・・言わなかったっけ?ピンクの髪の親友がいるってこと」
「びっくりした・・・心臓が止まるかと思ったよ」
「止まっちゃえばよかったのにね」
「そういうブラックジョークは・・・」
「何よ、イチロウが言ったんだよ」
その二人の傍に、若い大柄な男女のペアが近寄って、声を掛けてきた。
「ハルナ・・・昼間は、応援、ありがとう」
先に、挨拶を切り出したのは、スタジアム・シキシマで試合を終えてすぐに、このパーティ会場にやってきていたエイク・ホソガイであった。一緒にいるのは、これも昼間のゲームで、豪快なプレイを魅せてくれたユーコ・ハットリであるのが、わかった。
「はじめまして・・・ハルナさんに誘われて、出席させてもらいました・・・タカシマです」
エイクは、手を差し伸べる。
イチロウも、その手を取る。
「すばらしい試合を観させてもらって感激しています」
「今日は、俺も、ユーコもゴールを上げることはできなかった。ちょっと残念だ」
ユーコは、口を開かない。
「ユーコ・・・もしかして、ノーゴールに終わったこと、まだ、引きずってるの?」
ハルナが、心配そうに、ユーコの顔を覗き込む。
「せっかく、ハルナが遠いところ、応援に来てくれたのに・・・」
「ユーコさん・・・試合前、挨拶させてもらったタカシマと言います・・・今日の試合、感激しました」
意を決したように、イチロウが、ユーコに話しかける。
その時、セイラが歌うスローテンポのバラードが、会場に静かに、響き始めた。
「そうだよ・・・ユーコの元気いっぱいのプレイは、ザスパの応援をしていたサポーターのみんなにも元気を与えてたんだから・・・いつまでも、そうやって落ち込んでちゃだめだよ・・・それにね」
「なによ・・・」
「ハルナたちが、ここに来るのが遅れた理由は、イチロウが、ユーコのオリンピックに出た時・・・銀メダルを取った時の映像を観たいって、パーティが始まる前に、絶対、見ておきたいって・・・そしたら、ずっと見続けててさ・・・ついでに、フィギュア・スケートの映像も一緒にみせちゃったんだけど・・・イチロウったら、同じシーンを何回も何回も繰り返し見てるんだよ・・・ハルナは、早く行こうって、ずっと言っていたのに、『すごい、すごい』って何度も何度も・・・」
「すいません、遅れちゃいけないのはわかっていたんですが、あまりにも信じられない演技の連続ばかりなので、今日の試合も、すごいと思いましたけど、体操をしている時のユーコさん、もう、ほんとに目が離せませんでした」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど」
「だったら、もっと素直に喜びなさいよ・・・イチロウはね、こう見えて、119歳なんだよ」
「え?」
「なんて説明すればいいかな・・・」
「イチロウの事情は、いろいろ複雑だからね・・・」
「ユーコさんに限らず、体操という競技があんなにも、すごい進化をしてるというのが、まず信じられなくて・・・」
「ストップ・・・イチロウ」
エイクが、いつになくイチロウが、饒舌になるのを制するように、口を挟んだ。
「あ・・・すいません、余計な、おしゃべりを・・・」
「そんなのは気にしてないよ」
「それじゃ、ユーコさんのことを・・・」
「その、ユーコさんと呼ぶのはやめようよ。なぁ、ユーコ」
「そうだね・・・イチロウが、ハルナのカレシなんだったら、あたしたちとも友達みたいなものだし・・・『ユーコ』でいいかな?」
「俺のことも、エイクでいいからさ」
エイクが、気さくに笑いかける。
「立ち話もなんだしさ・・・少し、座って話をしないか・・・イチロウ」
「そうですね・・・」
「イチロウは、まだ、こっちの世界に来てから、いくらも経ってないんだから、まだ、友達も、あまりいないんでしょ・・・」
「そうなのか?こっちの世界って?」
「イチロウはね・・・20世紀に生まれた男の子なんです・・・それで・・・」
席に着くため歩みを進めながら、ハルナがエイクたちに説明しようとする。
「ハルナ・・・俺のことは、俺が、自分で、ちゃんと説明をしたい」
「そっか、そうよね・・・ごめん」
「いや、嬉しいんだけど・・・ハルナに、俺のことを説明されたら、俺が、エイクたちにしゃべれるネタがなくなっちゃうからさ」
「ってことは、イチロウは、エイクたちと、おしゃべりしたいと思ってくれたんだ」
「ああ・・・実際、俺のいた時代、Jリーガーはともかく、サッカーの日本代表選手なんてのは、雲の上の存在だったし、そういう人たちと、対等に会話できるなんて、夢にも思わなかったからな」
4人は、パーティ会場の片隅に、とりあえずという形で、腰を落ち着ける。
「ところで、今日のパーティって・・・どういうパーティなのかな?ユーコは知ってる?」
「オータケ会長のプライベートパーティだよね・・・なんとか祝いとか、そういうのは聞いていないし」
「ゴルフコンペの打ち上げじゃなかったっけ?」
「そうそう、そういえば、そういうことを言われた気がする」
「とりあえず、酒が飲めれば、どんなパーティであっても喜んで招待されるさ・・・な、ハルナ」
「ハルナたちは、未成年なんだから、リアルで、お酒を飲むのはダメでしょ」
「そうなんだよな・・・リアルのパーティは、眼の毒だよな」
エイクが残念そうに呟く。
「今日のところは、ノンアルコールカクテルで我慢しておこうよ」
少しだけ機嫌が直ったのか、ようやく、ユーコが、会話に加わる。
「なら、ハルナが、適当に、おいしそうなカクテルを見繕ってくるね」
「あ・・・俺も行くよ」
「だったら、みんなで行こうぜ」
「二人いけば、充分だからさ、お疲れの二人は、ゆっくりと身体を休めてくれないか?」
エイクが腰を浮かしかけるのを、イチロウが制する。
「ありがとう、イチロウ・・・俺は、コークハイでいいからさ」
「わかった・・・ハルナ、行ってみよう」
すっと立ち上がったハルナは、先に腰を上げたイチロウの右手にさらりと、自分の左手を絡める。
「ちゃんと、エスコートしてね・・・イチロウくん」
このパーティ会場は、オータ癒エクスプレスのオータケ会長の私邸で行われている。
会場に集まっているのは、ざっと見渡す限り、およそ100人程度。規模としては、さほど大きくないはずだとは、来る途中で、イチロウは、ハルナから聞いてはいた。
「ハルナ様・・・お飲み物でしたら、言いつけてくだされば、お持ちいたしましたのに」
簡素なメイド服を身につけた明るい感じの給仕係が、ノンアルコールカクテルに手を伸ばすハルナに声をかけてきた。
「お気遣いありがとうございます。でも、私たちは、私達で楽しませていただきますので、勝手にやらせてくださいな。
それとも、今日はそんなに、お堅いパーティなの?ミナトさん」
「いえ・・・でも」
「他の大切なゲストの方のお世話をして差し上げてくださいな」
「わかりました・・・でも、必要な時は、遠慮なさらずに、どんなことでも、お申し付けください」
「はい・・・その時は・・・あ・・・ミナトさん」
ハルナは、ミナトと呼んだ給仕係の耳元に口を近づけて、なにやら囁いた。
「承知いたしました」
給仕係の女性は、まず、ハルナにお辞儀をし、そして、ごく自然にイチロウにも、頭を下げると、その場を退いた。
「何を頼んだんだ?」
「うふ・・・ヒ・ミ・ツ」
イチロウに意味深な微笑で応えると、二つのカクテルグラスを、イチロウに手渡し、自分で、もう二つを持つ。そこで、ハルナは、イチロウの手を離さないといけないことに気づいて、少しだけ残念そうな表情を見せたが、スタスタと、元いたテーブルに戻っていった。
イチロウも、ハルナの後を追う。
パーティ開始の7時の時間が迫っていた
司会者を脇に控えさせて、パーティの主催である、オータケ会長が、ステージ中央に立った。
会場の全員が、スポットライトで照らされたオータケ会長に注目する。
「本日は、お忙しいところ、恒例の花見を兼ねたゴルフコンペ大会に参加していただき、まことに、ありがとうございます」
会場から、拍手が沸く。
「また、本日は、コンペの参加者以外に、私の親しい友人にも、このパーティに参加していただいております。忙しい中、都合を合わせていただけたこと、ほんとうに嬉しく思います。今夜は、美味しい料理をふんだんに取り揃えましたので、楽しんでいただけると嬉しく思います。後ほど、ゴルフコンペの優勝者ペアの発表も、させてもらいます。
優勝賞品の発表も、その時、一緒にさせてもらいます。楽しみにお待ちください」
ごく簡単に、挨拶を終えたオータケ会長に、もう一度拍手が贈られる。
オータケ会長は、手にしていたマイクを、司会者に返すと、すたすたとステージから降りて、給仕の差し出す水割りを受け取った。
マイクを受け取った司会者が、段取りがリハーサルと若干違ってしまったことに慌てる様子もなく、落ち着いた口調で、司会としての挨拶を始めた。
「オータケ会長・・・ご挨拶、ありがとうございます。
先ほどから、会場の雰囲気を盛り上げてくださっておりますが、本日は、スペシャルゲストとして、歌手のマリーメイヤ・セイラ嬢に、お越しいただいております」
いつの間に、着替えを済ませたのか、先ほどとは異なる、純白のドレスを身に纏ったセイラが、ステージ上で、そのドレスを軽くつまみ、腰を折って、深いお辞儀をする。
「マリーメイヤ・セイラです・・・
本日はピアノ演奏をメインに、リクエストがあれば、歌も歌わせていただきます
どんな古い歌でも歌えますので、お申し付けください・・・
では、ワルツの演奏をいたしますので、しばらくの間、ダンスをお楽しみください」
簡単な挨拶の後で、セイラは、ステージ脇のグランドピアノまで足を運び、ワルツをソロ演奏で奏で始める。
数人の若い男女が、ダンスを踊り始める。
第3章をお届けします。
今年は、オリンピックイヤーということで、物語にも少しだけ、サッカーのシーンが含まれています。
ナデシコジャパンの活躍を観て、とても、元気を分けてもらうことができました。
その割りには、第3章を書き進めるペースが遅かったのは、もちろん、オリンピックをのめりこんで観ていたからです。
女子サッカー、そして、女子バレーもよかったですが、今年一番注目していたのが、女子体操の田中理恵選手でした。
結果は、メダルを手にすることができませんでしたが、彼女が、今回登場したユーコ・ハットリというキャラのモデルになってることは隠せないと思ったので、隠しません。
先月、7月7日には、地元のグリーンドームで、水樹奈々さんのコンサートを観に行くこともできて、ここでも、たくさんの元気を手に入れて参りました。
では、今回の「届け物は優勝杯」、書き始めた時の予定では第4章で完結させようと思っていましたが、まだ、決勝レースが開始されていません・・・というか、第3章で予定していた予選も、まだです・・・予定は、いろいろとずれてしまっていますが、よかったら、続きの物語にも、おつきあいいただけると嬉しいです。