-10-
キリエは、Zカスタムのパイロットシートに乗って、憮然としていた。
「エリナの頼みだから来てやったけどさ、なんで、イチロウは、こんな日に、ここに居ないんだ?」
「悪いとは思ってるんだけど・・・でも、今日じゃないと確かめられない調整もあるから・・・ほんとうにごめん」
Zカスタムのネビゲータシートに座ったエリナが、心より詫びた。
「エリナは悪くないさ」
「でも、結果的にキリエに迷惑かけちゃった」
「で・・・なんで、イチロウは、今、ここに居ないんだ?」
エリナは、午後の公式練習をするためのパイロットとして、キリエを呼び出していたが、その連絡をする時に、イチロウのことについては、言葉を濁していたからだ。
エリナは、イチロウが地球に降りていることを、まだ、キリエに言えずにいた。
「意地悪な聞き方をして悪かった・・・エリナ、余り悩まないほうがいい」
「え・・・?」
「ミリーに理由は聞いている」
「そっか・・・ごめんね」
「悪いのは、イチロウだ。ルーパスに戻ってきたら、とっちめてやる」
キリエは、明らかに怒っていた。
「それは、やめて・・・あたしに、イチロウを縛る権利なんかないんだから」
キリエは、普段は歌手をしている。今日は、月基地のパーティに招待されていたが、エリナの依頼があったため、パーティが開始されるまでの僅かな時間ならば、協力できるということで、午後の予選組の公式練習に来ることにしたのだ。
「あいつが、誰と乳くり合おうが、そんなことを、いちいち咎めるつもりはない。エリナの気持ちを無視しようがどうしようが、それは、あいつが決めることだ」
「忙しいのに、来てくれて、ほんとうにありがとう」
「よせよ、水臭い・・・あたしたちは、家族だろう」
「うん・・・」
「来週は、ちゃんとスケジュール空けといたんだから・・・もちろん、あいつじゃなくって、エリナを応援するためにな」
キリエは、ようやく笑顔になった。
「エリナの応援はしてやるが、イチロウは応援してやらない」
「そんな・・・」
「まぁ、一発おとなしく殴られてくれたら考えなくもないけどな・・・
そのことは、とりあえず置いておこう。
いろいろと不具合はあったけど・・・さすが、エリナだ・・・この機体は、すごく良く仕上がってると思う。
あたしのファントムは、元々戦闘機だったから改造は割りと楽だったと思うけど、この機体は小さいから大変だったんじゃないか?」
『エリナ・・・そろそろ出す?』
ハンガーから、ミリーの声が届く。
「もうちょっと待ってて」
『うん・・・朝は、ごめんね、エリナ』
「ミリーが悪いわけじゃないでしょ」
『うん・・・でも、あのハルナさんにキスされたら、なんか、気持ち悪くなっちゃって・・・それで、気を失っちゃったみたいなんだ・・・』
「さっきも、そう言っていたけど・・・なにか、毒でも飲まされたのかもね・・・口移しで・・・」
ミリーに応えた後で、エリナは、キリエに向き直る。
「キリエは、3時までには戻らないといけないんだよね」
「ああ・・・月のパーティも、最近は派手になってきた。歌手で呼ばれてるのは、あたしだけみたいだから、穴を開ける訳にはいかない・・・念のため、地球に近い場所の仕事を選んでおいて正解だった」
「そっか・・・時間もないし・・・行こうか?」
「BGMは、どうする?このマリーメイヤ・セイラの曲も悪くないけど」
「キリエの曲でもいいし、キリエの生歌も捨てがたい・・・」
「そういってもらうと嬉しいが、さすがに操縦しながらって訳にはいかないよ。
ところでさ、さっきから、気になってるんだけど、このディスク・・・『エリナへ』って書いてあるんだが・・・」
キリエは、パイロットシートの右側ドアのサイドポケットに入れられていたCDをエリナに渡した。
エリナは、見覚えのないディスクに小首を傾げながら、1回2回と、そのディスクの裏表を確かめ、Zカスタムのディスクスロットのディスクを入れ替えた。
ディスクからは、イチロウの言葉が聞こえてきた。
「エリナも、ミリーも良く眠っているので、このディスクに、メッセージを残しておくことにした。今日の公式練習・・・たぶん、俺は参加できなくなってしまうと思うので、このZカスタムの調整を、エリナとミリーに任せたい。俺のほうは、来週ウィークデイの練習時間で、しっかりと練習させてもらうから、今回だけは、俺の我侭を許して欲しい。
エリナの作った、この最高傑作が、きっと、みんなの注目を集めるのは間違いないと思う・・・だから、決して、この機体で恥ずかしい戦いはしたくない・・・この前、ミユイに会った時も、絶対に優勝できる機体だって、はっきり言われた・・・だとしたら、あとは、俺のパイロットの腕と、判断を間違わないナビゲータの存在が必要だと思う。
できれば、エリナとも仲のいいミユイにナビゲータを頼みたかったが、ミユイには、今はまだ、お父さんのそばにいたいと、言われてしまった。ミユイは、自分の代わりが務まるとしたら、第3恒星系で会った、あの賞金稼ぎのハルナというパイロットしかいないと、はっきりと俺に告げた。俺は、彼女を探した。エリナの作った機体を、どうしても、今回のレースで優勝させるために・・・だから、今回のレースで、俺が、エリナに優勝カップを届けることができたら、ずっと、エリナに言いたかったことを、エリナに伝えたい。もう一度言う・・・エリナに、相談しなかったことは悪かったと思う。ごめん・・・ハルナは、ちょっと思い入れの激しいところがあるが、エリナのことを強く尊敬しているのだけは、確かなようだ。きっと、力になってくれるはずだ。
パイロットとしての能力では、俺なんかよりよっぽどスキルが高い・・・エリナの良い友人にもなれると思う。それを、俺は、この地球への旅で見極めたい。
ハルナの存在がエリナにとってマイナスになるようだったら、俺の意思で、ハルナへは、今回の件を詫びた上で、ネビゲータを頼んだことはなしにしてもらうことにする
では、エリナ・・・行って来ます。
必ず、ルーパスに戻ってくるから、今回だけはZカスタムの調整をエリナに任せたい
よろしく頼む」
エリナは、イチロウからのメッセージを聞き届けると、ディスクを取り出し、両手でしっかりと抱えた。
「あのバカ・・・」
「ああ・・バカはバカなりにエリナのことを考えてるってことだな・・・『エリナ』って10回以上言ってなかったか?」
キリエは、ヘルメットのエア調整の最終確認をすると、エンジンの調子を確かめた。
「やっぱり、あたしの生歌でも聞かせてやろうか?」
「それも、いいけど・・・ちょっとだけ、モチベーションあがっちゃったから、このZカスタムの最高速度を確かめてもいい?」
「エリナも単細胞だね」
「自分でも、そう思う」
「あいつのエリナへ伝えたいことって、なんだと思う?」
「どうせ、3回くらい『ごめんよ』って言っておしまいなんじゃないかな?」
「あいつが、それ以上気の効いた台詞を言えれば、あたしも見直してやるんだけど・・・まぁ、それだけ言えれば上等か・・・」
「そうだね・・・」
エリナは、ハンガーのミリーにコールを掛ける。
「ミリー・・・スタンバイOK。一気に出してちょうだい」
『わかった・・・行くよ、エリナ・・・キリエ』
ブシランチャー2号機のリニアカタパルトの中をZカスタムが超高速でスライドする。
高速射出されたZカスタムに、更なる加速を与えるために、キリエは、すかさずメイン・バーニアに点火する。リアウィングパーツに取り付けられたメイン・バーニアから、炎が噴き出し、Zカスタムは加速する。
秒速15kmで射出された後、慣性フライトに移行することなく加速を続けるZカスタムのスピードは、秒速60kmまで一気に上がってゆく。
「さすが、最高速度にこだわっただけはあるね・・・これで、先行逃げ切り作戦ができるなら、間違いなく、他の機体をぶっちぎれるんだけどね」
キリエが、素直に認める。
「今ので、規定燃料の10分の1を使っちゃうから、タッチダウン&ゴーの決勝で、このスピードは出せない・・・
あと1週間で燃費を向上させることも、できる限りやってみるけど、基本的には、このスピードとバトルのタイミングを基準に作戦を組み立てなくちゃいけないと思ってる」
慣性フライトに移行して第1ゲートを目指す。さすがに、このスピードに追いつく予選組はないようだが、先行しているミニ・クルーザーの何機かを慣性フライトのスピードを維持したまま、追い抜いてゆく。
「先行逃げ切りで、トップ維持で1位のポイントを取ってゆくことができれば楽なんだけどね」
「ポリスチームとか、3月ステージでも、相当体当たり攻撃を仕掛けていたから、あたしたちも、その標的になる可能性は高いと思うよ」
「レギュラー組の練習では、やりあったらしいじゃない?」
「やりあったというか、名目は、オータ・コートの接触反応テストってことだったんだけどさ・・・その後のは、テレビ局のアナウンサーが乗っていたから、まぁ、勝ってあたりまえだったし・・・
あのポリスチームの体当たりには、あたしなりに策はあるけどね・・・
その練習は、ここじゃできないから、キリエには後で、ファントムで相手してほしいんだけど・・・イチロウにも、まだ教えていない作戦だから」
「イチロウに、電話してみたら?」
「今?」
「さっきのディスク聞かなかったことにして、あたしが、怒鳴りつけてやってもいいかな?」
「キリエが、そういってくれるの、すごく嬉しいけど・・・やっぱりごめん・・・イチロウのデートを邪魔したくないんだ」
「あまり、物分り良くしてちゃ、あいつの好き勝手はとまらないよ・・・例のミユイちゃんとも、こっそり会ってるみたいだし・・・」
「ミユイとの事は、全然、心配してないよ。それに、ミユイとは、あたしも毎日、おしゃべりしてるんだ・・・」
「そうなのか?」
「うん・・・ミユイとあたしは親友だからね・・・そのうち、きっとルーパスの家族になってくれるはず」
「エリナが嬉しそうにしてると、あたしも嬉しい・・・早く、その日が来るといいな」
『ルーパスのエリナさんですか?』
その時、Zカスタムの受信専用のスピーカーから、エリナに問いかける声が聞こえた。
「はい・・エリナです・・・そちらは?」
『わたし達、今回初めて、太陽系レースにエントリーしたんですけど・・・練習の仕方とか、全然わからなくって・・・よかったら、一緒に練習しませんか?・・・というか、色々教えてほしいんですが、お願いできますか?』
「いいよ・・・あたしたちも、今回が初エントリーだから・・・仲間ね」
『さっき、追い抜かれちゃったから・・・全然レベル違うんですけど』
「あ・・・そうなんだ・・・じゃ、ちょっと戻るね」
『あの・・・エリナさん、練習中でもUターンやショートカットは禁止なんですよ』
「知ってるよ・・・1周してくれば、問題ないよね」
『それは、そうですが・・・』
「第4ゲート辺りで追いつけるはずだから・・・今のスピード維持して待っててくれる?」
『1周して追いつくって・・・』
「キリエ・・・とりあえず、ゲート通過無視でいいから、120kmまで加速して頂戴」
「サービス満点だな・・・了解」
キリエが、アクセルの形状を保ったままのフットバーを思いっきり蹴り付ける。それで、メイン・バーニアのスイッチがオンになる。
バーニアの最大出力によって、Zカスタムは、6分後には、秒速120kmのスピードを得る。
「このレース用固形燃料で出せる速度としては、一応目一杯にはしたつもりなんだけどね」
エリナが、少しだけ得意そうに、そう呟く。
「トムキャットのポテンシャルは、この上を行く可能性がありそうか?」
「午前中に乗せてもらった感じだと、最高速度は、絶対こっちが上のはず」
「確か、3月ステージのトムキャットの平均速度は40kmだったな」
「ブシランチャーへのタッチダウン&ゴーのルールがなければ、今みたいにもっと、最高速は出せるんだけどね」
「それを言ったらキリがないし・・・そうなったら、参加できる機体が何台になってしまうか・・・燃料制限と、最高速度に制限があるから、このレースが成り立つんだから・・・」
「最高速度については、一応は制限なしだけど・・・30kmまでの減速にかかる制動距離と燃料消費は、バカにならないからね」
「今回は、予選組でよかった。予選組の最高速度記録が楽しみだ」
地球を一周して先ほど声を掛けてきた機体を目の前に捉えたところで、Zカスタムは、減速する。
『速いですねぇ・・・もう追いついちゃったんですか?』
明るい声で、さっきと同じように、エリナたちに話しかけてきた、その緑色の機体のパイロット二人は、楽しそうだった。
『なんか・・・エリナさんたちに訓練してもらえるって会話、他のみんなにも傍受されちゃったみたいで・・・なんか、いっぱい集まってきちゃった』
確かに、複数の予選組の機体が、その辺りに集まっているのは、各機体の発する磁気反応によって、エリナたちも気づいてはいた。
『あらためて、自己紹介しますね・・・わたしたち、普段は、スペースデブリの除去作業をしています・・・サットン・サービスのチアキとキサキと言います』
「では、このコースのデブリ除去も、あなたたちが?」
キリエが、訊ねる。
『はい・・・もちろん、絶対、事故を起こさないように、すごい念入りに、コースクリアの作業をさせてもらってます・・・もっとも、コースメンテナンスの仕事自体は、うちだけじゃなくって、他のメンテナンス会社も一緒にやってるから、うちだけの手柄じゃないんですけどね』
「あなたたちのお陰で、安心して、レースをすることができます」
『この機体は、サットン・サービスの会社の仲間3人で、そのデブリを寄せ集めて作ったんですよ・・・スピードは、それほど出せませんが、安全性は抜群です』
『おーい、おしゃべりは、それくらいで、そろそろ、バトル演習といこうじゃないか・・・こっちは、待ちくたびれちまってるんだ』
チアキたちとの会話に、ダミ声が割り込んできた。
「バトル演習?」
『要は、相手を弾き飛ばして、ポイントをマイナスにするか、ポイントを取らせないようにすれば、いいってことなんだからさ・・・点数計算は、めんどっちぃが、計測器が、ちゃんと計算してくれるんだ。ガンガン、ぶち当たっていけばいいってことだよ』
『あたしたちは、今回が初めての参戦なんだから、エリナさんたちに教えてもらうってことになったんだよ
そっちは、そっちで勝手にやればいいじゃないか』
『勝手にやるのも、悪くねぇんだけどさぁ、そっちのエリナちゃんには、ちっとばかり因縁があってね・・・』
「因縁・・・・ですか?」
『憶えてないかなぁ?ジュピターアイランドって名前をさ・・・』
「ジュピターアイランド・・・ですか?」
『物覚えが悪い、おバカさんたちは、クイズセッションで、点数が取れなくて泣くことになるぜ・・・あはは』
エリナは、ジュピターアイランドというチームのことを知っていた。
3月レースで7位となったチームが、そういう名前であったことも、もちろん、思い出したのだが、相手の言う因縁というのも、しっかりと思い出していた。
『俺達さ、あの時、エリナちゃんと、おしゃべりしたかっただけなのに、なんか、超高機動警察隊の連中にとっつかまって、レギュラーから外されちゃったんだよね』
第3恒星系で、ルーパス号に艦砲射撃を仕掛けてきた連中がいたこと・・・この男達が、本当に、あの時襲い掛かって来た相手であったとしたら、エリナとしては、へらへら笑って見過ごすことなどできないと思っていた。
『あれぇ、黙っちゃったねぇ・・・もしかして、怒りのコブシを握り締めちゃったりしてるのかなぁ?』
「だったら・・・?」
『アハハ・・・エリナちゃんたちが怒りまくってる以上に、俺達は、怒りまくってるんだよねぇ』
「よく、予選組とはいえ、エントリーできましたね?」
『いや、普通に、お金さえ払えば、エントリーはできるからさ・・・もしかして、そんなことも忘れちゃうくらい、おバカさんになっちゃったのかな?』
「あの時、あの場に、あたしもいた・・・」
キリエが、エリナに代わる。
『うちのリーダーがさ、あの一件で、10年間の牢屋暮らしってことになっちゃったわけよ』
「その恨みですか?でも、あの時と違って、この場で、同じようなことをしたら、リーダーが、逮捕されるくらいで済まないことは、当然、わかりますよね」
『わかってるからさぁ、こうやって、お礼を言いに来たんじゃないか』
(キリエ・・・なんか・・・この人たち)
エリナが、キリエにだけ聞こえるように、小声で囁く。
『あの時、あんたらの火力なら・・・俺達全員を、宇宙の藻屑にすることもできたはずだ・・・こっちは、ビーム砲だけじゃなく、バルカンの実弾も使ったんだから・・・正当防衛の行使が当然認められるケースだ』
「ほんとうに、あの時、あたしたちを襲ったのは、『ジュピターアイランド』なの・・・?」
『いろいろ、言い訳を考えていたんだけどさ・・・さっき、あんな言い方をしたのも、素直に頭を下げるのが照れくさかったっていうか・・・』
「何を、いいたいのか、良くわからないけど・・・あたしのルーパスだから、ビームの直撃を食らっても耐えることができただけで、あなたたちが使ってるような、安物の宇宙船だったら、乗員全員が死んでるんだよ」
『それは・・・』
「あんな、ふざけた言い方で・・・いまさら、何を言い出すのか・・・人を殺すことを躊躇わない・・・人を誘拐しようとか、人に無理やり言うことを聞かせようとか、そんなことを考える連中が、照れくさいとか、素直に謝れないとか・・・頭が、どうかしてるんじゃないの?」
『そんなふうに言われたら、俺達は、ずっと犯罪者でいなければならなくなる』
「事実、犯罪者じゃないの・・・やってることは、海賊と違わない・・・面白半分でやってるだけに、海賊より性質が悪いよ」
『じゃ・・・どうすれば、いいんだ・・・俺達は、謝りたかったんだ・・・ちゃんと、謝れなかったのは・・・今更、言い訳できないけど・・・』
「ちゃんと謝れないことが、最悪なんじゃない・・・変なふうに挑発するような言い方で・・・」
「ちょっと・・・エリナ、何を無気になってるの・・・そりゃ、初めの言い方はムカついたけど」
「ナカノさん・・・ですよね。その声は」
『ああ・・・』
「なぜなんですか?」
『信じてもらえないかもしれないけど・・・』
「じゃ、やっぱり、あの場に、ナカノさんもいたんですね。
いったい、なにが、あったんですか?
ジュピターアイランドは、もっと紳士的なチームだと思っていたから、てっきり、偽者が名前を騙ってるだけだって思って・・・思おうとしていたんです・・・その後だって、誰も何も言ってこないし、でも、レギュラー・チームは変更されてるし・・・」
『だから、信じてもらえないと思っていたから、今まで言えなかった・・・あの時、リーダーが・・・マインドコントロールされていたんだ・・・ほんとうに、すまなかったと思ってる・・・いや、たぶん、リーダー以下、全員が、程度の差こそあれ、マインドコントロールされていたんだと思う・・・あんたらからすれば、言い訳にしか聞こえないだろうけど』
「確かに、信じられないけど」
『ただ・・・そうまでして、あんたを狙ってるヤツらがいるってことは、間違いない・・・だから、罪滅ぼしとはいえないけど、あんたたちをサポートしたい』
「あたしを狙う?」
『俺達のリーダーは、ほんとうに、あんたのことを認めてた・・・去年、年間トータル7位でシーズンを終えることができたのは、あんたに、シーズンの途中で、機体の整備と調整をしてくれたからだって・・・それはもう、すごい感謝していたくらいなんだ・・・だから、あんなことになるなんて・・・チームのみんな、操られてしまうなんて・・・あらためて、あんたに礼をいいたい・・・俺達全員の命を助けてくれたこと・・・そのことを、俺達は絶対に忘れることはない』
「それは、誤解だよ・・・あれは、あたしの意思じゃないから・・・あたしは、自分に危害を加える人間に、容赦したことなんかないから・・・正当防衛で、相手を殺す口実があるのなら、相手を殺すことを躊躇うことはないから・・・だから、あなたたちの命を助けようなんて、思っていなかった」
『そうか・・・あんた、顔に似合わず、おっかない女なんだな』
「あなたたちを助けようという意思が働いたというのなら、それは、過去から、あなたたちの命を救うために現れたスーパーマンが来てくれたからだと思うよ」
『あの時、その機体に乗ってたパイロットのことかい?』
「うん・・・今日は野暮用があって、練習には間に合わなかったんだけど、来週の予選で、そいつに会えるはずだよ。そして、運がよければ、決勝でも・・・・お礼なら、あいつに言ってやって」
『わかった・・・でも、今は、協力させてもらっていいか?』
「これからも、いいライバルでいてくれるだけで充分だよ・・・それに、太陽系レースでは、大先輩なんだし・・・あたしたちは、この4月レースがデビューレースなんだから・・・教えてもらうのは、こっちのほう・・・よかったら、バトルの、お手本見せて下さい」
『ちょっと照れるけど・・・そう言ってもらえるなら、この場は先輩面させてもらおうか・・・』
「サットン・サービスのお二人さん・・・聞こえていた?」
『うん・・・ちゃんと聞こえていました』
「じゃ、説明いらないよね・・・そういうことらしいから、みんなで練習しよう」
『了解!!』
「他の人たちも、よかったら、一緒についてきてね」
周りを取り囲むように、慣性フライトで追いかけて来ていた他の機体からも、返事が、Zカスタムに届く。
『まずは、俺たち二機で、バトルをしてみるから、お前さんたちも、仕掛けられるようなら、どんどん、アタックしてきてくれ・・・少なくとも、俺達の機体と、エリナさんちの機体は、ちょっとやそっとじゃビクともしないはずだから・・・遠慮なくなってくれや』
『うん・・・わかったよ』
『こっちも、遠慮なくやらせてもらう・・・』
『俺達も、付いていくのがやっとかもですが、追いつけたら、そのバトルってのやってみたいので・・・いいですか?』
『エリナさんの乗ってる機体・・・すごいカッコいいよね・・・さっき、どれくらいのスピードで1周してきたんですか?』
『フルオーダーメイドのミニ・クルーザーなんて、すごいよなぁ・・・』
『去年参加したレースの機体のチューニングの7割をエリナさんが、担当したって、ほんとうなんですか?』
『エリナさんが、カレシ募集中って噂があるんですが、ほんとうですか?』
『振られた男が天文学的数字だって噂は、ほんとなんですか?』
『100歳越えの男性を元気にさせるのが得意技ってのも、ほんとなんですか?』
堰を切ったように、オープン通信のメッセージが、次々と、Zカスタムの機体に届く。
初めは、律儀に、一つ一つの質問に答えようと、口を開きかけたエリナだったが、相手が答えを要求してるわけではないことに気づいたので、苦笑しながら、キリエの顔を見てみる。
「エリナの噂って・・・ろくでもないのばかりだね・・・」
「ごめん、自分でも、そう思った・・・」
「あたしに次の予定がなければ、6時の時間ギリギリまで、こいつらと付き合ってやれるんだけど」
「あたしだって、そんな体力ないよ・・・それに、本番は、イチロウが乗るんだから・・・今、あたしが練習する必要なんかないんだけど・・・」
「そうはいっても、すごく楽しそうだ」
「うん・・・楽しくなってきた。
昔の人が、警察の目をかいくぐって、宇宙空間で、無茶な競争をしていたって気持ちが、なんとなくわかった。
じゃ、キリエ・・・運転よろしくね」
「はいはい・・・」
太陽系レースが開催されるようになった理由・・・それは、人々が宇宙に出て、その宇宙空間で自由にクルーザーや戦闘機を操るようになったことで、必然的に、それらの機体を駆使しての競争・・・そう、よく言えば、競争、しかし実態は、自慢のチューニングを施した自作の機体性能を誇りたいがための、宇宙空間において繰り返される『無茶なバトル』を抑えるためのものであった。
その意味で言えば、むしろ、制限速度やポイント争奪という、どちらかというと面倒くさいルールに縛られた決勝レースよりも、その前に行われる、公式練習や、予選組だけに課せられるスプリントセッションという舞台で、参加者が、自由きままなスピード勝負や、決勝レースを想定した擬似バトルを楽しむことができることのほうが、太陽系レース本来の姿と言えるのかもしれなかった。
予定があるキリエが、ミリーと入れ替わり、ステアリングをエリナが握った後も、エリナは、予定を大幅に上回る燃料を使って、公式練習を予定時間ぎりぎりまで楽しんだ。