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届け物は優勝杯  作者: 新井 富雄
第3章 贈り物
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-9-

 エリナとの通話を終えたイチロウ、ハルナ、そして、カドクラの3人は、カドクラのコレクションが置かれたガレージにやってきていた。

「これが、全てスバル車なんですか?」

 イチロウがいた時代・・・2011年までの車種はもちろん、その後の100年間で開発された乗用車が、およそ100台・・・そのガレージには置かれていた。

目的のスバル乗用車・・・1964年製造のスバル360は、ガレージの入り口近くに、しっかりとメンテナンスされた状態で、置かれていた。

「エリナさんに、この車を託す前に、二人でドライブにでも行って来ないか?」

 カドクラが、ハルナとイチロウに向かって、そう話しかける。

「そういえば、これを宇宙用に改造したら、誰が、これに乗るんですか?」

「もちろん、わたしが乗るに決まってるじゃないか」

 イチロウの問いにカドクラが即答する。

「でも、社長業が忙しいのではないんですか?」

「来年の1月で、私は引退だからな・・・その後は、道楽の車いじりと、宇宙での気ままな暮らしを楽しもうと思っているんだ・・・来年の太陽系レースにはエントリーしたいと思っている・・・そうしたら、タカシマくんとはライバルになってしまうがな」

「これで、レースにエントリーするんですか?」

「きみの乗る(ズィー)カーと、さほど違いはないだろう?」

「はぁ・・・」

 イチロウは、ため息をついたが、カドクラは、その様子を見ても、気にはならなかったようで、スバル360の運転席側のドアを開いて、中の様子を確かめた。

「イチロウさん、来年は、わたしがカドクラ・ホテルの社長になります。父も、14の時には、社長についていますから、むしろ遅いくらいなんですよ」

「そうだ・・・まぁ15年務めたんだから、もう引退してもいい頃合だろうってことでな・・・むしろ、私は守り型の経営者なので、先代の社長・・・私の父からすれば不満もあったようだ・・・なんと言っても、私の父は、ここ、オータ・シティでの、いわゆるファーストチルドレン・・・実験都市と呼ばれた時のオータ・シティで、最初に誕生した子供たちの一人だ・・・相当な偏見と苦労があったと聞いている」

「私は、祖父にそっくりの性格らしいですから、父が達成できなかったという祖父の目標を実現させるために、社長になります」

「まぁ、来年の話は、これくらいにしておこうじゃないか」

「カドクラさんは、もう、この車に乗らないんですか?明日のマスドライバーに載せたら、もう地上で乗ることはできなくなると思いますよ」

「私は、食事の前まで、これに乗って、赤城山まで遊びに行ってきた・・・充分、名残は惜しんできたから、今から、この車は、ハルナのものだ・・・好きなところに行って来るといい」

 カドクラは、相変わらず飄々とした表情で、イチロウに対して、にこやかに応対をする。

「今日は、土曜日だ・・・いろいろとイベントが予定されている。野球の公式戦も始まった。Jリーグの試合も、今日はとてもいいカードが組まれている・・・ハコ車のレースは、明日が決勝だから、今日は予選だけだが、サーキットに行けば、それなりにイベントも予定されている・・・どこに行っても、楽しめるはずだ」

「イチロウさんは、コンサートとか美術館が好きなんじゃないかな・・・あと、デートの定番なら、映画とか」

「まぁ、行く場所は、二人で決めるといい・・・今、車にキーは刺しておいたから、好きな時に出かけなさい・・・しがない親父は、これくらいで退散するとしよう

 今夜のパーティは、午後の7時からオータ(ケアル)エクスプレスのオータケ会長の屋敷で開かれることになっている。この屋敷から10分くらいのところだから、遅れないように帰ってきてくれれば、それでいい・・・

今夜のパーティはゴルフ好きなオータケ会長が、男女ペアのゴルフコンペを昼間行うのでその打ち上げということだが、パーティーが終わった後も、たぶん深夜遅くまで、会長ととことん飲むことになるだろう。

 タカシマくんも、是非、今日のパーティに参加してほしいんだ・・・日本のトップを構成するゲストも何人か来ることになっている。そういう人物と接点を持つことは、きっときみにとって、プラスになるはずだ」

「私が、みんなにイチロウさんのこと紹介してまわりますから、安心してください・・・お父様。

 カドクラの次期社長の伴侶となると紹介すれば、みなさん、こぞって、イチロウさんと接触を持ちたがると思いますわ

だから、後のことは心配なさらないで、お父様は、ゴルフコンペの準備のほうをよろしくお願いします」

「ハルナは、よっぽど、私に、この場から出て行って欲しいと思ってるようだな・・・」

「そうは、思っていませんが、早くイチロウさんと二人っきりになりたいとは思っておりますわ」

「同じ意味のように聞こえるが」

 ハルナは、父親の頬に軽く、ピンクのルージュが塗られた自分の唇を触れさせた。

「男女ペア・・・ということは、今日は、どなたをお誘いしているのですか?」

「お前の教育指導士のライラさんだよ・・・ハルナも、会うのは久しぶりなんじゃないのかな?」

「はい・・・久しぶりです・・・テーブルマナーとドレスコードを、おさらいしておかないと、うるさく言われてしまいそうです・・・気をつけなくては」

「そこまで、細かいことは、もう言わないだろう?」

「ええ・・では、お父様、わたしは、デートに行って参ります」

 ハルナは、スバル360の助手席シートに、さっさと乗り込んで、イチロウに、運転席シートに乗るよう、軽いジェスチャーで、促した。

イチロウは、カドクラにお辞儀をすると、運転席シートに乗り込み、シートベルトを固定してエンジンキーを回した。

『ハルナ様、イチロウ様・・・どちらまで行かれますか?』

 AIナビが告げる優しい案内の音声が、車内に流れた。

「これが、AIナビ?」

「うん・・・ハルナの友達の一人・・ミロ」

「3・6・0で、ミロ?」

「その通り・・・ねぇ、ミロ、今日遊びに行くとしたら、どこがお勧めかしら?」

『一番のお勧めは、オータ・ドームでのコンサートですが、こちらは、今からではチケットを取ることができません』

「誰のコンサートなの?」

『アーティストは、ブルーナイトです。チケットは、発売日に完売しておりますので・・・どうしても行きたいのなら、カドクラの名で、特別シートを手配いたしますが、どういたしましょうか?』

「そこまでしなくても・・・他には?」

『Jリーグの公式戦がスタジアム・シキシマで、開催されます』

「対戦するのは、ザスパとどこ?」

『ウラワ・レッズです・・・関東最強の2チームですから、スタジアムはやっぱり満員ですが、オーナー席には、カドクラシートがありますから、こちらは、すぐに観戦に行けます。キックオフは14時です』

「レッズのユーコ・ハットリと、ザスパのエイク・ホソガイは出場するの?」

『出場登録はされています・・・今年は、お二人とも、全試合フル出場されていますので、今日の試合も、出場するのは確実と思われます』

「二人とも、今日のパーティに来る予定になってるわ。イチロウはサッカーは嫌い?」

「嫌いじゃないが、スタジアムで観たことはなかったよ」

「ルールはわかってるよね」

「それは、もちろん」

「じゃ、決まり・・・ミロ、スタジアム・シキシマを案内してね」

『かしこまりました

 ハルナ様のご都合さえ、よろしければ、ユーコ様と通信をすることもできますが、どういたしましょうか?』

「まだ、練習時間になってないの?」

『ただいま、ユーコ様との秘匿回線が着信可となっておりますから、問題はないかと思います・・・映像も受信できます』

「ありがとう・・・ミロ・・・じゃ、つないで」

 ハルナが、そう言ってニッコリと隣のイチロウに笑いかける・・・その数瞬後・・・

『ごきげんよう・・・ハルナ?』

 強い調子のよく通る声が、社内スピーカを通して伝わり、中央スクリーンに、ハルナと同年代と思われる少女の顔が映し出された。

眉毛の上で切りそろえられた前髪。そして、後ろで束ねた長い髪が肩口に揺れているのが、モニター越しに確認できた。

「ごきげんよう・・・ユーコ・・・今年はレッズに移籍したんだって?」

『うん・・・元々は、あたしの我侭(わがまま)なんだけど、でも、ザスパにはフォワードが揃っているから、最終的には、割とすんなり移籍を認めてもらった形なのかな?』

「これで、エイクと勝負ができるね」

「とりあえず、このユーコ・ハットリの壮大な夢の第一歩だからねぇ」

「ユーコの夢って、あれのことだよね?」

「あれとか言ってごまかすってことは・・まさか、ハルナ・・・忘れちゃったの?」

「忘れるわけないじゃない・・・でも、もう一回聞かせてもらっていいかな?」

「いいけど・・・ハルナ、今ひとり?」

「今、デートの真っ最中なんだ・・・隣にいるのは・・・イチロウさん・・・職業は宇宙飛行士だよ」

「へぇ・・・エイクのほうが、ちょっとだけイイ男だ・・・はじめまして、イチロウさん・・・」

 モニター越しに、イチロウの姿を確認できたのか、ユーコは悪戯っぽい声で、挨拶の言葉を発した。

「何よ、その言い方」

「ハルナとは産まれた時からの腐れ縁です。ウラワ・レッズのユーコです。ポジションは一応、フォワード・・・だったかな?」

 印象的な二重瞼を少しだけ瞬かせて、ユーコは、お辞儀の代わりに、首を斜めに傾げ、イチロウに視線を合わせた後で、微笑んだ。

「イチロウ・タカシマです・・・ハルナが言ったとおり、宇宙飛行士・・・というか、今は運送業のクルーザーパイロットをしてます」

「へぇ・・・もしかして、イチロウくん、緊張してる?」

「こういうのに、慣れていなくって・・・

 つまり・・・緊張してます」

「素直でよろしい・・・まぁ、あまり堅苦しい挨拶は、あたしも苦手だから・・・

 イチロウくんにもちょっと興味はあるけど、とりあえず、ハルナに代わってくれるかな?」

「ちゃんと、ここにいるよ」

 ハルナが、イチロウに身体をぴったりと寄せて、無理やりナビゲーションカメラの正面に割り込むようにして返事を返した。

「相変わらずだね、ハルナは・・・ところで、何か用事?」

「うん・・・今日、Jリーグの公式戦があるよね」

「去年まで在籍していたザスパとの対戦だからね・・・今日はもう、気合入りまくりだよ」

「観に行ってもいいかな?」

「今、ハルナは、どこにいるの?」

「えへへ・・・ハルナは、3ヶ月ぶりに、地球に戻って来たのだ~

 だから、スタジアムで、ユーコの応援したいんだけど・・・いい?」

「まさか・・・オーナーシートで、レッズの応援するつもり?」

「そっかぁ・・・それは、ちょっとまずいか」

「カドクラは、ザスパのスポンサードしてるんでしょ」

「去年は、エイクもユーコも、ザスパだったから、全然、遠慮なく二人を応援できたのにね・・・で、なんで、移籍したんだっけ?」

「知ってて、聞いてるんでしょ」

「あは・・・まぁね、でも、イチロウにユーコの夢のこと知って欲しいからさ

 どうして、ザスパからレッズに移籍したのか・・・その理由を、ユーコの口から、もう1回聞きたい」

 あいかわらず、ハルナはイチロウに身体を寄せたまま、モニター越しに、ユーコの顔を真っ直ぐに見詰める。

「夢を叶えるため・・・

 Jリーグ全てのチームからゴールを決めること・・・そして、世界のナショナルチーム全てからゴールを決めること・・・

それが、あたしの夢だからだよ」

 うっとりとした表情で、ユーコは、はっきりと言い切った。

「素敵な夢だよね」

「うん・・・ハルナに、そう言ってもらえると、なんか実現できちゃうような気が・・・すごくする」

「ユーコは、去年、J1優勝のレッズから7ゴール決めています・・・それで、そのレッズに移籍して、ザスパを含めた残り全てのJリーグチームからゴールを奪うのが、夢の第一歩ってことだよね」

 ハルナは、説明口調で呟く。

「あれは、できすぎ・・・っていうか3つは、エイクのアシストだったから・・・ザスパにいたからこその7得点」

「そういえば、そのエイクと別チームになっちゃって、寂しいんじゃないの?」

「それは、平気・・・今年のナショナルチームに、二人そろって選抜されてるから・・・全然、さびしくなんかないよ」

「あのね・・・」

 ハルナは、二つの手で、イチロウの左手を抱えるようにしてから、甘えるように、とても小さな声で囁く。

「レッズのユーコ・ハットリ選手と、ザスパのエイク・ホソガイ選手は、恋人同士なんだよ」

「ハルナ・・・聞こえてるよ」

「で・・・どっちも、ハルナの大切な、そして自慢の幼馴染なんだよ・・・ね」

 ハルナが、ユーコの姿を映しているモニターに向き直って同意を求める。

「そういうことにしておこうかな・・・、ハルナの幸せそうな顔を見るのは久しぶりのような気がするしね・・・幸せそうなのは、そのイチロウくんが原因かな?」

「違う違う・・・イチロウは、ただの友達・・・エリナ様に、お近づきになるためのダミーだよ。

 ハルナが幸せな理由は・・・エリナ様と、さっき、おしゃべりができたから・・・」

「ハルナらしいな・・・今度、そのエリナ様も紹介してちょうだい・・・それと、イチロウくんが、不思議そうな顔してるけど・・・もしかして、あたしの夢・・・世界中のナショナルチームからゴールを決めるのって不可能だとか思ってたりする?」

「そこには、日本チームは入っていないんだよね」

 イチロウは、ごく自然に疑問を口にする。

「もちろん、日本チームからのゴールを含めてだよ」

「エイクの両親はオランダ国籍を持ってるの・・・ただ、サッカーの英才教育を受けさせるために、オータ・シティの教育指導士を選んだんだ。

 今のところ国籍が日本だから、日本をテリトリーとしているだけ・・・

 二十歳(はたち)になる前に、エイクは両親の住むオランダに戻ることになってるんだよ」

 さらりと、ハルナがフォローの説明をする。

二十歳(はたち)になる前に、オランダチームからゴールを挙げるのが、最初の難関・・・でも、今年、ようやく・・・夢の第一歩・・・日本のナショナルチームに選んでもらえた」

「おめでとう・・・ユーコ」

「うん、今は、すごく幸せだよ・・・次は、結果を見せないとね」

「試合前の忙しい時に、呼び出しちゃって、ごめんね・・・じゃ、ハルナとイチロウは、これからデートに出かけてきます」

「スタジアムで待ってるからね」

「ハルナたちの姿を見つけたら、いつもの投げキッスをちょうだいね」

「あれは、ゴールを決めたときだけのサービスだよ」

「じゃ・・・ゴールを決めて」

「ハルナは・・・もしかして、ザスパが今シーズン・・・無失点なのは知らないんじゃないの?」

「知らない・・・そうなの?」

「レギュラーメンバーの名前は知ってる?」

「エイクは、もちろん知ってるよ・・・後はゴールキーパーのカワグチさんと、フォワードツートップのソーマさんとクマガイさん・・・キャプテンは、確か、イサワさんだったかな?」

「あたしの癖とか、みんなバレちゃってるんだよね・・・当たり前だけど」

「それでもさ・・・ユーコならできるよ」

「約束はできないけど・・・ゴールは積極的に狙っていく・・・それが、フォワードの仕事だからね」

「がんばって・・・じゃあね」

 ハルナは、モニターのユーコに向かって、手を振ってみせた。

「ユーコ?」

「どうしたの?・・・改まって」

「もしかして、オランダからゴールを奪ったら、日本チームを見捨てる?」

「あは・・・どうかな?その瞬間・・・エイクにプロポーズされたら受けると思う・・・それが日本チームを見捨てることになるかどうかは、他の人が決めることだよね

 ということで・・・今夜のパーティ楽しみにしてるから」

 映像と音声が、そこで途切れた。ユーコの側で通信回線を切ったことがわかった。


「運転は、イチロウがしてね。ナビの通りに運転してくれれば、1時間くらいで着くよ」

「わかったよ」

 ミロが操作したのか、特にハルナが何もしていないにも関わらず、ガレージのシャッターが自然と開かれた。

イチロウは、マニュアルのギアを操作して、アクセルペダルを踏み込み、スバル360をガレージから外へ出す。

「さすが、宇宙飛行士・・・地上の乗用車も問題なく運転できるのね・・・免許証は?」

「エリナが、生活に必要なものは全て揃えてくれた・・・運転免許は更新審査と、適正検査だけで、あっさりとパスできたよ」

「今は、何をするのでも、全部ライセンスが必要だからね」

「あのさ・・・ハルナ」

「なぁに」

「ハルナは、ワンピースを着てるからいいけど、俺は、このままで行っても怪しまれたりしないか?」

 イチロウは、自分が身に着けてるパイロットスーツを左手で摘みながら、ハルナに訊ねた。

「そうだね・・・ハルナも、このままじゃ、ちょっとスタジアムで浮いちゃうし、どっかで着替えてからにしようか?」

『お着替えをなさいますか?』

 ミロが、気を利かせてなのか、聞いてくる。

「そうね、キックオフまでには、少し時間があるから、どこかのショッピングモールで、着替えを買おうかな

 ミロ・・・スタジアムに行く途中にあるショッピングモールの位置を教えてくれる?」

 ミロは、ナビのモニターに、スタジアムに程近いモールの位置を示してくれた。

「ありがとう」

「一度、部屋に戻れば、着替えはできるんじゃないか?」

 イチロウは、一応、聞いてみるが、ハルナが部屋に戻る気がなさそうなのは、なんとなく感じられた。

「?????」

 案の定、ハルナの疑問符いっぱいの顔が、イチロウの顔に迫る。

「いや・・・別に、買ってもいいんだけど」

「ハルナは、イチロウと、お買い物がしたいんじゃない・・・」

『素敵な殿方ですね・・・ハルナ様にお似合いです』

「ハルナもそう思うんだけど、イチロウは、もう思う人がいるみたいなの・・・それも、二人も・・・」

「何を言い出すんだ」

「カナエさんと、エリナ様でしょ」

「カナエは、ともかく、エリナとは何もないから」

「わかってるよ・・・エリナ様は」

「ストップ・・・せっかくのデートなんだからさ、他の女を気にするのはよしにしないか?」

「イチロウ・・・」

 イチロウは、正面を見たまま、笑顔を見せる。

「優しいね、イチロウは」

「まぁな、ハルナのことは、好きだよ・・・エリナを好きな気持ちとはちょっと違う意味でね。」

「お父様は、イチロウが気に入ったみたいだよ・・・あんなに楽しそうな、お父様を見るのは久しぶりだった」

「3ヶ月振りに美人の娘が帰ってきたんなら顔もほころぶだろう」

「そうかもね・・・でも、お父様は、美人の娘が欲しくて、私を産ませたんじゃないの・・・自分の後継者が欲しくて・・・そのためだけなんだよ」

「その期待に、ハルナは立派に応えたんだろう・・・尊敬するよ。俺が元いた世界では、17歳で社長なんて考えられないからな」

「それは、ずっと前に・・・ハルナが、産まれた瞬間から決定していたことだから、不思議に感じたことは一回もないよ。ただ・・・不思議なのは、今日のお父様の態度・・・

 お父様は、本気で、エリナ様を生涯の伴侶に迎えたいと思ってるのかもしれない」

「へぇ?なんで、そんなふうに?」

「お父様は、名前で呼ばれることを極端に嫌うの・・・それが、エリナ様との会話で、自分のことを『シンイチ』と呼んでくれだなんて、信じられなかった

 ね、ミロもそのことは知ってるよね」

『はい・・・カドクラ社長は、私が、シンイチ様と呼ぶことも禁止されておりますから』

「まぁ、エリナのことは、エリナが自分で決めるはずだ」

「そうだよね」

「ねぇ、イチロウ・・・」

「なんだい?」

「ハルナを抱きたいって思わない?」

 イチロウは、即答しない。

「そう思わない男はいないんじゃないかな?」

 無言のまま無邪気に顔を近づけてくるハルナに、ようやく、返事をする。

「他の男の子は関係ないよ・・・イチロウは、ハルナを抱きたくないの?」

 やはり、イチロウは即答できない。

 ハルナは、さっきよりももっと、イチロウに近づいてくる。

「とりあえず、ノーコメントだ」

 イチロウは、返事を曖昧にした。

「じゃ・・・質問を変えます」

 これ以上、接近しすぎると、さすがに運転の邪魔になることに気づいたのか、ハルナは、少しだけイチロウから離れる。

「イチロウは、カナエさんの他に何人の女性とセックスしましたか?」

「女の子って、やっぱり、そういうことが気になるのか?」

 イチロウは、その質問には答えず、質問を返す。

「そうだね・・そりゃ、気になるよ・・・普通の子はストレートに質問しないだけだと思うけど・・・ハルナは、やっぱり聞いておきたいよ・・・女だからね」

「そういうものか・・・」

「エリナ様は、この世界のバースコントロールシステムの詳しいことって教えてくれた?」

「遺伝子を選択することができるってことは、教えてくれた・・・複数の遺伝子提供者から、自分に合った相手の遺伝子を受け入れることができるって」

「今、自然分娩する女がほとんどいないってことは、エリナ様は教えてくれた?特に、この日本では・・・」

「自然分娩をしない?・・・」

 イチロウは、そう呟いて、ちょっと思案するように黙り込む。

「それって、妊娠することの煩わしさもなしにされているってことなのか?」

「うん・・・ほとんど、すべての子供は、人工子宮から産みだされているんだよ」

「人工子宮・・・」

「つまり、ハルナとイチロウがセックスしても、妊娠の可能性がゼロってこと

 だから、エリナ様にバカ正直に話したりしない限り、イチロウが、ハルナを抱いても、バレる可能性はゼロだよ」

「そうか・・・」

「だから、よく考えてね・・・今日と明日、ハルナはイチロウの彼女になるつもり・・・身も心も、そのつもりでいるんだから、何をされても、誰にも何も言わないよ・・・もちろん、エリナ様にもね」

「・・・」

「やっぱり黙っちゃうんだ・・・

 もちろん、ミロにも口止めはさせるからね」

「好きだと言ったのは嘘じゃないし、ハルナは、とっても可愛いと思う」

 イチロウが、はっきりと言う。

「だから、今すぐ車を停めて、ハルナとキスしたいくらいだ」

「しても、いいんだよ・・・」

「今は、やめておく・・・でも、ハルナの気持ちは、男として、とても嬉しく思うよ」

「男として・・・?」

 イチロウからの返事はない。


 途中で、イチロウとハルナは、ショッピングモールに寄り、それぞれ着替えとなる服を買い、そして、着替えを済ませると、もう一度、車に乗り込んで、スタジアムを目指した。

ハルナは、イチロウが今夜のパーティに出る時のためにと言って、タキシードスーツのオーダーメイドを頼んだので、スタジアムでのサッカーの試合の観戦の後で、また、その店に寄ることになった。

「どう?朝食の時も、ずっとパイロットスーツだったから、疲れたんじゃないの?」

「エリナが設計した万能スーツだから、疲れることはないんだけど・・・やっぱり、さっきのような人混みの中では、恥ずかしい」

「だよね・・・そういうカジュアルな格好も似合うよ・・・」

「ハルナは、カジュアルもピンクを選ぶんだな・・・徹底してる」

「ハルナのラッキーカラーだからね」

「髪は染めないのか?」

「うん・・・ピンクの髪は目立って格好いいんだけど・・・染めるつもりはないよ・・・ハルナの親友でナチュラルピンクの髪の女の子がいるので、キャラを被らせない為にも、染めないでいるの・・・それに、ピンクの髪にピンクのリボンじゃ目立たないでしょ」

 ハルナは、髪の両サイドをまとめているピンクの大き目のリボンに手を触れながら、返事をする。

「ハルナには、そういうヘアスタイルも似合ってるよ」

「ありがとう」

 今日一番の笑顔を作って、ハルナは、礼を言った。


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