武器庫の中の向日葵
僕の胃袋は、鉄と火薬でできている。
雨の夜、廃倉庫の鉄板を叩く音を聞きながら僕は壁にもたれて胃のなかの銃を数えていた。コルトが三丁。手榴弾が二個。それから、折れたナイフが一本。ぜんぶあの大人たちが入れたものだ。僕はそれを仕事の前に飲み込み、必要な場所で吐き出す。殺すためだ。十五歳の僕は、ただの人間の形をした武器庫だった。
本当の父も母も死んだ。多額の借金だけを残して。親戚に売られ、買ったのは「父親」と呼ばせるあの男だった。彼は僕の胃を武器庫みたいに使った。何でも消化できる。でも、消化しないでおくこともできる。出すのも自由だった。拳銃や手榴弾くらいなら腹の中で暴れたりしない。
◇
その夜、寂れた港の倉庫で横になってると、少女が入ってきた。
年は僕と同じくらい。濡れた制服の裾から雨水が滴っている。胸に、一輪の向日葵を抱えていた。黄色い花びらは、怯えた鳥みたいに震えていた。
「あなたでしょ。何でも飲み込めるっていうのは」
僕は黙って見ていた。胃のなかの銃が、嫌な熱を持った。金属の表面が細かい棘になって、胃壁を刺す。誰にも会いたかったわけじゃない。ましてや、こんな綺麗なものを持った少女には。
「ーー私の孤独、飲み込んでくれる?」
彼女は一歩、近づいた。名前はひなたと名乗った。向日葵みたいな名前だと思った。でも、持ってる向日葵は太陽を見ていなかった。彼女の胸のなかで、ずっと下を向いていた。
「孤独なんか、消化できない」
僕は言った。胃のなかには、もう色んなものが詰まっていた。弾丸、毒、嘘、他人の人生。どれも消化されずに残っている。僕はそういうものを抱えて生きるようにできている。
「消化しなくていい。ただ、預かってほしいだけ」
ひなたは向日葵を差し出した。僕はためらった。胃酸が分泌される。いつものように異物を溶かそうとする。でも花びらは溶けなかった。僕の喉を通り、食道を滑り、胃のなかで生温いそれと混ざった。
「まだ、あるの」
ひなたは小さな瓶を取り出した。なかには透明な液体が入っていた。涙だと言った。三年分。三百六十五滴。毎日、ひとつずつ集めた孤独。
僕はそれも飲んだ。味なんてしなかった。ただ胃のなかの向日葵が、ふっと茎を伸ばし、顔を上げた気がした。銃の重さが、ほんの少しだけ遠のいた。
◇
それからひなたは毎日来た。言葉にならない手紙。歌えない歌。捨てられない写真。彼女の孤独を僕は飲み込んだ。消化はしない。胃のなかの向日葵の横に、ぐちゃぐちゃのまま並べた。鉄の匂いのなかに、妙な花の匂いが混ざるようになった。
ある晩、父親が恰幅のいい男達を連れて倉庫にやってきた。次の仕事の標的の写真を床に放り投げる。
写真に写っていたのは、怯えた顔をしたひなただった。
「邪魔だ。そのガキの腹に鉛を詰めて、海の底にでも沈めてこい」
男の冷たい声が、錆びた鉄板の壁に響いた。
ひなたは自分の顔が写った写真を見て、小さく震えていた。
これまで僕は、言われた通りにしてきた。それが僕の生き方だった。だけど。
ーー僕の体は勝手に動いていた。
瞬間。父親の拳が頬を打った。連れの男の蹴りが腹に入った。胃のなかで向日葵が揺れた。花びらが一枚、喉まで上がってきた。僕はそれを歯で噛みしめた。血の味がした。
「うわあああああ!」
口を開けると銃が飛び出す。
コルトが父親の右肩を撃ち抜く。二丁目がもう一人の膝を砕く。三人目がナイフを抜くより早く、手榴弾を吐き出した。ピンを抜いて転がす。
爆音が倉庫を揺らした。
鉄板が悲鳴を上げ、人だった物が床に転がった。煙が晴れる。胃のなかはからっぽだった。
いや、いくつかのものだけが残っていた。
日々飲み込んできた写真と、あの日の涙。
そして、ひなたの向日葵。それだけは、絶対に吐き出さなかった。
「終わったの?」
ひなたが震える声で聞いた。僕はうなずいた。
「終わった」
僕は彼女の手を取った。冷たかった。でも、胃のなかの向日葵が妙に熱かった。
◇
それから僕たちは小さな町を出た。古い服を捨て、名前を変え、誰も僕たちのことを知らない場所へ逃げた。僕は町の片隅の花屋で働き始めた。泥と、青臭い茎の汁と、湿った土の匂いがする場所だった。ひなたは毎朝、僕の整えたシャツの襟を正して学校へ通った。僕の胃袋はもう武器庫じゃない。中身がどうなっているかなんて、もうどうだっていい。
ーー夜、ひなたが布団の中で聞いてきた。
「私の孤独、まだ預かってくれてる?」
僕はうなずく。もう胃のなかで向日葵が、どこを向いているかなんて分からない。それでも、そこにある確かな重みを感じながら、僕はただ、息をした。




