ドS公爵
離宮が日増しに豪華絢爛になっていく。
隠れドM貴族たちからの「聖なる辱め代」として届けられる最高級の調度品に囲まれ、私はふかふかのソファに身を沈めていた。
……いけない。これではただの贅沢三昧だわ。私が求めているのは、もっとこう、魂が削られるような鋭い言葉の暴力なのに。
そんな私の飢えを見透かしたかのように、救世主が現れた。
「――おい、例の狂女はどこだ。私が直々に引導を渡してやろう」
離宮の重厚な扉を蹴り開けるようにして入ってきたのは、漆黒の外套を羽織った長身の男。
国内屈指の「ドS公爵」と名高い、ヴァルガス公爵その人であった。
彼は「泣かぬ女はいない」と豪語し、その冷徹な言葉攻めで数々の令嬢を再起不能にしてきたという、界隈では有名な「言葉の魔術師」である。
「……あら。あなたが、噂のヴァルガス公爵?」
私はソファから立ち上がり、あえて挑発するように、それでいて期待に胸を膨らませて彼を見つめた。
公爵は、私の豪華すぎる部屋を一瞥し、鼻で笑った。
「ふん。婚約破棄され、行き場を失った挙句、成金のような趣味の部屋に引きこもるとは。貴様のような恥知らずな女は、王家の血を引いていること自体が罪だな。その醜い顔を鏡で見たことがあるか? 吐き気がするぞ」
――ッ!!
キタ! 「恥知らず」「罪」「吐き気がする」の三連コンボ!
私は全身に走る電流のような快感に、思わず膝が震えるのを隠せなかった。
「……もっと。もっとおっしゃって。公爵……。あなたのその、低く冷酷な声……鼓膜に直接泥を塗られるような感覚だわ……!」
「なっ……。何を言っている。貴様、今の言葉が聞こえなかったのか? 貴様はゴミだ。歩く汚物だ。存在しているだけで空気を汚す、無価値な肉の塊なのだぞ!」
「無価値な肉の塊」!!
ああ、なんてクリエイティブな表現かしら。語彙力の暴力が、私を優しく包み込む。
「最高……! その語彙力、最高ですわ公爵! ぜひ、その素晴らしい口癖で、私のこれまでの人生がいかに無意味で、愚かで、家畜以下であるかを、論文形式で三時間ほど語り聞かせてちょうだい! ほら、早く!」
「……は? 論文……? いや、私は貴様を泣かせに来たのだ。絶望して、許しを乞うて這いつくばる姿を見に来たのだぞ」
公爵の眉間に皺が寄る。
私は彼の手を取り、自分の頬に押し当てようとした。
「這いつくばる? もちろんよ! 今すぐこの絨毯の上を、あなたの靴を舐めながら一周して見せましょうか!? さあ、命じて! 『舐めろ、このメス豚め』って、その美しい唇で命じてちょうだい!」
「ひっ……! 寄るな! なんだ貴様は……。なぜそんなに嬉しそうなのだ! 私の罵倒は、女を絶望の淵に叩き落とすためのものだぞ! なぜ全弾笑顔でレシーブしてくる!?」
公爵が、一歩、二歩と後ずさる。
彼の「ドS」としてのプライドが、音を立てて崩れていくのが分かった。
「……もういい。もう言葉が出てこない。……私は、一体何のために修練を積んできたのだ。誰かを傷つけるための言葉が、これほどまでに相手を輝かせてしまうなんて……。私は、私はもう、罵倒なんてできない……」
公爵は青ざめた顔で頭を抱え、フラフラと離宮を去っていった。
噂によれば、彼はその日のうちに「ドS引退」を宣言し、田舎で花を育てる生活に入ったという。……もったいないことをしたわ。




