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婚約破棄

「ノノシリーナ・ド・エムザード! 貴様との婚約を、今この時をもって破棄させてもらう!」


 きらびやかなシャンデリアが輝く王宮の大夜会。音楽が止まり、貴族たちの視線が一斉にこちらへ突き刺さる。その中心で、私の婚約者である第一王子・ギルバート様が、これでもかとばかりに私を指差していた。


 ああ、これよ。これなのよ。

 私の鼓動は、かつてないほどの激しさで鳴り響いている。ドレスの胸元をぎゅっと握りしめないと、今にもこの「ときめき」が口から漏れ出してしまいそう。何を言おう、私は自他共に認めるドM。


「……婚約、破棄……。それは、本当でございますか? ギルバート様」


 私はあえて震える声を出した。もちろん、恐怖からではない。溢れ出しそうな法悦を必死に抑え込んでいるからだ。伏せた睫毛の裏側で、私は歓喜に打ち震えていた。


「今さら白々しい! 貴様のこれまでの悪行、すべて把握しているのだぞ!」


 ギルバート様が、扇動するように声を張り上げる。彼の隣には、いつの間にやら守られるように寄り添う一人の少女。確か、下級貴族の娘で「学園の聖女」ともてはやされている子だったかしら。


「まず、お前は彼女……ミーナ嬢に対し、教科書を隠す、階段から突き落とそうとする、さらには泥水をかけるといった卑劣な嫌がらせを繰り返した! あろうことか、一国の王女がすることか!」


 ……えっ、身に覚えがないわ。

 私、そんなアクティブな嫌がらせをする暇があったら、騎士団の訓練場に変装して行って「おい、そこをどけこの平民め!」って罵ってもらうチャンスを伺っているもの。泥水をかける? いえいえ、むしろ私がその泥水の中に横たわって「踏んでください」ってお願いしたい立場だわ。


 けれど、ここで否定してはいけない。否定してしまえば、この極上のエンターテインメントが終わってしまう。


「……っ。それは、その……」

「言葉も出ないか! この恥知らずめ!」


 「恥知らず」!

 ああ、なんて甘美な響きかしら。ギルバート様の口から放たれたその罵倒が、私の脳髄を心地よく痺れさせる。


「さらに聞け! 貴様は日頃から、自分を卑下するような発言を繰り返し、王家の品位を著しく汚してきた! 挙句の果てには、衛兵に向かって『私を牢屋にぶち込んで、冷たい言葉で責め立てて』などと口走ったというではないか。正気とは思えん、この変態女が!」


 「変態女」!!

 ついに、ついに来たわ! 公衆の面前、それもこれだけの高貴な方々が見守る中で、王子から直々に「変態」の烙印を押されるなんて!

 

 私は膝をついた。崩れ落ちるふりをして、床に手をつき、首を垂れる。

 ああ、床が冷たい。そして、周囲からの軽蔑の視線が、まるで熱い針のように肌を刺す。最高。これ以上の贅沢があるかしら。


「……くっ、ひっ……ふ、ふふ……」

「笑っているのか……? 貴様、この状況で笑っているのか!」


 ギルバート様が、信じられないものを見るような目で私を見下ろしている。そう、もっとその汚物を見るような目を向けて! 私を人間扱いしないで!


「申し訳、ございません……。ああ、私、なんて……なんてダメな女かしら……。こんなに大勢の前で、ゴミのように扱われるなんて……っ!」


 私は顔を覆い、肩を震わせた。周囲には「泣いている」ように見えているはずだ。実際は、あまりの興奮に鼻血が出そうになるのを、気合で止めているだけなのだけれど。

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