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邪馬台国 卑弥呼  作者: レン
小説 邪馬台国 卑弥呼
8/23

邪馬台国の人々

筑紫の風は鉄の匂いがした。

伊都国の港(糸島)に大陸の大型船が着くたび、女王直属の「一大率」が目を光らせる。そこは富の入り口であり、同時に外敵を阻む、鋭き「針」の役目。揚げられた無骨な鉄の塊は、休む間もなく東へと運ばれる。

次に鉄が届くのは、火の粉舞い散る博多湾(奴国)だ。そこは巨大な工廠こうしょう。大陸の鉄は熟練の槌によって、敵を切り裂く鋭い剣と、大地を拓く頑強な鍬へと姿を変えていく。

加工された「力」は、内陸の要衝・太宰府で厳格に検められる。ここは国の目。全ての物流はここで税を吸い上げられ、女王の威光へと変換された。

そして、その全ての糸を引くのが、要塞の如き山々に囲まれた朝倉だ。

四方を険しい峰に守られたこの地こそ、女王・卑弥呼が座す「奥の院」。伊都国からの情報を聞き、太宰府の帳簿を読み、全土へ命令を下す司令塔である。

南には、肥沃な久留米の平野が兵の腹を満たす米を吐き出し、そのさらに先、八女の砦には、南方の蛮族・狗奴国を睨む最前線の兵たちが槍を揃えている。

かつて栄華を極めた吉野ヶ里は、今や風化する過去に過ぎない。

鉄を輸入し、加工し、検閲し、蓄え、守る。

この洗練された「朝倉システム」こそが、倭国を一つの「国」へと変えたのだ。

女王は朝倉の宮で、遥か東の宇佐へと目を向ける。そこは瀬戸内、そしてその先の未知なる東国へと繋がる、青き海の門。

「次は、海を支配する時です」

卑弥呼の呟きは、筑紫を巡る鉄の拍動にかき消された。





霧が深い朝だった。

吉野ヶ里の環濠は、二重、三重の堀と柵で固められ、朝日が昇る前にすでに数百の兵が配置についていた。

卑弥呼は、高床の宮の最上階に座っていた。

赤い衣を纏い、髪に銅鐸を吊るした姿は、まるで動く神像のようだった。

「……来るな」

彼女の声は小さかったが、周囲の巫女たちは一斉に鈴を鳴らし、銅鐸を叩いた。

低く、響き渡る音が、谷全体を震わせる。

数日前、狗奴国の斥候が筑後川を越えて現れた。

菊池の谷から矢のように南下し、吉野ヶ里の南縁、みやき(香田)のあたりで小競り合いが起きていた。

狗奴国王・卑弥弓呼ひめくこは、男王。

卑弥呼とは「もとより不和」。

かつては同じ倭の血を分けた一族だったのかもしれない。

だが今は違う。

鉄の鏃を打ち、鍛冶の煙を上げ、阿蘇の鉄を武器に変えて攻め寄せてくる。

「女王よ」

弟の壱与が、息を切らせて駆け上がってきた。

まだ少年の顔に、血と泥が付いている。

「狗奴の軍勢、二千を超えたとのこと。

菊池の鉄鏃が雨のように降ってきます。

方保田の集落はすでに焼き払われ……」

卑弥呼は目を閉じた。

「……張政は、まだか」

魏の使者・張政は、帯方郡から黄幢を携えてやって来ていた。

卑弥呼が「相攻撃の状」を訴えた結果、魏は調停のために軍事顧問を派遣したのだ。

だが、狗奴は聞く耳を持たない。

卑弥弓呼は「女王に属さず」と宣言し、鉄の軍勢を率いて南から北上してきた。

その日、正午を過ぎた頃。

筑後川の対岸から、黒い影が動いた。

狗奴の先鋒。

免田式の土器を帯びた戦士たちが、鉄鏃を構えて叫ぶ。

「卑弥呼よ、出て来い!

男王の前に跪け!」

卑弥呼は立ち上がった。

宮の周囲に並ぶ巫女たちが、一斉に銅鐸を打ち鳴らす。

低く、重く、谷全体を震わせる音。

その音に呼応するように、吉野ヶ里の環濠から矢が放たれた。

「防げ!」

壱与の号令で、吉野ヶ里の兵が盾を構える。

鉄鏃が雨のように降り注ぐが、環濠の深さと柵の高さがそれを防いだ。

卑弥呼は、静かに呟いた。

「……神は、ここにいる」

巫女の一人が、赤い紐で髪を束ねた少女を前に出した。

台与



卑弥呼の宗女。

まだ幼いが、すでに鬼道の片鱗を見せていた。

台与は小さな手で銅鏡を掲げた。

鏡に映る朝日が、狗奴の軍勢を眩惑させる。

その隙に、吉野ヶ里の鉄剣隊が反撃に出た。

戦いは三日三晩続いた。

狗奴の鉄鏃は確かに強かった。

だが、吉野ヶ里の環濠は深く、楼観からの監視は鋭く、巫女たちの呪が敵を惑わせた。

そして四日目の夜明け。

狗奴の軍勢が、初めて後退を始めた。

卑弥弓呼の旗が、筑後川の向こうに消えていく。









女王は朝倉の宮で、遥か東の宇佐へと目を向ける。そこは瀬戸内、そしてその先の未知なる東国へと繋がる、青き海の門。

「次は、海を支配する時です」

卑弥呼の呟きは、筑紫を巡る鉄の拍動にかき消された。








伊都国の港に、魏の商船が横付けされる。

一大率いちだいりつ」の任に就く男・タジヒは、積荷の鉄塊を鋭く睨んでいた。

「……三塊、足りぬな」

商人が冷や汗を流す。伊都国は大陸の玄関口だが、ただの港ではない。朝倉の心臓へ送る「血液」を検分する、厳格なフィルターだ。

ここで一塊でも鉄が漏れれば、それは博多湾(奴国)の工廠に届かず、巡り巡って朝倉の防衛力に穴を空ける。

「博多の鍛冶師たちは、この鉄を待っている。奴らの槌が止まれば、南の狗奴国を殺す剣が打てぬ。……この場で首を跳ねるか、不足分を銀で補うか選べ」

タジヒが合図を送ると、太宰府へと続く街道に早馬が走った。

『鉄、三塊の欠損。太宰府にて税率調整を請う』

システムは、一分の狂いも許さない。


その頃、南の最前線・八女。

守備隊長の勇士・クマシロは、湿った土の匂いの中で槍を握り直していた。

かつての栄華を誇った吉野ヶ里は、今や背後の古戦場に過ぎない。今の防衛線はこの八女だ。

「隊長、朝倉から伝令です。太宰府を経由し、久留米の兵糧が明日到着します」

部下の報告に、クマシロは短く頷いた。

「久留米の米が届くなら、あと三日は戦える。だが、問題は剣だ。奴国の新作しんさくはまだか」

視線の先には、霧の向こうに狗奴国の不気味な軍勢がうごめいている。

彼らが手にしているのは、朝倉が管理する「鉄」ではない。山から採れる野良の鉄だ。鈍いが、重い。

「伊都国で検められ、奴国で打たれ、太宰府で配分された剣が届くのが先か。狗奴国の棍棒が俺の頭を叩き割るのが先か……。卑弥呼様の『システム』とやらを信じるしかないな」

クマシロは、朝倉の方角を仰ぎ見た。

高い山々に守られた王都は、自分たちがここで泥にまみれている間も、冷徹に数字を弾き、この国の循環を支配しているはずだ。

「くるぞ! 構えろ! ここで止めねば、久留米の田畑が焼かれるぞ!」

システムの末端で、鉄と血が激しく火花を散らした。










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