ヤマトの命名 ― 奈良の地
ヤマトの命名 ― 東の地での約束
大和盆地に辿り着いたのは、春の終わりだった。
筑後川の流れを離れ、海を渡り、熊野の山を越え、
ようやく見えたのは、広大な平野と、周囲を囲む優しい山々。
朝日が昇るたび、光が盆地全体を金色に染めた。
壱岐は、馬を降り、素足で土を踏んだ。
鏡の破片を胸に、壱与から託された最後の銅鐸を手に持っていた。
周囲には、日向から連れてきた巫女たち、朝倉の鍛冶師、奴国の農民、伊都の交易民……
数百人の移住民が、疲れた顔で立ち尽くしていた。
「ここが……東の地か」
壱岐は鏡の破片を掲げた。
朝日が反射し、光が盆地を照らした。
光は西の九州へも届くように、遠く山影を越えた。
巫女の一人が、銅鐸を小さく鳴らした。
音が盆地に響き、鳥たちが飛び立った。
「姉上の声が聞こえます」
巫女は目を閉じ、静かに言った。
「この地を、ヤマトと名づけよ、と」
壱岐は息を呑んだ。
「ヤマト……?」
周囲の民がざわついた。
朝倉の民が呟いた。
「山門……姉上の谷と同じ響き」
伊都の民が頷いた。
「邪馬台……山門。
神の声は、昔からそう呼んでいたのかもしれない」
壱岐は鏡を地面に置き、皆を見回した。
老いた顔に、静かな決意が浮かんだ。
「ここに、新たな邪馬台国を創る。
だが、もう邪馬台とは呼ばぬ。
この地は、朝日が昇る山の門。
ヤマトと名づける。
倭の民は、ヤマトの民となる。
光はここで受け継がれ、東へ、西へ、広がる」
民たちは膝をついた。
鍛冶師が鉄の槌を地面に置き、巫女が銅鐸を鳴らした。
子供たちが小さな鏡の破片を手に持ち、朝日を反射させた。
壱岐は最後の言葉を続けた。
「壱与は山門で、狗奴を引きつけた。
私たちはここで生きる。
鏡の破片を土に埋め、銅鐸を鳴らし続けよ。
いつか、このヤマトから、倭全体が一つになる日が来る」
朝日が完全に昇り、盆地は光に満ちた。
ヤマトの名は、静かに広がっていった。
遠く、日向の高千穂では、壱与の最後の銅鐸が止んだ。
山門の灰の中でも、光は消えていなかった。
ヤマトの民は、田を耕し、宮を建て、銅鐸を鳴らし続けた。
鏡の破片は土に還り、
だが、その光は、
倭の歴史の中に、永遠に刻まれた。




