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日向の産声


その日、九州東岸の日向の国は、その日、妙に静かだった。

海からの風が止み、山の鳥が声を潜め、昼だというのに空は薄く白んでいた。

村の外れ、岩を背にした産屋の中で、女は息を整えていた。

名も持たぬその女は、巫女の血を引く者だった。人と神のあわいに立つ家系。

産声が上がる前から、村人たちは近づこうとしなかった。

ただ、遠くから火を焚き、祈りの言葉を重ねるだけだった。

やがて――

雷でもなく、風でもない、何かが満ちる気配がした。

女が最後の息を吐いた瞬間、産屋の隙間から光が差し込んだ。

太陽が動いたわけではない。

光のほうが、選んでそこに落ちたようだった。

生まれた子は、泣かなかった。

助産の女が、思わず息を呑む。

赤子の瞳は閉じられているはずなのに、

まるで何かをすでに見知っているかのような静けさがあった。



「オギャア……ッ!」

赤子の産声が響き渡った瞬間、奇跡が起きた。

厚い雲が真っ二つに割れ、そこから一条の太い光の柱が、産屋を射抜くように差し込んだのである。荒れ狂っていた波は、あたかも命じられたかのように一瞬で凪ぎ、水平線から昇る朝日が黄金色に海面を染め上げた。

産婆が抱き上げた赤子を見て、居合わせた人々は息を呑んだ。

その子の瞳は、生後間もないにもかかわらず、万物を見透かすような深い琥珀色に輝いていた。

「この子は……日の光そのものだ」

父である長は、その幼子を「ヒミコ(日の巫女)」と名付けた。


外で祈っていた老人が、膝を折った。

誰に命じられたわけでもない。

ただ、そうせずにはいられなかった。

「……日向に、神の声を聞く者が生まれた」



人の世に立ちながら、言葉の向こう側を聞いた巫女王。

その誕生を、空と山と海だけが、確かに見届けていた。




ヒミコは、他の子供たちとは明らかに異質であった。

言葉を覚えるよりも先に、彼女は「風の言葉」を理解しているかのようだった。他の童たちが泥遊びに興じる中、彼女はひとり森の入り口に座り込み、ざわめく木の葉と対話するように首を傾げていた。その周囲には、なぜか警戒心の強い野鳥や獣が集まり、静かに彼女を囲んで蹲っていたという。

ある盛夏のこと、村が過酷な干ばつに見舞われた。天を仰いで嘆く大人たちを余所に、わずか五歳のヒミコは、ふらふらと村外れの荒れ地へ歩いていった。

 

「ヒミコ様、どこへ行くのです!」

世話役が慌てて後を追うが、彼女はある巨岩の前で立ち止まり、その小さな掌を岩肌にそっと当てた。

「……ここ、苦しがってる」

彼女がそう呟き、指先に力を込めた瞬間であった。岩の隙間から冷ややかな水が勢いよく噴き出したのである。それは、村の誰一人として知ることのなかった隠れた水源であった。

だが、彼女の力は恵みをもたらすだけではなかった。

七歳になったある秋の日、ヒミコは収穫を祝う祭りの最中に突如として踊りを止め、真っ青な顔で海を指差した。

「……黒い壁が、くる」

空は快晴、風も穏やかであったが、数刻後、突如として大地震が大地を揺らし、指し示された海から山のような大津波が押し寄せた。彼女の警告を信じて高台へ逃れた者たちだけが、一命を取り留めたのである。

救われた人々は彼女を「生き神」と崇めたが、同時に、そのあまりに澄んだ琥珀色の瞳に、言いようのない畏怖を抱くようになっていった。彼女は次第に人里離れた社で、孤独に神の声を聴く日々を過ごすようになる。

それは、後に倭国を統べる女王としての、孤独な運命の始まりでもあった。

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