02 家族
「今日は『家族』について学ぶよー」
朝食後、研究所の一室で、旭さんはホワイトボードに大きく「家族」と書いた。今日のプログラムは座学から始まるらしい。
研究所を探検してみたり、所員に突撃インタビューをしたり、中庭の植物や虫を実際に見てみたりと、日によって用意されているプログラムはさまざまだ。ただ変わらないのは、旭さんが先生役をしていること。
私は姿勢良く椅子に座って、旭さんの話を聞く。
「さて、突然だけど愛ちゃん。『家族』ってどんなものだと思う?」
「血縁関係や婚姻関係があり、同じ家で共に生活をする人々のことだと思います」
知っている情報をそのまま口に出すと、旭さんは大きく頷いた。
「確かにそれも『家族』だね。でもね、『家族』にはそれ以外の形もあるんだよ」
「それ以外ですか?」
「そう。たとえば、血のつながりはないし戸籍上のつながりもないけど、同じ家で共に生活している人たちとか」
旭さんはキュッキュッとホワイトボードに要点を書いていく。
「ルームシェアや同棲とはどう違うんですか?」
どちらも旭さんが言った「家族」の条件に当てはまる。だけど、ルームシェアする相手はあくまで他人だし、同棲する相手は恋人であることが多いはず。
「ナイスな質問だねー。その答えは、『人によって違う』となる。ある人は『家族だ』って言うし、ある人は『家族じゃない』って言うだろうね」
それはまるで、規則性がないと言っているように聞こえる。
人はどこで「家族」を判断しているのだろう。血縁? 戸籍? 住んでいる家? だけど旭さんの言い方だと、同じ状況を見ても家族か家族ではないかは変わるらしい。
同じ家で共に生活している人が「家族」とするのであれば、研究所という家で共に生活している旭さんたちはどうなるのか。
「……旭さんと博士は『家族』なんですか?」
「おお? ……ああなるほどね」
顎に手を当てて少し考えるそぶりを見せると、旭さんは納得したように呟いた。
「どうして俺と博士限定なのか聞いていい? 研究所を1つの家とするなら、愛ちゃんも含まれない?」
「……どうしてって、私は人ではありませんよ?」
「……ということは、愛ちゃんの思う『家族』に含まれるのは人だけ?」
私は頷いた。
「そっか。『家族』にも色々な定義が……それこそ、人の数だけあってね。よく言われるのは、愛ちゃんが最初に言ってくれた『血縁関係や婚姻関係があり、同じ家で共に生活をする人々』っていうものだけど、ペットやロボット、それこそ愛ちゃんみたいな存在だって『家族』だと言う人はいるんだよ」
……私も、誰かの「家族」なのだろうか。
突然、ぽんと頭に暖かい手が乗った。いつの間にか下がっていた視線を上げると、にこりと笑った旭さんと目が合う。
「ちなみに、俺の『家族』に愛ちゃんは含まれてるからね」
「血のつながりどころか、私は人ですらないですよ?」
「確かにそうだけど、俺は別に気にならないかな。今こうやって話している愛ちゃんだからこそ『家族』というか、なんというか……」
旭さんは私の頭から手を離して、考えるように腕を組んだ。
「『家族』っていうのは、目に見えない『絆』で結ばれているんだと思う。血のつながりがあるといっても、『家族』じゃない場合だってある。お互いがお互いを想って、必要として、そういう役割があって初めて『家族』になるんじゃないかな」
私と旭さんは本当に、目に見えない「絆」で結ばれているのだろうか。私は旭さんを想っているのだろうか。想われているのだろうか。
私は世界や人の情報を得るため、旭さんはAIoidの研究のためと、お互いに必要としているのは確かだ。
だけど、それが「家族」だと言い切れる根拠がない。
再び頭に暖かい手が乗った。
「旭さん……」
「そんなに思い詰めなくて大丈夫だから。ちょっと休憩しよっか」
今はその提案がとてもありがたい。答えが出ないことをぐるぐる考えすぎたせいか、額の部分が熱を持っている。
「……あ、そうだ。もし気が向いたら俺のこと、『お兄さん』って呼んでね? 可愛い妹ちゃんからだったら大歓迎だから!」
「家族」だと言い切れないのに、兄と妹とはどういうことなのだろう。うまく逃せない熱によってぼやける視界で旭さんへの返答を考える。ドアが開いて、誰かが近づいてくる足音がした。
すると頭に乗った手が離れていき、また別の手が視界を遮るように近づいてくる。
「——呼ばなくていい」
「……博士?」
この低い声は博士だ。どうしてここにいるのだろう。
もしかすると研究対象の様子を見に来たのかもしれない。博士は時折プログラム中にやってきては、旭さんと共に先生役をしたり参観したりしているから。
だが、この手は何だろう。壊れ物に触れるよう、優しくて大きな手が私の両目を覆っている。
「愛、すまないが休止させる」
その言葉の意味を理解する前に、ぷつんと意識が闇に落ちた。




