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16 僕の娘 Side:八条相模

 泣き叫ぶ声が聞こえなくなってから数分、愛の部屋から出てきた斑目はどうしてか白衣を羽織っていなかった。

 だが、それよりも気になるのは愛のこと。穏やかな笑みと共に小さな疲れを浮かべる斑目へ声をかける。


「……愛は、どうだった?」


 僕の言葉に笑みを深めた彼の感情はよく分からない。斑目は普段、喜怒哀楽……主に喜と楽を表に出すことが多いが、今浮かべているものはそのどちらでもないのだ。


「博士、」


 その声に柔らかさはなく、どちらかというと硬さがある。いつもの斑目からは考えられない声のトーンにごくりと唾を飲み込んでしまった。


「愛ちゃんのことが気になるのであれば、彼女が目を覚ましてから自分で確かめてはどうですか?」


 ふと気づいた。


「……怒っているのか?」

「……俺が、ですか?」


 首を傾げた斑目が嘘をついているとは思えなかった。本人も自覚していなかったのだろう。


 なぜ、と考えてすぐに彼が怒るのも無理はないと結論が出た。

 以前、斑目は愛のこと目に入れても痛くない存在だと言っていた。それは変わらないどころか、今はあの時以上に愛のことを想っているはずだ。僕の前でもたびたび「今日も愛ちゃんが可愛かった」と話しているから。……まあ、もしそれに恋愛感情が含まれていたものなら、僕はきっと斑目を愛の担当から外しているだろう。


 愛はおそらく……いや、ほぼ確実に僕の言葉で傷ついていた。僕のせいで泣き叫んでいた。愛のことを妹のように溺愛している斑目が、それに対して怒らないはずがない。


「……すまなかった」


 気づけばそう口走っていた。目の前の斑目は、先ほどのものとは違う苦笑いを浮かべる。


「謝る相手が違うのでは?」

「そう、だな……」


 僕の言葉で一番苦しんでいるのは愛なのだから。謝るべきは、愛だ。


 彼女がどう受け取るのかを考えず、ただひたすらに「愛と向き合うためには全て正直に言わなければいけない」と思い込んで実際に言ってしまったせいで、……僕のせいで愛は苦しんでいる。


 まただ。また、苦しませてしまった。きみには幸せでいて欲しいと願っているのに、きみから目を逸らさないと約束したのに。「僕があの子たちの代わりに死んでいればよかった」と言った時、僕は何を見ていたのだろう。きっとそれは、きみの瞳に映る僕自身だった。


「……そんなに苦しそうな顔しないでください。愛ちゃんがまた泣いてしまいます」


 苦笑いから一転、真剣な色を浮かべて斑目は言う。


「笑顔でいる……とまではいかなくともせめて言葉にしてください。苦しそうな表情のまま、ただ謝るだけではダメですよ。苦しいと感じているのならその苦しさを言葉にしてください。愛ちゃんはもう、受け止める準備ができているはずです。だから下手に隠さないで真っ直ぐと伝えて、その上で愛ちゃんの言葉を受け止めてください」


 斑目は、僕の何倍も愛に寄り添って、愛を理解しようとしている。そんな斑目に愛は信頼を置いている。


 数ヶ月前に斑目から、愛に「お兄さん」と呼ばれたという報告があった。愛は斑目(きみ)の妹ではないと拗ねると同時に、当然だろうと納得したのだ。

 それくらい彼は愛に心を砕いているのだから。


 対して、僕はどうだろうか。真っ直ぐと向き合えているだろうか。……否、向き合うふりしかできていない。それに気づかせてくれた斑目に、それを身を切るようにして伝えてくれた愛に、僕は今度こそ向き合わなければ。


 ……いや、違う。僕が、僕の意志で()()()()()()


「……ありがとう、斑目」

「お礼を言われるほどのことではありませんよ。俺は俺のやりたいことをやったまでです」


 つまりは愛のためなのだろう。穏やかに笑った斑目に呆れを込めた視線を返す。


「きみは本当に愛が好きだな……」

「もちろん、可愛い可愛い妹ですから」


 あまりにも自慢げに頷くから少々腹が立った。


「愛はきみの妹ではない。僕の娘だ」


 僅かに目を見開いた彼は「それはどうでしょうね?」と言う。どこか嬉しそうに笑った斑目を見て、ふっと体中に入っていた変な力が抜けていく感覚がした。




 ——愛、きみは僕に「心」を見せてくれるだろうか。

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