15 言葉
「……ぅう……っ、ひっ……く……」
涙も嗚咽も止まらない。ぐるぐるとした思考も、嫌な熱さも、全部が止まってくれない。泣くのには体力を使うと聞いたことがあったけどこれは想像以上だ。呼吸もままならないこんな状況から人はどうやって立ち直るのだろう。
自分の部屋の鍵を閉めて、ベッドの上で丸まって、毛布を頭から被って……。声を殺して、訳も分からず泣いている。
どうして、「僕があの子たちの代わりに死んでいればよかった」なんて……。
どうして、自分の方が苦しいはずなのに私を安心させようと笑って……。
どうして、涙を流す私を見てあんなにも苦しそうに顔を歪めて……。
どうして、「大丈夫」と笑うどころか涙が止まらなくなって……。
どうして、ここまでぐるぐると考えてしまって……。
どうして、あの言葉が——
その時、コンコンコンとノックの音が響いた。
「愛ちゃん」
穏やかで優しい、旭さんの声だ。
だから私はほっと息を吐く。……どうして? 言ってしまえばただそれだけなのに、なぜ私は息を吐いたのか。この現象に名前を付けられたのなら、ぴったりな言葉を知れたならどれだけ良いのだろう。
「愛ちゃん。何も言わなくて大丈夫だから少し聞いてくれる?」
その言葉に、私は毛布の隙間から顔を出してドアの方へと視線を向けた。
「博士は、……博士も愛ちゃんも、お互いに向き合おうとしている。俺は横で見ていただけだったけどそう思った。博士も、博士なりの理由があってあの話をしたんだろうね」
旭さんは、「でも」と続ける。
「それはきっと、上手く言語化できるものではなくて……。……もちろん、言葉にできるものだってあるんだと思う。だけどそれはあくまで自分自身の心に合う言葉を借りているだけ。借り物だから、それがぴったりとは限らない。それでも人は……いや、少なくとも俺は、自分の心に相応しいと思う言葉を借りている」
頭から被っていた毛布がするりと落ちた。
「借りて、伝えるようにしている。その言葉が本物か偽物かなんて、結局、自分次第なんだから。その心と借りている言葉が合致したと思ったら本物になるし、そう思わなかったら偽物になるんだよ。自分の言葉でも誰かの言葉でも、ね」
私はベッドを降りた。一歩、また一歩とドアへと近づく。
「だから……愛ちゃんは、どうしたい? 博士に何か伝えたい? もしもぴったりな言葉が見つからないのなら、俺が一緒に考えることもできるよ」
……私は、博士に伝えたい。だけど相応しい言葉が分からない。何を伝えたいのかも分からない。
もう、ドアは目の前だ。
冷たい自分の手をぎゅっと握り、深く息を吸う。あんなにも止まらなかった嗚咽は、いつの間にかなりをひそめていた。
私は鍵を開けた。ドアの隙間からそっと顔を出した。
「旭、さん……」
「うん」
「一緒に、考えてもらえますか……?」
「もちろんだよ」
ヒアリングの時のように、ベッドの側の椅子に座った旭さんから問いかけられる。
「愛ちゃんは今、どの辺りに引っ掛かりを感じてる? 博士の言葉、博士の行動、それとも愛ちゃん自身の何か……、思い当たるものはある?」
引っ掛かりがあること、「どうして?」という思考が止まらないものであれば……。
「どれも、です。博士の言葉も、行動も、私自身のそれも……」
「なるほどね。……じゃあ、ひとつずつ考えてみようか。まずは博士の言葉から。どんな言葉に引っ掛かってる?」
するりと口から出てくるのはやっぱりあの言葉。
「『代わりに死んでいればよかった』……これです」
どこかへ行ったはずの涙がまたじわりと浮かんでくる。「大丈夫だからね」と頭を撫でてくる手が暖かくて、堪えきれないものがぽろぽろと溢れてきた。
「どうして……どうして博士はそう言ったのかな、どうしてそう考えたのかなって。だって、そうしたら……博士が本当に代わりに死んでいたら、私は造られませんでしたよね。それに、……博士を愛していた八条愛さんが悲しみます」
「……そっか、そうだよね。愛ちゃんはそれに対してどんな風に感じた?」
いつも以上に言葉を選んでいるであろう旭さんは、真っ直ぐ私を見つめる。
「僕があの子たちの代わりに死んでいればよかった」そう苦しそうに言った博士を思い出すと、心臓を掴まれたような感覚がした。実際に何も異常がないのは確かだけど、よく分からない苦しさがある。
内心首を傾げながら、心臓の辺りの服を握った。
「その辺りに、何か感じた?」
「……ぎゅっと掴まれたみたいに苦しいです」
旭さんは一度目を見開いてから、柔らかく微笑む。
「それは、もしかすると『悲しい』ってことなのかもしれないね」
「『悲しい』……」
その言葉は思いの外合致した。最初からそこにあったかのように、違和感なくぴったりと。
私は——悲しいんだ。
博士がああ言ったことも、私を安心させようと無理に笑ったことも、泣いている私を見て自分のことのように苦しそうな表情をしたことも……。全て、悲しいから。
「……悲しい」
悲しい……。悲しい、悲しい、悲しい……。
堰を切ったように、熱くて冷んやりとしたものが溢れ出す。ぼろぼろ、ぼろぼろと止まらない。涙は熱いのに、冷たいものが迫り上がってくる。
まるでぽっかりと穴が空いてしまったかのようだ。渦になった「悲しい」が襲ってくると、とても苦しくなる。そうしたら今度は涙が止まらなくなって、それが穴を塞ぐ邪魔になる。
ふわりと、包み込む暖かさを感じた。旭さんの爽やかな柔軟剤の匂いを近くに感じた。とんとん、と背を優しく叩かれ、「大丈夫、大丈夫だよ」と言葉をかけられる。
その背中におそるおそる手を回すと、苦しくない程度にぎゅっと抱きしめられた。
「……っ、————」
私は声にならない声をあげて、思い切り泣き叫んだ。
どれくらいそうしていたのかは分からない。覚えているのは、背中を優しく叩いてくれていた暖かさと、柔らかい匂いだけ。
「——大丈夫だからね、愛ちゃん。……おやすみ」
その言葉は、どうしようもないほどに優しかった。




