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12 綺麗

 サボってみたまではよかったものの何をするべきかと悩んだ結果、私は中庭の木の下に座って雲を眺めていた。時折、視界の端でひらりと桜の花びらが舞う。


 近づいてくる足音の方へ視線をやると、優しく微笑んだ旭さんと目が合った。


「やっと見つけた、桜の妖精」

「桜の妖精、ですか?」


 妖精というのは現実世界に存在しないはずだ。あれはあくまでおとぎ話などの物語の中の存在ではなかっただろうか。首を傾げていると、旭さんは笑みを深める。


「愛ちゃんのことだよ。桜の木の下にいるからそう思った」

「そうなんですね?」


 旭さんは「そうだよ」と頷きながら私の隣に腰を下ろした。


「真下から見る桜も綺麗だね」


 人ひとり分開けて座った旭さんの真似をして、空から桜に焦点(ピント)をずらす。


「こんなに綺麗なんですから、散らなければいいのにと思います」


 ぽろりと、溢れるように言葉が出てきた。


 常にこの桜を見ることができたのなら、きっとこんなにも心細くならなくて済む。いずれ散ってしまうと知っているのに、綺麗だと意識を向けたのがいけなかったのだろうか。それとも、満開な今ではなく散ってしまう未来を想像したのがいけなかったのだろうか。


「桜は、散るからこそ綺麗なんじゃないかな」


 旭さんは桜を見上げたまま続ける。


「散るという終わりがあるからこそ、満開の状態を楽しめる。未来永劫変わらないものも綺麗だけど、1秒先に変わってしまうかもしれないものも綺麗。……何事も色々な側面があって色々な背景があるからこそ、素敵なんじゃないかな」


 それはまるで旭さん自身に言い聞かせているような言葉だった。


 確かに、常に咲いている桜と今の季節だけ咲いている桜では、それぞれ楽しみ方が違うように思える。常に咲いている桜であれば、日常の中の日常として。今の季節だけ咲いている桜であれば、日常の中にある非日常として。


「桜はぐるぐると四季を巡っていく。淡く咲いて、緑風に揺れて、赤く染まって、ひとり寒さを耐える。そしてまた花を咲かせて……ってね。だからこそ、桜は綺麗なんだと俺は思うよ」


 そう言った旭さんは桜ではなく、私を見ていた。


「……やっぱり、私もそう思います」


 この儚さがあるからこそ桜は綺麗なのかもしれない、と。


 旭さんは「そっか」と笑った。

 花びらを乗せた風が、ざあ、と頬を撫でた。


「そういえばだけど、サボってみてどうだった? お兄さんに感想教えてよ?」


 私を見つけて一番最初にこの話題を出さなかったところがとても旭さんらしい。それが意図的なのか、ただ忘れていただけなのかは分からないけど、おかげで肩の力を抜いて話せる。本当に良きお兄さんだ。


「そうですね、感想をひとつ言うのなら……」


 ふと思いついてしまった。

 旭さんは今のように「お兄さん」アピールをすることがある。それに対して私が応えたことはなかったはずだ。見当違いでなければ、旭さんは「お兄さん」と呼ばれたがっている。ならばいっそのこと——


()()()()が探しにきてくれて嬉しかったです」


 鼓動(ビート)を早める心臓(ハート)に気づかないふりをして、笑顔で言って述べた。


 旭さんは、目を見開いたと思ったら悩むように顎に手を当て、はっと左上に視線を向けてからまた悩むようなポーズになる。相当のスピードで思考の処理が行われているのがありありと分かった。


 しばらくしたらやっと落ち着いてきたのか旭さんは口を開く。


「ごめん愛ちゃん、もう1回言ってくれる? もしかして俺の聞き間違いかな……」

「聞き間違いじゃないですよ、()()()()


 神妙な表情から一転、旭さんは、ぱぁっと効果音がつきそうな笑みを浮かべた。嬉しいという感情を全身に浴びて、私はなんだか気恥ずかしくなった。それはきっと、ここまで喜んでもらえるとは思っていなかったから。

 頬に薄く熱を感じる。旭さんの方を見られなくて、つい目を逸らしてしまう。


 すると、ふふ、と笑った気配と共に、頭に暖かい手が乗った。


「……何ですか?」

「また気が向いた時にでも『お兄さん』って呼んでね?」

「……考えておきます」


 再び声を出して笑った旭さんが、今だけは少し憎らしい。「またサボってしまいますよ」という言葉が喉元まで上がってきたが、旭さんからプログラムを受ける方が何倍も楽しいのは確かで……。


 結局私はしばらくの間、旭さんからよしよしと頭を撫でられていた。

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