伝説の昭和の怪談 第0話 昭和から来た何らかの何か
毎年大晦日の夜に開催されていた1対1の怪談イベント〈サタニック・デモンズ・南無阿弥ダウン〉。
ルールは単純。
武器の使用以外、すべてが合法。
ただし、フィニッシュの技として認められるのは絞め技のみ。
首を絞められた選手が意識を失ったと判断された瞬間から、容赦なくカウントダウンが始まる。
死の秒読みのシンボルとなるのは、会場内の特設神社に置かれた108本のロウソク。
ロウソクの火は1分に1本のペースで消されていき、すべての火が消えるまでの間、勝者は敗者の首を絞めつづけなければならない。
そして108本目のロウソクの火が消えた時点で敗者の死が確定したとみなされ、闇医者が作成した死亡診断書が勝者に贈呈される。
主催者である現代僧兵たちの尽力なくしては成立しない、危険なイベントだ。
そしてあの年。
あの年に開催されたイベントの責任者だったSさん(当時37歳)はこう語る。
住職にね、何度も言われてはいたんです。
昭和には気をつけろって。
いや、
信じるもなにも、さっぱり意味がわからないからわかりませんよ。
だって、わからないじゃないですか。
そうでしょう?
B宗系二次団体(※現在は住職破門・廃寺)の首座をつとめていたSさんは、怪談制御室からすべてを見ていた。
まずリングへ上がったのは、総合怪談師のNさんだった。
従来の怪談に〈打〉〈投〉〈極〉の三要素を加えた総合怪談の第一人者であるNさんは、漆黒のオープンフィンガーグローブで虚空を滅多打ちにしながら対戦相手を待ちうける。
観客たちのテンションは、早くも最高潮に達しようとしていた。
盛り上がれるときに盛り上がっておこうという感じの盛り上がりだったとSさんは語る。
これからリングでおこなわれる攻防については、おそらく誰も期待していなかった。
Nさんの一方的な独演会になるだろうと、誰もが思っていたはずだ。
常勝不敗のNさん。
通常のアスリートとしてもハイレベルである上に、怪談級の絶技をリング上で披露した実績もある。
「今度の試合では、古流怪談という未来兵器をお見せします」と宣言していた。
そんなNさんの対戦相手は、聞いたこともない流儀の無名選手。履歴書の当該欄には「フルコンタクト憑き物落とし」と記されていた。そして抱負の欄には、「叩けば直る」。
今にして思えば、それを見た時点で昭和を感じておくべきだったとSさんは語る。
しかし、そのときは気づけなかった。
履歴書が会場のスクリーンに映し出されてからも、観客たちは単なる公開処刑を予期していたにちがいないとSさんは語る。
その年の〈サタニック・デモンズ・南無阿弥ダウン〉は、古流怪談の復興をうたうイベントでもあった。
弱肉強食。
法と契約。
死刑囚の祟り。
国民的ホラー。
そういう古式ゆかしい怪談の原液をしめやかに味わい、新しい年をむかえよう。
それが会場の空気だった。
そんな中、Nさんの対戦相手が姿を見せた。
リングネームは「ウルシラファンタジー」。
何らかの服を着ていたはずだが、記憶に残っていないとSさんは言う。
口にくわえている大量のタバコだけが印象的な選手だった。
「たぶん50本。缶入りのやつが丸ごと1缶。おれにはわかるんです。谷中のお師爺さんが吸っていたから」とSさんは語る。
リングに上がったウルシラファンタジーは、まるで普通のぶつかりおじさんが近所を散歩するかのような足どりで、そのままNさんのほうへ近づいていった。
「ムオッ!」
Nさんの右ストレート。
ウルシラファンタジーのあまりにも日常的なオーラに、異様なものを感じとったのだろうか。
Nさんは試合開始までの待機を省略して、対戦相手の顔面に拳を叩きこんだ。
火のついた大量のタバコがリングに散らばった。
殴り飛ばされたウルシラファンタジーは、背後のロープに身をあずけながら言った。
「なるほど。グローブが黒いと噂されるだけあって、なかなかいい怪談をしているよ」
「もう一発、いかがですか? 次はもう少し強めにいきます」
「それは怖いねえ。当たればの話だけど」
「当たれば怖い、と言っているように聞こえますよ」
「そう聞こえちゃった?」
「聞こえました」
「困ったなあ」
ウルシラファンタジーはちょっと頭をかいたあと、
別人のように冷たい声でこう言った。
「だが、そのていどの怪談など、幕末の昭和においてはまったく通用しない」
その直後に大惨事は起きた。
閃光と轟音。
Nさんは、何らかの何かに吹き飛ばされて全治6ヶ月。
リングを中心に燃え広がった炎はたちまち観客を巻きこみ、多数の重傷者が病院に運ばれた。
タバコの火がリングの下に置かれていた凶器に引火したのではないかと推測されているが、真相は不明である。
事件発生当日、即座に介入した国家暴力は、主催団体の構成員を数名逮捕。
そして現場から姿を消したウルシラファンタジーの真相を解明するべく、Nさんに対する事情聴取もおこなった。
しかし、
「負けに不思議の負けなどありませんよ。あたりまえの事が起き、私が負けました。あたりまえの事しか起きていません」
と潔く負けを認めたNさんは、国家暴力への協力を拒否。
事件は迷宮入りとなった。
「あれがたぶん、昭和なんですよ」とSさんは言った。
Sさんはまだ捕まっていない。