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第13話 失われた村

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

「鏡の城の魔導士」第13話をお届けします。


今回はアイリスの故郷アーク村での物語。失われた記憶の謎と、フォルクスの真意が明かされます。


お楽しみください!

森の奥から響く鳥のさえずりが、アイリスの心に久しぶりの懐かしさを運んでくる。


王都での追跡を振り切った一行は、三日間の隠れ行を経て、ついにアーク村の境界線に足を踏み入れていた。足元の土は記憶よりもやわらかく、靴底に故郷特有のしっとりとした感触が蘇る。


「久しぶりだな、この景色」


ジークが遠くを見渡しながらつぶやく。彼の横顔には、リオと共に過ごした日々への郷愁が浮かんでいる。


「兄さんとよく来たんですか?」


アイリスの問いかけに、ジークは小さく微笑んだ。


「ああ。リオはよく村の子供たちに魔法を見せてやっていた。あいつは本当に子供好きだったからな」


レイナは興味深そうに村の入り口を眺めている。


「噂には聞いていましたが、実際に見ると本当に普通の村ですね。観測者が生まれた場所とは思えないほど平穏で」


「それがアーク村の良いところなんです」


アイリスは胸を張って答える。故郷への愛情が、言葉の端々に滲み出ていた。


「みんな優しくて、私みたいな変わった子でも温かく受け入れてくれました」


バルドは警戒の目で周囲を見回している。


「しかし用心は必要だ。我々を追って来た可能性もある」


クラティアが静かに首を振る。


「その心配はありません。ここまで来れば王国の追跡も及ばない。それより気になることが」


彼女の視線の先で、村の煙突から立ち上る煙が妙にゆらめいていた。まるで時間の流れが不規則になっているかのように。


「何か...おかしいですね」


アイリスの直感が、微細な異変を捉えていた。


空気に漂う匂いも、記憶の中の村のそれとは微妙に違っている。草の匂いに混じって、どこか人工的な、金属のような香りが鼻を刺す。


「一度村長の家を訪ねてみましょう」


アイリスの提案に、一同は頷いた。


村の中央へ向かう石畳の道は、足音を妙にくぐもらせる。いつもなら村人たちの笑い声や、子供たちの遊ぶ声が聞こえてくる時間帯なのに、今日は不思議なほど静かだった。


「おかしいな...」


ジークが眉をひそめる。


「確か今頃の時間なら、市場が開いているはずなんだが」


アイリスも首をかしげる。幼い頃から慣れ親しんだ村の日常が、何かズレているような感覚があった。


やがて村長の家が見えてくる。石造りの温かな建物は変わらずそこにあったが、窓から漏れる光がちらちらと明滅している。


「村長さん、いらっしゃいますか?」


アイリスが扉を叩くと、しばらくして慣れ親しんだ声が返ってきた。


「おお、これはアイリスじゃないか。よく帰ってきたね」


扉が開き、村長が顔を出す。しかし彼の表情は、どこかぼんやりとしていた。


「お久しぶりです、村長さん。お元気でしたか?」


「ああ、元気だとも。ところで...君は確か、どちらさんだったかな?」


アイリスは困惑した。村長とは幼い頃からの知り合いのはずなのに。


「アイリスです。アイリス・ノルヴェイン。リオの妹の」


「リオ?リオとは誰だね?」


その言葉に、一同は凍りついた。


ジークが前に出る。


「村長さん、私はジーク・ヴァルドナインです。リオの友人で、何度もこの村を訪れている」


「ジーク...?すまないが、記憶にないな」


村長の目は優しいままだったが、そこには確かに困惑の色があった。


まるで大切な何かが、きれいに抜け落ちてしまったかのように。


   * * *


村長との奇妙な会話を終えた一行は、村の中を歩きながら調査を続けていた。


「他の村人たちも同じ状態かもしれません」


レイナが懸念を口にする。


「記憶の選択的な欠落...これは自然現象ではありませんね」


アイリスは幼馴染のエルナの家を訪ねてみることにした。小さな花屋を営む彼女なら、何か手がかりが得られるかもしれない。


花屋の軒先には、いつものように色とりどりの花が並んでいる。しかし花の香りに混じって、またあの金属的な匂いがした。


「エルナ?」


アイリスが声をかけると、店の奥から親友の顔が現れる。


「あら、いらっしゃいませ。何かお探しの花はありますか?」


エルナの声は相変わらず明るかったが、アイリスを見る目に親しみがない。


「エルナ、私よ。アイリス」


「アイリス...?申し訳ありませんが、お客様のことは存じ上げません」


アイリスの胸に、冷たいものが走った。


親友が、自分のことを覚えていない。


「でも、私たち子供の頃からの友達で...一緒にお花を摘んだり、川で遊んだり」


エルナは困った顔をする。


「すみません、本当に覚えがないんです。でも、なぜか懐かしいような気がして...」


その時、エルナの目がふっと曇った。まるで霧がかかったように。


「あれ?今、何の話をしていましたっけ?」


記憶が混濁している。まるで大切な何かを思い出そうとするたびに、それが霧の中に消えてしまうかのように。


バルドが警戒の色を強める。


「これは何かの魔法的な干渉だ。記憶を操作している存在がいる」


クラティアが頷く。


「恐らく時空の歪みが関係しています。この村の時間軸に、何者かが干渉を行っている」


アイリスは拳を握りしめる。故郷の人々が、自分の存在そのものを忘れてしまっている。兄のことも、共に過ごした日々も。


「どうして...どうしてみんな忘れてしまうんですか?」


ジークがアイリスの肩に優しく手を置く。その手の温もりが、彼女の心に小さな安らぎをもたらした。


「大丈夫だ。必ず原因を突き止めて、みんなの記憶を取り戻そう」


レイナも頷く。


「私の魔導技術で、記憶の痕跡を辿ることができるかもしれません」


一行は村の中央広場に向かった。そこは村人たちが集まる場所で、何か手がかりが見つかるかもしれない。


広場に着くと、数人の村人が談笑していた。しかし彼らの会話を聞いて、アイリスは愕然とする。


「最近、妙な夢を見るんだ」


一人の村人が言う。


「懐かしい誰かと過ごした夢なんだが、起きると思い出せない」


「ああ、私もです」


別の村人が相槌を打つ。


「とても大切な人だった気がするのに、顔も名前も思い出せなくて」


アイリスの目に涙が浮かぶ。


みんな覚えているのに、覚えていない。記憶の奥底には確かに残っているのに、それを表面に呼び起こすことができずにいる。


その時、風が吹いた。


普通の風ではない。時空の歪みを含んだ、異質な風。


広場の中央で、空気がゆらめき始める。


「何だ、あれは...?」


バルドが警戒態勢を取る。


空中に、淡い光の映像が浮かび上がった。


それは過去の記憶の断片だった。


アイリスが子供の頃、この広場で兄と遊んでいる光景。村人たちに囲まれて、楽しそうに笑っている姿。


「あの子は...」


村人の一人がつぶやく。


「見覚えがあるような...」


映像の中で、幼いアイリスがエルナと手をつないで走り回っている。リオが優しく見守っている。


村人たちの表情が、困惑から驚きへと変わった。


「思い出した...!あの子はアイリスちゃんじゃないか!」


「リオさんの妹の!」


次々と記憶が蘇っていく。しかし映像が消えると、再び彼らの目は曇った。


「あれ?今、何を見ていたんだっけ?」


記憶の修復は一時的なものに過ぎなかった。


クラティアが深刻な表情で状況を分析する。


「記憶は残っています。しかし何かがそれを封じている。まるで意図的に」


アイリスの胸に、ある予感が芽生えた。


これは偶然の現象ではない。誰かが、何かの目的で村人たちの記憶を操作している。


そしてその目的は、きっと自分に関係している。


   * * *


レイナが魔導陣を展開する。複雑な幾何学模様が空中に描かれ、青白い光を放っている。


「記憶痕跡探査術...これで記憶の封印がどこから来ているか分かるはずです」


術が発動すると、村全体を覆うように薄い光の網が張り巡らされた。


「見えました!」


レイナが指差す方向を見ると、村の北端にある小さな丘の上で、光が強く脈動している。


「あそこが震源地ですね。何かの魔導装置が働いている」


ジークが眉をひそめる。


「あの丘には確か...古い石碑があったな」


アイリスも思い出す。


「兄さんがよく一人で行っていた場所です。何をしていたのかは分からなかったけれど」


バルドが警戒しながら提案する。


「すぐに調査に向かおう。村人たちの記憶が完全に消えてしまう前に」


一行は丘へ向かった。登り道の石段は、足音を妙にくぐもらせる。まるで時間そのものが重くなっているかのように。


丘の頂上に着くと、古い石碑の前に見慣れない装置が設置されていた。


水晶と金属を組み合わせた複雑な構造で、規則正しく脈動している。そこから発せられる波動が、村全体の記憶に干渉していることは明らかだった。


「これは...フォルクスの技術ですね」


クラティアが装置を調べながら言う。


「記憶選択的封印装置。特定の人物に関する記憶だけを一時的に封じる」


アイリスが近づくと、装置の表面に文字が浮かび上がった。


『観測者アイリス・ノルヴェイン及び関係者の記憶を封印する。村人の安全のため』


「フォルクスが...私のために?」


アイリスは困惑する。なぜ彼が村人たちの記憶を封じる必要があったのか。


その時、石碑の裏から別の装置が見つかった。こちらは記録装置のようで、触れると映像が再生される。


映像に映っているのは、数日前のフォルクスだった。


『アイリス、もしこの記録を見ているなら、君は無事に故郷に帰ってこれたということだろう』


映像の中のフォルクスは、いつもの冷徹さがない。むしろ、どこか疲れ果てたような表情をしている。


『私は君の村の人々の記憶を封じた。なぜなら、君の力が覚醒する時、関係者の記憶が危険にさらされる可能性があるからだ』


アイリスは息を呑む。


『過去の観測者たちの中には、力の暴走によって周囲の人々の記憶を破壊してしまった者もいる。君にはそんな思いをしてほしくない』


映像は続く。


『この装置は一時的なものだ。君が真の制御を身につけた時、自然に解除される。それまでの間、村人たちは君のことを忘れているが、心の奥底では愛情を持ち続けている』


フォルクスの表情に、かすかな優しさが浮かんでいる。


『君の兄リオからの伝言もある。彼は最期まで、君と故郷を愛していた』


映像が切り替わり、今度はリオの姿が現れる。


『アイリス、もし君がこれを見ているなら、僕はもうこの世にいないだろう。でも心配しないで。君はきっと、僕たちが守りたかったものを守ってくれる』


兄の声に、アイリスの目から涙があふれ出る。


『君の力は、決して呪いなんかじゃない。それは世界を守るための贈り物だ。そして君には、その力を正しく使う心がある』


リオの映像が微笑む。


『村のみんなを忘れないで。たとえ一時的に記憶が封じられても、愛情は永遠に残っている。君が成長した時、きっとその愛情が君を支えてくれるから』


映像が終わると、装置から温かい光が立ち上った。


アイリスが装置に手を触れると、彼女の観測者能力が反応する。


装置の封印が、ゆっくりと解け始めた。


村全体に、記憶を解放する波動が広がっていく。


「みんな...思い出して」


アイリスの願いを込めた声が、風に乗って村中に響いた。


数分後、村の方から歓声が聞こえてきた。


「アイリスちゃんが帰ってきた!」


「リオさんの妹が!」


記憶が戻った村人たちが、丘を見上げて手を振っている。


アイリスの心に、温かいものが広がった。


愛情は確かに残っていた。一時的に封じられても、消えることはなかった。


   * * *


夕日が村を優しく照らす中、アイリスたちは村の中央広場に戻っていた。


記憶を取り戻した村人たちが、次々と駆け寄ってくる。


「アイリスちゃん、大きくなったねえ」


「リオさんのこと、本当に残念だったよ」


「でも君が元気に育っててくれて、リオさんもきっと安心してる」


温かい言葉の数々に、アイリスの心は満たされていく。


エルナも思い出していた。


「ごめんなさい、アイリス。なぜかあなたのことを忘れてしまって」


「大丈夫よ、エルナ。誰のせいでもないから」


アイリスは親友を抱きしめる。久しぶりの温もりが、胸の奥まで染み渡った。


村長も駆けつけてくる。


「アイリス、本当にすまなかった。君のことを忘れるなんて」


「村長さんも悪くありません。でも、もう大丈夫です」


ジークが感慨深げにつぶやく。


「リオが守りたかったのは、この温かさだったんだな」


レイナも頷く。


「記憶は一時的に封じられても、愛情の絆は切れないんですね。素晴らしいことです」


バルドも硬い表情を崩している。


「家族というものは、こういうものか」


クラティアが静かに微笑む。


「フォルクスも、本当は村人たちの愛情を理解していたのでしょう。だからこそ、それを守ろうとした」


アイリスは夕空を見上げる。オレンジ色に染まった雲の向こうに、兄の顔が見えるような気がした。


「兄さん、私、分かりました」


胸の奥から、確かな決意が湧き上がってくる。


「私の力は、確かに危険なものかもしれません。でも、それは使い方次第です」


村人たちが静かに耳を傾けている。


「私は観測者として、この世界を守りたい。兄さんが愛したこの村を、みんなの笑顔を、温かい日常を」


アイリスの声に、確固たる意志が込められている。


「そのためなら、どんな困難にも立ち向かいます。フォルクスさんとも、必ず分かり合えるはずです」


ジークが感動している。


「アイリス...君は本当に強くなったな」


「一人じゃありません」


アイリスは仲間たちを見回す。


「みんながいてくれるから、私は強くいられるんです」


レイナが研究者らしい視点で付け加える。


「記憶の修復過程で分かったことがあります。アイリスさんの観測者能力は、愛情の絆がある場所でより安定するんです」


バルドも同意する。


「確かに。村での能力発動は、これまでで最も穏やかだった」


クラティアが重要な示唆をする。


「つまり、孤立ではなく繋がりが、観測者の力を正しい方向に導くということですね」


アイリスは深く頷く。


「はい。私はもう、一人で戦おうとは思いません」


村人たちの温かい眼差しが、彼女を包んでいる。


「みんなの愛情を胸に、仲間と共に進んでいきます」


夜が降り始める中、村の明かりが一つ一つ灯っていく。


その光は、アイリスの心の中でも、新たな希望として燃え始めていた。


明日からは、より大きな困難が待っているかもしれない。


でも今夜は、故郷の温もりに包まれて、静かに力を蓄えよう。


愛する人々を守るために。


そして、真の観測者として成長するために。


アイリスの決意は、夜空の星のように、静かに、しかし確実に輝いていた。

第13話、いかがでしたでしょうか?


故郷の人々に忘れられてしまったアイリスの心境と、それを乗り越える成長が描かれました。

フォルクスとリオからのメッセージは、物語の重要な転換点となります。


次回第14話「魔導技術の謎」では、技術都市ギアハートでの新たな展開が始まります。


感想やご意見、いつでもお待ちしております。

評価・ブックマークもとても励みになります!


次回もお楽しみに!


X: https://x.com/yoimachi_akari

note: https://note.com/yoimachi_akari

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