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第11話 王都の陰謀

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

「鏡の城の魔導士 ~魔法が効かない少女と時空の謎~」第11話をお届けします。


王都に到着したアイリスたち。華やかな街並みの裏に隠された複雑な思惑。

魔導院での見学で明かされる真の目的、そして強制的な検査への圧力。

追い詰められたアイリスが下した決断とは?


政治の中心地での緊迫した駆け引きをお楽しみください!

 王都ラルディアは、アルケイオス大陸北部の中心都市として栄えている。


 高い城壁に囲まれた街の中央には、白い石造りの王宮がそびり立ち、その周りを貴族街、商業地区、職人街が同心円状に取り囲んでいる。石畳の道路は美しく整備され、街のいたるところに魔導照明が設置されている。


 アイリスは馬車の窓から見える光景に目を奪われていた。窓ガラスに頬を寄せると、ひんやりとした感触が肌に伝わってくる。


「すごく大きな街ですね」


 まだ郊外の住宅街を通っている段階だが、鏡の城周辺とは規模が全く違う。建物も人も、何もかもが活気に満ちている。


「王都には約50万人が住んでいるからな」

ジークが説明する。


「アルケイオス大陸では最大の都市だ」


「50万人......」

アイリスが想像しようとして眉をひそめる。


「想像できません」


「私も久しぶりです」

レイナが興奮した様子で窓に顔を近づける。


「魔導院の新しい研究設備、見られるかな?」


「研究のことばかり考えているのね」

バルドが苦笑する。


「まずは宿泊施設の確認からでしょう」


 クラティアは街並みを眺めながら、複雑な表情を浮かべていた。


「何か心配事でもありますか?」

アイリスが尋ねる。


「王都は......複雑な場所なのです」

クラティアが慎重に言葉を選ぶ。


「多くの人の思惑が交差する場所ですから」


 馬車は徐々に街の中心部に近づいていく。建物はより立派になり、道行く人々の服装も華やかになっていく。貴族らしい馬車も多く見かけるようになった。


「エドワードさんは、どんな人なんでしょうね?」

アイリスが素朴な疑問を口にする。


「少なくとも、相当な地位にいる人物だ」

ジークが答える。


「王都魔導院の上級顧問というのは、王国でも上位の役職だからな」


「でも、なんで急に私に興味を持ったんでしょう?」


 その質問に、一同の表情が暗くなった。


「それが問題なのよ」

レイナが心配そうに言う。


「タイミングが不自然すぎる」


「どういう意味ですか?」


「君の能力が知られるようになったのは、つい最近のことだ」

ジークが説明する。


「それなのに、王国がこんなに早く動くというのは......」


「情報収集のネットワークが相当に整備されているか」

バルドが続ける。


「もしくは、最初から監視していたかのどちらかです」


 アイリスは少し怖くなった。


「監視されていたんでしょうか?」


「分からない」

クラティアが率直に答える。


「だからこそ、注意が必要なのです」


   * * *


 馬車が止まったのは、王都の中心部に近い高級宿泊施設の前だった。


 「白鳥亭」と書かれた看板が掲げられた、三階建ての美しい建物。入り口には魔導照明が美しく配置され、まるで宮殿の一部のような豪華さだった。


「すごく立派なところですね」

アイリスが感嘆の声を上げる。


「王国の招待客用の施設だ」

エドワードが説明する。


「ごゆっくりお休みください」


 宿の支配人らしい男性が丁寧に出迎えてくれた。


「皆様、お疲れさまでございました。お部屋はすべて準備できております」


 各自に鍵が渡され、荷物も運んでもらえることになった。鍵は思いのほか重く、手の中で金属の冷たさが感じられた。


「明日の朝、お迎えに参ります」

エドワードが言う。


「魔導院での予定についても、詳しくご説明いたします」


 エドワードが去った後、五人は宿のラウンジに集まった。


 豪華な調度品に囲まれた空間で、他の宿泊客たちは明らかに貴族や上級官僚といった身分の高い人々ばかりだった。


「場違いな感じがしますね」

アイリスが小声で言う。


「まあ、私たちは王国の招待客だからな」

ジークが周りを見回す。


「それより、今後の対応を相談しよう」


 五人は人目につかない奥の席に移動した。革張りのソファに座ると、高級な素材の滑らかな感触が背中に伝わってくる。


「まず確認したいのは」

クラティアが声を落とす。


「私たちの行動は監視されている可能性が高いということです」


「監視?」

アイリスが驚く。


「当然でしょうね」

バルドが頷く。


「王国が正式に招いた客人ですから、安全のためという名目で監視がつくのは普通です」


「それじゃあ、自由に話もできないんですか?」


「部屋の中でも注意が必要かもしれません」

レイナが心配そうに言う。


「魔導技術を使った盗聴装置もありますから」


 アイリスは改めて、自分が複雑な状況に置かれていることを実感した。


「私、どうすればいいんでしょう?」


「まずは明日、魔導院でどのようなことを求められるか確認しましょう」

ジークが提案する。彼の心の奥で、リオへの罪悪感が再び疼いている。


「その上で、対応を決める。今度こそ、君を守り抜く」


「でも、断れるんでしょうか?」

アイリスが不安そうに尋ねる。


 その質問に、一同は答えに困った。


「正直に言うと......」

クラティアが重い口調で続ける。


「王国の正式な要請を断るのは、簡単ではありません」


「つまり、事実上の強制ということですか?」

レイナが眉をひそめる。研究者としての彼女は、学術的興味と倫理的な懸念の間で葛藤していた。


「王都の魔導院......正直、研究者として興味はあります。でも、アイリスさんが実験台にされるかもしれないと思うと、とても複雑で......」


「そこまで強いものではないでしょうが」

ジークが慎重に言う。


「断った場合の代償は覚悟する必要があります」


 アイリスは考え込んだ。昨日まで、こんなことは想像もしていなかった。魔法が効かないという体質が、こんなに多くの人の注目を集めることになるなんて。


「でも、私には皆さんがいます」

アイリスが顔を上げる。


「一人じゃないから、きっと大丈夫です」


 その言葉に、四人が安心したような表情を見せた。


「そうですね」

レイナが明るく言う。


「みんなで一緒なら、どんなことでも乗り越えられます」


「明日、魔導院に行ったら」

バルドが提案する。


「まず施設を見学させてもらいましょう。どのような研究をしているのか、把握しておくことが重要です」


「そして、求められる協力の内容を詳しく聞きましょう」

クラティアが続ける。


「曖昧な話のまま進むのは危険です」


 その時、ラウンジの入り口に見慣れない人影が現れた。


 深い緑色のローブを着た、中年の女性だった。鋭い目つきで辺りを見回している。


「あの人......」

ジークが眉をひそめる。


「知り合いですか?」

アイリスが尋ねる。


「見覚えがある。確か......」


 女性の視線が、彼らのテーブルに向けられた。そして、何かを確認するように頷くと、静かに宿から去っていった。


「やはり、監視されているようですね」

バルドが小声で言う。


「あの人は?」

レイナが心配そうに尋ねる。


「おそらく王国の情報部門の人間でしょう」

ジークが答える。


「我々の動向を報告するために派遣されたと思われます」


 アイリスは少し震えた。こんな経験は初めてだった。


「でも、悪いことをしているわけじゃないですよね?」


「もちろんです」

クラティアが安心させるように言う。


「ただ、向こうにとって私たちは『未知の要因』なのです。だから慎重になっているのでしょう」


「未知の要因......」

アイリスがつぶやく。


「私のことですね」


「君だけではない」

ジークが彼女の肩に手を置く。その手の温もりが、アイリスの不安を少し和らげた。


「私たち全員がそうだ。だから、みんなで支え合うんだ」


 夕食の時間になり、五人は宿の食堂に向かった。


 豪華な料理が並べられたテーブルに、アイリスは目を見張った。


「すごくおいしそうです」


「王都の料理は格別ですからね」

支配人が誇らしげに言う。


「王宮の料理人から技術を学んだシェフが作っております」


 料理は確かに絶品だった。アイリスは初めて味わう洗練された味に感動していた。


 しかし、食事中も周りの客たちの視線を感じ続けていた。明らかに自分たちが注目されている。


「皆さん、私たちを見てますね」

アイリスが小声で言う。


「王国の招待客だから、珍しがられているのでしょう」

レイナが気を遣って答える。


 だが、実際には単純な好奇心以上のものを感じ取っていた。何か特別な情報が流れているのかもしれない。


 食事を終えて部屋に戻る時、支配人が近づいてきた。


「アイリス様」


 突然名前を呼ばれて、アイリスは驚いた。


「はい?」


「もしよろしければ、当宿の自慢の庭園をご案内いたします。夜のライトアップが美しいのです」


 その提案に、ジークが警戒の色を見せた。


「今は疲れているので、また明日にでも」


「そうですか」

支配人が残念そうに頷く。


「では、ごゆっくりお休みください」


 部屋に向かう廊下で、ジークが小声で言った。


「何か不自然だったな」


「支配人の態度ですか?」

アイリスが尋ねる。


「ああ。君の名前を知っていることも含めて、少し気になる」


 各自の部屋に分かれる前に、クラティアが全員に注意を促した。


「明日までは、できるだけ部屋から出ないようにしましょう。そして、重要な話は控えめに」


「分かりました」

アイリスが頷く。


 一人になった部屋で、アイリスは窓から夜の王都を眺めていた。窓枠に手を置くと、古い木材の硬い感触が指先に伝わってくる。


 街には無数の明かりが灯り、まるで地上の星空のような美しさだった。でも、その美しさの裏で、自分を取り巻く状況がどんどん複雑になっていることを感じていた。


「お兄さん」

アイリスが静かにつぶやく。


「私、大丈夫でしょうか?」


 風が窓を揺らす音が、まるで兄からの返事のように聞こえた。


   * * *


 翌朝、エドワードが約束通り迎えに来た。


「皆様、お休みになれましたか?」


「はい、ありがとうございます」

アイリスが答える。


 今日のエドワードは、昨日よりもさらに正装している。王国の正式な行事に参加するような格好だった。


「それでは、魔導院へご案内いたします」


 馬車は王都の中心部を通って、王宮に隣接する巨大な建物群に向かった。


「あれが王立魔導院です」

エドワードが指差す。


 そこには、鏡の城とは比較にならないほど巨大な建造物が建っていた。複数の塔と研究棟が連なり、まるで一つの街のような規模だった。


「大きいですね」

アイリスが素直に感想を述べる。


「アルケイオス大陸最高の魔導研究機関ですから」

エドワードが誇らしげに言う。


「ここで働く研究者は300人を超えます」


 馬車が魔導院の正門前で止まった。


 門衛が敬礼してゲートを開ける。明らかに、エドワードの到着は事前に連絡されていた。


「では、まず院内をご案内いたします」


 建物内部は、アイリスの想像を超える豪華さだった。


 高い天井、美しいステンドグラス、そして至る所に配置された魔導装置。魔法の光が美しく踊り、まるで別世界のような光景だった。


「すごいです」

レイナが目を輝かせる。


「こんな設備、見たことありません」


「我が国の誇りです」

エドワードが満足そうに頷く。


 案内されたのは、まず基礎研究棟だった。


 様々な実験室では、白衣を着た研究者たちが真剣に実験に取り組んでいる。魔法陣の研究、魔素の性質分析、新しい魔導具の開発など、多岐にわたる研究が行われていた。


「アイリス嬢にご協力いただきたいのも、このような研究の一環です」

エドワードが説明する。


「どのような協力ですか?」

ジークが直接的に尋ねる。


「まずは、体質の詳細な検査です」

エドワードが研究棟の一室を指差す。


「最新の魔導分析装置を使って、無反応体質のメカニズムを解明したいのです」


 その部屋には、見たことのない複雑な装置が設置されていた。


「危険はありませんか?」

バルドが警戒心を示す。職業上、あらゆる危険を察知する習性が働いていた。


「政治の中心地で研究に協力するということは、ただの学術研究では済まない可能性がある。家族を守る気持ちで、アイリスさんを見守らなければ」


「もちろんありません」

エドワードが笑顔で答える。


「非侵襲的な検査のみです」


 しかし、アイリスは装置を見て、何となく不安を感じていた。


「あの......」

アイリスが小さく手を挙げる。


「もう少し詳しく教えていただけませんか?」


「もちろんです」

エドワードが装置に近づく。


「こちらは魔素共鳴分析装置と申しまして......」


 説明が始まったが、専門用語が多くて、アイリスには理解が難しかった。


 一方、レイナは熱心に聞き入っている。


「つまり、魔素に対する体質の反応パターンを詳細に分析するということですね?」


「その通りです」

エドワードが嬉しそうに頷く。


「レイナ嬢は理解が早い」


「でも、その結果はどのように使われるんですか?」

クラティアが核心的な質問をする。


 エドワードの表情が一瞬曇った。


「もちろん、学術研究の発展のためです」


「具体的には?」

ジークが追求する。


「......同じような体質の方々への支援方法の開発や、魔法医学の発展などに役立てる予定です」


 その答えに、一同は微妙な違和感を覚えた。少し曖昧すぎる回答だった。


 次に案内されたのは、応用研究棟だった。


 ここでは、より実用的な研究が行われている。魔導兵器の開発、防御魔法の研究、そして......


「あれは?」

アイリスが一つの研究室を指差した。


 そこでは、魔法が効かない素材の研究が行われているようだった。


「あ、それは......」

エドワードが慌てたような反応を見せる。


「特殊素材の研究です」


「魔法無効化素材の研究ですね」

レイナが鋭く指摘する。


「まあ、そのようなものです」

エドワードが苦笑いを浮かべる。


 その時、アイリスの脳裏に嫌な予感が浮かんだ。


 自分の体質と、あの研究室の関係。そして、なぜ王国が自分に興味を持ったのか。


「あの......」

アイリスが不安そうに尋ねる。


「私の検査結果は、あの研究にも使われるんですか?」


 エドワードの表情が明らかに動揺した。


「いえ、それは......」


「つまり、軍事利用ということですか?」

ジークの声が厳しくなる。


「軍事利用などと、そんな物騒な」

エドワードが手を振る。


「あくまで防御技術の発展のためです」


「防御技術も軍事技術の一部でしょう」

バルドが冷静に指摘する。


 空気が一気に張り詰めた。


 アイリスは、自分がとんでもない場所に来てしまったことを理解し始めていた。


「私......」

アイリスの声が震える。


「帰りたいです」


 その言葉に、エドワードが慌てて近づく。


「待ってください。まだ誤解があるようですが......」


「誤解?」

クラティアが立ち上がる。


「私たちに隠していることがあるのではありませんか?」


 その時、研究棟の入り口に複数の人影が現れた。


 昨夜、宿で見かけた緑のローブの女性と、数名の護衛らしい男性たちだった。


「エドワード様」

女性が近づいてくる。


「お話し中のようですが......」


「ああ、マリア」

エドワードが振り返る。


「少し予定より時間がかかっているが......」


「予定?」

ジークが警戒心を強める。


「何の予定ですか?」


 マリアと呼ばれた女性が、鋭い視線を一同に向けた。


「アイリス・ノルヴェイン嬢の詳細検査の予定です」


「それは聞いています」

レイナが言う。


「でも、私たちが納得していない状況で予定を進めるのはおかしいでしょう」


「納得......」

マリアが冷たく笑う。


「王国の正式な要請に、個人の納得が必要でしょうか?」


 その言葉に、一同の表情が一変した。


「それは脅迫ですか?」

バルドが前に出る。


「脅迫などではありません」

マリアが涼しい顔で答える。


「現実を申し上げているだけです」


 アイリスは状況が自分の制御を超えていることを感じていた。床の冷たい大理石が、足裏を通じて彼女の緊張を高めている。


 これまで経験したことのない、大人たちの複雑な駆け引き。そして、自分がその中心にいるという現実。


「あの......」

アイリスが震え声で言う。


「私、検査を受けます」


「アイリス!」

ジークが驚く。


「でも、条件があります」

アイリスが勇気を振り絞って続ける。


「皆さんも一緒にいてください。一人では怖いです」


 マリアが眉をひそめた。


「検査には専門的な内容も含まれます。部外者が同席するのは......」


「部外者?」

クラティアが怒りを込めて言う。


「私たちはアイリスの保護者です」


「保護者の同席は認められます」

エドワードが慌てて仲裁に入る。


「マリア、それくらいは問題ないでしょう」


 マリアは不満そうだったが、最終的に頷いた。


「分かりました。ただし、検査の妨げになるような行為は禁止です」


「もう一つ」

アイリスが続ける。


「検査結果の使い道を、正直に教えてください」


 その要求に、エドワードとマリアが視線を交わした。


「......それについては、検査終了後にご説明いたします」

エドワードが答える。


「今、教えてください」

アイリスがはっきりと言う。


「私の体のことですから、知る権利があります」


 その毅然とした態度に、四人が驚いた。これまでのアイリスとは違う、強い意志を感じ取ったからだ。


「分かりました」

エドワードが観念したように言う。


「正直に申し上げます」


 彼は深呼吸してから続けた。


「アイリス嬢の体質を分析することで、魔法無効化技術の開発を進めたいのです。それは確かに、防衛技術として軍事的価値を持ちます」


 その告白に、一同の空気が重くなった。


「つまり、私を武器にしたいということですか?」

アイリスが静かに尋ねる。


「武器にするわけではありません」

エドワードが慌てて否定する。


「あくまで技術開発のための研究です」


「でも、その技術は戦争に使われるんですよね?」


 エドワードは答えに窮した。


 アイリスは深く考え込んだ。兄が残した言葉を思い出していた。


『観測者の力は、世界を変える力だ。だからこそ、慎重に使わなければならない』


「分かりました」

アイリスが顔を上げる。


「検査を受けます。でも、条件があります」


「条件?」

マリアが眉をひそめる。


「研究結果を戦争には使わないと約束してください」


 その要求に、エドワードとマリアが困惑した。


「それは......」

エドワードが口ごもる。


「私たちだけでは約束できません」


「では、約束できる人を呼んでください」

アイリスがきっぱりと言う。


 マリアが苛立ちを見せた。


「そのような条件を付けられては......」


「条件を飲めないなら、検査はお断りします」

アイリスが立ち上がる。


「帰らせていただきます」


 その瞬間、マリアの周りにいた護衛たちが動きを見せた。


 明らかに、アイリスたちを引き止めようとする動作だった。


「おい」

バルドが警戒態勢を取る。


「何のつもりだ?」


「誤解しないでください」

マリアが冷静に言う。


「ただ、もう少しお話を聞いていただきたいだけです」


 しかし、その言葉とは裏腹に、護衛たちは明らかに退路を塞ぐような位置に移動していた。


 ジークが仲間たちを守るように前に出る。


「強制するつもりですか?」


「強制などではありません」

エドワードが慌てて手を振る。


「ただ、せっかくお越しいただいたのですから......」


 その時、アイリスの中で何かが変わった。


 これまで受身でいることが多かった彼女が、初めて能動的に行動を起こそうとしていた。


「私は」

アイリスがはっきりとした声で言う。


「自分の意志で決めます」


 その言葉と共に、周囲の魔導装置が微かに光を失った。


 アイリスの無反応体質が、感情の高ぶりと共に影響範囲を広げているのだった。


「これは......」

エドワードが驚愕する。


「無意識の魔素無効化フィールド展開......」

レイナがつぶやく。


「感情に連動している」


 護衛たちが魔法を使おうとしたが、アイリスの周囲では全く効果を発揮しなかった。


「すごい......」

マリアが感嘆の声を上げる。


「こんな現象は記録にない」


 アイリスは自分に起きている変化を感じていた。


 兄から受け継いだ観測者の力が、初めて自分の意志と連動して発動している。


「皆さん」

アイリスが仲間たちに向かって言う。


「帰りましょう」


「アイリス」

ジークが嬉しそうに頷く。


「そうだな」


 五人は魔導院から退去しようとした。


 しかし、出口には更に多くの護衛が配置されていた。


「お待ちください」

マリアが呼び止める。


「まだお話は終わっていません」


「話は終わりました」

クラティアがきっぱりと答える。


「アイリスの意志は明確です」


「要請と強制は違います」

バルドが冷静に指摘する。


「あなたたちがしているのは明らかに強制です」


 その時、魔導院の奥から新たな人物が現れた。


 豪華な装飾の施された深紅のローブを着た、威厳のある老人だった。


「何事かな?」


 老人の登場に、エドワードとマリアが慌てて頭を下げた。


「院長!申し訳ございません」


「院長?」

アイリスが小声で尋ねる。


「王立魔導院の最高責任者です」

ジークが説明する。


 院長と呼ばれた老人は、アイリスたちの前まで歩いてきた。その足音が石の床に響き、重厚な存在感を示している。


「君がアイリス・ノルヴェイン嬢かね?」


「はい」

アイリスが緊張して答える。


「なるほど」

院長がアイリスを観察する。


「確かに興味深い体質のようだ」


 しかし、院長の態度は、エドワードやマリアとは明らかに違っていた。


「諸君」

院長がエドワードたちに向かって言う。


「客人に対して失礼ではないか?」


「しかし、院長。研究の重要性を考えますと......」


「研究は重要だ」

院長が穏やかに言う。


「しかし、それ以上に重要なのは、人としての尊厳だ」


 その言葉に、一同が驚いた。


「アイリス嬢」

院長がアイリスに向き直る。


「我々の研究に協力していただけないでしょうか?もちろん、強制ではありません」


「あの......」

アイリスが不安そうに尋ねる。


「研究結果は戦争に使われるんですか?」


 院長は少し考えてから答えた。


「正直に言いましょう。可能性はあります」


 その率直な回答に、アイリスは驚いた。


「しかし」

院長が続ける。


「同時に、多くの人を救う技術にもなり得ます」


「救う?」


「魔法が効かない体質の方は、君だけではありません。多くの方が、そのことで困難を抱えています」


 院長の言葉に、アイリスは初めて別の視点を得た。


「でも、私は戦争の道具にはなりたくありません」


「もちろんです」

院長が頷く。


「では、こうしましょう」


 院長が懐から書類を取り出した。


「研究協力に関する正式な契約書です。ここに、研究結果の使用制限を明記いたします」


「使用制限?」


「はい。君の体質に関する研究結果は、医療目的と防御技術の開発にのみ使用し、攻撃的な兵器開発には一切使用しないことを約束いたします」


 その提案に、アイリスの表情が明るくなった。


「それなら......」


「待って」

ジークが口を挟む。


「その約束に法的拘束力はありますか?」


「もちろんです」

院長が頷く。


「王国の印璽による正式な契約書です。違反すれば重大な処罰を受けます」


 クラティアが契約書を詳細に確認した。


「内容は適切のようです」


「それでも」

レイナが心配そうに言う。


「研究の過程で、アイリスに危険はありませんか?」


「一切ありません」

院長が断言する。


「非侵襲的な検査のみです。そして、君たちの同席も認めます」


 アイリスは仲間たちの顔を見回した。


 みんなが心配そうに見つめている。でも、同時に、彼女の判断を尊重しようとしていることも分かった。


「分かりました」

アイリスが決断を下す。


「協力します」


「ありがとう」

院長が温かく微笑む。


「きっと、多くの人の役に立つ研究になるでしょう」


 契約書にサインを終え、正式に研究協力が決まった。


 しかし、アイリスは知らなかった。


 この決断が、彼女の人生をさらに大きく変えることになることを。


 そして、王都には彼女の知らない多くの思惑が渦巻いていることを。


 研究は翌日から始まることになった。


 宿に戻る馬車の中で、アイリスは複雑な気持ちを抱えていた。座席のクッションが体重で沈み、旅の疲れが改めて感じられる。


「本当に大丈夫だったでしょうか?」


「君が決めたことだ」

ジークが優しく言う。


「我々は君を支える」


「でも、まだ不安です」


「それは当然よ」

レイナが慰める。


「でも、契約書で使用制限を明記してもらったから、少しは安心できるわ」


 クラティアが窓の外を見ながらつぶやいた。


「ただ、これで終わりではないでしょうね」


「どういう意味ですか?」


「王都には、まだ我々の知らない勢力がいるはずです」


 その言葉が、新たな不安の種となることを、この時のアイリスは知る由もなかった。


 王都での第一日目は、こうして複雑な結末を迎えた。


 アイリスにとって、これまでで最も重大な決断を下した日でもあった。


 しかし、本当の試練は、これから始まろうとしていた

第11話、いかがでしたでしょうか?


王都編本格開始!華やかな王都の裏に隠された政治的な思惑、そして魔導院での緊迫した交渉。

アイリスが「自分の意志で決めます」と宣言し、初めて能動的に行動を起こす重要な成長の瞬間でした。


無意識の魔素無効化フィールド展開、そして院長の登場による状況の転換。

契約書による使用制限の約束は得られましたが、クラティアの言う通り「これで終わりではない」予感が......


次回第12話では、いよいよ王都からの脱出劇が始まります。

アイリスたちを待ち受ける新たな試練と、チーム連携の真価が問われる展開をお楽しみに!


感想やご意見、いつでもお待ちしております。

評価・ブックマークもとても励みになります!


次回もお楽しみに!


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