8話
「これも美味しいね」
「……」
そう言って食事をどんどん口に運ぶルート。
食事をしている人が全くいないわけではなく、それなりにはいる。
だが、過半数以上は殿下の元へと集まっている中で、上級貴族に位置する私たちがここで食事をしているのは浮いている気がする……。
あの私に緊張していたレオン・シュピレンハイム伯爵令息でさえも、あの集団に入って殿下に挨拶しようと必死だ。
そういえば過去の私も確かあの中にいたな……。
「……」
「ん?どうしたんだい?そんなにケーキをよそって。いきなりお腹でも空いた?」
「やけ食い」
「……へぇ」
とりあえずケーキを頬張ろうとしたが、行儀よくと思い出し1口ずつ綺麗に食べる。
切った1口分はかなり大きかったが。
ルートは面白い物を見たかのように、口元に笑みを浮かべ目を細める。
また何か嫌味でも思いついたのかと怪訝な目で見つめていると、ルートが何かに気づいたように表情を変えた。
「やぁ、2人とも楽しんでくれているかな?」
そこには、大勢の取り巻きに囲まれているユリウス殿下が私たちに向かって微笑んでいた。
「っユリウス殿下!本日はおめでとうございます」
「ああ、シェーン侯爵令嬢ありがとう。そのケーキは王宮のシェフ達が自信作と言っていた物でね、気に入って貰えると嬉しい」
「あ、はい!非常に美味しくて頬が落ちるかと思いましたわ……」
「そうかそうか!良かった!」
嬉しそうに喜ぶ殿下に心の底からホッとする。
緊張しすぎて考えていた挨拶が抜けてしまった。
感想だって他に表現の仕方があっただろうと今更ながらに思う。
でも、いざ対面で話すとなるとどうしても過去のあの場面を思い出してしまうのだ。
いつの間にか震えてしまっていた指先を手で包み込むように急いで隠す。
気づけばいつの間にかルートも挨拶を終わらせたようで、この大勢の集団はまた違う場所に向かっていった。
「はぁー……取り巻き引き連れてくんなよ」
「ちょっ!ちょっと!」
「本当にふざけんな」
「これ以上駄目だって。誰に聞かれるか分からないから!!」
いきなり不敬な事を言い出すルートの顔は不機嫌そうだ。
まだ小さな声で良かったが、人に聞かれては危険である。
私も小さな声で懸命に窘める。
2人でコソコソと話していたら、1人の男が近づいてきた。
「お初にお目にかかります。私この度男爵家にて養子に入りましたピーター・ユングと申します。ルート様とセリーヌ様にご挨拶出来るなんて私はなんと運がいい!是非とも今後お付き合いして頂けると幸いです!ところでご一緒してもよろしいですか?」
「「……」」
かなり馴れ馴れしいお方がやって来て、私もルートも言葉が出ない。
人によっては不敬と言われてもおかしくない距離感である。
というか、ユング男爵家?またもや嫌な思い出が蘇る。
このピーター・ユングという男はあのメローナ・ユングの兄にあたるのだろう。
歳もおそらく15歳あたりに見える。
非常に関わり合いたくない相手だ。
「やあ、初めましての割に少し図々しいんじゃない?もっと礼儀を学んで出直して来なよ」
「ああ!これはまた失礼いたしました……感極まってしまうと思った事を口に出してしまいまして!!申し訳ありません、以後気をつけます」
「いや、以後とか要らないんだけど」
ルートはかなりピーターが気に入らなかったのか、厳しい言葉で突き放す。
でも、最後にボソッと呟いた言葉……おそらく相手にも聞こえているからね?
「まあ、ルート様の今の言葉は褒められた物ではありませんが、彼の言った通りピーター様の貴族としての振る舞いはよろしくありません。ですので、まずは礼儀作法をしっかりと物にして下さいませ。お話はそれからです」
ひとまず、苦言を呈しルートの援護をしてピーターから距離を置こうと試みる。
普通ならここまで言われたら引き下がるであろう。
だが、相手は私たちの想像を超えた人物であった。
「!!セリーヌ様が私にお声を!」
「っ!?」
ピーターが歓喜の声を上げたかと思うと、いきなり私の右手を掴む。
あまりの突然の出来事に抵抗が遅れた。
「ああ!お美しい……この私を貴方さまの――」
そう言葉にしながら片膝を地につけ、手の甲に口付けをしようと顔が近づいてくる。
その瞬間、パシンと音が響いた。
ルートがピーターの手を叩き落としたのだ。
よろけた私をルートは片手で支えてくれ、隠すように前に立つ。
叩かれた手を見たピーターは、ゆっくりとルートに視線を向けた。
その顔には何か含みをもたせたような笑みを浮かべている。
「ふざけるなよ」
「何がでしょうか?ただ私は挨拶を……」
「もう二度と俺たちの前に現れるな」
腹の底からの嫌悪の言葉を吐けば、射抜くような眼差しで男を一瞥し、私の手をぎゅっと掴み、この場から去ろうとする。
ちらりとルートの顔を盗み見ると……
その顔には私が見たことがないほどの怒りの形相で、こめかみには青筋を立てていた。
あのいつもの不機嫌そうな顔が恋しくなる。
だが、恐れを知らないのかピーターはまだ口を開く。
「あ!そうだ!ルート様にお聞きしたかったのですが、その黒髪!なぜ赤からその色に?養子の私と違ってレーゲン伯爵家の直系だと聞き及んでおりましたが、何か問題でもあったのでしょうか?」
「……」
わざとらしく挑発でもしてるのか、それともただ疑問が口から出る馬鹿なのか。
ルートは無視して歩いているが、手により一層力が入っている。
本当は無視して立ち去るのが正解なんだろうけど、私はこの馬鹿に対して何か一言でもいい残さなければ気が済みそうに無かった。
私は立ち止まり、繋がれた手をこちらへと引く。先を歩くルートは、動かない手を再び引いてくるが必死に待ってとお願いする。
殺気立ったその顔を直視する事は怖くて出来なかったけど、振り返りピーターへと睨んでみせた。
「この無礼者は先程から何を聞いていらっしゃったのかしら。私に対しても、ルート様に対してもその失礼な態度は到底見過ごせません。シェーン侯爵家より、抗議の文を出させて頂きます。」
「……え?」
「それとルート様の言った通り、二度と私たちの前に現れないで下さいませ。顔どころか声すらもお聞きしたくないので。貴族として活動したいのならば、貴方と同じレベルの貴族をお探しなさい。その方ならばお相手して下さるでしょう……ね?皆様そうですわよね?」
周りには野次馬の如く、大勢が集まっている。
その者達に問いかけるように言うと、勿論でございますと肯定の言葉で溢れた。
この中のほとんどが子爵や男爵で侯爵家を敵には回せない。
これが権力の差ってやつよ!
「それでは、ごきげんよう」




