23話
彼女が目を覚ます事はなく、半年が過ぎていった。
学年が変わり、中等部3年となった俺は、今日も変わらずにセリーヌの元へと足を運ぶ。
授業が終わればすぐにセリーヌの元へと通い、日が暮れる頃に帰る。
そんな毎日を過ごしていれば、シェーン侯爵と夫人から、次の日が休みならば泊まりがけで隣にいる事を許された。
ただ椅子に座って、彼女の手を握り、まだあどけない眠り顔を見つめる。
あの日、すぐに目を覚ますと思われていたセリーヌは、いつまで経っても目覚めやしなかった。
領地は遠いため、タウンハウスでの療養とはなったが、一向に状況が変わる気配はない。
シェーン侯爵と夫人が、急ぎ駆けつけた頃には少し怪我は良くなっていたが、それでも眠り続ける姿と痛々しい身体を見て、夫人は泣き崩れていた。
侯爵家の嫡男である兄のフレディ様は、俺と同じく突き落とした犯人への憎悪に支配されていそうな雰囲気を出している。
どうやら侯爵と夫人はずっとこちらにいる訳にもいかないらしく、フレディ様が寮からタウンハウスに住む事になったようだ。
見舞いには、俺、それとエレノア嬢だけに許可が出た。
俺はゼノとエレノア、ライには伝えている。
あの女とその取り巻きを全て消すと。
どうせならフレディ様にも手を借りて、万全の状態にしておきたい。
俺は関わった全てを許さない。
黒い感情は、俺の中に少しずつ積もっていく。
暗く淀んだ瞳は、ただ前を見据えていた。
「こんな事をして、ただで済むと思っているのかしら!?何度も言っているけれど、私はやっていないと言っているじゃない!!」
薄暗い倉庫の中、クロエ・ブープルは耳障りな声で喚いている。
椅子に縛り付けられた体を左右に捻り、必死にこの場から逃げようともがく。
だが固く結ばれた縄は、簡単には解けることはなく、俺を睨みつける。
「なぁ、この男は知っているよな?」
女の前にどさりと倒れる男がいる。
ゼノが連れてきた男は、殴られたのか顔が腫れ上がっており、息も絶え絶えにクロエ・ブープルへ助けを求めていた。
「クロエ……様……お助け……」
「ひぃっ!!」
「ク……ロエ様」
「し、知らない!!こんな男知らないわ!!」
助けを求める男にクロエ・ブープルは急に怯え出す。
それは、この男の現状を見てなのか、関係を知られたからなのか、はたまたどちらもなのか。
「そん……な、酷いです……クロエ様……貴方がおっしゃったから……俺は」
「黙りなさい!!平民のくせに」
「コイツがいつ平民だと言った?」
「……あっ」
しまったと口を歪める女を一瞥し、もう一度平民と呼ばれた男へと視線を向ける。
クロエ・ブープルに拒絶されて、絶望に震えているその姿に、嫌悪感が募る。
「ライ・ドレイン、もう一度聞くがこの男が犯人で間違いないんだな?」
「はい……そうです……。こいつが僕を殴った後にセリーヌ様と2人になった男で間違いありません。あの状況から、突き落としたのは……間違いなくこいつです!!」
「それで、ゼノ。この男はクロエ・ブープルからの指示で行動に移したと?」
「なかなか口を割らなかったけどな。まあ少しお話すればそうだと認めた。エレノア嬢の課題を盗んだのもこいつで鞄に数人の課題がしっかり入っていたぞ。まあライ・ドレインのおかげでセリーヌ嬢を1人にする計画は崩れたそうだがな」
「そうだな、それならば罪はこいつらとその取り巻きだけってことだ」
数人いるであろう取り巻きに関しては、エレノア嬢が絶対に逃がさないと探している状況ではあるが、まだ見つかってはいない。
だが、俺やゼノ、フレディ様も関わっていたやつは許しはしないので、噂の元を辿っていけば見つかるのも時間の問題だろう。
この倉庫に1人、背の高い男がゆっくりと入ってくる。
フレディ・シェーン。セリーヌと同じ髪と目の色をしている男。切れ長の目をこちらに向けて口を開いた。
「ルート、ゼノ。2人に感謝する。後はこちらで引き受けよう」
「フレディ様、後はお願いします」
「よろしくお願いいたします!」
「ああ」
フレディ様の後に続いて、数人の従者が倉庫に入ってくる。
全て手配済ということか。
「な、何よ、触らないで!!……ちょっと!!ふざけるなっ!!離せーーー!!」
「……」
喚き叫ぶ女と俯き黙り込んだ男。
罪人の2人には死をもって償ってほしいが、なかなかそうはいかない。
だが、社会的に殺す事は容易である。
もう二度と俺たちの視界に入らないように制裁を加えるとフレディ様とも話は済んでいる。
本当は俺が終わらせてやりたかったが、フレディ様に止められている手前、俺は動けない。
セリーヌの為と言われたら、どうにも駄目だった。
倉庫を後にして、帰路に着くことにする。
「ルート。後は取り巻きだよな」
「セリーヌが再び学園に通うためには、絶対に取りこぼしがあってはいけないからさ、全て消すよ」
「流石としか言いようがないな」
ゼノは口角を上げて、嬉しそうに笑った。
そして日が経てば、結果は出てくる。
エレノア嬢が突き止めた噂の出処は……ブープル子爵家に常に世話になっている男爵家の令嬢3人であった。
「やるじゃないか、エレノア嬢」
「少しでもお役に立てたなら良かったです!!これでセリーヌ様がいつお目覚めになっても安心出来ますよね!?」
「そうだね。2人ともありがとう」
そうして男爵3家もシェーン侯爵家やレーゲン伯爵家により、崩壊の危機が迫る。
子と共に潰れるか、切り離すか。
どちらにしろ、侯爵家の令嬢に間接的にでも危害を加えた事実は、男爵家の存続に多大な影響を与え肩身の狭い思いをすることになるだろう。
もう全て終わった。
終わったはずなのにお前は起きない。
俺はお前に伝えたいことがたくさんあるんだ。
願うようにセリーヌの手を両手で握り額に当てる。
そのまま眠りにつけば明日には何か変わっている気がして。
だが眠りから覚めても変わりのない光景が広がる。
ああ、久しぶりにお前が死んだあの日を夢で見た。
全く寝た気がしない。
再び2度寝でもしようかと目を瞑れば、指がぴくりと動いた気がした。
「んっ……?」
ぱっと意識が覚醒するが、彼女に変化はない。
「セリーヌ……?」
呼びかけても何も変わらなく、俺の声がただ響くだけ。
「……気のせいか。……はぁ〜」
少しの期待と落胆により心が擦り切れる。
長いため息の後に、片方の手のひらで顔を抑えた。
だが、もう片方の握っていた手にかすかに力が込められる。
「っ!?」
俺はがたんと大きな音を立てて立ち上がり、力強く手を握り返した。
「セリーヌっ!!セリーヌ!!」
セリーヌの瞼がゆっくりと持ち上がる。
長いまつ毛に隠された宝石は、青く光り輝いていた。
「……」
「セリーヌ!!聞こえるか?」
「……っ」
ゆっくりとこちらに向いた瞳が俺を映す。
彼女は何かを伝えたいのだろうが、口を動かしても声は出ていない。
回復魔法を定期的に掛けてもらっていたおかげで、体は無事ではあるはずなのだが。
ひとまず、医師を呼んでもらうと同時にフレディ様や他の使用人にもこの事を伝えてもらう。
「セリーヌ、少し待ってろ。今医師を呼んでいるからな」
「……?る……と……」
「っ!!」
小さな声で紡がれた言葉。
ああ、泣き顔を見せるわけにはいかない。
ただこの天使のような人を、もうどこにも飛んでいかないようにと、強く強く抱き締めた。




