21話
この日は特に雨が強い日であった。
ルートとエレノア様、そして新たに増えたライ・ドレイン様のおかげで基本的に1人になる事はなく日々を過ごしていた。
ライ様は私の傍というよりかは、遠く離れたところではあるのですが。
そんないつも通りの放課後に事件は起きた。
休みがちになっていたクロエ・ブープル子爵令嬢が登校されているらしく、ルートやゼノ様は話をする為にまた帰りが遅くなると昼休憩の際に聞かされていた。
どうやら彼女がいない間も、私に対する悪口のような小さな噂が流れているようで、仲間を割り出すと悪い顔で笑っていた。
きっと時間がかかるのだろう。
ルートも珍しくエレノア様に頼み込んでいたので成長したなと感じる。
どうせ遅くなるならとエレノア様とカフェに行く許しも得ているので、エレノア様には申し訳ないが付き合ってもらうことにする。
とても優しい人なので無理させてないか心配にはなるが、その心の底からの笑顔を私は信じたい。
放課後、エレノア様が笑顔で私の元に駆け寄ってくる。
どうやら昨日発売の新作ケーキがあるらしく、目を輝かせて語りだした。可愛い。
帰る準備をしつつ耳を傾けていると、クラスの中でも真面目で優秀なミリー様が話しかけてきた。
「ご歓談中に申し訳ありません。少々お話よろしいでしょうか?」
「問題ございませんよ」
「ありがとうございます。実は本日提出の課題なのですが、エレノア様がまだご提出されていないようでして。デンケン先生からお呼び出しが……」
「へ?私ですか!?」
「はい」
「確か提出したと思うんですけど……」
必死に思い出そうとしているエレノア様は顎に手を当て目を閉じ、うーんうーんと考えている。
私もエレノア様が提出BOXに入れていたような気はするのだが、あまり自信が無いため口を出さないでおく。
「あの……提出BOXに入っている課題を全て先生の元に持っていったのですが、明らかに枚数が少なかったと私も記憶しております。他の生徒も何人か提出されていないのでお声がけはしたのですが、皆様全員出したと仰っておりまして。おそらく皆様に落ち度はなく、紛失なのだと思います」
「そんなぁ〜……」
「皆様は先生の元に向かいましたので、エレノア様もとりあえずこの件について向かわれた方がよろしいかと。私も共に行きますので」
「確かに……提出したのにしてない事にされるのは嫌です!!セリーヌ様、すぐに戻りますので少しだけお待ちいただけますか?」
「もちろん大丈夫ですわ、ここで明日の予習でもしておきますから」
「うっ!!流石セリーヌ様だ……努力を怠らないなんて私には到底……。あっ!もし何かありましたら、あのあたりにライ君がいるので呼んで下さい!!」
「ん?あらほんとね!!頼もしいわ」
「では!行ってきます!!」
エレノア様がデンケン先生に抗議をしに行った後も、クラスの中には数人が残っている。
各々が楽しく談笑しており、まだまだ帰るつもりはないようだ。
エレノア様に伝えた通りに明日の予習をしていたら、私の席の前から影が差す。
ふと顔を上げると、見知らぬ男性が立っていた。
服装を見るに高等部の生徒ではあるのだが、どの方であるのかが思い出せなかった。
「あの……何か御用でしょうか?」
「貴方がセリーヌ・シェーン様でいらっしゃいますね?」
「はい、私がセリーヌ・シェーンですが」
「ユリウス殿下から貴方を呼んできて欲しいと言われまして」
「ユリウス殿下が?」
ユリウス殿下が私を呼んでいる?一体なぜ?
昔の記憶は私の心を蝕むようにトゲを刺す。
「はい。ですので今から着いてきて下さると」
「あっ、ですが私……エレノア様をお待ちしておりまして」
「……ユリウス殿下からのお呼び出しですよ?お待たせさせるわけにはいかないでしょう」
「それもそうですが……」
「……あの……お話中に失礼いたします。セリーヌ様、僕も同行してよろしいでしょうか?」
「ライ様……お願いしますわ」
話の途中に入ってきたのはライ様。
私はほっとする。やはり知り合いがいると安心感が違う。
「……貴方は?」
「ライ・ドレインと申します。……ユリウス殿下はどちらに?」
「ご案内いたしますよ」
この先輩に当たる人の後ろを2人で着いていく。
だが、殿下の元へ向かうのにエレベーターを使うのかと思えば、そのまま通り過ぎて階段の方へ向かった。
「エレベーターを使われないのですか?」
「殿下はどうやら他の生徒に話を聞かれたくないと、階段の踊り場でお待ち頂いているのです」
殿下が階段の踊り場?聞かれたくない話?
この男に不信感が募る。
やっと階段にたどり着くにつれ速度が落ち、やがて足は止まった。
「着きましたよ」
「こちらの下ですか?」
「はい、そうです。ここです……よぉ!!」
「ぐぁっ」
突如男は制服の中から鉄のような物をライ様の頭に向けて振り下ろした。
鈍いガンっという音と共にうめき声と崩れ落ちるライ様の体。
横たわった体を蹴って階段から落とそうとしている男に体当たりを試みる。
少しよろめいて私のほうを見たが、依然として状況は変わらない。
ふとライ様を見れば頭から血が流れている。
どうにかしなければいけないのに、怖くて仕方がない。
グッと手首を掴まれて、もう片方の手で首を絞められる。
「ほんと余計な手間かけさせやがって。コイツさえいなけりゃもっと楽だったのに」
「……っ!!」
「聞こえねぇな、じゃあな」
「がはっ」
無理やり階段の縁ギリギリまで連れてこられて苦しさと恐怖に支配される。
助けを呼ぶにも声も出ない。
そして、さよならの合図と共に手を離されて突き飛ばされた。
体は後ろに倒れていく。あの男の歪んだ笑みが少しずつ遠ざかる。
やけにゆっくりに見えている。
落ちているのだ、もちろん分かっている。
声は出ない。だが涙は溢れる。
ごめんなさい、ライ様。私のせいで巻き込まれてしまって。
ごめんなさい、エレノア様。一緒にいてくれたのに、こんな形で約束を守れなくて。
ごめんなさい、お父様、お母様、お兄様。何の役にも立てずに迷惑ばかりかけてしまって。
ごめんなさい、ルート。貴方を1人にしてしまうかもしれない。私はずっとそばに居るつもりだったのよ。誰よりも愛しているんだから。




