11話
殿下の誕生祭から4ヶ月が経った今では、騒がしかった日々は鳴りを潜めていた。
それもそのはず。頻繁に我が家を訪れていたルートが、忙しさによりほぼ来られなくなってしまったからだ。
どうやら学園に入学する前に、勉学や領地経営の事などをあらかた片付けるそうだ。
寂しいかと言われたら、それはそうと頷くしかない。
だが、彼も頑張っているのだ。こればかりはしょうがないし、わがままを言って困らせるような事もしたくはない。
誕生祭の次の日、王家からは伯爵家のお嬢様2人を婚約者候補とするとのお達しがあったようで、婚約者の決定には至らなかったらしい。
ちなみにルートは側近に選ばれなかった。
きっと殿下のお気に召さなかったのだろう。
最後の挨拶も感じ悪かっただろうし。
その代わりに側近となったのは、レオン・シュピレンハイム伯爵令息とゼノ・メリング伯爵令息のこの2人である。
それと、ピーター・ユング男爵令息の件。
彼は侯爵家の抗議によって立場を失い、廃嫡されたと聞いた。
お父様もお母様もたいそうご立腹だったからね。
私は性格が良くないので、可哀想だとも何とも思わない。
あんな無礼者に同情の余地はないから。
さて、私は非常に悩みに悩んでいた。
2週間後はルートの誕生日なのだ。
彼からは何も言われてはないけど、パーティーへの招待状だけは送られてきていた。
私もお祝いはしたいから返事を出している。
流石に出席が迷惑とは思わないで欲しい……。
それで悩んでいる内容はプレゼント!
たくさんプレゼントを贈っても良いんだけど、どうせならこの1つだけを大切にして欲しいって感じで贈りたい。
量より質ってやつ。
でも何なら喜んでくれるんだろう。
「というわけで、コーリン……どうしたらいい??」
「うふふ、悩むお嬢様も可愛いですね」
結局1人では決められず、コーリンに相談をしてみたらニコニコと笑顔を向けられる。
最近はいつもそうだ。些細なことでも暖かい微笑みで私を包んでくれるようなそんな気持ちになる。
「そうですねぇ……お嬢様は思い出に残る物を贈りたいのですよね?」
「うん……だってルートは欲しいものなんて自分で揃えるだろうし」
「確かにそうですよね。それでしたら刺繍なんていかがでしょう?」
「し、刺繍?」
「はい!!こちら贈り物にありがちではあるんですが、やはり親しい者から贈られたら嬉しいかと思いますよ!!」
「でも……」
刺繍されたハンカチを恋人へ贈った話を聞いた事がある。
だが、私は刺繍をした事がほとんどない。
過去にも挑戦はした事があるのだが、どうせあげる相手なんて殿下以外にいないし、その殿下の気持ちも離れていたからと練習もしなかった。決して不器用だったからと言う理由じゃない!!
「お嬢様……。分かっています、分かっていますとも。その為に私がいると言っても過言ではありません!!私がお嬢様をしっかり鍛えて差し上げますよ!」
「へ?」
「お嬢様やりましょう!このコーリンが自信を持ってお答えいたします!間違いなく刺繍絶対に喜ばれます!」
「そうかな……そうだといいな」
「何を弱気になっておられるんですか!」
「……分かった。刺繍頑張りたい!!」
「そうと決まれば早速準備に取り掛かりましょう!」
コーリンの瞳には炎が燃えている。
何故コーリンの方がやる気に燃えているのか……でもこうなったらやるだけやってやる!
自信は無いけれど、確かに気持ちが伝わるはずだ。
そうして、コーリン先生による厳しく多忙な日々が始まった。
教えてもらうこの時だけはお嬢様扱いをやめてとお願いしたら、それはもう容赦なかった。
甘やかしが一切ない。
だが私は先生に懸命についていったのだ。
木と花の模様を丁寧に縫っていく。
木はあの日に出会った木を。
花はたくさん遊んだ時に見つけた花を。
頭の中の記憶は、今でも鮮明に思い出せる。
でも私が必ず入れたかった物はこれ。
この誰かに似た黒く美しい羽根。
彼を思い浮かべながら、寝る間も惜しんで縫い続ける。
そして残り1日を残して。
「で、出来た!!」
「おめでとうございます!お嬢様〜!!」
「でも……」
やっとの事で完成した刺繍入りのハンカチ。
だが、やはり初心者。素晴らしい出来とは程遠い完成度である。
「お嬢様頑張りましたね!大丈夫ですよ!心を込めて縫った事が大事なのですから」
「……こんな下手くそなハンカチ……貰ってくれるかなぁ」
俯いたセリーヌの瞳から雫がぽろりと落ちる。
それは止まることを知らずに数を増やしていった。
その美しい瞳からは大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちていく。
確かに私は頑張った。
それがこの結果だ。渡す勇気なんてない。
私は涙を必死に拭うが、止まるどころかより一層溢れてくる。
「っ……えぐっ……」
「お嬢様……失礼しますね」
ぎゅっと抱きしめられる感覚。
確かに感じる温もりが、私の体に安心を与える。
しばらく背中をトントンと叩かれていたセリーヌが、悲痛な声で思いの限りをさらけ出した。
「私ねっ……こんな事もできないのかってルートに思われるのが怖いの!」
「……」
「私は他の子よりもお淑やかではないし、お茶会だって好きじゃないし、こんな風に手先だって不器用で……私よりも他の子の方がいいって言われたらどうしようって怖くて怖くてたまらないの……うぅっ」
「大丈夫ですよ、大丈夫」
「嫌われちゃったらどうしよう……」
コーリンは優しい声で落ち着かせるように頭を撫でた。
そして引き続き、背中をゆっくりとリズム良くトントンとされると、疲れがたまっていたのか眠気が襲ってくる。
「お嬢様、何回でも言わせて頂きます。大丈夫です、このコーリンを信じて下さいませ」
「うぅ……こぉーりん……」
「確かに完成度が高いほうが見映えがするのは間違いないと思います。ですが、それ以上にその刺繍にどれだけの想いを込めたかが、相手には重要ではないでしょうか?」
「……」
「私なら、その人が私の事を考えて縫ってくれた物なら、どんな物でも宝物になると思います。お嬢様もでしょう?」
「……うん」
「ご安心ください。さあ、一先ずゆっくりお休みくださいね」
「……う、ん……おやすみ」
そうして、ゆっくりと意識が落ちていく。
「おやすみなさい、お嬢様」
コーリンの優しい声を最後に、眠りについた。




