1話
ある学園主催の卒業パーティーで、それは突然起こった。
「シェーン侯爵令嬢!貴様との婚約は破棄させてもらう!!!」
会場の中心から怒声ともとれるような大きな声が響き渡る。
周りの令息令嬢達は、どうしたのかと遠巻きに状況を見守っていた。
「いきなり何を仰っているのですか?ユリウス殿下」
「とぼけるな!!メローナ嬢から話は聞いている!色々と嫌がらせをしていたようだな」
「私は何もしておりませんわ」
シェーン侯爵令嬢と呼ばれた女性、名をセリーヌ・シェーン。
彼女は胸より少し長いプラチナブロンドの髪を緩く巻いた美しい女性である。
2人にそっと視線を向けると、優雅な動きで心底不快だと扇で口元を隠す。
その青色の瞳には、婚約者に対しての侮蔑に似た感情が見て取れた。
婚約者である第1王子のユリウスは、代々受け継がれる金髪に緑の瞳をしている。
その横で王太子の腕をぎゅっと抱きしめているユング男爵令嬢は、ピンクの髪を金色のリボンで結い上げ、緑色のドレスを身につけていた。あからさまにも思えるその姿に鋭い視線を向ける。
「ひぃっ!怖いぃ〜睨まれたぁ〜!!」
「何だと!?俺からの愛が貰えないからとメローナ嬢を睨みつけるなど情けないやつめ!!」
「……いいえ?ずいぶんと個性的でしたので、見入ってしまいましたわ」
「減らず口を!!」
「……嫌味をサラッと言うなんてさすが悪役令嬢」
最近はずっとこんな事を言われているので、正直呆れていた。
そんな私に構わず、この2人はぎゃいぎゃいと騒いでいる。
最後にユング男爵令嬢が何かぼそっと言っていたが……悪役令嬢?それって何?私の悪口?
「ついこの間も、メローナ嬢の解答用紙を破ったようだな」
「あら、それは随分と答えが他の方とは違ったようでしたので、恥をかく前に教えて差し上げただけですわ」
「廊下を歩いたら水を掛けられたとも聞いている!!」
「その時は少し香水を強く付けすぎていたようで、お話しても改善されなかったから、落として差し上げたのですわ」
「それにただ友人と話していたメローナ嬢に対して、いきなり怒鳴りつけたらしいではないか!!」
「怒鳴りつけた事は存じ上げませんが、皆様が廊下が通れずお困りだったようですので、注意をしただけですわ」
「先程から言い訳を並べおって!」
まあ少し過激な事もあったかもしれないけれど、貴族にはよくある事。
言いがかりを並べられて、私の機嫌は急激に悪くなる。
たったそれだけの事で婚約破棄?しょうもない。
「だが、そんな事は序の口だった!!とうとう貴様は1週間前にメローナ嬢を毒殺しようとした!!」
「!?」
何それ、知らない。
周りがざわざわとし始める。
私に向けられる鋭い視線が棘のように感じた。
「私には全く身に覚えがありませんが」
「とぼけるな!貴様がメローナ嬢に毒を盛った事は調べがついている!!」
「何を根拠に……」
「貴様を毒殺未遂の罪状で拘束する!!」
「!!」
そこからは、あっという間であった。
私が反論を返す前に、体を取り押さえられる。
後ろに控えていた殿下の側近であるルート様とゼノ様が私を拘束した後、このパーティー会場から連れ出した。
連れていかれたのは、騎士団が管理している牢獄である。
冷たいその部屋に入れられ、鍵をかけられる。
「私は毒殺なんてしていないわ!!」
「さあどうだろうな?嫉妬して嫌がらせするような女なら毒殺もお手の物だろうしな」
「……」
ゼノ様が笑みを浮かべ、せいぜい罪を償ってくれと手を振りながら来た道を戻っていく。
ルート様は何も話さずに不満気な顔でジッと私を見つめてくるが、口を開くことはない。
その深く沈んだ紫色の瞳には、何かを訴えかけるような感情が見え隠れしている。
「なぁ、お前……」
「?」
「……チッ」
何かを話そうとしたようだが、ぐっと何かを耐えたような顔をした後、舌打ちを残して結局何も話さずにルート様も戻っていった。
その夜、ただ牢の中で1人今後への不安に震えていた。
誰か助けてほしい。私は毒殺なんてしていない。
そう思っても誰も会いには来てくれなかった。
1日1つのパンと水だけ、それ以外は牢から出る事も出来ない劣悪な環境がセリーヌを襲う。
そんな中、1週間は経っただろうか。
私の罪が決まったとゼノ様が嬉々として報告にやって来た。
罪は平民に落ちる事らしく、家に戻ることも禁止された。今すぐに街へと行くらしい。
本当は鞭打ちの刑を殿下は望まれていたそうだが、さすがに却下されたようだった。
だが侯爵令嬢として生きてきたセリーヌが、突然平民として生きる事など不可能に等しい。
どちらにせよ、セリーヌの未来は閉ざされたものだと気づいた殿下と男爵令嬢は喜んだそうだ。
その後、すぐに街に連れられたセリーヌは捨て置かれた。
どうしたらいいか分からず、ずいぶんと放心状態だったと思う。
とりあえず何か食べ物が欲しい。
そう思ったが、ふと気づいてしまった。
……私は何も持たされていなかった。
服も平民がよく着る服に着替えさせられている。
食べ物もなく途方に暮れたが、このままでは仕方がないと歩き出す。
いい匂いがする。香ばしいパンの香りだろうか。
匂いの出処へと歩くと、そこにはパン屋が佇んでいる。
お腹が空いている私は急いで店へと向かうと、貰うために店のパンを掴んだ。
――だが、その手は叩き落される。
「ちょっとあんた、何持っていこうとしてるんだい!」
「?あの……お金は後で払いますので」
「何言ってんだい?今払いな」
そう。貴族として、そして王妃として教育された私には知識はあっても、貴族と平民のお金の感覚や使い方を知る機会は全く無かった。
お金を今までどう払っていたのか等、気に留める事も無かったのだ。
この街で生きるにはお金が必要である事に今更気づくことになるとは。
すみませんとその場を離れて考える。
何かをする為にはお金を稼がなければならない。
周りから向けられる嫌悪の視線を感じながらも、何か自分に出来る事はないかを探していく事にした。
1枚の紙が目に入る。
急募、皿洗い。
私にも出来るだろうか?やった事はないが、コックが洗っているところは見たことがある。
後は貴族だった事がバレないように、口調に気をつけなければ。
その紙が貼ってあるドアにノックをした。
するとしばらくして、ふくよかな女性が顔を出す。
「ん?どうしたんだい?」
「この紙を見てノックをしました」
「働いてくれるのかい!人が足りなくて困ってたんだよ、よろしくねぇ」
「よろしくお願いします…」
「じゃあここの分よろしくね」
「これ全てですの?……ごほん。全てですか?」
「……?そうよ。洗った分ここに置いといて」
そこには大量に積まれた皿が置いてある。
洗ったことがない私には難易度が高い。
とりあえず、皿を洗い始める。
思い出しながらの見よう見まねではあるが、とりあえず1枚洗い終えた。
これでいいのだろうか?分からないが他の皿も洗っていく。
洗った分をどんどん上に乗せていく。
結構な量を洗い終え、皿を置く場所がだんだんと無くなってきた。
その頃には手も荒れてきており、あかぎれになるのも時間の問題であった。
それでも次々に洗えば、皿を上へ上へと乗せていく。
だが、乗せるほど案の定バランスが難しくなる。
残りの皿が少なくなってきた時、とうとうパリンと音を立てて皿が割れた。
慌てて拾おうとするが、皿の破片で手を切ってしまう。
「いたっ!」
「……大丈夫かい!!皿が割れるような音がしたよ」
女性が慌てて部屋に入ってくると、大した状況では無かった事に安堵の息を吐く。
皿は1枚割れてしまったが、大体の皿は洗い終えていたのでここで終了となった。
「はいこれお金ね」
「ありがとう……ございました」
そうして得たお金で、食べ物を買いに外へと出る。
トボトボと歩きつつどこに買いに行こうとキョロキョロ見渡せば、あのパン屋を見つけた。
「あ、あの」
「?あーアンタかい。ウチは忙しいんだよ、金が無いんならさっさと帰んな!」
「いや、パンをこれで」
そう言って先ほど働いて得たお金でパンを1つと水を1杯貰う。
受け取れば近くの休めそうなベンチに座り、食事を開始した。
牢獄生活でもともと令嬢だったとは思えない程にやつれてしまったセリーヌだが、髪の色だけは血統を誤魔化す事は出来ない。
食べ終えてそのまま眠りにつこうとしたセリーヌに、突如石を頭に投げられた。
「うっ!!」
「よっしゃ、あたりー!!」
「知ってるー?こいつ貴族でも罪人だからここにいるんだってよー」
なんでそんな事までバレてるんだろう。
そう疑問に思ったが、そういやあの殿下と男爵令嬢の事だから街にも噂とかは流すかと悟った。
無邪気な子ども達は次々に石を投げてくる。
私はしゃがんで防御に徹した。
「あ゛ぁ……痛い……やめて」
腕に足に頭に……たくさんの石が私に投げつけられる。
いつの間にか周りには子どもだけではなく、大人も混じって貴族に対しての鬱憤を晴らしていた。
私の味方は誰もいない。
身体中だけじゃなく心が痛くてたまらなかった。
このままじゃ死んでしまうと一気に立ち上がり、この場から逃げる。
子どもも大人も追いかけてきた。
泣きながら走って大通りに出たところで、目の前に馬車が――
そうして平民1日目にして、私の人生は幕を閉じたのだった。




