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聖女は王の元に、俺は闇に──堕ちた英雄の復讐譚  作者: 雷覇


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聖女の責務

朝の光が静かに射し込む白い回廊。

神殿の長い柱廊の中を、セリスはゆっくりと歩いていた。

その姿はまるで、最初から“聖女”として生まれてきたかのように美しく、整っている。

衣の裾は一切乱れず、歩幅も、目線も、まるで誰かの意志をなぞるように正確だった。


──ただ、かつての彼女にあった“自然な温もり”は、どこにもなかった。


「おはようございます、聖女様」


控えめに声をかける神官に、セリスは穏やかな笑みを返す。

その微笑は確かに美しい。

だが、その奥に心の鼓動は見えなかった。


“王との初夜”から幾日。

王は毎夜のように彼女の部屋を訪れ、優しさと支配を巧みに織り交ぜた言葉で語りかけてきた。


「お前は神に選ばれた。そして神の声は、王を通じて語られる」

「この国で最も尊い存在は、“聖女”であり、聖女を傍に置く王だ」

「だから私のそばにいれば、お前はすべてを護れる」


その言葉は、毒にも似ていた。

だがあまりにも甘く、心の奥に染みこんでくる。

苦しみを包み込み、罪悪感すら和らげてくれる。


最初は反発しようとした心も、

やがて疲れ果て、ただ静かに耳を傾けるようになった。


(私は、神に選ばれた。……なら、抗うことは、間違っているのかもしれない)


そう思うことが、少しだけ楽だった。

「カインに会いたい」

その想いは、今も胸の奥にひっそりと残っている。

けれど、それを口にすることはもうない。

──それは許されないからではなく、ただ、届かないから。


セリスは、静かに祈りを捧げていた。

白い衣、整った髪、まっすぐに揃えられた手。

その姿は、誰が見ても“国に選ばれた聖女”だった。

けれど、その心の中では、何かが静かに変わり始めていた。


その夜、聖女の部屋は蝋燭の灯りだけが室内を照らす。

静寂の中、セリスは膝の上に両手を重ねて座っていた。

その姿はまるで、王の訪れを待つことが“日常”になったかのようだった。


やがて、扉が静かに開く。


入ってきたのは王・エルヴァン。

その姿を見た瞬間、セリスの肩がわずかに動く。


けれどそれは、かつてのような恐れや緊張ではなかった。

ほんの一瞬、唇がかすかに緩んだ。


「……お疲れ様です、陛下」


その声音には、受け入れの響きがあった。


王は何も言わずに近づき、彼女の隣に座る。

手を差し伸べれば、セリスはゆっくりとその手に自分の手を重ねた。

拒まない。むしろ、求めるように。


「今日も、よく祈ってくれたな」

「はい……陛下のために、私ができることがあれば……」


その言葉は、彼女自身が“王のために存在すること”を肯定している証だった。


王が肩に手を回す。

セリスは一瞬、伏し目がちになったが――やがてその身体を、そっと寄せた。


(……もう、逆らう意味がわからない)


逃げようとすれば、怖くなる。

問い続ければ、壊れてしまいそうになる。

ならば、手を取る方がずっと楽になる。


王が髪に触れ口づけを落とすと、

セリスはわずかに目を閉じて、その温度を受け入れた。


「私の聖女よ。お前は、誰よりも美しい。

 だから、私はお前を離さない。お前も……私を信じてくれるか?」


「……はい。私は……陛下のものですから」


その言葉が口をついたとき、セリスの胸に小さな痛みが走った。

けれど、その痛みすら、もう消したかった。


その夜以降、王が現れたときセリスはもう拒まなかった。

静かに目を伏せ、差し出された手を受け入れる。


その姿はまるで、神の命に従う聖女のように――

いや、“王の意志”を受け入れるただの少女にすぎなかった。

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