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聖女は王の元に、俺は闇に──堕ちた英雄の復讐譚  作者: 雷覇


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第55話:神の塔の選別

翌日、セレファリア王国・王都セントラル。

《王宮・神の塔》最上階――かつて神意を受けし者の聖域は、今や王の支配を証明する舞台となっていた。


玉座の前に座すのはエルヴァン。

その傍らに控えるのは、光の衣を纏う聖女セリスと、白銀の巫女イリーナ。


イリーナの瞳は静かに伏せられ、呼吸すら規則正しく、まるで精巧な人形のようだった。だが、その魂は聖女の強制力と王の命令に縛られ、自由を奪われている。


「始めるぞ、イリーナ」

王の声は絶対だった。


「この国の騎士、貴族、兵士、神殿の者ども……すべての名を呼び上げ、神に選ばれし者かどうかを視ろ。我が軍を作る神の駒を選び、無価値な者は地に伏せさせるのだ」


イリーナはわずかに瞼を開く。

その瞳に光が宿り、視界は魂の深奥へと沈む。


彼女の視界に現れるのは、王都全域に散らばる無数の氣の灯火。

忠義、恐怖、欲望、虚無――人々の魂が、手に取るように見える。


「……視えます」


淡々とした声が、石造りの塔に響いた。


「この者は……神に選ばれていません」

「この者も……価値なし」

「……ひとり、選ばれし者を確認。名は……グラディオ」


イリーナの声は平板で、感情を感じさせなかった。

まるで王の言葉を代弁するだけの器。

エルヴァンはその光景を見て、愉悦の笑みを浮かべた。


「ふはは……見ろ、セリス。これが我が国を導く神の秩序だ」

「拒んだ巫女すら、今は私の手で世界を選別する道具となった」


セリスは静かに頷き、王の言葉を肯定する。

その瞳には、かすかに迷いが宿ったようにも見えたが――すぐに消える。


「さあ、イリーナ」

エルヴァンは椅子から立ち上がり、彼女の肩に手を置く。


「お前はもう私のものだ。魂も、祈りも、視界も――この国を統べるためにすべてを捧げろ」


「……はい」


イリーナはただ、命じられたままに頷いた。


《王宮・神の塔》最上階。

神を騙る王の玉座の前で、イリーナは静かに目を閉じていた。


魂の視界が、王都全域へと広がっていく。

数千、数万の人々の氣が、星のように瞬きながら視界に浮かぶ。


恐怖に震える者。

己の欲望に沈む者。

そしてただの無関心に覆われた者たち。


その中に、ひときわまっすぐで、鮮烈な光を放つ魂があった。


(……この気配……)


意識をそっと近づけた瞬間、心に熱が走る。

鋼のようにまっすぐで、純粋で、そして後悔を抱えた光。


「……ミリアム」


イリーナの唇から、無意識に名が漏れた。

エルヴァンの目が鋭く光る。


「ほう、視えたか。あの娘は、やはり神に選ばれし者か」


「……はい。彼女の魂には、神の光が宿っています。それもかなり強い」


イリーナの声は、表向きは従順だった。

だが、その胸の奥で、何かが小さく震えていた。


「いい……実にいい。かつてカインに心酔したあの小娘が、

今や私の神の軍勢となる……運命とは実に愉快なものだ」


イリーナは黙っていた。

しかし内心では、冷たい怒りがわずかに燃えていた。


(……この男は、何も見ていない)

(神の光も、人の心も……すべて、自分の都合でしか量れない)


だが――その怒りを表に出すことはできなかった。


四肢は、セリスの強制力に縛られたまま。

魂は、王の命令に従うように刻まれた鎖に絡め取られている。


「イリーナ、次だ」

エルヴァンの命令が降る。


「神の名において、さらなる選別を続けろ」


「……はい」


イリーナは瞼を閉じた。

無数の魂がまた視界に浮かび上がる。

その中に、微かに、希望のような光が灯る。


(……必ず、この鎖を断ち切る……)


その誓いはまだ小さな炎にすぎなかったが、

確かに、沈黙の奥で燃え続けていた。


セレファリア王宮・王都セントラル

《神の塔》最上階


夜空に満月が浮かぶ中、塔の内部は淡い神光に満ちていた。

中央には、白銀の陣が描かれている。

その周囲に立つのは、三つの影。


王の足元にひざまずく、白衣の巫女イリーナ。

その隣に、無垢な光を帯びた聖女セリス。

そして、剣を抱き、未だ困惑の表情を浮かべる若き女騎士――ミリアム。


「……ここが……王宮の《神の塔》……?」

ミリアムの声は震えていた。だがその震えは恐怖だけではなく、目に見えぬ圧力によるものだった。


ミリアムは、自分に何が起きたのかを理解できていなかった。

気づいた時には、王都の門前。


(……どうして私はここに? たしか……誰かに襲われて……その後……)


記憶はそこで途切れていた。

だがひとつだけ、胸の奥を占める感情がある。


「騎士団のみんなは……無事なの?」


それだけだった。

自分の欠落した時間よりも、仲間の安否の方がよほど重要だった。

エルヴァンは高くそびえる玉座に座り、愉悦に満ちた笑みを浮かべる。


「ようこそ、神に選ばれし者――ミリアム」

「今日から、お前は私の神の軍の一員だ」


「神の……軍……?」


「そうだ。見よ、この二柱を」


王はゆるやかに手を広げる。

セリスは無言で祈りの姿勢を取り、光の波を解き放つ。

イリーナはその隣で目を伏せ、光に同調するように淡く輝いている。


「神の声を持つ聖女セリス。

神の目を持つ巫女イリーナ。

そして――神に選ばれた剣、ミリアム」


「この三つが揃えば、神の軍は完成する。世界に秩序をもたらす絶対の力だ」


ミリアムは息を呑む。

頭では拒絶したいのに、胸の奥に熱が生まれる。


(……あたたかい……? これは……)


次の瞬間、セリスの光が強くなる。


「……神は命ず」

セリスの声が塔に響く。


「汝の剣は、神の正義のために。

汝の魂は、王の意志と共に。

――迷いを捨て、すべてを捧げなさい」


淡い金色の波動がミリアムを包み込む。

瞳が揺れ、呼吸が乱れ、膝が崩れる。


「わ、私は……」

「……神に……仕える……」


その瞬間、ミリアムの瞳に光が宿った。

それは忠誠の証ではなく――支配の証。


エルヴァンは満足げに立ち上がる。


「ふはは……これで神の軍は完成する!」

「聖女と巫女と選ばれし騎士。世界は我が手に!」


イリーナは膝をついたまま、ミリアムを見つめていた。

その瞳の奥に、かすかな痛みが宿る。

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