第45話:連合軍が迫る
ヴェル=グレイア、監視塔。
薄曇りの空の下、見張りの兵が緊張に満ちた声を上げた。
「東方、砂嵐の向こうに……大規模な部隊確認! サルディナの旗印です!」
報告を受け、砦の警鐘が高らかに鳴り響く。
その音に呼応するように、黒の軍勢の兵たちが次々と戦装備に切り替え、配置へと走り出す。
カインはすでに戦略室に入っていた。
「報告を整理しろ。数は?」
「先鋒と思われる部隊で二千、後続に五千前後。展開速度と補給から見て、本格的な軍団規模です」
「サルディナが……なぜ、この位置に?」
リアナが苦々しく唸る。そこへさらに、通信塔から新たな伝令が飛び込んできた。
「南方山道にも動きあり! ……セレファリア王国の正規軍旗、確認されました!」
その場にいた全員が息を呑む。
挟撃。その言葉が、無言のまま空気に染みわたる。
「……ばれたな。本拠地が」
カインは小さく呟いた。
「どうして……? 結界は完全だったなのに」
アリアが顔をしかめる。
「どこかに潜られていた。もしくは、誰かが座標を渡した」
「内部に密偵がいたってこと……?」
「断定はできないが、もはや問題はそこではない」
カインは結界地図を睨み、迅速に指示を飛ばす。
「サルディナの部隊が先に接触する。おそらく、奴らは陽動……が、こちらが反応すれば、本命の王国軍が襲いかかる構えだ」
ザイが腕を組んだまま、低く唸る。
「こっちから出撃すれば、背後を叩かれる。砦に籠もれば、包囲殲滅される……動けば罠、動かねば死か」
リアナが奥歯を噛みしめる。
「私たち……完全に囲まれてる」
「だがまだ時間はある。サルディナの部隊が先に接触する以上、王国軍は様子見だ。ここで焦れたら奴らの思う壺」
カインの声には焦りがなかった。むしろ、静かに熱を帯びている。
「リアナ。全軍に伝令を。『迎撃準備、ただし誘いには乗るな』。結界を再調整し、裏道の開放も開始。アリアは魔導を使って外部連絡網を確認しろ」
二人がすぐに動き出す。
カインはひとり、残された地図の上で、砦を示す小さな印に視線を落とす。
「……なるほど。こう来たか、エルヴァン」
彼の眼差しが鋭く光る。
「だが、こちらも手は打ってある。そう簡単に墜とされると思うなよ」
――運命の包囲戦。その幕が、静かに上がろうとしていた。
砦の中心、戦略会議室。
再び集められた幹部たちの前で、カインは地図の上に手を置きながら口を開いた。
「状況を整理する。敵は二手。サルディナ軍が東の峡谷を越えて接近、王国軍が南方の山道から進軍中。このままいけば、明日にはサルディナ軍が我々の結界範囲に入る」
アリアが眉を寄せる。
「結界の外から長距離砲撃されたらどうする? あの王のこと、ただ挟むだけで済ませるとは思えない」
「それも想定済みだ」
カインは無言で資料の束から一枚の巻物を広げた。
それは、ヴェル=グレイア地下に設置された《結界陣》。
外部からの魔導砲や転移術式を反射・歪曲する特殊結界で、まだ完成には至っていなかったが、範囲を限定すれば実用は可能だった。
「この霊遮結界を南東に集中させる。長距離砲撃があるとすれば、射線はそこしかない。アリア、術師隊を率いて結界陣の補強を頼む」
「了解。できるだけ持たせてみせる」
ザイが横から問う。
「サルディナには?」
「先鋒に当たるのは、俺が直に出る。少数の精鋭で迎え撃ち、敵の出方を探る」
「待て、カイン。お前が出れば、王国軍の目を引くぞ」
「それも計算に入ってる。敵が俺を狙っているなら、誘い出して裏を突く。
連中は俺が本拠地から離れるのを待ってる。ならば離れたフリをすればいい」
アリアがはっと顔を上げた。
「まさか……囮に?」
「俺が囮を演じる。その間に、、お前が地下通路の部隊を率いて、敵の後衛を断て。セレファリア軍の補給線を断てば、王国は動きが鈍る」
ザイの瞳に炎が宿る。
「……その策、乗った。奴らを後ろから叩き潰してやる」
カインは静かに頷き、立ち上がる。
「これが総力戦になるなら、出し惜しみはしない。
すべての兵装を解禁する。ヴェル=グレイアの守りは、俺たちが築いた砦の意志だ」
会議室に緊張が張りつめる。
アリアがぽつりと呟いた。
「すべてを使うのね。まさに総力戦ね」
カインはそれに静かにうなずいた。
「そうだ。これは国との戦いじゃない。
支配と、理不尽と、歪んだ正義を掲げる王との戦いだ」
そして彼は、剣を腰に差し直す。
「迎え撃つぞ。サルディナも、セレファリアも、まとめてな」
こうして、ヴェル=グレイアを巡る総力戦は、いよいよ火蓋を切って落とされようとしていた。曇天の空の向こう、最初の号砲が、すぐそこまで迫っていた。




