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聖女の責務

玉座の間から連れ出されたあと、

王の命により、セリスは王宮奥深くに用意された「聖女専用の部屋」へと隔離された。


装飾品に囲まれ、柔らかな絨毯と香の薫る室内。

だが、彼女にとっては落ちけるような場所ではなかった。


やがて、扉が開く。

現れたのは王・エルヴァン。

変わらぬ威厳を纏いながら、部屋の中央までゆっくりと歩み寄る。


セリスは立ち上がり、ついにその想いを口にした。


「……王よ、どうか……もう一度だけ、お聞きください。

 私は……聖女になど、なりたくありません」


震える声。

けれど、目だけは真っ直ぐだった。


「私はただの村の娘です。神の声など聞こえたこともありません。

 この役目は、私ではなく……他の、もっとふさわしい方が……!」


王の瞳が、わずかに細まる。

そして、笑みとも嘲りともつかぬ薄い笑みを浮かべて、口を開いた。


「“なりたくない”? ……では、お前は神の選びを否定するのか?」


セリスは言葉を詰まらせる。

王はその沈黙を待たず、歩み寄って続ける。


「いいか、セリス。お前は神に選ばれた。

 その“奇跡”に従うことこそが、この国の秩序であり、恩恵だ。

 ――そして、その奇跡をどう使うかは、王たる私が決める」


王の手が、彼女の肩を軽く叩く。

その指先は、優しく見せかけて鉄のように重い。


「お前がどう思おうと関係はない。

 “国が求める聖女”であることに、お前の意思など必要ないのだ」


セリスは、何も言い返せなかった。

あらゆる言葉が、王の正しさにねじ伏せられていく。


「諦めろ、セリス。聖女はすべて王が望む形で捧げられる。それがこの国のことわりだ」


セリスはその場に崩れ落ち、

小さく震える声で、誰にも届かぬ言葉を落とした。


「(カイン……どこにいるの……)」


声にならない問いが、心の奥で何度も繰り返される。

その名を呼ぶたびに、かつての記憶が浮かび上がり、今の現実と鋭くぶつかって砕けていった。


──あの人がいた。

ただの村娘だった私を、目を逸らさず見てくれた人。

どんなときでも、私を「セリス」と呼んでくれた。


けれど今――

私の名前は、もう私のものじゃない。

呼ばれるたびに、別の意味に染まっていく。

王の手が、彼女の肩に触れた。


その手は冷たくはない。

けれど、そこにあったのは愛でも思いやりでもない。

ただ、奪う者の手だった。


「……震えるな。お前は、選ばれたのだ。神にも、そしてこの私にも」


王の声が低く響く。


「セリス、お前は今日から聖女としてこの国に仕える。そして私の“女”として──王の隣で生きるのだ」


「その身も、声も、涙も、笑みも。

 すべて王のために存在する。すべて、私のものだ」


セリフは顔を背けて想い人の名前をだす。

「カイン・・・助けて・・・」


「カイン? あの男の名を、この先お前が口にすることはない。

 彼の影は、お前の記憶ごと私が塗り潰してやる」


王の手が、髪をそっと撫でる。

その仕草に優しさはある。だがそれは、支配の余韻を味わうための手だった。


「大人しく、私のものになれ。

 そうすれば、お前は神の寵愛と王の庇護、両方を得られる」


セリスの足元から、世界が崩れていく。

何も言い返せない。

言葉を持ったところで、彼の前では意味をなさない。


「(……お願い、カイン。来て……)」


そう願っても、その名を呼ぶ自由さえ、もう奪われつつあった。

王の手に導かれ、ゆっくりと寝台へと倒れていく。


「お前は、王のものだ。身も心も、祈りも、全てが私の支配の内にある」


(いやだ、逃げたい──)


そう思ったはずなのに、身体は動かなかった。

手はもう震えることさえ忘れていた。


(……もう、抗う意味なんて、残っていないのかもしれない)


私がどれだけ叫んでも、拒んでも、願っても──

聖女となった私の意志はもう何ひとつ価値を持たない。

王の為に王国の為にただ“使われるための存在”だった。


ならばせめて、痛みが少ない方を選びたい。

この地獄のような夜を、静かに終わらせるために。


私はそっと目を閉じた。

寝台の冷たさに背を預け、蝋燭の灯が遠のいていくのを見つめる。


「(カイン、ごめんね……もう、私は……)」


あの人の声も、ぬくもりも、想い出も、

すべて遠くへと霞んでいく。


諦めは、痛みを和らげてくれる。

けれど、それは生きることをやめることと同義だった。


夜は深く、永遠のように長く、

彼女という存在を静かに飲み込んでいった。


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