王の歪んだ心
王・エルヴァンは、寝台の縁に静かに腰掛けていた。
大理石の床には、うっすらと朝靄の光が差し込み始めていた。
背後には、薄絹の帳の中で身を横たえたセリスの姿。
薄く冷たいシーツの上で無言のまま、静かに目を閉じていた。
その寝姿を見た王は手にワインの入った銀杯を持ち、静かに呟く。
「これが……勝利だ」
王は満ち足りた様子で、昨夜の行為を思い出す。
彼女の震える身体も、必死に抑えた嗚咽も、逃げ場のない視線も王にとっては“従順”の証に過ぎなかった。
ワインを一口すする。
舌の上で転がしたそれは、いつもよりも甘く深い味がした。
「カイン。お前の大切な女は、今こうして私の隣にいる。
しかも、神が“聖女”として選んだ娘だ。これほど完璧な皮肉があるだろうか?」
王は満ち足りた様子で、寝台の縁に立っていた。
その瞳に浮かぶものは、慈しみではない。
征服者の誇り。勝者の余韻。
そして何より、「奪った」ことそのものに対する絶対的な快楽だった。
王の手がセリスの背にそっと触れる。
返事はない。だが、それでいい。
沈黙こそが支配の証であり、服従の象徴なのだから。
「カイン、お前の想い人は、私の手の中で穢された。
英雄が一人の女すら守れぬなら、それはただの敗者だ。ふふふ」
エルヴァンの瞳には、炎のような執着が宿っていた。
「カイン……英雄気取りの平民め。
民に讃えられ、騎士に慕われ、女には想われ──私よりも輝いていた。
私が王であるこの国で、貴様の存在は光が過ぎた」
王は立ち上がり、窓へと歩を進める。
空の彼方には、まだ目覚めぬ王都が広がっていた。
「だが、これだけでは足りない。私はお前を“記憶”からも消さねばならぬ。
英雄の名を、人々の心から引き剥がしてこそ、本当の勝利だ」
……
彼は玉座を離れた王としてではなく、一人の男として囁いた。
「まずは、裏切り者の汚名を着せよう」
王は薄笑いを浮かべ、再びワインを口に運ぶ。
「噂はすでに流させてある。神官も騎士も、王命の前では口を閉ざす。
あとは罠にかけるだけだ」
「英雄カイン?
ふん。 今に“国辱の騎士”と呼ばれる日が来る。
民は忘れやすい。英雄はつくるものではなく、壊すものだ」
背後の帳の奥、セリスのかすかな寝息が聞こえる。
王は振り返らない。
その音こそ、自分の勝利が完成した証だと信じていた。
そして今度は、もう一人の“奪うべきもの”へ向けて、
王は静かに牙を研ぎ澄ます。




