第1話:神の光、裏切りの影
光の柱が天から差し込んだのは、戦の終結を告げる凱旋の夜だった。
魔族の侵略を退け、国を救った英雄──カインの帰還に王都は沸き立っていた。
門をくぐるその姿を一目見ようと人々は路地にまで溢れ
子どもたちは花を投げ、老兵は涙を流した。
「万歳! 英雄カイン!」
「我らを救った、王国の剣!」
誰もがその名を叫び、騎士たちは敬礼し、同僚の騎士団員たちは胸を張って彼の背を誇った。
その姿はまさに、王国が生んだ奇跡そのものだった。
その中に、ひときわ控えめな声が混ざっていた。
「……よかった。無事で」
カインはふと、その声の方へ目を向けた。
人混みの奥からひっそりと覗いていたのは若い娘だった。
セリス――王都から遠く離れた村の娘で、カインの幼なじみだ。
祝賀の宴が始まり、酒と歌と虚飾に満ちた空間でカインは早々に抜け出した。
薄暗い中庭の噴水前。
すでにそこには、花束を抱えたセリスが立っていた。
「待たせたな」
「ううん、私が勝手に来ただけ」
小さな笑顔と、揺れる瞳。
セリスは黙って花束を差し出した。
それは、二人が子どもの頃に野原で摘んだ花と同じ種類だった。
「覚えてる? よく川のそばで見つけてたやつ」
「ああ。懐かしいな」
沈黙。
言葉が足りないほどに、想いが溢れていた。
カインがゆっくり口を開く。
「戦はいったん終わった。少し休めるかもな」
「じゃあ……村に、帰るの?」
「……ああ。帰ろう、セリス。お前も一緒に」
王エルヴァンは、宴の喧騒が去った王城の奥で、一人ワインを傾けていた。
窓の外、凱旋式の様子が思い出される。
「民どもは、あの騎士を“英雄”と讃えていたな……虫唾が走る」
カインの名は戦場では栄誉、民からは称賛、騎士団からは信頼を集めていた。
王の威光すら霞むほどに。
だがそれが気に入らない。
自分以外の者が崇められることを王は許さない。
「あの男……もはや騎士ではない。民の偶像と化した“異物”だ」
王にとって、カインはもはや功臣ではなかった。
民衆に名を讃えられ、騎士団からは信頼され、若き兵士たちの目標とされる男。
──その存在は、自らの権威を食う影になりつつあった。
「英雄とは、長く王のそばに置くべきではない」
「ならば、“処分”の時だ」
王はすでに、幾つかの策を巡らせていた。
偽の密命、捏造された命令違反、あるいは王宮の不義密通。
“罪”などいくらでもでっち上げられる。
問題は、民がそれを信じるかどうか──そのための導火線が、必要だった。
その時だった。
神殿から使者が走り込み、玉座の前でひれ伏した。
「陛下……神託が。聖女の印を帯びた者が、ついに現れました!」
王の眉がわずかに動く。
──聖女の顕現。
神殿に差した光は、確かに告げていた。
選ばれし者の名は、村の娘──セリス。
よりにもよって、カインの傍にいた少女だった。
「……ふん。神とは、なんとも気まぐれな。このタイミングで神託を出すとは」
王の口元に、皮肉と欲望の入り混じった笑みが浮かぶ。
「これで役者は揃った。あの娘は私の“聖女”となり、カインは“裏切り者”となる」
「――もはや、彼の存在に意味などない」
玉座の影で、静かに幕が上がる。
すべては王の手のひらの上で、予定通りに進んでいた。