第18話:反乱の芽をつぶす
王城・謁見の間。
夕暮れの陽が、深紅のカーテン越しに射し込む。
ゼクスが静かに歩み寄り、膝をついた。
「陛下。ご命令の通り、王都近辺に不審な拠点を調査しましたが、痕跡はありませんでした。ですが……」
「何だ?」
エルヴァンは杯を揺らしながら、わずかに口元を歪めた。
「かつて処刑された者の親族、あるいは追放された騎士らが不審な動きをしているという報告が」
「……芽吹いているか。反逆の種が」
エルヴァンは静かに立ち上がり、階段を降りる。
玉座の影が彼の背に長く伸びた。
「……王都にはまだ、“処理し損ねた連中”がいる。街に隠れた者、地下牢で生かされている者、あるいは赦しを乞いながら生き延びた敗残者たち。探し出して徹底的に踏み潰せ」
ゼクスは目を伏せたまま、静かに問い返す。
「……王都監獄の囚人だけでなく、一般人もですか」
「当然だ」
エルヴァンの声に一切の揺らぎはなかった。
「お前の役目は、芽を摘むことではない。根を掘り起こし焼き払うことだ」
「……御意」
ゼクスはひとつ深く頭を垂れた。
「記録を洗い直し、命を与えるに値しない者すべてを選別せよ。今宵からでいい。街であろうと、牢の奥であろうと構わん。速やかに処分せよ。」
「となれば暗部……暗殺部隊を動かす許可を頂けますでしょうか」
「好きに使え。お前に任せる」
ゼクスは立ち上がり、影のようにその場から消えた。
「……後は転移対策だな。処分前に転移させられては困る。誰か聖女セリスをここに呼べ!」
しばらくした後、聖女セリスが白銀の装束をまとい玉座の間に呼び出される。
「……お呼びでしょうか、陛下」
エルヴァンはゆっくりと歩み寄った。
「セリス。この王都で転移の術が使われた可能性があると、報告を受けた。」
「……転移ですか?」
「そうだ。そして罪人ばかりを転移でどこかに飛ばしている。どこかで王国に反抗する勢力を集めている可能性がある。不届きにもな」
エルヴァンは冷えた笑みを浮かべる。
「これ以上の罪人の流出を防ぐため、王都全域に〈結界〉を張れ。すべての空間転移を遮断するのだ」
セリスの表情がわずかに曇る。
「……それほど強力な結界を……王都全域に、ですか?」
「できぬか?」
「……いえ。可能です。ただ、それほど大規模となると数日しかもちません」
「構わん」
エルヴァンの言葉に、ためらいはなかった。
「罪人は別の転移されない場所に隔離し、反乱の可能性をすべて潰しておく。これが、王都の平和を守るために必要なのだ」
セリスは小さく息を吸い、深く頭を下げる。
「承知しました。今夜より儀式に入ります」
「……頼むぞ、“聖女”よ」
エルヴァンはその背を見送りながら、ゆっくりと呟く。
「隔離などしない。反乱の芽はこの数日ですべて処分する。誰にも逃げ場はない。王都は私の掌の中にある」
その夜――
聖堂の鐘が沈黙し、空気が一変する。
王都全域に広がる不可視の結界。
それは、見えざる檻であり逃げ道を封じる鎖だった。
王都に結界が張られた夜――
空気が変わった。
〈暗部〉の影が、街のあちこちに動きだした。
黒装束に身を包み、声を持たず、痕跡を残さず。
その存在すら誰にも知られず、彼らは任務を遂行する。
標的:元騎士隊員、治療院の医者、辺境出身の魔導学者、黙して語らぬ吟遊詩人……。
罪は明記されていない。
ただ“陛下の指示に従わなかった可能性がある”、
あるいは“かつて問題ある者と親しかった”。
それだけで“消す”理由としては十分だった。
「……寝ている間に、静かに」
「この家の地下に記録を焼却。遺体は水路に」
「処理完了、次。移動開始だ」
結界が張られて以降、転移は不可能となった。
密告も、逃亡も、外部への連絡も。
この都市そのものが、ひとつの巨大な処刑場と化していた。
「八十二名、処分完了。問題の芽は、現段階でおおむね鎮圧されたかと」
エルヴァンは杯を揺らし、香りを楽しむように鼻を鳴らす。
「よろしい。……この王都には、沈黙と秩序こそがふさわしい」
彼の瞳はどこまでも冷たく、どこまでも鈍く輝いていた。
「さて――次は表だな」
「……表の排除にも着手を?」
「うむ。ついでだ。民が不安を抱く前に、不穏な者は公の場からも消しておけ」
王都は見せかけの平穏を取り戻した。
だが、誰もが知っていた。
言葉にできない“何か”が、すでに始まっていることを。




