小話 ー 復讐の時 ー
末娘の11歳の祝いの日。皇帝アレクサンドロスはとてつもなく忙しかったため、食事が終わると早々に執務室に戻らねばならなかった。本来ならば1日中、末娘と祝いに駆けつけた他の子供達や孫と過ごしたかった。断腸の思いで庭園を後にたが、猛然と業務をこなしたおかげで、夜に少しだけ時間をつくることが出来た。
今頃は談話室で、アルティリアは他の親族と寛いでいるだろう。まだまだ可愛い盛りの娘を愛でるのだと、いそいそと向かったのだが、皇帝は談話室に入ると、巨大な岩をぶん投げられたかのごとく衝撃を受けた。
いたのだ、皇兄マクシミリアンが。
「神殿のお仕事で皇都へといらっしゃっていたのですって。お忙しいのに、わたくしのお祝いのために駆け付けて来てくれたのです」
などと言うアルティリアは、ゆったりとカウチに座るマクシミリアンの隣にピタリとくっついている。久しぶり伯父と会えて嬉しいのだろう。
マクシミリアンは歳を重ねても不思議とその美貌は衰えず、長い髪を緩やかに結び、どこか色香が漂う男。アレクサンドロスは兄が嫌いではないのだが……
「やあ、私の可愛いアレクサンドロス。お膝においで」
でた、その台詞。
50歳近くもなった弟を膝に乗せようとしてくるけど、まだ恨まれているのだろうか。そろそろ許してくれても良いのではないか。それに即位してからというもの、頑張って皇帝しているのだぞ。
何より、ここには妻がいる、子供達も、孫もいる。夫ととして、父として、祖父として、威厳を損なう訳にはいけないのだ。
今回は断固として拒否する。
「大伯父さま!アレクはかわいくなんかありません!」
自分が断りを入れようとした時、背後から孫のアレクサンドロス2世が頬を膨らませながら、マクシミリアンの元へトコトコと歩いていく。
あ、そっちのアレクサンドロス?
「それは、大変ご無礼を。勇ましきアレクサンドロス殿下」
ジークフリードの息子アレクサンドロス2世は今年で7歳。可愛いと言われるような、お子ちゃまではないのだとご立腹であった。そんな小さな皇子にマクシミリアンは丁寧な謝罪をすると、当のアレクサンドロスは満足したように胸を張る。
「でも、大伯父さまが、どうしてもと言うなら、少しだけ座ってあげます」
「それはそれは、心優しき皇子殿下、さあ、我が膝に」
そんなやり取りを、ただ見守るアレクサンドロスお爺ちゃん。
ちょこんと座った皇子の元に、マクシミリアンは侍従に大きなバスケットを運んで来るように伝え、アレクサンドロスの膝に置く。
「開けてごらん」
蓋を開けると、中には……
「ミーミー」
三匹の小さな子猫の姿。その愛くるしい動物を見た子供達から歓声が上がる。
「わぁ、子猫だ」
「可愛い!」
「親猫とはぐれたらしくてね。皇都に来る途中で保護したのだよ」
マクシミリアンは猫を始めとした動物の保護活動も行っている博愛主義者だ。隣に座るアルティリアもバスケットを覗き込む。
「伯父様、抱いてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだとも」
怖がらせないように、そっと白い子猫を持ち上げた。
「ニャーン」
「ぼくも!ぼくも!」
せがむアレクサンドロスにアルティリアは茶トラの子猫を抱かせてやる。
子猫と遊ぶアルティリアとアレクサンドロス2世と、彼らを愛おしそうに見つめるマクシミリアン。
「あ、兄上……その者達は、私の娘と孫ですが」
皇帝も、お兄ちゃんを前に一人称が「余」から「私」になっちゃう。
「おやおや、こんな素敵な子供達を独り占めしようとするなんて、皇帝陛下はイケナイ子だね」
アルティリアとアレクサンドロス2世は子猫に夢中で自分は眼中にない。張り切って仕事を片付けて来たのに、この仕打ち。疲労とショックでよろめきそうになるが、まだ自分には天使がもう一人いるではないか。
「リュシアーネ!リュシアーネは、もう寝室に行ってしまったか?」
ジークフリードの娘リュシアーネは2歳になる。最近ではお喋りも上手になってきており、自分を「おじいしゃま」と呼んでくれる。執務中も膝に乗せていたいくらいだ。
「リュシアーネ様はまだ起きておりますが」
「ねこちゃーん」
答えた侍従のセインの視線の先には、マクシミリアンの元へ、子猫を求めてトテトテと歩いていく孫娘。
「リュシー!」
奪われた……
娘も孫達も奪われてしまった……
先ほどから挙動不審になっている父。ジークフリードは、かなり疲れてるなーと思っていた。
「セイン、父上に伯父上がいらっしゃる事を伝えていなかったのか?」
「はい、マクシミリアン様より“アレクをビックリさせてやろうじゃないか”とのご連絡を頂戴致しましたので」
「大成功のようだな」
伯父、マクシミリアンは普段、聖務監として嬉々として、汚職神官を締め上げる仕事熱心な男だが、父アレクサンドロスには妙な絡み方をするのだ。
弟や妹を揶揄いたくなる気持ちは分からないでもないジークフリードだが、娘や孫に相手にされない父が少々哀れだ。彼は皇帝を支えるのも皇太子の仕事の一つだと考えている。
「フェルディナンド」
「何です?」
「父上の膝に座ってやれ」
「断固拒否します。俺は子猫と戯れるアルティリアを眺めるのに忙しいんです。つまらない冗談を言うのはやめて下さい」
最近、フェルディナンド個人所有にするための肖像画は描かせてくれないアルティリアだが、猫などの動物と一緒なら描かせてくれるかもしれないと、妹狂いは企み始めた。
「どうしても駄目か?」
「当たり前です」
弟に断られたジークフリードは覚悟を決めた。
「仕方ない。父上、俺が座りましょう」
「だから、20年遅い!」
復讐のMTR(娘・孫盗られた)
フェルディナンド「リア、肖像画の件だけどね。君の好きな動物と一緒に描くのはどうかな?思う存分、動物と遊べるよ♪」
アルティリア「では、わたくし、錦蛇を首に巻きとうございますわ(ワクワク)」
フェルディナンド「……」
アルティリア「お兄様も一緒に巻きましょう♪」
次の小話は1月28日(水)公開予定。




