皇子覚醒 07
数年前にいた皮肉屋な少年の顔は息を潜め、フェルディナンドは紳士的で優雅、かつ社交的で理想的な皇子となった。ただし、それは表向きの姿。
15歳となったフェルディナンドは他国との外交の一端を担っている。親善活動を推進する中で多数の友好国や他国の有力貴族との人脈を広げていた。
皇宮の一室には外務省の文官達と、フェルディナンドにライル・ガーランド、そして、保護国ザントルの王太子であるメテオ王子と、ザントルの文官達が集まっている。
「では、ザントル王国とルヴァランとの会合を始めさせて頂きます」
ライルの言葉を受けて、ルヴァランの文官の一人が資料を配る。室内は非常に和やかな空気に包まれていた。
メテオ王太子はルヴァランの国立学園に留学しており、フェルディナンドと親交を深め、その中で、長年のルヴァランの保護下から脱却するべく努力している姿が見受けられていた。
ザントルは敗戦により属国になった国ではない、かつて国力低下が著しかった時代、当代の王がこのまま国が滅びるよりはと、ルヴァランに降った保護国だった。
ルヴァランは保護国から脱する事を制限してはいない。支援が必要なくなり、独立するのであれば、友好国の一つとして協定を結び、国交を続けてゆく。
「協定破棄!?」
しかし部屋にはメテオ王太子の悲鳴のような声が響いた。ルヴァランはザントル王国を保護国指定からの即時解除を通達したのだ。
「我々は独立への調整と伺っておりました。貴国の申し出はあまりに突然で理不尽だ」
「ルヴァランの保護下から脱却するのですから、結果は同じでは?」
至って平静なライルの態度はメテオをより感情的にさせた。
「これは独立を求めるザントルへの制裁としか思えません。フェルディナンド殿下、ご説明を!」
メテオよりも3歳年下のフェルディナンド第二皇子は、宗主国の皇族だが、国立学園にて共に学び信頼と友情を得ていたはずだ。何よりメテオの祖国への献身と愛国心に対し第二皇子は敬意すら抱いている。にもかかわらず、皇国側のこの対応は異常だと感じていた。
フェルディナンドは少年らしさが抜けつつある秀麗な顔に、年齢以上に品ある微笑みを浮かべる。
「ルヴァランは妥当な判断を下しただけですよ」
「一体どこが!」
「ご無礼を!……メテオ殿下、ご覧ください」
ザントルの外交官の一人がメテオの言葉を遮り、皇国側が配布した資料の一部を王太子に手渡す。
「これは……」
そこに記されていたのは、ザントル王家によるルヴァランからの支援物資や資材の横領、横流しの記録とその証拠。皇国の支援は食料、資材、軍事、時には教育など、金銭ではなく物資や人的資源による援助が主である。これは民へ直接的に支援を行き渡らせることを目的としているためだ。それらの内容については協定調印時に合意されている。
「皇国が送った食料は一部隠匿、資材や物資は粗悪品に入れ換えていたようですね。我々はザントル王家の私腹を肥やすために協定を結んだのではないのですよ」
食料や物資はザントル国内の貴族家に買い取らせていたようだ。また、薬品、魔道具、茶葉や酒類など、ザントルからの輸入品がルヴァランへの基準値に達していないにも関わらず、他国の商会を通じて皇国内へと流通させようとしてることが発覚。
「明らかな協定違反です」
多少の額ならば目を瞑ったかもしれないが、メテオが王太子になってから着服額が増加していった事が明らかだった。己が国王となる前に自国での王家の権威を高め、宗主国からの独立という功績を残したかったのだろう。
「お、お待ち下さい」
「不当だと言うなら、これらの行為に対する正当性を証明してもらいましょう」
詳細な報告書と証拠の数々。宗主国とはいえ、どうやってここまで調べたのか。ザントル王家は完全にルヴァランに掌握されている。
「メテオ殿の国を思う気持ちはご立派だ。しかし我々はいつまでも寄生虫を飼っているつもりはないのでね。ああ、もちろん賠償責任は負って頂きますよ。貴国を許しては他の保護国に示しがつかない」
ザントル王国王太子メテオ。清廉なる王子と呼ばれた男は宗主国を裏切っていた。
「それから本日をもって皇国騎士団はザントルから引き揚げさせております」
「そんな、あまりに早急過ぎる!」
「皇国に反意ある国を守れなど無体な命令は出来かねますよ」
現在、メテオの警護を担っている騎士の半数以上が皇国騎士だ。
「ですが、ご安心ください。ザントルまでは責任をもって護衛させます」
間違っても逃走などは許さない。だが、帰国後、メテオ一人が責め苦を負うことはないだろう。証拠資料の中のもっとも古い記録は彼が赤子の頃。これはメテオの父である国王が始めた企みだ。
「どうぞ、お元気で」
再びザントルとルヴァランの友好の道が開かれるか。それは険しいものとなるだろう。ザントルの所業は大陸中に知れ渡る。利を求め、皇国を侮った結果だ。
「メテオ王子はイーノック卿を引き入れようとしているらしいですよ」
ザントルとの会合から数日後、フェルディナントが執務室で事務処理をしていると「ご存じですか?」とライルが話し始めた。メテオ一行はまだザントルへと向かう途中であろう。どうやって情報を仕入れてきたのか、耳が早い友人だ。
イーノック卿はザントルに駐在している皇国騎士の一人で、先日の会合にもメテオ王子の護衛騎士として立ち会っていた。個人としての能力もさる事ながら指揮官としても優秀だ。
「皇国騎士団が引き揚げたら一気に武力も低下するからな」
「伯爵位を用意するとか何とか言ってるらしいです」
「呆れたな」
イーノック卿は現在は男爵だが、侯爵である祖父の後継者候補の一人だ。ルヴァランの侯爵位と小国であるザントルの伯爵位など交渉材料にもならない。メテオ王子はイーノックに毅然と断られたあげく「たとえ侯爵家の後継に選ばれなくとも、現在もこの先の未来も自分の忠誠は皇族に捧げている」と宣言されたらしい。
「そう言えば、フェルディナンド殿下にザントルの姫君から縁談の申し込みがあったそうじゃないですか」
協定破棄の知らせは既に届いているはずだが、行き違いだったという言い訳の元、ザントルの外務官からフェルディナンド宛にメテオの姉の釣書が持ち込まれた。
「王女からの恋文も一緒だったとか」
「あれは怪文書だ」
手紙には「これ以上、離れ離れでいる事は耐えられない。一刻も早く自分を攫いに来て欲しい。フェルディナンドは既に功績を多数残しており、個人事業のワイン製造販売も拡大しつつあると聞く。成人前である事や、歳下である事など気に病む必要などない。自分はルヴァランの皇子妃として生きていく覚悟は出来ている……」など意味不明な内容が続いていたので、途中で読み進める事をやめ、文官に確認と代筆を頼んだ。
「あっはっは!想像以上だった!」
ライルはたまらず笑い転げている。
フェルディナンドとザントル国の王女が顔を合わせたのは、たった一度、ルヴァランの建国祭の夜会での数分間のみ。
「俺は半笑いで話を聞き流していただけだ。にも関わらず、ここまで思い込める意志の強さがあれば、この王女はどこに嫁いでもやっていけるだろうな」
「ははは。ダンスさえ踊っていなかったんですか。殿下、恋愛詐欺師になれますよ」
王女は今年22歳になるが、もちろん婚約者はいない。相思相愛の相手がいるという話を聞いたが、それはフェルディナンドだったらしい。
「俺が愛を請うのはアルティリアだけだ」
至極真面目に答えるフェルディナンド。それを公言したら、おかしな女や勘違い女もよって来ないだろうが、ルヴァランの第二皇子が病的な妹狂いだと知られてしまう方が困る。
「困った皇子様だなぁ」
「馬が初恋の男に言われたくない」




