皇子覚醒 06
フェルディナンドは順調にアルティリアとの仲を深めていった。
ある日、二人は南宮の庭園にある東屋でティータイムを過ごした後、そのまま庭で遊んでいた。つまらないと思っていた子供らしい遊戯も、アルティリアが相手ならば最高の時間へとなる。
「フェルにいさま、みて」
「なんだい?」
妹は両手を合わせてフェルディナンドの前に差し出すと、そっと開いた。すると、中から小さな何がが飛び去って行く。
アルティリアは「あっ」という声を上げると、その瞳にじわりと涙が浮かぶ。
「てんとうむし、にいさまに……」
先日一緒に読んでいた昆虫図鑑に様々なてんとう虫が掲載されていた。その中にあった種類を見つけたのだろう。わざわざ、見せに来てくれたようだが、てんとう虫は逃げてしまった。
最近のアルティリアは皇族としての自覚が芽生えてきたのか、周囲に側仕えが控えている際は、父や母、兄や姉達を見習って感情的にならないよう努力しているらしい。ぎゅうと目を瞑って、必死に泣かないよう堪えているのだが、それがまた可愛い。抱きしめて頬ずりしまくりたい衝動を堪えつつ聞いた。
「兄様のために、てんとう虫を連れて来てくれたのかい?」
尋ねるとアルティリアは、瞳を閉じたまま小さく頷く。
「そっか、実はね、兄様もてんとう虫を見つけたんだ。見てごらん」
アルティリアがそっと目を開くとフェルディナンドの手の中には、キラリと光るてんとう虫の小さな髪飾り。
「てんとうむし!」
「気に入ったかな?」
「とっても!」
髪に着けてもらうとアルティリアは跳ねるように駆け出し、侍女や遊び相手の令嬢達の元へ向かう。
「みて、おにいさまが、くださったのよ」
「まあ、可愛らしゅう御座いますね」
「よく、お似合いですよ」
皆に褒めてもらってご機嫌の妹は振り返ると、飛び切りの笑顔を見せてくれた。
「フェルにいさま、ありがと!」
フェルディナンドはアルティリアに髪飾りを着けるために、侍女に頼み、ライルを実験台にして練習までしたのだ。
「何故、僕の頭で練習するんです?」
「間違ってもアルティリアの肌を傷付けたくないからな」
「いったー!もっと優しくして下さいよ!」
「大人しくしてろ、リアのようにな」
頑張った甲斐があった。
兄と小さな妹は、関わりのなかった三年間はなかったかのように親しくなってゆく。暖かな陽だまりのような日々が続き、それは永遠かと思われた。
しかし、それは予想もしなかった事実により崩れ去る。始まりはアルティリアが皇族として所領を得た事からだった。貧しい領地を建て直すため、兄と共にアルティリアはレイフィットを訪れる。
農地や畜産の改良、才能ある弦楽器工房も見つかり、領地経営は少しずつ軌道に乗り始める兆しが見えた。だが突然、アルティリアはフェルディナンドの前から消えた。それはレシュタ湖のそばの森を散策している時だった。
突然舞い上がった木の葉に二人は包まれ、風が過ぎ去った後、手を握っていたはずの妹の姿はなく静寂のみが残された。
「……周辺を捜索しろ!アルティリアの魔力追跡はどうなってる!皇宮に連絡して捜索隊を組め!」
だがアルティリアは、すぐにフェルディナンドの元に戻って来る。
魔女を名乗る女を連れて。
女は白髪だが年は若く、美しい容姿をしており、優しげな微笑みを浮かべていた。だが、人間離れした空気を纏っており、フェルディナントの警戒心が沸き上がる。
「おとうさまに、ごそうだんしなきゃいけないことがあるの、おにいさまも、いっしょにきてくださる?」
「もちろんだよ。だけど、それは、あの方に関係あるのかい?」
「ええ。あのね、わたくしも……」
アルティリアが言い終わる前に、魔女の周囲に淡い薄紅色の花弁が舞った。
「説明なら一度にまとめてしてしまいましょう」
白髪の女がそう言うやいなや、花弁の中から様々な花が咲き始め、フェルディナントとアルティリアを包み込む。とっさに妹をかばうように抱いた。そして、魔女と花に浚われて連れてこられたのは、当時は数えるほどしか入った事のない父の執務室だった。
精鋭の騎士達に警護され、最高峰の魔術師達による結界が施され、皇国で最も侵入が困難であり、安全が確保されているはずの一室。
魔女の力を見せ付けられ、フェルディナンドは恐怖した。もし、魔女がアルティリアの身柄を欲したら、自分は妹を守りきれるのか。いや、違う。「守れるか」ではない「守る」のだ。
そして、目の前で魔女は父に己が何者であるかを明かすと、アルティリアも同一の存在だと言った。魔女は語る。
魔術の範疇を超え、奇跡と呼べる現象を引き起こす存在を人は聖女と呼んでいる。
だが、それは才能を技に落とし込めず、力が溢れて出ているに過ぎない。時の権力者達は、彼女達を聖女として祭り上げ、奇跡を享受し、己の権威を高めるために利用してきた。
「私達に言わせれば彼らは、聖女を便利な装置として扱ってきただけだわ」
対して、奇跡を操る技を会得した者が魔女である。
「いずれアルティリアちゃんの力は人間達に気付かれてしまうわ。私は、この小さな同胞が不幸になる姿は見たくないの。だからね……」
娘を魔女に委ねよ。
「……そうか。だが、すぐに答えは出せぬよ、魔女殿」
「そうね、時間をあげるわ、よく考えてちょうだい」
返事を出すために与えられた期間は1ヶ月。その間、フェルディナンドは様々な逃走計画を立て、準備を進めていた。いざとなれば、アルティリアと二人で逃げよう。他国とはいえ、幼い兄妹のみで暮らすなど危険だ。その無謀を可能にするにはどうすれば良いか。いくつかのルートを経て、個人資産をギルドに移し、年齢を詐称した偽の身分証を発行。捜索の撹乱のために、他国での潜伏先も複数用意する。フェルディナンドは可能な限りの手を準備した。
しかし、父はアルティリアを引き渡さなかった。
「良かった」
準備は全て無駄になったが、何も惜しくない。これまで通り妹と一緒に皇族として生きていける。
けれど兄のジークフリードは、アルティリアの処遇が決まり、安堵した様子を隠しもしないフェルディナンドを呼び出した。
「俺も父上も聖女や魔女ありきの治世を敷くつもりは毛頭ない。良かったな、フェル。アルティリアを国外に出す選択肢はなくなった」
皇族は他の王候貴族と婚姻を結ぶ可能性もある。だが、アルティリアの潜在的な能力を考えれば他国に嫁がせる利点は全くと言って良いほどない。むしろ皇国内にとどめておくべきだ。フェルディナンドにとって、その事実もまた喜ばしいものである。
「しかし忘れるな。それはルヴァランが強者である限りだ」
その当たり前の事実は、フェルディナンドを氷が張った湖に突き落されたような気分にさせた。
「アルティリアは皇族として生きる。俺やお前と同様にルヴァランに生涯を捧げると言うことだ」
言葉を返すこともできない弟にジークフリードは淡々と述べていく。
「条件が揃えば敵国に向かう事もありえる」
それは、出陣か、婚姻か。
「フェルディナンド。アルティリアのみを見るな」
国内外全てに目を向けろ、貴族の動向を見逃すな、他国に優位な立場を取らせるな、侵略を許すな。武力、経済、技術、魔術、学問、芸術、全てにおいてルヴァランを勝者と導くべく……
「我らの妹にとって、何よりの護りとなる。忘れるな」
第二皇子は皇族として国に尽くす事が、愛する者を保護する事に繋がると再認識した。この時より、フェルディナンドは微笑みの仮面を被り、知略という武器を持って戦い始める。




