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種は芽吹かない 34

 ルヴァランへの帰還、前日。フェルディナンドはご機嫌であった。何故なら皇宮到着まで限定だが、アルティリアを好きなだけ膝に乗せていられる権利を得たのだ。


 メールブール王妃との対面にアルティリアを立ち合わせるなど大反対であったが、どうしてもドーリス王妃と話したいと言って聞かない妹に、過剰とも言える警備を付け、なおかつ自分が側にいる事を約束させた。さらに皇宮に戻るまで、身の安全を最優先にし、自分の指定した場所に必ずいる事を条件とした。


 完全無欠の安全地帯。それはルヴァラン皇国第二皇子の膝の上であった。


 不本意です。


 そんな顔をした姫君を満足げに抱える主人にライルは複雑な気持ちを抱く。


「おいたわしゅう御座います、アルティリア様。兄君に陥れられたのでございますね」

「ライル、法務官はいるかしら?契約の穴を探したいわ」

「アルティリア、兄様は君との約束に不備をつくるなんて間抜けな真似はしないよ」


 そう言ってフェルディナンドは妹の頭に頬ずりをする。妹は怒っているようで困っている、でも仕方がない。何とも言えない表情をしているが、どんな顔をしていても可愛いのだからアルティリアへの愛は止まる事はない。


 アルティリアへの忠誠が異常値を叩き出しているというレオンハート・ダーシエの感情の抜け落ちた顔を見て、ライルの直感が働いた。うへぇ、どっかの誰かと同類だ。お前も姫様を膝に乗せたいとか思ってるな。


 フェルディナンドの船室には第二皇子、第三皇女の侍従に侍女、護衛騎士が揃っているものだから、広いはずの部屋が非常に狭く感じ、さっさと失礼したいところだが、報告は済ませなければならない。


 気を取り直して、手元の書類に視線を落とす。


「トリトス王子、以下、3名の令息は平民となり、国営農場で10年の労役が科せられる事になりました」


 そこは御料農園のため管理が厳しいが、農夫の待遇は一般的なそれらよりも遥かに良い。真面目に従事すれば、10年後、平民ではあるが管理職の道が開ける可能性がある。


「甘い処罰かとも思いましたが、蝶よ花よと育てられた彼らが、肉体労働に耐えられるか微妙なところですね」


 本来、トリトス王子は王妃の策略を拒否した事を加味し減刑され、側近3名は過酷な労働環境に置かれる予定であった。しかし側近と共に償いたいと願い出た事により、この形に落ち着いた。


「逃げ出したとしても、さらに辛い現実が待っているだけだ。それを理解出来ないならそこまでだ」


 そもそも御料農園は本島とは別の島に位置しており、脱出するには船が必要だ。定期船は警備が厳しく、残る手段はいかだでも作り、自力で海に出るしかない。だが、万が一、本島に戻ったとしても手を差し伸べる者など皆無だ。


「ドーリス王妃は療養となりました」


 実際は毒杯を飲むが、表向きは多忙のため病の発見が遅れ、闘病の甲斐もなく亡くなったと周知される。フェルディナンドは腕の中で気落ちしていくアルティリアに気が付いていた。


「……リア、内緒の話をしようか」


 毒杯のさらに奥に隠された真実。


 王妃は処刑の代わりに、魔力を封じられ孤島にある海神を祀る神殿へと送られた。本来ならばあり得ない処遇だ。


 それはアイギス家に巣食う膿みを出し切るため、その身を犠牲とした褒賞であった。


 メールブールがルヴァランの保護国となるよりも以前から、アイギスはある国と商会を介して癒着していた。当初はメールブールを守るため、極秘に他国との協力体制を作り上げたのだったが、いつしか、それは脱税、裏取引、情報流失、禁制品の売買へと発展する。


 武力ではなく、商いを通じての侵略が行われていた。


「今回、相手国はルヴァランとメールブールの協定破棄を望んでいたようだ」

「ですが、我が国はそんな思惑には乗りませんのでご安心下さい。アルティリア様」


 抵抗するでもなく、利益を享受するアイギス侯爵家、今やアイギスはメールブールにとって害しかない。だが王妃となったドーリスでも男尊女卑が根深い生家では発言力がなく、その国と手を切る事は困難であった。


 ならば、取る手段は一つ。

 己ごとアイギスを滅ぼすのみ。


「強い方ですね」

「ああ、それに恐ろしい切れ者だ」


 王家とトライデント家との婚約、ミミ・フィットンに迎合するトリトス王子と令息達、継承法の改正、宗主国への不敬。様々な事象を利用し、娘の立太子を阻む貴族の力を削ぎ、腐り切った生家に宗主国を介入させた。


 処罰するのは惜しい。

 ルヴァランは王妃の身柄を欲した。


 王妃が送られた神殿はルヴァランの影の拠点の一つでもある。表向きは神官として海神に仕えるが、ドーリスも情報分析などに従事する事となっている。


「王妃の思惑に乗ってやったんだ。残りの人生は皇国の役に立ってもらわねばね」

「妃殿下は承諾したのですか?」

「もちろん」


 生涯、ルヴァランに忠誠を尽くす。引き換えに娘の後ろ盾と息子の命を約束した。元々、テティス王女は支援する予定であったし、トリトス王子は何の力もない。生かしておいても問題は起きないのだ。


「さて、ライル。報告書を読んだが、アイギス侯爵家に入り込んだ商会(クズ共)がな、数年前から侯爵家の領地で栽培していた植物がある」

「はい、芥子(ケシ)ですね」

「ああ、阿片(アヘン)の原料だ。奴ら、メールブールを通じて売買していたようだ」


 貿易の要となっているメールブールで製造されていれば、自国から運び込むよりも遥かに手が掛からない。だがルヴァランの警備体制は厳重だ。皇国以外の国へ売り込んでいた。


「近年、その国は商会を通して間者を送り込み、ある国で似たような事をやらかそうとした」

「そうですかー……っあ!」

「そうだ」


 ライル・ガーランドの兄、ヴィンセントが婿入りしたエリザベス・バーナードの祖国エルドラだ。


 数年前に起きたエルドラ王国のお家騒動の発端は、先代国王がかつての愛人が嫁いだ他国の商会の自国での商いを許可した事から始まる。その商会はあろう事か、間者を送り込み、王家直轄地の神殿を占拠し、芥子の栽培を始めたのだった。


 しかし国内に阿片が広まる前に騎士団によって、商会及び間者共に制圧。ただし国王は責任を取り退位となる。これらは全て表沙汰にはならず、国王は突如病に犯されたとして、立太子もしていない王子が戴冠式を迎え国王となった。


「僕にわざわざ話すという事は、他に何かあるんですね?」


 ライルもエルドラ王家の内情は把握しているが、自分が知っている情報以上に厄介な事実があるのだろう。


「ああ、件の商会を差し向けた国もトカゲの尻尾だ。実際に裏で手を引いていたのは帝国だ」

「……そうきましたか」


 一番聞きたくない国だ。


 ビルドナ帝国。


 建国はルヴァランよりも古いとされ、海を挟んだ西の大陸に位置している。皇国は小国であった時代から何度となく兵を向けられたが、しぶとく、抜け目なく、時にずる賢く帝国軍を翻弄し、退けてきた歴史がある。皮肉にも、古の頃より大国であったビルドナに対抗すべく、奇抜な戦略、合理的な政策、能力主義を重視した結果、大国と呼ばれる今日のルヴァランの発展に繋がったとも言える。


「10年以上前に帝国の第七皇子か第八皇子だかがジークフリート殿下に叩きのめされてましたよね?」

「第一二皇子だ。奴らに諦めるという選択肢はないのだろう」


 ジークフリートを皇太子たらしめた戦である。13歳の少年皇子は己の所領に攻め入ったビルドナを退け、その戦争から黒獅子と恐れられるようになった。


「戦以外の方法、それも皇国の保護国や近隣諸国を狙ってくるとは嫌らしいですね」

「粘着質な策士でもいるのだろうな」

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― 新着の感想 ―
うわー、クズ!クズばかり!! 有能だったから気がついた。 有能だったから先を見通せた。 そして、有能が故に行動した。  王妃も難儀な性格してますね。 だけど、それ以上の手は考えついたとしても、女の身…
凄い。単に欲しがりミミの話かと思っていたら、帝国の奸計、ドーリス王妃の命がけのビルドナへの策でもあり。 根が深く入り組んだ思惑があちこちにあったのですね。この先の展開が楽しみ。 アルティリアがこの時代…
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